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四 食口指導の要素――精誠と祈祷

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 皆さんは、道の責任者ですが、今まで道のために精誠を尽くしてみましたか? 必ず、精誠を尽くさなければなりません。伝道は精誠に比例するものであって、知識や実力に比例するものではありません。皆さんは六〇年代にこのような体験をすべてしてみたのではありませんか? 大学を出てよく知っているという人よりも、精誠を尽くしながら伝道する人のほうがよりましではなかったのですか? 神様がどのくらい同情してくださるのかということが問題なのです。

 今、地区長たちが一片丹心でしなければならないことは何でしょうか? 御飯を食べることですか? 違います。この罪悪世界で一つ一つの生命をどのようにして、天の息子、娘として復活させて、天の国へ移してあげるのかという責任的使命感をもたなければならないのです。ひたすらに、そのような使命感をもって出ていってみてください。そうすればできないことがありますか。

 完全な主体の前には、完全な対象が生じてくるのです。ですから、主体は対象のために祈祷してあげなければなりません。祈祷するには、対象が夜明けに起きるとすれば、その人よりも先に起きて精誠を尽くさなければなりません。人は自分のために精誠を尽くしてくれるようになれば、一遍に分かるようになっています。

 責任者は自分の位置を守っていき、精誠を尽くさなければなりません。皆さんが責任者ならば、朝、祈祷する時に二十名ずつ以上は思わなければなりません。それで一日に七十名以上は思い、祈祷してあげなければなりません。食口たちと共に食べ、食口たちと共に生きなさいというのです。

 人にとって最も深刻な時間は、食事をする時と寝る時なのです。腹が減って御飯を食べる時、そして、眠くなって寝ようとする時は、すべての神経がそこに集中されるからです。その反面、目覚める時にはすべての神経が解かれた状態なので深刻ではないのです。それゆえ、一日の生活の中で、三食の食事をする時と、寝る時が最も深刻な時間なのです。み旨のためにそのように深刻な場で祈祷しなさいというのです。そのような時に一度する祈祷が、普通の時にする何回かの祈祷よりもましだというのです。

 皆さんはいつも、食口たちと共に食事もし、寝るのも共に寝るのだという心情で、食口たちを考えなければなりません。そうすれば、誰々がどうだという観が来るようになるのです。そのように感覚が鋭敏になれば、遠くにいる人も近くに見え、近くにいる人はもっと近く見えるのです。ちらっと見れば一遍に分かるというのです。心霊を指導する人たちがこの程度の能力もなくボケッとして、どうして人々を指導することができますか? 自分が一人の生命に対して、どれくらい誠を尽くしたかということが問題になるのです。

 イエス様が「たとい人が全世界をもうけても、自分の命を損したら、なんの得になろうか」(マタイ一六・二六)と言われたみ言の意味も、一人の生命を宇宙よりもっと貴く感じて、そこに心情の錨を下ろされたのだということを皆さんは知らなければなりません。世界を忘れて一人の生命のために、一対一で戦い、人間の価値の谷間を探し入っていかれたイエス様の心情的境地へ到達する時初めて、新しい食口の因縁が得られるようになるのです。

 皆さんはみ旨を中心として、父母の心情をもって何をしてみたのですか? 皆さんが親しく因縁を結んだ人の中で、み旨の前で自分が大変な時に慰労してくれた人たちを、おろそかに考えてはいけないのです。一生の間、いつでもその人のことを思い、その人のために祈祷してあげなければなりません。ですから、神様はいつでも主体になるのです。皆さんがこのような因縁をもってなしていけば、このような因縁をもっている人は「来るな」と言っても訪ねてくるというのです。それで、祈祷しなさいというのです。

 食口たちは誠を尽くして祈祷しているのに、責任者が寝ていていいのですか? それは負債をつくる生活です。それでは発展することができません。精誠とは一度に尽くすことができないものですから、自分が知っている人を一人ずつ、順序を定めて精誠を尽くさなければならないのです。一人ずつ、すがって祈祷せよというのです。

 イエス様が失敗したのは、十二人の人を連れて回りながら、一人一人を前において祈祷する時間をつくることができなかったためです。どの一人に対しても、自分の骨髄に染み通る内的な事情を教えてあげることができなかったというのです。

 自分の責任をすべて果たすまでは、横で誰が何だと言っても、押していかなければなりません。何かを前に置いて精誠を尽くし、祈祷をすれば、どんなことがあっても定めておいた祈祷の量は満たさなければなりません。もし、自分が定めておいて誠を尽くした人がみ旨の前から離れたとしても、その人を訪ねていって皆さんの責任をすべて果たさなければなりません。もう一度いえば、負債を負うなというのです。











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