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御旨と海 オーシャン・チャーチの設立
 1980年10月 1日 モーニング・ガーデン


敬礼の意味

 時々皆さんは私達の教会の習慣、例えば敬礼などを不思議に思うでしょう。「どうして我々はこのようにするのだろう」とひとり言を言うかも知れません。それは世界のあらゆる所で、何千年もの間の習慣になっているのだけれども、その詳しい説明を聞けば、なぜ私達も敬礼するのか、もっと容易に理解できるでしょう。まず第一に、それは極めて象徴的な行為なのです。皆さんが四肢を用いて敬礼するということは、皆さんが四位基台の上に立っていることを意味しています。この敬礼も正しい主体、対象関係を表しています。つまり敬礼することにより、皆さんは高い所から低い所へ移動しますが、これは天と地の縦的関係を象徴しているからです。

 敬礼するためには、皆さんは緊張せずに自然の姿勢で立ち、一方の足をもう一方の足の少し前に出します。右足は男を象徴し、左足は女を象徴します。右足が左足よりも少し前に出ます。これも男が主体で、女が対象である関係を象徴しています。敬礼することによって体のあらゆる部分が一カ所に近づいて来ます。これは四位基台が、どのようにして一つになるかを表しているのですね。

 頭は神様を象徴し、両腕は男と女、そしてその関係を表します。両足は地上を代表します。だから、私達が両腕を上げて頭に触れる時、これは主体と対象が互いに一つになり、さらに神様とも一つとなり、それから下がって来て地上と一つになることを示しています。顔さえも、この全体の関係を象徴しています。両眼は神様を、鼻は男と女(一つだけれども二つの部分からなっている)を、そして口は地上をそれぞれ象徴しています。両眼は物を見ます。これは天を表しています。胴体つまり体は、宇宙を象徴しています。

 言い換えると、宇宙は四位関係の基台の上に立っていることになります。このようにして神様、ならびに神様を代表する人々に尊敬の意を示し、挨拶をすることは大変意に適っています。韓国にはこの習慣が何千年もの間続いています。しかし、私達がこれを行うのは韓国の習慣だからという理由のためではなく、それが原理に一致しているからなのです。このように子供達が毎日、毎朝、両親に挨拶します。

 皆さんが子供達を、特に母胎内にいる時の子供達を見れば分かることですが、彼らは自分達の指を握り締め、拳をつくっています。どうしてでしょうか。親指は神様を、そして他の指はそれを取り巻く四位基台を象徴します。もし皆さんがそれがそれを見て、体がどれほどまでに宇宙のあらゆるものを反映しているかに気がつくなら、世界各国でなされているあらゆる挨拶の中で、この挨拶が最も包括的で、最も意味深いものでということが分かるでしょう。我々が神様の前で、またお互いの前で一体何者であるかといことを、とても意味深いやり方で私達に思い出させてくれるので、この挨拶が敬意を表す最も正しいやり方です。皆さんは自分達の教会とか、皆さんが働いているミッションの場所とかで、日曜日の敬礼式をちゃんとやっていますか。毎週、毎月、そして毎年行うということ、これも大変重要なことですね。その場所に、男とその妻(祝福されていれば)は、東の方向に敬礼すべきですね。それは太陽が昇る方向だし、さらに神様を象徴しているからですね。敬礼できる方向としては、もう一つ北があります。それは最も高い真の北極がその方向にあるからです。さらに歴史を通して人類の道しるべとなっている北極星も北の空にあります。

歴史の最初の種子

 歴史には数多くの文明が存在しました。北の文明は現在では共産主義社会です。分かりますか。現在共産主義は多くの国に広がって、またまさに世界を征服せんとしています。それが共産主義者達のもくろみであり、かつ彼らはそれをやる実力を持っています。これはサタンの最後の仕事なんですね。しかし、春が来れば、最も遠い北極ですら氷解しなければなりません。統一主義とは何でしょう。それは新しい文明の始まりです。簡単に説明しましょう。古代文明は、エジプトのような熱帯地方にありました。古代文明は暑い所から始まりました。だから「夏」の文明と呼ぶことができます。今日、ヨーロッパのように、それらの時代から発生した温帯から寒帯にかけての文明があります。それらは「秋」の文明と呼ぶことができます。秋になれば葉が木から落ち始めます。同様に、これらの文明が過去の偉大さにもかかわらず、衰退しつつあるのを私達は知っています。木はその葉を失い、裸の枝だけが残り、その他はすべて落ちてしまっています。その後、北から冷たい冬の文明、共産主義が広がり、秋の文明がそれに吸収されるでしょう。以前の状態のままでいることはできないのです。冷たいのは無慈悲です。共産主義は無慈悲です。それが一旦介入すると決めたら、とことんまで介入します。その前に立ちふさがるものは何でも、完全に排除してしまいます。この点から見て、私達にはまだ「春」の文明は訪れていないと確信を持って言うこうができます。人類は元来、春から始まるはずであったということを皆さんは知るべきです。私達は歴史を振り返ってみて、文明に春は一度もなかったことを知っています。だから恐らく、現在が真の愛の始まりであり、真の愛の結実が初めて隆盛を極める時でしょう。

 もし我々が春から出発して夏、秋、冬へと発展して行ったならば、その実は最初の種子から生長したことでしょう。しかし最初の種は植えられなかったので、冬が来たら何も残りませんでした。もし種が植えられていれば、それは冬の間深い所へ深い所へと潜り、次の春にはさらに大きくなって出て来ます。しかし最初の種がなければ、その実は死んでしまい、次の春には何も残らなくなってしまいます。

 もし冬を生き抜くつもりであれば、厳しい寒さに生き残るつもりならば、皆さんは種をもっていなければなりません。堕落人間の歴史は最初の種子から始まりませんでした。神様は新しい歴史を始め、今度はそこに自らの種子を植えなければなりません。ではその種子はどういう種子であるべきですか。それは最も強靭で、堅固でなければなりません。もし皆さんがそのような者であれば、最も厳しい冬が来る前に植えられたとしても、その冷たさは皆さんを破壊することはないでしょう。皆さんはその冷たさによって割られてしまうことなく、春が来たら、皆さんは花を咲かせ始めるでしょう。

 神様はこのように科学的方法で創造されました。実際、神様は最高の科学者です。水にしてもそうです。水が凍り始めるとその体積が増します。堅い殻に守られている松の種もそうです。殻もある程度の水分を含んでいますが、それが冷たくなり凍り始めます。それを数回繰り返して遂には割れてしまうまで、それは体積を増します。

 同様に、皆さん達統一食口も強靭かつ堅固で、しかも一枚岩でなければなりません。それから皆さんが前進し、共産主義あるいは我々が「冬主義」と呼ぶものと対決しなければなりません。それから皆さんの外殻は割れ、皆さんは成長を始めます。最後に実際に春がやって来た時、皆さんは成長を開始し、心おきなく春を迎えることができます。皆さんは完全に咲ききった、そしてすべての葉とその栄光を茂らせた花のようなものです。それが私達の目指しているものです。

 それから新しい文明、つまり春の文明の永遠の繁栄が始まります。これは漠然としか説明されなかったかも知れませんし、論拠はそれほど正確でなかったかも知れませんが、自然は、見て理解するのにそれほど困難なものではありません。皆さんには自然の中の種子の論理は理解できるし、もしこれが自然の中で物事を始める神様のやり方であるとすれば、それは人間の歴史を始める神様の出発点でもありました。他のものは全部、その点へと移行して行ったのです。最初の種子が失われたので、人類は再臨のメシアの到来まで、一つのサイクルを再び最初から始めなければならなかったのです。これが再臨のメシアの意味であり、ここから人類の永遠の繁栄が始まります。もし共産主義が本当に冬の文明であるならば、それは春の文明の前に来なければなりません。統一主義がその春の文明です。それはあらゆるものを一つにして、そして調和をもたらします。例えば春の暑い天候はそれほど暑くないし、寒い天候もそれほど寒くなりません。それはちょうど、三五度から三八度という、人間の体温のようなものです。この体温の範囲内であれば、あらゆる細胞、また生物形態は繁茂を始めます。これが、天国あるいは我々の用語でいえば「理想世界」です。もし皆さんにこれが理解でき、その正しいイメージが把握できるならば、皆さんは全人類歴史について、すなわちそれがどこから始まったのか、そしてどこでどのように終わるのか、十分に説明することができます。

