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伝道ハンドブック
み言に学ぶ伝道の姿勢

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十二、『御旨の道』より

伝道は情緒が先立って万民を引っ張ることのできる心情的磁石とならねばならない。
常に心情的な引力をいかに補充していくかを考えなさい。

伝道は第二の私をつくることである。
母が、子供を生んで育てるほどの誠を尽くせば問題ないことである。

サタンの墓の中で呻吟する多くの民のうめき声を聞いたことがあるか。
そして、彼らを解放させようとする公憤心をもったことがあるか。

善なる人を救おうとする人は多いが、悪なるかわいそうな人を善なる幸福なる人として導こうとする人は少ない。
罪悪の歴史が六〇〇〇年あったので、私は一人の人を捕まえて少なくとも六カ月は誠意を尽くし、伝道しなければならない。

先生が三千里隅々を訪ね歩きながら叫びたかったその心情を引き継いで、代わりに叫ぶ者はだれか。

今の時は、世の堕落した人間たちの救ってほしいという怨声が天地に響く時である。
この声を聞くことができなければ復帰の心情を通過することはできない。

自分の伝道任地に対しては骨と肉が溶けてしまうほどの感性をもたねばならない。
「お父様! 私はこんなにも足りません。しかし私が出なければならなくて申し訳ありません」と祈る心情で壇上で語りなさい。
自分を中心とせず、天の通牒文を持って出た天の精兵だと思いなさい。

伝道の効果は霊的四〇パーセント、原理三〇パーセント、実践三〇パーセントとして表れる。

伝道の任地では、その町民を全部集め、その町に生きていた霊人たちを全部集めて、その町のための忠誠大会を自信をもってやることのできる、信念と生活姿勢をもって歩まねばならない。

高い木に登ろうと思えば、まず下から上がっていかねばならない。
下のほうは汚い。同じように一つの村を復帰するためにも一番悲惨な立場から解決してあげなければならない。

自分が汗と涙を流した所から、一握りの土でも復帰しようと考えなさい。

神様が与えてくださったこの期間中に神様の仕事を多くやった者は、これから神の恵みを多く受けるであろう。ちょうど、学校の成績が自分の一生を付きまとうのと同じように、この一時の功が永遠について回るだろう。

生死の頂点を共に越えることのできる三人を探し出して立てなさい。

問題は「私」である。
地方へ伝道に行ったときも、私は「乞食」として来たのか、「見物人」として来たのか、「主人」として来たのかが問題である。

伝道に行くのは、世話になるために行くのではなく、世話をするために行くのであるということを明確に知りなさい。

彼を利用しようとする心をもってみ言を伝えては絶対に道の基準が立たない。

真実をもって与えなさい。

地方に行ってはかわいそうな人を見て泣きたい心、与えたい心があふれなければならない。
このような心をもって伝道し、祈る立場は神様に同情されるのである。

休むな! 休んでいては必ず地をたたきながら痛哭する時が来るだろう。

必ず道がある。見つけ出しなさい。

伝道ができないと嘆く前に、私自身が心と体が一体化され、万民の前にプラスになる実体となっているかということをまず嘆き反省しなさい。

自分の基盤を築き上げるため、あるだけの誠意を尽くしなさい。
そうするために、@み言を与えて、A行動と人格でみ言に対する手本を見せてあげて、Bその人をして自分のすべてを直告することのできる心情的因縁を自分と結ぶようにさせ、C彼に信仰の道において忘れようとしても忘れられない数多くの追憶を残させて、D彼のために自分が動いたのと同じように彼もそのように動くようにさせ、E自分の代身者としなければならない。

伝道がうまくいかないときは、望みを失わず備えておきなさい。
時が来るまで誠意を尽くしなさい。そして善なる人を真心から慕いなさい。

万民を救おうとするならば、万民の境遇を理解しなければならない。

こちらに来いと言わずに、こちらから出ていって伝道せよ。

私はどれほど人を愛するために、人を救うために、涙したことがあるか。
真なる犠牲なくしては、人を真に生かすことはできない。

伝道する時には、その人の話を全部聞いてあげて、その人の事情を全部占領したあとに自分の事情を知らせなければならない。

伝道は接ぎ木する業であるので、その人と、相衝突する要素を全部除去したあとに相通ずる要素をもって伝道しなければならない。
その人の全事情、自分の父母や相対者にも言えない秘密を全部吐き出させるようにしたあとに伝道し始めなければならない。

