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三 早朝の祈祷

P207
 獄中でも先生は足を伸ばして座っていられませんでした。また、先生はサタン世界に体を見せたことがありませんでした。刑務所内でもぬれ手ぬぐいを隠しておいて、早朝祈祷をする前に体をふきました。(二一―七二)

 神様はまた、夜明けに起きて明け方の祈祷をせよと言います。寝ていたのに祈祷しようとすれば、正直先生もつらいです。(笑い) いつも夜明け前、四時ごろに起きて祈祷するというのはたやすいことではありません。霊界に対する体面があるので祈祷しないわけにはいかないのです。寝ぼけ眼をパチパチさせて……。こうなんです。こんなふうにつらいことです。人がみな寝ている夜中に祈祷するのは死ぬほどつらいです。しかしそうしないと駄目なのです。つらくても、そうしてこそ安らかなのです。祈祷をしなければ、皆さんにこういう話をするのも気づまりなのです。(三一―二五四)

 自分が任された地域のために、三年間さえ早朝祈祷を熱心にすれば、必ず大きく復興します。(二三―二五〇)

 夜明け前に起きてその人の名前を貼っておき、すがりついて祈祷せよというのです。そうできなければなりません。「この人がみ旨の中で必要です」と続けて祈祷せよというのです。私たちは霊的闘いと実体的闘いの、両面作戦ができるということです。世間の人々は霊的闘いができません。実体的闘いもうまくできないのです。何のことか分かりますか? 彼らが私たちの前に負債を負えば、彼らが後退するのであって、私たちは後退できないのです。私たちは両面作戦をするのです。こういう考えをして……。分かりますか、今は? 分かるでしょう? (はい)。

 涙を流さなければなりません。心情的涙を流さなければなりません。皆さんの位置を眺めた時、神様はどうでしょうか? 「この町はあなたが愛せる町であるにもかかわらず、サタンが今この町を支配しているのです。神よ、この町をあなたの誇りとして残すべき責任が私にあるので、私に力を与えてください。私が口を開けば、洪水のような生命の水があふれ出るようにし、私が動けば風を吹かせてください。人に対して涙を流すことのできる、そのような教えを下さい。私が行動すれば、台風のように押されていく恩恵を与えてください」。こういう祈祷をしなければならないのです。(九七―一三七)

 私たちは、早朝に起きたなら、「人類を身代わりした存在である私の一日の生活が、父の前に感謝の実体となるようにしてください」と祈祷しながら、花が咲いている春の園のように、自由な園で父が私を立て、「摂理をなし得る希望の結実体とならん」と言い、昼になって仕事場へ行けば、希望の結実体が育ちゆく夏の季節のように、「自分がもう一歩発展し、神様が共にいらっしゃることのできる価値をもって現れることができる存在にならん」、と言わなければなりません。また、夕方になれば、すべての存在を集約させて一つの決心を父の前にささげられる、秋の季節のような時なので、「祭物となれる場所に立たん」と言い、冬の季節に当たる夜ならば、生命力をもって神様と内在的な父子の起源を結び、「すべての価値を受け入れられる自分自身にならん」、と言わなければなりません。そのように一年三百六十五日を勝利の日としながら、感謝する生活をする人がいるならば、その人は父と関係を結んで生きる生活が、かいある生活だということを感じることができるのです。こういう生活をする人は、そうした経験をすることが間違いないので、一生を感謝する生活として送ることができます。こういう人が死の場に臨んだとしても、神様の前に感謝する心は残るのです。

 一日をそのように生きなければならないし、一年をそのように生きなければならないし、私たちの一生の間もそのように生きなければなりません。私たちの一生にも少年時代、青年時代、壮年時代、老年時代があります。これは一日の朝、昼、夕、夜、一年の春夏秋冬と同じことです。ですから一生をそのように生きていった人であってこそ、神様が人間を創造なさったその創造本然の目的に合格した一つの勝利的実体となるのです。(二九―三四〇)










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