 共産主義者達は典型的な寒い天候です。彼らは他人に襲いかかり、殴り、完全に叩き潰そうとします。しかし、我々の方法は至る所に平和を実現し、あらゆるもの、最も冷たいものですら溶かしてしまうことです。たとえあらゆるものが溶けたとしてもそれは先へ先へと進み、生命が繁茂するようになります。

  それが理想主義です。ではその理想主義はどこから始まるべきですか。それは男と女から始まるらなければならなりません。不幸にも、最初のエデンの園で最初の男と女は、理想世界を始めることができませんでした。そうならば、我々が東方に向かって敬礼するのはすばらしく、そして重要なことではないですか。それは文明の最初の出発点のことを我々に思い出させ、人間の運命が高貴でかつ永遠であるべきだということを示しています。東は栄光を、そして北は権威を表します。太陽は東から昇り、毎日栄光を運んで来るし、北は最高点すなわち名誉と権威の点です。皆さんはこれらの方向に敬礼する時、人間は栄光と権威を持つべきだと言っていることになります。

 権威がますます高く上がって、最高点である神様に達します。栄光は東から西へ水平線上に移動するので、必ず拡大します。北は垂直で東は水平。これらの方向は人の中で出会います。しかし堕落は、これらの物すべてを変えてしまいました。堕落によって、女が男と一つとなる代わりに、男が女と一体化しました。でも今、私達は逆戻りに最初の位置を取り戻しつつあります。暫くして女は男と一つになります。これが成されれば、すべての縦と横の関係が復帰できます。夫と妻は一緒に敬礼します。それがこの意味するところです。

 理想的には夫婦は神に敬礼し、そして互いに敬礼し合います。それから男が座って、女が男に敬礼します。その後に共に並んで座ります。こうすることによって女は、堕落のエバにならないと言っていることになるし、男は堕落のアダムにならないことを言っています。これが朝の敬礼式、特に御辞儀のやり方についての意味です。その後、子供達皆がやって来て、同様の敬礼をします。両親は親の位置に座して、彼らの御辞儀を受けます。言い換えれば、子供達は自分の親と神様への関係を表明するということです。子供達は、過去のカインとアベルのような闘争はしないということを言っているとこになります。反対に彼らは平和と調和を維持し、四位基台の中で協力し合うことになります。それが成されれば、家族全体が一つになり、そして自分達の心情を表明することになります。

誓いの意味

 我々はまだ理想世界に住んでおらず、反対に悪の世界の真っただ中に生きています。だから私達は誓いを朗唱しなければなりません。我々は神様の御旨を成就することを誓いますが、家族が一つにならなければ、皆さんはこの誓いをすることはできません。神様は、男だけ誓うのを望んでいるわけでも、女だけが誓うのを望んでいるわけでもありません。神様は男と女がまず一つになった後、一緒に神様に誓うことを望んでおられます。

 誓いには五つのセクションがあります。第五番目は、前の四つ全部の結論を述べています。まず初めに一つの主権を誇ることを言います。この世界には数多くの政府がありますが、我々は一つだけを誇りとします。誰がその一つの主権を打ち立てるのですか。それは我々がやります。我々食口がそれをやります。我々はそういう理解をしなければなりません。

 人類最初の主権は誰が持つべきだったのでしょうか。アダムがそれを持つべきでした。今、アダムの代わりに皆さんが、その失われた主権を復帰しなければなりません。皆さんはその最初の家族の単位を復帰しなければなりません。それがまず第一です。我々は、一つの民を誇りに思うこともはっきり理解しています。つまり、天の下に集まった一つの民です。天国では、二種類あるいは三種類の人々というものはありません。白人とか、黒人とか、黄色人とかいったものはありません。そのような人類の違いは天国には存在しません。そういった違い、分離というものは、最も初期の頃、人間の堕落によって生じました。しかし神様の世界には一つの民しかいないのです。

 次に、神の下にある一つの国土を誇ると我々は誓います。神様が、北から来て南を訪問したいと思った時、一体パスポートが必要ですか。もし神様が必要としないならば、なぜ神様の息子、娘達がそれを必要とするでしょうか。どこでも自由に通行できなければならないし、国境があってもいけません。我々はこの点において違っています。サタンは多くの国家、多くの主権、多くの民族があることを誇りにしています。しかし我々はただ一つの主権、一つの国土、そして一つの民を誇りにします。それが真に、分裂したサタンや世界に対するわれわれの誓いと決意でした。サタン世界は一つの長い戦争の歴史ですが、一方神様の歴史はすべてを統一し、結合するための隠れた戦いです。だから我々は、数多くのいろいろな文化が持つ問題点を明確に理解しなければなりません。それは全部、出発点を異にして発展してきました。だから人類はいろいろな行動様式、形態を発展させてきました。そのために人々は互いに疎遠になりました。さらにそれは今日の摂理を遅らせ、混乱させている原因でもあります。サタンはこれを自分の長所として、うまく利用しています。われわれはこの頭の痛い問題を解決し、一つの文化を誇りたいと思っています。

 我々は一つの文化を誇ります。そして一つの文化は一つの言葉、一つの言語から生じます。実際、言語と文化は同じものでした。言語は本質的には文化のことです。ということは、結局は、皆さんも皆さんの両親が話すのと同じ言語を話さなければならなくなるということです。霊界では、皆さんはどの言語を使いますか。答えは簡単です。両親が用いる言語が、子供達の言語でもあります。

 不幸にも皆さんは母国語が分かりません。英語とは何ですか。それは神様の元来の言語ではありません。我々はなぜ、保育所で子供達に韓国語を教えているのですか。それは神様が介入することができる最初の言語だからです。もちろん我々は子供達に英語を教えます。そうしないと今日の世界で彼らが生き残ることができないからですが、少なくとも彼らが学ぶ最初の言葉は韓国語です。彼らはその人生の最も初期の時期から、母国語を学び始めることができます。その後に英語を学びます。これはやり過ぎだと思いますか。いや、それは最も良い始まりです。

 皆さんが一つの言語と一つの文化を誇るという時に皆さんは本当にそれを感じていますか。「私は誇りに思っている言語を、文化を、少しでも理解できるところまできている」と皆さんは思っていますか。そのことについて皆さんは考えたことがありますか。だからその句を言う時に、皆さんはその一つの言語と文化を本当に誇りにすることができないということを心から残念に思わなければなりません。その最初の春の文化に参加したいと皆さんは渇望しなければなりません。

 我々が求めているのは最初の春の文化であって、文化ならどれでもいいというのではありません。その文化には「アダム主義」を除いて、他には「主義」と呼ばれるものは何もありません。文化文明は、アダムとアダムの家庭から始まるべきでした。我々は一つの言語を持つべきでした。多くの言語は混乱を引き起こし、あらゆるものを分裂させます。ここアメリカでは多くの言語が話されており、そのために容易に闘争が引き起こされています。

