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南北統一と世界平和への道
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 監修のことば

 文鮮明先生はすでに1990年に、次のように語っておられます。

 「近い将来に北朝鮮に行って、金日成主席にメッセージを伝える代表団を結成します。彼は北朝鮮が崩壊していく時に、世界から孤立したままでいるべきではありません。彼はその人生の終わりに悲劇を見なくてもよいのです。彼には今、和解への門戸を開くチャンスがあります。北朝鮮が南と同じように繁栄することができるように、我々は彼らが必要とするあらゆる協力をしたいと思います」(一九九〇年二月・世界平和頂上会議・ソウル)。

 ここ数年の世界情勢の変化にはだれもが目を見張るものがありました。あの世界を支配するかのように見えていた共産主義勢力は、ポーランドの民主化に始まり、東欧諸国家の解放、東西ドイツの統一、ソ連邦の崩壊と各共和国の独立と、次々に自由の旗を揚げました。そして今や共産主義国家として存続しているのは、北朝鮮とキューバなど数か国を残すのみとなったのです。しかし、これら諸国家の民主化も時間の問題で、遠からず共産主義勢力が完全に消滅していくことは明白です。

 このことをいち早く予言し、この時のために周到な準備をしてこられたのが文鮮明先生です。そのための勝共運動であり、統一運動でした。共産主義の嵐が吹き荒れていた当時から命懸けでその間違いを訴え、サタンの思想に支配されている人々を救うために血と汗と涙を流してこられました。世界の平準化のために、今日まで神主義、頭翼思想、真の父母思想を訴え続けてこられたのです。

 私たちはいつの日か、文先生が金日成主席と会われる日が来ると信じていました。しかし、こんなに早く「この日」が来ると思っていた人がいたでしょうか。しかし、文先生のみ言をよく分析してみると、このたびの文先生の北朝鮮訪問は決して突然のものではなく、着々と計画してこられたものであることがよく分かるのです。

 もし一九四五年にキリスト教会が再臨のメシヤを受け入れていたら、韓民族が南北に分かれこのように悲惨な道を歩む必要はありませんでした。またドイツが東西に分かれることもなく、世界が共産陣営と民主陣営とに分かれて対立することもなかったはずです。しかし、再臨の主もまた十字架を背負われて、全人類の蕩減を晴らすために苦難の路程を歩まれたのです。そして今や歴史の最終段階に至り、カイン圏とアベル圏が一つになって、その基盤の上に真の父母が顕現する時が到来したのです。

 「汝の敵を愛せよ」というのがイエス様の教えであったように、真の愛で怨讐までも愛さなければ真の統一はあり得ないというのが、文先生がその生涯を通して主張してこられたことです。このたびも文先生は北京を発つ時、「民族を生かすために武力をもってしてはいけない、真の愛しかないと、金日成主席を説得するために行きます」と語られました。そして北朝鮮において文先生は国賓級の待遇をもって大歓迎されたのです。文先生の四十年間の内的、外的な勝利の背景があるゆえに、金主席と北朝鮮は文先生を受け入れざるを得なくなったのだと私は確信しています。

 文先生は一九八六年の南北統一運動国民連合創設大会において、こう語っておられます。

 「皆さんはどれほど北朝鮮について考えてみましたか。雨が降ろうが、雪が降ろうが、彼らと共に生きたいという懐かしさにどれほど浸っていたでしょうか。……私たちが真に共に生きたいと言える心を蘇生させることができないなら、南北統一運動を提唱すること自体が歴史的批判を受ける一つの偽善行為になるのです」と。

 私たちが北朝鮮の人々のことを心配し、自分の食事を削ってでも彼らにそれを与えて生かしたいという心情がなくして、南北の真の統一はあり得ないのです。南北の統一は、真の愛の実践を通してのみ成されるのです。

 今回、文先生は北朝鮮当局に「南北統一は主体思想ではできない。神主義、頭翼思想、真の愛によってのみ可能である」と、神の代身として明確に訴えてこられました。

 このように、怨讐をも命懸けの真の愛で愛する人格の持ち主が、南北の統一を成すということを確信するときに、私たちもますます真の愛の実践を成し、北朝鮮の解放と南北統一のために拍車をかけていかなければならないと痛切に実感するのです。この歴史的な出来事をどのように発展させていくか、これが私たちの今後の使命です。いま一度心を新たにして、人類創造の時以来、神の宿願である真の愛による世界平和実現のために前進しましょう。
神山 威      
























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