自分が誠意を尽くしたことに対して、たとえ結実がなくても後悔するな。
神様のみ業は発展するものであるため、十年、二十年を耐えて誠意を尽くせば発展するようになっている。

職場において働いても「何とかしてこの場までも神の因縁を広めさせてください」という心情をもって働かなければならない。
帰らなかったならば、もっといてくれたならば何でも与えてあげたい、という心情があってこそ人が伝道され、復興される。
自分の救いのみを目的とする宗教は必ず滅びる。
すべての人と共に救いを受けていかなければならない。

善い祖先をもった人を伝道すれば、自分の祖先の功労がなくても善なる祖先をもった人の祖先の功労が自分に連結される。

一番低い人に対し、一番最高の人と同じように伝道すれば神様も感動なさるだろう。

床に就くときも「人類を復帰するための父のみ旨があるのに果たせずして、彼らのために力尽くせずに寝る自分を許してください」と祈って寝なければならない。

いつ命を懸けてみ言を伝えたことがあるか。
神様の事情、心情、願いをもって相手の事情、心情、願いに訴えるときに感動を与える。
私が行って伝道すれば神様、私、伝道を受ける人、このようにして三代のみ業がなされるので力が出る。

世界を心に抱いて進むのが神様の生活である。

一時間伝道しようとすれば三時間は祈りなさい!

人を訪ねていく前に涙を流さなければならない。涙を流す人は神様が共に働いてくださる。
夜遅くても帰るのか、と思って心配するようになってこそ伝道できる。行ってしまえばいいと思えばできない。
何でも与えたいし、食べさせたいようになれば発展する。そしてだれよりも引っ張ってあげ、抱いてあげれば導かれる。
夜、寝ずに祈れば、夜寝ずに訪ねてくるようになる。

特に親戚と親友に伝道しなければ、あの世に行って彼らの讒訴を免れることはできない。
統一教会に入ってきて伝道を一度もしないで霊界に行けばおしになる。

生かそうとする切ない心情で対してあげたにもかかわらず、相手が受け入れてくれなければ、彼が築いてきた恵みを奪ってくるし、彼の功労も私のものとなってしまう。

み言の目的は実体であり、実体の目的は心情である。ゆえに、み言を伝えるとき、天の心情を伝えることにその目的をおかなければならないし、み言を聞く人もそのみ言を通して天の心情を知ろうと努めなければならない。

指導者は食口に対するとき、関心と愛着をもって楽しく対しなさい。
まず自分自身がみ旨に酔っていてこそ相手の人に伝えられるのである。
そして、食口に対する場合には夜遅くても恵みを高めるための尊い時間を失わず、時間観念を離れて最善を尽くしなさい。

み言を伝えるとき、真心でもって受けたので、真心でもって与えなさい。
私の心情に天の心情を加えて与えなければならない。

み言がみ言として残っていてはならない。そのみ言が実践されることによって、初めて発展があり、世界の完全伝道が可能となる。

信仰の三子女を立てなければ七年路程は無効になる。

皆さんは先生よりも少ない年齢で信仰の子女をもつことができるというのが、いかに恵みであり感謝であるか知れない。

信仰の三人の子女は三大祭物に該当する条件物である。
それゆえに信仰の三子女がなくては神様の前に復帰されない。

信仰の三子女を立てておかなければ、自分の子女を愛することができない。

信仰の子女が直系の子女に腹中から完全に侍るときに蕩減復帰は完全に終わって、サタンは我々の家庭から血統的に完全に切れてしまう。

元来は信仰の子女三人を立てておいて子供をはらみ、腹の中から信仰の子女が完全に侍り得る立場を立てておいてこそ、天国に行ける子供を生むことができる。
アダムの前には侍らなければならない三人の天使長があった。
これを復帰するためには、子女を生む前に、腹中から侍らなければならない三人の信仰の子女を立てて、絶対に屈服する立場を立てておかなければならない。
























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