 現在、統一食口である皆さんはどうですか。我々は三世代のうちに、我々が誇りとする母国語を学ばなければなりません。六十年以内に、我々は最初の母国語を話していなければなりません。先生は以前に、このことを皆さんに教えたことはありませんでしたが、この会議を通して直接皆さんに話しておきます。我々はほかに何を誇りにしますか。すべての子供達が一組の両親の周りに集まります。今まで述べた基本的な要素が全部確立されれば、子供達はその両親の周りに集まることができます。一つの世界、一つの国家、一つの家庭があるのだから、最初の両親も一組でなければなりません。そうじゃないですか。皆さんは、兄弟愛がなぜ一つの言語と文化の前に来なければならないのか、不思議に思うかも知れません。どうして我々の誓いではこういう順序になっているのですか。すべての人々が一つに集まらなければ、我々は兄弟姉妹となったことを誇りとする、一つの世界を創ることはできません。戦わなければならない戦争がまだあります。今皆さんは両親を心置きなく誇れますか。いいえ。皆さんはこの世から絶えず攻撃されているのですから、誇りに思うゆとりはありません。皆さんはいつも防衛態勢にあります。皆さんは「共に我々の両親に従っていこうではないか」と、世界に向かって宣言することはまだできません。誓いの第五番目に言われていることは、すべて成就されなければなりません。そしてその後、私達は自分達の誇りを自由に表現することができます。

 その後どうなるのですか。人類の伝統が始まります。最初の親を一人持つことに誇りを感じるようになって初めて、皆さんは一つの心情世界を創ることができます。そして皆さんは、それをなす役軍であることを誇ることができます。そこには何らの区別もありません。白も黒も黄も何もありません。あるのはただ一つの家庭と一つの伝統だけです。

 皆さんの結婚が国際的なもの、あるいは異人種間の場合、その子供達は皆違ってきます。異人種間の一つのカップルでも、その子供達は同じではありません。ある子供は母親により似ているだろうし、他の子供達は父親にもっと似ているかもしれません。皆さんはその子供達を差別するでしょうか。父親が「ああ、この子は肌の色が私に近いから、私はこの子を特に可愛がろう」と言うでしょうか。心情があればそこには黒も白もないのです。

 誓いの中で言っていることを注意深く調べるならば、私達はあらゆるものを正しい観点から見ることができます。先生は説教する時にはいつでも、これらのものを全部順番通りに見ています。先生はいつもそれを心に留めています。皆さんはどうですか。それを考えていますか。先生はどの説教でも最後は皆「アーメン」で締めくくります。誓いの最後に我々は「これを、すなわち、五つのセクションを全部成就するために生命をかけます」と言います。そういう結論を述べることによって皆さんは、この誓いを他のどのようなものよりも大切にするということ、従って悪い勢力に打ち勝つためには自らの生命をかけてでも戦い、誓いの中で言われた約束を実現します、ということを言っていることになります。皆さんは、一つの心情の世界を創らずしては死にたくはないと言っています。これを達成しないで霊界に行ったならば、そこに着いた時点から私達はすべてをもう一度最初からやり直さなければならなくなります。誓いについて、今まで誰も質問した人がいないのを先生は不思議に思っていました。誓いの中にどうして特定の順序があるのかとか、それがどう意味を持っているのか質問した人が誰もいませんでした。どうして先生がそのように誓いを書いたのかと質問に来た人が誰もいませんでした。

 敬礼の仕方も、誓いの中で我々が言うことも、全部一つの意味に到達します。何をしようとも、我々は天国で行うべきことを行っているのだという思いを持ってそれをしなければなりません。我々が誓いをする何らの汚れも妨害もない新しい一日の初めは、天と我々の深い親密な関係を持つ瞬間です。自分が今どこにいるのか、人類と天のために何を達成しようとしているのか、我々は瞑想します。その瞬間、その数時間を持って、それが何と意味深いものであるかを我々は知るべきです。もしそれを感じることなく、ただ時間を無駄に過ごすとすれば誠に哀れなことです。

 新鮮な果物を食べる時「私は天国にいるような気持ちでこれを味わっている」と私達は考えるべきです。被造物をこういう深い心情でもって食べるべきです。どのような行為も、理想世界での生活の実践だと考えなければなりません。敬礼だって同じことです。誠実さを持って、自然にそれを行うべきです。そうすれば誰も皆さんをせかせる必要はありません。いつ敬礼するのが適切なのかを、皆さんは知らなければなりません。

 先生がこういうことを皆さんに言っているのは、今朝この会合が始まった時のことを考えているからです。金氏が「敬礼」と叫んだ時「なぜ叫ばないといけないのだろうか。どうして皆は、自然にそうしたいという気持ちにならないのだろうか」と先生は考えました。先生はそういうことに不自然さを感じましたし、皆さんも変な気持ちになっただろうと思いました。しかしいったんその意味を知り、その方法と理由について詳しい説明を聞いたからには、すべて後は皆さん次第です。皆さんはこういう重要なやり方によって、心の奥深くに感じていることを表現することができます。

東と西の関係

 西洋の挨拶の仕方は横的です。友情を示す握手、つまりそれは横的な運動です。「あなたと私は平等です。だから共にうまくやっていきましょう」とそれは言っています。しかし、東洋のやり方は、心の中に縦的な関係を持っています。縦的な関係が最初にきます。まず最初に目上の人に会い、挨拶をしなければなりません。それから若いメンバー達の世話をします。両方とも必要だけれども、どちらが先にきますか。縦的な関係がまず確立されなければなりません。それから横的関係を結ぶことができます。

 西洋文化ではすべての縦的関係を排除することに、ある種のプライドすら感じているでしょう。しかし現実にはこれは、人間関係の本当の発展を遅らせることになります。理に適ったもっともなことだと皆さんは思っていますか。人間関係が円滑に営まれるためには、まず縦的な関係が先にきて、その基盤の上に横的関係がくるべきです。これは東洋文明と西洋文明の違いを示しています。

 西洋の人々は何か新しいものを探しており、新しいアイデアを東洋に求めています。東洋は西洋から新しいアイデアを求めていません。けれども、物事を行う新しい方法を見いだすことには関心を持っています。だから彼らは技術とか、西洋のより外的習慣とかについて、何かを見いだしたいと思っています。東洋の人々は古い形式的な習慣とか、狭い宗教的な考え方に疲れています。「こんなことをして何の利益になるのだろうか」と彼らは言っています。彼らはもっと実用的なやり方を学びたいと思っています。だから彼らはアメリカにやってきて、物の製造方法、建築工法、物流方法を学びます。これは実際とても良いことです。東洋からより奥行きのある考え方、そして西洋からは事物の優れた扱い方がでてきます。

 皆さんにとってはそういうことがたまたま起きているわけですが、何事にも「偶然」ということはありません。摂理がどのように進むのかということを知りさえすれば、皆さんにも物事の背後にある道理というものが見えてきます。だからそれを見つめてみましょう。西洋の男性と西洋の女性をとってみると、西洋の男性は、もし他に取るべき道があれば西洋の女性を選んだりはしません。他に取るべき道がたとえなかったとしても、男性は女性に仕えたり従ったりしたくはありません。男性はする必要がなければ、そうしたくないということです。「ここから飛び出したい。こういう生活は、無意味だ」と男性の中の何かが彼に呼びかけます。

 東洋の女性はそれほど活動的ではありません。しかし彼女達の静かで落ち着いた性格は、一言も語らずとも多くのことを語っているかのように見えます。西洋の男性がそれを分かれば、彼らは引きつけられます。西洋の女性はとても良く喋ります。けれども東洋の女性はそんなに喋りません。それが一般的傾向です。しかし東洋の男性達は「うちの女性達は何も表現しない。何のためにここにいるのだろう」と時々思います。東洋の女性達は、何もしないでただじっと座っているように見えます。だから東洋の男性は「もしアメリカの女性と結婚したら、人生がとても楽しくなるだろう」と考えます。

