ス 相対を得る前に自己主管を完成すること

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 先生が今までこの道を歩んでくる中で、先生自身の標語が何であったかというと、最初の標語が「宇宙主管を願う前に、自己主管を完成せよ」ということです。相対主管完成ではありません。愛において、欲望ということは大きな問題なのです。自分を中心とする欲望が大きく、自分を立てようとする欲望が大きく、自分を中心として外的世界を支配しようとするけれども、自分を主管することがもっと難しいのです。ですから、宇宙主管を願う前に自己主管を完成することです。これが幼い時から今日まで、先生の立ててきた標語だったのです。分かりますか? 自己主管完成です。

 それでは、自己主管完成に自信がありますか? どんなに自信があると言っても、男性の前に一番恐ろしい破壊分子が女性なのです。分かりますか? 女性の前には、破壊分子は誰ですか? (男性です)。

 皆さんも、十五、六歳になれば、男性が訪ねてくることは嫌ではないでしょう? 男性に対する関心がしょっちゅう起こってくるでしょう? (違います)。それは、嘘です。違うと言っても、一年生の時はそうだけれど、二年生になり、三年生になり、高等学校の一年生になり、二年生になり、三年生になるとそうなるのです。そうなるようになっているのです。ですから皆さんが「違います」と言っても、それは嘘です。

 それでは、女性の皆さんに一つ尋ねてみましょう。男性に見られると、恥ずかしい表情をするでしょう? 皆さん、そのようなことを感じなかったのですか? 男性に見られると、変に恥ずかしくなって胸がドキドキするでしょう? それはどういうことかというと、男性に関心を持っているということなのです。関心を持っていなければ、どうして顔が赤くなるのでしょうか? そういうことなのです。

 自己主管完成において、一番難しいことは寝ないことです。その次は、お腹のすくことです。その次は、愛なのです。その中でも、一番大変なのが愛なのです。御飯を食べることも我慢できるし、寝ることも我慢できるけれど、愛に対する問題は我慢することが難しいのです。

 ですから、東洋思想では、「男女、七歳にして席を同じくせず」という言葉が残っているのです。愛が一番危険なのです。ダイナマイトと同じです。お互いに好きになれば、火がついてパチパチと燃えあがって、爆発してしまい、体がずたずたになって飛んでいき、首が取れてしまうのです。極めて危険なことです。

 皆さんの個人完成において、女性には一番の怨讐が誰かというと、男性なのです。男性にとって一番の怨讐が誰かというと、女性なのです。男性をどうしてアダムだと言うのかというと、「あー塀(ダム)がある」ということなのです。男性に対しては塀を作らなければならないというので、アダムと言うのです。女性はどうしてエバと言うのかというと、エバが堕落したので復帰して完成してこいということなのです。すなわち、「してこい」として、ヘワ(エバ)と言うのです。男性はアダムなので、塀(ダム)をつくって、エバが越えて来られないように高くしておくのです。

 また女性は、絶対にエバのようになってはいけないのです。天使がラッパを吹きながら、「おい、お前、新郎を迎えろ」と言っても、「しません、しません」と言わなければなりません。神様が「あなたは新郎を迎えなさい」と言っても、「しません、しません、しません」と三回まで言っても、それでも、「しなさい」と言えば「あなたは神様ですか?」と尋ねるのです。「もちろんそうだ」と言っても、「私は分かりません。証拠を出してください」と言わなければなりません。そのようにして、夫を迎えるのです。そして、復帰してこなければならないので、ヘワ(エバ)なのです。いつも女性たちが事故の原因になるのです。ですから、理想相対ということは、今の自分とは遠いものであるということを知って、早く自分自身の完成をしなければなりません。

 皆さん、娘さんたち、十七、十八、十九歳になれば、もう体も大きくなったので、美男子と二人、綱でぎゅうぎゅうに縛りつけられて、一つの部屋に入れられたとしても、背中で氷が凍るようでなければなりません。男性が、氷のように冷たく感じて「アイゴー、嫌だ!」と言うようにならなければなりません。「アイゴー、熱い電気が通る!」と言ったらだめなのです。「アイゴー、どうしてこんなに冷たいのか。まるで氷みたいだなあ! これは何だ、これは何だ!」と言うようになってこそ、完成したエバ、あるいは完成したアダムという公認を受けることができるのです。分かりますか? これは大変なことなのです。そのようにして、堕落線を越えて、理想相対を得ることができるのです。原理がそうなっているのです。

 それゆえ、この道を行くようになると、そんなことが多くなるのです。先生も、たくさんそんな経験をしたのです。たくさんの女性たちが霊的に誘惑してきたのです。それも絶世の美人たちです。そんなことがあるのです。必ずあるのです。

 それでは、皆さんが完成したのか、完成できなかったのかということは何によって知ることができるのでしょうか? いくら、体格のいい美男子がいても、無関心でなくてはなりません。また、いくら素敵な美人がいても、無関心でなくてはなりません。「無関心でないとだめだ!」。こうして、それらをパスして、次に「お前は、もうこれだけ勝利すれば、理想相対に対して考えなさい」と言われれば、その時には目をパッチリと開けて、精神をしっかりと持たなければなりません。そして、「さあ、選んでみなさい」と言われた時には、女性の後について回って選ぶのです。

 そこで、合同結婚式をするために、各国から、若い女性や青年たちが皆、集まってくるのです。何千名という人々が集まってくる中で、「お前の好きな人を選んでみなさい」と言われれば、その時は、皆さんの思いのままに選んでもいいのです。それゆえ、先生が「祝福家庭の子女たちは集まりなさい」と言う時まで男性は何でしたか? 女性は何でしたか? 女性はきつねのようであり、男性は狼のようなのですね。これは間違いないのです。(一九七八・一〇・九)














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