真の父母
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C 真の父母という言葉は恐ろしい言葉

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統一教会での恐ろしい一つの教えが何か? それは「真の父母」という言葉です。この言葉は、神様も恐がる言葉であり、サタンも恐がる言葉です。我々人間は、サタン圏内にいる人間であるために、真の父母を中心として見るときに、彼に従っている人たちは、彼のみ言によって審判を受けるのです。

このような方が出てこなかったらいいのに、出てきたために審判しなければいけない立場に立つので、神様がその方の言葉を聞いてあげるのです。また、サタンがなぜ真の父母という言葉を恐れるか? この言葉を信じて従おうものなら、自分のすべてが破壊されてしまい、破綻してしまうためです。それで、彼には極めて恐ろしい言葉になるのです。

サタンは、いつも真の父母の行く道を妨げ、倒れるのを願い、悪くなるのを願う立場にいます。ですから、皆さんがこの道に従って行くのに、どれほど信じて従うかというのが問題になるのです。皆さんが、そのような先端に立ったなら、一歩一歩、行動一つを千年以上の精誠を尽くして、感激しながら行こうとしないといけないのです、それが今日皆さんの行くべき道であることを知るべきです。(六五\二七七)

私は、真の父母の名前がどれほど恐ろしいかということをよく知っています。私は平穏な位置を探すために生きる道を取ったのではなく、このみ旨の使命を完結させるために、今まで闘ってきました。

過去を回想すれば、事情も多く、無念なこともたくさんありましたが、あなたの事情、あなたの無念さに比べられないことが分かったので、ひざまづいて涙をあなたの前に見せられない、恥ずかしい姿であることが分かるのでございます。そのようなことを感じる私の心をお分かりになり、この日を期して天上世界と地上世界の門を開いてくださいませ。(一三四\一一六)

問題は何か? 真ということ、すなわち真の父母ということです。真の父母が何か? 真の父母という言葉がそんなに簡単な言葉ではありません。いちばん恐ろしい言葉です。その言葉がどれほど恐ろしい言葉か分かりません。

この真の父母という言葉一言のために、歴史が左右されます。この言葉を見つけ出すために、今まで数多くの先烈たちが犠牲の道を行きました。連続的な血の闘争を経て、身悶えし、絶叫しながら希望を抱いて探し出した名前が、真の父母という聖なる名前です。

真の父母の前には、真の子女がいなければなりません。それで、皆さんが真の子女になりましたか? 考えてみて下さい。皆さんが真の子女ですか? 真とは、過去にも現在にも未来にも変わらないものです。(三三\一〇九)










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