 アメリカの女性達も、心の底では誰かに正しい方法で主管してもらいたいと望んでいます。先生のような人にね。先生は必ずしも温和な性格ではありません。先生は、時としてはとても強靭で苛酷な要求をします。押しまくって妥協を許しません。時には皆さんもそういうのが好きです。「私もそういう一貫性のある男だったらいいな」と時々皆さんは言うでしょう。女性は自分達と同じような優しい人が好きなんだと一般的には信じられていますが、実はそれとは正反対に、恐らく強い人を好むでしょう。男性は自分達と同じ男性的な人だけを好むという考え方も正しくありません。一方が他方より優れているというようなことではなく、そういうことを言っているのではありません。男と女は互いに異なっているがゆえに、相手のためにお互いが創られているということです。男の子と女の子の双子のようなもので、完全には似ていませんが同じ親から出てきています。内面から知るようになれば、彼らにはそれほどの違いはありません。もしある物の真ん中に線を引きそれを半分に割ったならば、同一のものを二つ得ることになります。まあそれは大体似たような意味で、男と女は同じものなのです。しかし、一つになることを経験することができるように、やはり異なってもいます。そこが素晴らしいのです。分かりますか。

敬礼式の準備

 敬礼式の前夜、喧嘩した夫婦がいたとします。彼らはお互いの間に、そういうことがある限り、敬礼式に来るべきではありません。それは偽善なのです。ある種の蕩減を払って悔い改めをすべきです。互いに謝罪すべきです。もし彼らがそれを行うならば、つまり一方が「私が始めたことです。すみませんでした」と言い、他方が「まあ、私の方にも落ち度がありました」と言うならば、二人はやってきて一緒に誓いを述べることができます。皆さんは心に葛藤を抱いた状態で、天の前に出たいとは思わないでしょう。誓いは週に一度、月に一度、そして年に一度、心を洗浄する機会であるということが、誓いの持つ深い意味なのです。

 皆さんは朝早く敬礼式を行っています。そして「こんなに早く起きて敬礼するこの伝統をお父様が廃止してくださったらいいな」と何度も思ったことがあるでしょう。皆さんのうち、誰もがそのように思ったことがあることを先生は知っています。そのように思ったことがない者、手を挙げてみなさい。まあ、先生も時にそのように感じることもあります。四時に起床してその後、一日中働くのがいやだと思う時もあります。しかし、我々が自分を反省し、誓いの中で言っていることを考え、それと自分とを比べていけば、毎週毎週我々は良くなっていきます。自分を完成させるには時間がかかります。魔法の力でもって、いっぺんにやってしまうことはできません。それは何日も、何週間もそして何年もかかるのだから、絶えず我々は努力していかなければなりません。小学校を卒業するには六年かかります。天国へ行くための勉強をしているとして、皆さんはそれを一晩でできますか。皆さんは曇り空を見て「ああ、今日は雨になるかも知れない。学校へは行きたくない。この嵐の中を行きたくないな」と言います。それができますか。それが許されますか。学校へ行きたいと思った日は数日しかありませんでした。大抵、皆さんは疲れていたか、雨か雪が降っていたか、あるいはその他に何かがあったでしょう。しかし皆さんは毎日学校へ行きました。一日三度の食事はどうですか。それに疲れを感じることはありませんか。疲れたとしても、何があろうとも、皆さんは一日に三度食事をしますね。ではトイレに行くことはどうでしょうか。あまり立派な場所にないからという理由でトイレに行くのが嫌だった場合、しかしどうしても行かねばならない時、皆さんはそれでも行くのを拒みますか。たとえその場所を使いたくなくても、行った後ではずっと気持ちが良くなりますね。皆さんは本当に疲れているかも知れません。やりたい気分にはならないかも知れません。しかしやった後でいい気持ちがします。だからそれをやります。

 敬礼式の時には、皆さんはシャワーを浴びるか、風呂に入って身を清めなければなりません。それは霊的なものに対しても当てはまります。前の週に何か間違ったことをやっていれば、それについて考え、そして祈って、敬礼式の準備をしなければなりません。自分の体の各部について考えてみるのです。もし手が何か悪いことを、例えば人を押したり殴ったりしていたならば、皆さんはそれを心から悔い改めなければなりません。もし前の週に、あるいは前の月に、あるいは前の年に、他人に対して悪い思いを持ったことがあるならば、それを悔い改めなければなりません。

 毎週、このような時を持てるとは何と素晴らしいことでしょうか。皆さんは自らを清め、準備することができます。それから最も純粋なやり方で敬礼することができます。少なくとも数分間、敬礼する前に深い祈りを捧げなさい。前日の夜、風呂かシャワーを浴びることは、そのことをとても意義深いものにします。皆さんは自らを清め、敬礼式で神様と再び会いまみえるための準備をしています。それから天に対して「今夜、私は清いですから私の近くにいてください。そして朝お会いしましょう」とお願いすることができます。その夜、夢の中で何か良いものを見せてくださいと神様にお願いすることすらできます。そうすると敬礼式は良いですか、それとも悪いですか。今日から皆さんは変わらなければなりません。決して甘い気持ちで、あるいはいやいや敬礼式を行ってはいけません。反対に、心から喜びをもってそれを行うべきです。いつでも、新しい週の一番初めは、新しい皆さん自身の一番初めでもあります。自分自身や自分の配偶者そして子供達のことを思いながら、それらの関係に何か間違ったところがあればそれを清めます。それほど敬礼式は真剣なものです。敬礼式を行えるというこの大きな特権を、皆さんは骨の髄まで感じなければなりません。

 聖書は誓いを立ててはならない、宣誓してはならないと私達に警告しています。これは人間が神様にそうするための条件を持たなかったからです。しかし、今はその基盤が打ち立てられ、皆さんは敬礼式に参加することができます。だからこのようにして、神様の前に来れるということは、何と偉大なことかということを皆さんは考えなければなりません。先生は皆さんが儀式的に敬礼式をやっているのではないか、ただ分からずに習慣としてやっているのではないかと心配しています。ユダヤ人達がヤム・キブンつまり贖罪の日にユダヤ教会へ行く時のように、皆さんもとても真剣で厳かでなければなりません。この儀式は家庭の中に天国を建設するためにとても重要なものです。分かりますか。

東洋文化の理解

 今我々はその重要な点について知りました。皆さんは神学校卒業生で、この運動の指導者になるのだから、この点について真剣にメンバーを教育しなければなりません。皆さんは彼らを良く教育しなければなりません。今、韓国語を勉強している人達にしてもそうです。先生の英語は進歩しているけれども、皆さんに英語で話すつもりはありません。特に皆さんと韓国で会うような場合、先生は英語は話しません。もし先生と話したければ、皆さんは韓国語を使わなければなりません。

 別の言語を学ぶことは不可能なことではありません。食口は誰でも約二年間、韓国に滞在すべきだと先生は思います。皆さんは社会の最下層へまず行って、そこから一段ずつ上へ上って行くべきです。そうすることによって、皆さんは間違いなく韓国語を学ぶことができます。そういうことをしたくないと考える人は、皆さんの中には一人もいないと思います。皆さんは霊界へ行って、先生の話すことが理解できなければ恥ずかしいと思うに違いありません。皆さんは先生がこれを気まぐれで言っていると思いますか、それとも本当にそうだと、特に霊界では本当にそうだと思いますか。今から二十年後の西暦二〇〇〇年までに、皆さん全員が韓国語を話さなければなりません。今まで皆さんには他にやることがあったので先生はあまりそのことを強調しませんでした。一九八〇年以降、我々はこういう点にもっともっと力を注ぐようになります。韓国語を学ぶ時間を正式に持つようになるでしょう。必要なことです。そうだと思いませんか。

