真の父母
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A 真の父母という言葉は誇るべきでありとてつもない

P.41
今まで我々継代の立場は、我々千万代の先祖たちが皆復活して、その復活した栄光を褒めたたえるとしても、それは堕落圏を脱しえない栄光であり、褒めたたえでした。

しかし、今日統一教会で言う真の父母というその言葉は、皆さんの立場は悲惨であっても、数限りない先祖たちとともに、あるいはこの地に勝利をもたらして万民解放圏を持った栄光の位置で褒めたたえる以上の価値を持った、誇るべき言葉であるという事実を皆さんは知るべきです。父母様に会った中で、神様に会うことができる道が連結するのであり、統一教会に出会ったこの位置は、遠くない将来に、神の国と父母様の願う祖国を探しうる道が連結しているという事実を知るべきです。

今まで人類は、生まれた国が違い、文化背景が違い、国境を異にして自分たちの祖国だと言いながら、歴史的な先祖たちが暮らしてきて、今の我々も暮らし、後孫たちも暮らすでしょうが、それは全部が堕落圏であることに間違いないのです。

皆さんは、その堕落圏を蹴って出て、今日の勝利を先祖たちとともに、自分の一族とともに、未来の後孫の前に誇り高く褒めたたえうる、勝利の栄光を褒めたたえうる、愛の祖国を探すべきです。その愛の祖国の中で、愛の父母を持つことができ、それだけでなく、祖国の中心である神様がおられるなら、神様に侍ることのできる位置だと言うときは、それ以上の栄光の位置はないというのです。皆さんはそれを知るべきです。(一三八\一〇六)

メシアは何か? 神様の愛を完成したアダム格であるために、本然の父の資格として来るのです。

それゆえ、その父を中心として、母がセンターとして、神様の本然の愛を中心としたその基盤を中心として、個人、家庭、氏族、民族、国家基準までの所有権が、真の愛を中心としてメシアのものとなった後に、国家のものであり、国民のものであり、家庭のものであり、個人のものであるという所有権版図が広がらなければならないのです。

ですから、メシア本然の愛が、初めて個人から国家まで形成されて、ローマと世界までその波紋が伝播されていたら、今日の再臨思想はありえなかったのです。

このように見るとき、アメリカが神様の愛の圏に属した国か? どうですか?(違います)。ご覧なさい。この地球上に、そのような過程を通過した国があるか?(ありません)。そうなのです。キリスト教を中心とした数多くの教会が、このような神様の愛の原則に一致した所有権に属しているかというとき、どうですか?(いいえ)。絶対的にありません。天国が地上にはないのです。

このように考えるとき、歴史を通じて真の愛、真の父母という言葉がどれほど偉大で、どれほどとてつもないかを知るべきです。

これだけが堕落圏内を貫いて、サタン世界を貫いて、上がっていくことができる一つの基地です。ですから、その真の父母という言葉をありがたく思うべきものであり、それ自体はさておいて、言葉だけ千回聞いて、万回聞いて感謝して余りうる内容だということを知るべきなのです。(一二九\一九四)











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