八、僕の僕から王の王まで
・心情の相続者
真の息子、娘となりたければ、両親の精神を受け継がなければならない。とすればあなたたちは先生の伝統と理念を受け継がなければならない訳である。そして真にそれを受け継いだ人であれば、伝道等の聖業に出かけていく時も、我知らず涙が流れてくるようになるものでさのる。御旨の前に立つと、神の逼迫した悲劇的な内情が胸に迫ってくるようになるからである。そしてそういう人となり、そういう道を歩む時に、その人やその教会は、必ずや神によって栄えていくに違いない。
いわれのない迫害を受ける時にも、呪うのではなく、逆に神に彼らの祝福を祈り求めるのである。そうすることによって、神の心情をより近く感じ、さし迫った神の事情をより切実に感ずることができるだろう。そしてあなたたちのなした行為のすべてが、それによって聖なるものとされるのである。
あなたたちは、見知らぬ人に出会ったのに神か主に出会ったかのように、訳もなくその人を抱き締めて泣き出したことがあるだろうか。先生の人生において、そういうことが何度も何度もあった。
神の悲しい心情、親としての苦しみを味わい知らされた時には、木を抱き締めていつまでもいつまでも泣き続けたことが、いく度となくあった。そういう体験こそは、祈りより遥かに尊いものなのである。そして自分がより惨めな立場にあるのを感じる時こそ、神をより近く感じうる瞬間ではないだろうか。
先生は、伝道や万物復帰において体験するさまざまな人間関係を通してあなた方を訓練し、ある基準以上の人格を形成させんとしているが、そうして先生が歩んできた人生のパターンを歩んで、先生のような人間となってもらいたいのである。
SEO | [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送 | ||