 ある人々は韓国語を覚えるのは非常に難しいと言うけれども、そんなことはありません。韓国語は論理的に構成されています。皆さんの頭はいずれにせよ、論理的に物事を考えるようになっています。そのように皆さんは創られています。韓国語はあらゆる音声を含んでいます。だから韓国人が別の言語、例えば英語を学ぶ場合、非常に早くそれを修得し、とてもうまく話します。日本人は決して韓国人のようにうまく、英語を習得することはできません。日本人にはとても難しいのです。なぜならば、日本語はたくさんの音声を欠いているからです。韓国人達が中国語を学んでそれを上手に話す時、彼らは実は外国から来た人だとは中国人には思いも及びません。韓国人が日本語を上手に話す場合にも同じことがいえます。この人はもともと韓国人であるとは、日本人は考えることすらしません。韓国語はそのぐらい幅広い音声と発音を含んでいます。また韓国語の形容詞、特に宗教用語は豊富で変化に富んでいます。心とか魂の内面世界を表現するものがたくさんあります。こういう意味で韓国語は原理に非常に近いのです。ここでは皆さんは「ゆっくり」と言うけれども「ゆっくり、ゆっくり」とは言えません。あるいは「早く行け」と言うかも知れないが「早く、早く」とはいえません。韓国語には、こういう意味を強調できる言葉、アイデアをより鮮明に伝えることのできる言葉が含まれています。

 韓国では人々はスプーンと箸を使います。お膳立ての仕方、例えばどこに皿をおいて、ご飯茶碗と湯のみ茶碗はどこに並べるかについての、厳しい規則が韓国にはあります。そしてそれらの配置には必ず主体、対象の関係があります。中国はその最古の文明を自慢し、日本もその歴史を誇りとします。しかし彼らは韓国が持っている数多くの特質を持っていません。だから中国と日本と韓国を見て、それらは皆同じものだと、皆さんに思ってもらいたくないのです。それらの文化の間には無限の隔たりがあります。先生は「将軍」の本と映画について報告書を受け取りました。皆さんは間違って発音をしています。「ショー・ガン」ではなくて「ショー・グン」です。皆さんは「gun」とあるから「ガン(銃)」のことを思い浮かべて、そのように発音をするけれども、そのように発音をすると意味を持たなくなります。「ショー・ガン」と発音したならばガン・ショー(銃の展示会)のようになってしまいます。その点が先生は気になっていました。

 「将軍」とは「大将」のことですが、特別の種類の大将です。将軍とは天皇の次の位に当たる人です。いずれにせよ、人々はその番組に大変興味をそそられました。アメリカ全人口の五〇パーセントがその番組を見ました。彼らはそれを見て、東洋について知識を得ていると思いました。しかし、実際は大したものは含まれていないので、先生はそれについて大したことを語ることができませんでした。一カ所、二カ所興味を引かれるシーンがあったに過ぎませんでした。東洋について何らかを理解するためには、入り口に立つのですら、皆さんにとっては何千というシーンが必要になります。

 一つ面白い所に目が止まったのですが、それは日本人が「切腹」と呼ぶ、自分の腹を切る儀式でした。彼らにとってそれは名誉ある蕩減方法なのです。自分の責任を成就できなかったならば、解雇される代わりに自らの命を断ちました。もし本当に本気であったら、それ以上のものは何もありませんでした。皆さんは映画の中でそのシーンを幾つか見ましたね。現実には歴史の上ではそれは日常茶飯事の出来事でした。苦痛をやわらげるために、必ず誰かがそこにいて、首をスパッと切ってくれます。そうすることによって迅速に命を断ち、苦しむ間もなくすみます。それを誰が行ったか。その人の敵ではなくて最も身近な人がやりました。親愛の友とか、最も近い親戚の人が首を切ってくれました。一つの務めに伴う名誉というものは、それほど重要だったのです。またそれほどの真剣さが、生命と直結していました。彼らの生命はいつも危険にさらされていたわけです。この国アメリカにはこれと同じような概念は全く何もありません。責任を果たせなかった場合にはそのようになるということを、一度でも考えたことがありますか。日本人は侍の歴史の中でそういった誠実さと真剣さを経験しています。侍は武士階級に属しますが、もちろん武士は戦争時にはその力を最高に発揮しました。

 日本は今は戦争中でないけれども、その侍精神の一部を維持しています。だから急速に発展してきました。世界経済の中で彼らは大きな業績を成し遂げています。彼らは物事について怠惰ではありません。仕事の分野で、自分達の首が危険にさらされていることを、彼らは本当に感じています。彼らは、仕事に成功しなければ切腹しなければならないという思いを、ある程度今でも抱いています。過去数週間、このドラマを見ながら先生は「ああ、これは絶対アメリカ人には分からないだろうな。今後も長い間分からないだろうな」と何度も独り言を言いました。しかし自らを真剣な立場に置けば、絶対に分からないということはありません。皆さんに最も近い者が皆さんの首をはねるということ、そしてそうするためには愛が必要であることを考えてみなさい。自らの生命を心配するよりも、命令を実行することの方がもっと重要であるということを、これは示しています。日本人はこういう背景と気持ちを持っています。

 死なんとする者は生きると聖書に書いてあります。日本人はその伝統のゆえに、摂理の面で最善を尽くします。一度神様の御旨を理解すれば、そういう猛烈精神を持って、彼らは責任を果たそうとします。皆さんは日本人の中に多くの欠点を見いだすかもしれないけれど、その一点ゆえに、日本人は多くの障害を乗り越えているし、またしばしば他の諸国を陵駕することにもなります。話を続けた方がいいですか、それとも今朝食をとりたいですか。朝食をとるべきか、それともとらざるべきか。朝食は既にできていますが皆さんは欲しくない顔をしています。まあ、海が近いのですから、それをそのまま投げ捨てることもできます。魚が大変喜ぶでしょう。それでも良いですか。時には皆さんは働きたくないと思う時がありますが、食べたくないと思うことはないのです。しかし食べることと同様、あるいはそれ以上に働くことを愛するならば、皆さんの成功は保証されていることになります。働くことによって失敗するということは決してありません。そのために、食事と食事の間が長くなりすぎれば、自然と胃袋が皆さんを導くようになります。

 今朝皆さんが聞いたことは、今日の本題ではありません。朝食の後、もっと多くの話があります。本題ではないけれども、皆さんの日常生活において重要なことです。それは単なる概念ではなくて、皆さんの日常生活に役立つ実用的なものです。だから皆さんに必要なのです。だから何も気まずく思う必要はありません。縦的な挨拶の仕方と横的な挨拶の仕方というものがありますが、今皆さんは縦的挨拶の仕方の意味を知ったのですから、多くのことを学んだことになります。

 先生はアメリカのことを良く知っています。恐らく普通のアメリカ人が自分達のことについて知っている以上に、先生は知っています。また西洋の文明についても良く知っています。物事を実行に移すとか結果をもたらすとかのように、非常に良い面が幾つかあります。東洋人が皆さんから学ぶことは数多くあるし、実際それらを取り入れつつあります。皆さんの学習速度が速いということも、先生は知っています。皆さんの座り方でさえ先生は感銘を受けます。先生が最初アメリカに来た頃、皆さんはそういう座り方はできませんでした。でも今、皆さんは足を伸ばすことなく、いつまでも床に座っていることができます。最初の頃、アメリカ人達がよくコーヒー・テーブルの上に足を上げてテレビを見ていたのを、先生は目にしました。女性達ですらそうしていたのです。先生はまだそういうことに慣れていませんでした。皆さんは今から世界の人間になるのですから、東洋を訪問するとか、そこに住むということになれば、これらの点をよく心に留めて、またそれに敏感でなければなりません。さて「将軍」の番組に戻ると、その中で一人の俳優が「六つの心と三つの情」について話しました。そういう言葉はアメリカ人を当惑させます。皆さんはいつでも、答えがすぐに返ってくることを期待しており、すぐに来なければ東洋人が考えていることを推し量ろうとします。しかし、皆さんアメリカ人にはどうしても分からない。彼らがそれを表現しないからです。これが、伝統的に中国人が西洋人達よりも外交が上手だとされている、一つの理由です。西洋人は自分の思いをすぐに表現します。皆さんは自分の手の内を示しますが、彼らはそれを示しません。

 中国人は心の中で何かを思っていたとしても、そのまま真っ直ぐに北極まで進んでいって、何か全く別のことをやります。ずっと後になるまで、どうしてそういうことをやるのか分かりません。先生が三日間皆さんと一緒にいれば、皆さんのことが全部分かります。一方東洋の夫婦は、何年もの間結婚生活をしていても、互いのことをよく知るのにさらに何年もの月日が必要です。友人間においてさえも同じことが言えます。

 東洋の考え方と西洋の表現の仕方の間には、無限の隔たりがあります。皆さんは西洋人だけれども、まさに世界に出て行って、他の人達が考えていること、感じていることに思いを尽くそうとしています。だから先生は東洋人について、彼らが何に価値を置き、何に置かないかについて、あるいは彼らが何を無礼と考え、何を礼儀と考えるかについて皆さんに話しているのです。

 韓国は小国家です。過去においては大国が小国をのむ込むことがよく行われ、それに対して講じる

手段は全く何もありませんでした。ちょうど、大魚が小魚をのみ込むようなものです。それを食い止める方法は何もありませんでした。この点、韓国はとてもユニークです。それは小国家であり、侵略に対して勝利を得たことは一度もありませんでした。しかし、その度ごとに韓国は蘇りました。中国も、ソ連も、日本もその他のどの国も、韓国を完全にのみ込むことはできませんでした。韓国人はあらゆる状況に敏速に適応してきましたが、韓国人としてそのまま残り、韓国文化も維持することができました。韓国人は多くの場面を生き延びてこなければならなかったので、学ぶのがとても速いのです。さらに彼らは、ある意味では正義感にたけており、他人に依存しようとは絶対に思いません。すぐに独立します。彼らはアメリカの生活様式を観察し、その良い点を全部急速に吸収しました。また世界的観点で物事を見るし、人生についてもはっきりとした考えを持っています。だから状況を判断して、それについて急いで心を決めます。ますます多くの韓国人がハーバードのような大学に入学して、そこを卒業していきます。歴史的にはユダヤ人達が普通そういうやり方で前進してきましたが、韓国人も同じような才能を持っています。韓国人達が世界へ進出を始めた現在、数多くの分野で、彼らが影響を及ぼすようになるのを皆さんは見ることになるでしょう。

 もし韓国人と日本人が国家を共に作り上げて行ったならば、彼らはアジア全体に大きな影響をもたらしたに違いありません。しかしそうはなりませんでした。この二つの国が、あらゆるものを指導することになったかもしれませんが、それは実現されませんでした。先生は今未来を見つめ、韓国人とアメリカ人の夫婦の子供達が、どういうことをするか見守っています。これらの子供達の中からユニークな資質が現れるようになるのを先生は期待しています。

 先生は単なる一介の韓国人ではありませんが、韓国の歴史と文化の基本的な特質も継承しています。それらは基本的資質の一つですが、先生は一旦こうと決めたからには絶対に諦めません。先生はこの点に関しては徹しています。韓国は弱小国家ですが、征服されても征服されても何度も生き永らえてきました。また韓国は熱心な宗教国家です。生活のほとんどすべてが、宗教の基本的な意味と概念に関係しています。多くの人々が霊的癒しを経験しているし、霊界とこの地上界の間の相互関係についてはっきり知っています。彼らは自分達の先祖についても理解しているし、良い行為がどのように霊界に影響を与えるかということも知っている、あるいは感じています。

マッチングと祝福を通しての統一

 韓国人と約婚したアメリカ人は、とても興味深い人生を送ることになります。特に彼らの子孫達はユニークです。それは全く新しい種族と言ってもいいくらいです。皆さんの中で、そういう人はどれくらいいますか。いつ結婚式を挙げて欲しいのですか。今たくさんのカップルが待っていますが、もし全員を今すぐに祝福するとすれば、大統領がやってきて祝辞を述べるべきです。今そういう状態になっていますか。そういうことがあり得ますか。

 先生は国全体の事を考えています。だから軽々しく行動に移せません。簡単にはやれません。もしここアメリカで結婚式を行うとすれば、いろいろな国から数多くの人々を連れてこなければなりません。アメリカ人達は彼らを歓迎するでしょうか。結婚式場に誰かが爆弾を仕掛ける可能性、あるいは危険性があるでしょうか。そういうことについて皆さんは考えたことがありますか。今皆さんの結婚式を執り行えば、それは素晴らしいものになるに違いありませんが、それが順調に運んで、何事もなく幕を降ろすことができるように先生は心を砕いています。その結婚式をどこで行いますか。韓国にするか、日本にするか、英国か、それともアメリカにするかと先生は今考えています。

 確かに飛行機代は往復を考えれば、ある人達にはかなりの額になるけれども、先生はそれを心配していると思いますか。それとも、もっと大切なことを考えていますか。祝福を受けることのできる資格として、少なくとも三人を伝道し、教育して神様につなげなければならないと先生は何年もの間皆さんに言ってきました。さらに皆さんは八十四人を伝道する責任も持っています。イエス様は十二人の使徒と七十二人の門徒の間で労苦されました。彼は自らを中心として、これらの人々を一つに統一することができなかったので、それ以上進むことができず、祝福も受けられなかったのです。

 何が皆さんの理想なのですか。皆さんはホーム・チャーチで成功する以前に結婚したいのですか、それとも成功した後でしたいですか。皆さんはホーム・チャーチをもう全部やってしまいましたか。ということは、皆さんは霊界へ行く前に、もう一度祝福を受けなければならないことになります。この世が皆さんを歓迎するようになった時、皆さんがたとえ既に祝福を受けていたとしても、先生はもう一度皆さんを祝福しなければならなくなります。皆さんは教会レベルで、国家レベル、そして世界レベルで祝福を受けなければなりません。この三つのレベルが皆さんを認めなければなりません。そういうことを考えれば、結婚式とはそれほど簡単なものではありません。日本人と結婚した者達、手を挙げて。日本の男性と結婚したアメリカの姉妹達は、アメリカの男性と結婚したのとは違うものを何か経験していますか。良く研究してその違いが分かるようにならなければなりません。それらの違いは、皆さん達の関係における利点、あるいは長所となるかもしれません。

 先生ですら、いつの日か自分がこのようにして、これほど多くの人々と関係を持つようになるなどとは夢にも思いませんでした。さて、まだ約婚していない者、手を挙げなさい。そんなに多くはないですね。約婚について皆さんはどう思っているのですか。約婚している者達の中で、配偶者に不満を抱いており「よりにもよって、どうしてお父様はこういう人を私と合わせられたのだろう」と思っている者があったら、手を挙げなさい。誰もそう思っている人はいないのですか。少しでも思わないですか。一緒に生活をして子供を持つまでは、どういう思いがくるか誰にも分かりません。お互いにあまり好き合っていない者達の間から最高の子供達が出てくるかもしれません。そうなったら皆さんはどうするのですか。

 皆さんは一国の指導者になるかもしれない。あるいはそれを超えて、世界的レベルの指導者になるかもしれません。皆さんはそういう道を経て初めて、自分の結婚を評価することができます。典型的な例が、金栄輝協会長です。彼は祝福されてから三年以上も悩みました。どうして先生はこういう妻を私にくださったのだろうかと彼は考えました。そこで先生は「もう少し待ちなさい。分かるようになるから」と言いました。それから数年経った頃、彼は妻を尊敬し、愛するようになり、彼女なしにはやっていけないというほどになりました。それで今彼は、女性崇拝者なのです。しかし女性が悪い場合、それでも男は女性崇拝者になれるでしょうか。先生はある分野での専門家だとすれば、少なくとも人間と神様の研究の面では専門家なんですね。先生は神様の心と人間の心を徹底的に研究しました。実際、皆さんは先生に何も言う必要はありません。皆さんを見さえすれば、皆さんが配偶者に対してどういう思いを持っているか、先生にはすぐに分かります。先生は一組のカップルが霊的にどのようになるか、正確に予言できます。先生が皆さんのマッチングをした時、皆さんと同じレベルに立って、それをやったのではありません。先生の心は最高の観点に立って皆さんを見下ろしています。

 マッチングについての先生の名声は、韓国では既にとても高いのです。韓国には縁組の哲学というものがあって、それは非常に長い間続いている一貫した哲学、あるいは学問体系です。韓国にはたくさんの縁組をする人がいて、生涯この特技を研究しながら数多くの縁組を行っています。食口達が度々、彼らの所へ行って自分達の縁組を見せました。するとそれがあまりにも良いので、彼らはとても驚いてしまいました。それ以上の縁組は自分にはできないと彼らは言うのです。

 皆さんが生まれた時、その生まれ方というものがあって、それが先生には分かります。先生のマッチングの能力は年を取ってから身に付いたものでなく、非常に幼い頃からその能力に人々は気が付きました。先生はまだ非常に若い頃、一組のカップルを見てそれが良い組み合わせなのか、そうでないのか、即座に言い当てることができました。だからすぐに人々が先生の所にきて写真を見せ、それが良い組み合わせなのか、そうでないのかを、先生に尋ねるようになりました。何年も何年も先生はこの領域を研究し、実践してきました。マッチングに関する限り、その数だけでなく質の面でも、先生は世界的チャンピオンです。そうすると、もし皆さんがマッチングをしてもらう、あるいは結婚するとして、その時はどうするつもりですか。皆さんが本当にその価値が分かり、その価格が十万ドルであるならば皆さんはどうするつもりですか。「私はそのような大金を持ちませんから、少し劣るので満足しましょう」と皆さんは言いますか。そうではありません。皆さんは出ていき、その金を儲けるためにどんなことでもやります。皆さんは自分のマッチングをせっかちに判断してはなりません。もしその価値を本当に理解したのであれば、皆さんは待たねばなりません。そしてこの地上で三世代経た後に、皆さんにはそれが分かるようになります。皆さんが霊界へ行けばそれがもっとはっきりします。しかし、もし皆さんが先生よりももっとよく知っており、先生よりももっと立派な仕事ができるのであれば、皆さんは先生の所へきて不平を言うことができます。皆さんの中には、夢想だにしなかった人と一緒になった人もいるでしょう。結婚するとしても、この人とは絶対にしたくないというような人がいたとするならば、それがこの夢想だにしなかった人に該当します。そこで先生が皆さんをそういう人と組み合わせます。しかしそういうカップルは最高のカップルだという場合が、しばしばあります。

 人間の性質にはいろいろあって、ある人は上昇カーブを上がっているし、他の人は下降線をたどっています。ある人は繁栄の頂点にいて、今下降線をたどり始めています。またある人は上昇し始めたばかりかもしれません。人生においてはこういうのは当たり前のことです。皆さんは調和を保たなければなりません。もし一方が他方よりもより早く移動すれば、一方の配偶者が取り残されて死んでしまいます。結婚はとても重要です。先生より以上のことを知っている人は誰もいません。それは人の命を長くもするし、短くもします。これよりももっと重要なものがあり得るでしょうか。

 人生で最も重要な出来事は配偶者をもらうこと、つまり結婚することです。アメリカではこの最も重要なことがおろそかに扱われてきています。ある人達は初めて会ってその日に結婚します。またある人達は結婚などは気にかけておらず、自由に結ばれ、その後そのまま分かれ、再び会うということはありません。こういうやり方はその度に深い傷を残すものです。反対に先生はとても真剣です。皆さんは一旦、マッチングに合意した以上、それを持続させ、かつ成就させなければなりません。皆さんは自分のマッチングを素晴らしいマッチングと感じていますか。本当にそう皆さんが感じているならば先生はとても嬉しい。しかし覚えていてほしいことは、たとえ今、皆さんがそのように感じているとしても、その状態が必ずしも持続しないということです。自分のマッチングをあまり良く思っていない人達は二、三年すると事情がだいぶ変わってきます。良かったと思うようになるでしょう。

 「誰もが結婚しようとしている。自分はその中の一人に過ぎないのではないだろうか」。そうではありません。結婚の性質はすべて、大変異なっています。海を見なさい。海には数多くの深い場所と様々な色があります。皆さんの結婚はそれと同じようなものです。一組、一組が大変ユニークです。皆さんは自分の結婚に対してそういう神秘的なものを感じなければなりません。以前は見知らぬ者同士だった男と女が、今や一緒に生活し、どんな人よりもずっと深く互いに知り合うようになります。そのように考えてみると、それがどんなに大変なことか、またどんなに神秘的なことか分かるに違いありません。

 そうすると君達男性は、女性が必要ですか。君達女性は、男性が必要なのですか。ある人達は同性愛のグループを選びます。女性は女性と共に生活し、男性は男性と一緒に住みます。彼らは結婚しないでも生きていくことができると考えています。しかしそれは可能ですか。そういう生活が続きますか。男と女の基本構造は完全なマッチングにあります。それは電気のシステムと同じように基本的なものです。連結させるためにコンセントとプラグがあります。これは単純なことだと思うかもしれませんが、多くの人がこの基本的なものを分からないでいるのです。被造物は皆このように創られています。これは単純な創造の法則です。

チャンピオンを作る

 さあ始めましょう。皆さんが今必要なものは何でしょうか。そして皆さんが最も必要なものは何でしょうか。人が必要なのでしょうか、それとも金が必要なのでしょうか。どちらがより必要でしょうか。人ですか、それとも金ですか(人です)。そうですね。私達は人材を必要としています。さて、どんな人でも仕事ができるでしょうか。あらゆる種類の人間がいます。教えることのできる人とか、技術面で才能のある人とか、海を航海することができる人などがいます。あらゆる種類の人達がいます。どういう人が必要ですか。船乗りになるのが皆さんは好きかもしれないけれども、いろいろな種類の船乗りがいます。

 先生は皆さんを船乗りにするために神学校に送ったのではありません。先生の目的は皆さんを船乗りにすることではありませんでした。先生が欲しいのは、また教会の誰もが望んでいるのは、霊的面を優先し、他の人々に仕えることのできる人です。そういう人は与えられたどのような責任分担においても、正常に、そして正しく使命を果たすことができます。我々は、霊界を代表しこの地上で原理にのっとって喜んで働くことのできる人を必要としています。

 その人はどういう人でしょうか。その人は、サタン世界に関係している人々を喜びをもって引き上げ、神様の道に従わせることのできる人です。我々はそういうことができるチャンピオンを必要としています。チャンピオンを作り出すためには、そのためのチャンピオンが必要です。例えば、体育館があり、そこにコーチとかトレーナーがいて、彼の下で訓練を受けるために若者達が集まってきます。コーチは彼らを十分に訓練した後、コンテストに送り出します。彼らが競技に勝てば、あるいは選手権タイトルを勝ち取れば、トロフィーを体育館に持ち帰ることができます。体育館にいる時、そのチャンピオンはいつも練習して、いつも戦っています。このようにして彼は自分を磨いています。

 訓練を受ける人がいなければ、彼はその人達を募集しなければなりません。誰が募集するのですか。そのチャンピオンが募集しなければなりません。彼の代わりにそれをやってくれる管理責任者はいないでしょうか。いません。ということは他の人達を連れてきてその中からチャンピオンを作ろうとする以前に、皆さん自身がチャンピオンにならなければならないということになります。皆さんが体育館を持っていなければならないし、皆さん自身が定期的に訓練することのできる十分な技術を身に着けていなければなりません。人々を集め、その人達と何か行う前に、皆さん自身がそういう能力を身につけていなければなりません。

 人を訓練する時には、皆さんも相手の目を見て戦わなければなりません。もし相手が皆さんの目を真っ直ぐに見ることができなければ、真っ直ぐに見て、目をそらしてはならないことを彼らに教えなければなりません。手や足の正しい用い方も彼らに示さなければなりません。時には彼らを殴り、はっきりとどうすべきかの模範を示す必要があります。チャンピオンは絶えず一つひとつの動作についてどうすべきか、相手に示します。どんな小さなことについても、決して彼らをほったらかしにしません。

 このようにして皆さんは何人訓練したことがありますか。お金よりももっと人が必要だというならば、皆さんはそのような人を育て上げなければなりません。皆さんの所に人々を連れてきて「彼らは既に訓練を受けています。どうぞ使ってください」などという人は誰もいません。皆さんが彼らを訓練しなければなりません。しかし皆さんは人を訓練する前に、自らがそれを全部こなすことができなければなりません。皆さんは自分の力で一つひとつやり遂げなければなりません。皆さんにとってそれは必死なことです。誰かを必要とするならば、皆さん自身がはっきりしていなければなりません。誰でもいいというわけにはいきません。適切な人を見つけ「そうだ、彼が必要なのだ。この人が必要なのだ」と言います。それから皆さんはその人のために最善を尽くすように努力しなければなりません。彼のことを考え、彼のために祈り、彼を復帰するために皆さんはあらゆることをしなければなりません。つまり彼を訪問し、彼と共に一生懸命働かなければなりません。彼の周りにいる人達は皆さんに反対するでしょうが、それでも皆さんは何度も何度も彼を訪問しなければなりません。皆さんは心からその人を復帰する決意をし、諦めてはいけません。

 一方的な愛というのを聞いたことがありますか。皆さんはそれを片想いと言います。一旦決意したならば、他の人達がどう思おうと関係ありません。重要なことは、皆さんが彼らのことをどう思うかです。皆さんはその人達の所へ行って仕えます。そして彼らが皆さんに反対し、迫害し、殴って血を流させるようなことをしたとしても、それでも皆さんは諦めてはなりません。反対に皆さんはそのことにより刺激され、もっと熱心にその人に仕えるようになります。そうする頃にはもはや限界などというものはなくなっており、その人は「他の人々からこれほどまでに注目されているとは、一体自分は何者なのだろうか」と考えるようになります。

 皆さんの周りにたくさんの人々がいたら、どの人がその中で最高の人か、よく見回して観察するんですね。皆さんが神の側へ復帰したいと思う最高の男性、あるいは女性がどの人かを決定しなさい。次に、決めた以上は絶対に逃がさないという決意をしなさい。そしてその人の心情を勝ち取るまで働き続け、かつ祈り続けなさい。それから、その人をよく知るようなってから、皆さんは自分の心を打ち明けるのです。この国が衰退しつつあることは、またその傾向をくい止め、この国を立ち直らせたいと思う人に自分は会いたいのだということをその人に伝えなさい。その人が皆さんの考えに同意したならば、一緒に働いてくれないかとその人に頼むことができます。

 最初から原理について話す必要はありません。その人はすぐには原理に興味を示さないかもしれません。例えば、ある人が格闘技を得意とし、それを誇りに思っていれば、そして皆さん自身少し筋肉に自信があれば、その人の所へ行って二、三教えてくれるように頼みます。そうやって彼から幾つか学ぶことができます。もし皆さんがあることに興味を持っており、その人がその分野である程度才能を持っていれば、そのようにして彼に接近することができます。最初は彼から何かを学ぶことができます。

 皆さんの関係が発展し、さらに互いに信頼しあうようになれば「筋肉はまあそんなところでしょうが、その筋肉を正しく使うためには、君は頭を使わなければいけない。賢くなければならない。しかし、君は頭でこうしなければならないと思っても、体が必ずしも動いてくれない場合があるのではないですか」と彼に言うことができます。どのように闘うべきか、またなぜそうしなければならないか等、そこで自分の意見を述べるのです。そういう会話の中でも原理は説明できます。一つだけ避けるべき点は自分自身に限界を課することです。「私は歌えない。それは私の一番やりたくないことです」などというようなことは絶対に言うべきではありません。「一番やりたくないもの」などというものはないのです。皆さんは何でもやってみるべきです。

 最初からそれでは滑稽ですね。極端なことをやってみます。つまりできないと思うことをやってみます。誰もが予想だにしなかったことを何かやってみます。そうすれば人々は皆さんのことに気が付き、耳を傾け始めます。先生はこういうことを長い間研究し、また実践もしてきました。先生にも限界があるのだけれどそれを乗り越えてやってきました。皆さんも同様に自分の限界を乗り越えなければなりません。何が先生の限界でしょうか。先生は統一教会の指導者です。だからやり方は知っていてもやれないことがたくさんあります。先生はとてもたくさんの分野で専門家だけれども、それを必ずしもできるとは限らないのです。

 とても単純なことだけれどもリングの上のチャンピオンになるには、皆さんは自らを訓練しなければなりません。何を訓練するのですか。ただ一つのことではなく、いろいろな技術を訓練します。何百という方法があります。頭の動かし方、手の動かし方にもいろいろなやり方があります。例えば、頭を低くして拳を上に上げる場合もあります。皆さんが真剣であり、そしてもし闘わなければならないならば、つまり本当に闘う必要があるならば何とかできるものです。頭や手や尻を使っても良いのです。もし皆さんが真剣なファイターであり、追い込まれるようなことにでもなれば、そういうものも使わなければならなくなります。皆さんはチャンピオンですか、それとも傍観者ですか。チャンピオンならばどういうチャンピオンですか。他のどんな人よりもより多くの関心を持ち、より多くの動き方を身に付けた人が最強のファイターになる人です。そのようにしてチャンピオンは作られます。皆さんは心も体もすべて完全に投入しなければなりません。

人々を一カ所に集めるにはいろいろな方法があります。例えば、ハイキングとかランニングとか音楽など、先生は皆さんに、一緒にいる人を楽しくさせる人間になって欲しいと思います。石木のように、無表情で不活発ではいけません。あらゆるものに関心を持ち、簡単に興奮するような人でなければ駄目です。そうなればすぐに人々とうまく付き合えるようになります。先生がそうなのです。先生は心から楽しむことができます。だから先生といると興奮してきます。先生は決して皆さんを退屈させることはありません。

 山登りをすることがあれば、先生は誰よりも速く登ります。皆さんと一緒に運動場に出るならば先生はどんな人よりも以上走ったり、跳んだりします。先生はあらゆるものに好奇心を持ち、熱狂的にあらゆるものを学ぼうとします。誰かと友達になりたければ、皆さんはその人と同じ分野で活発に行動をしなければなりません。もし皆さんに何も秀でたものがなければ、外へ行って誰かに喧嘩を売った方が家の中にじっと座って、何もしないでいるよりもずっと良いのです。少なくとも皆さんは何かをやっているし、そこから何かを学ぶことができます。

 皆さんは人から殴られることもあります。そういうことがないと、人生というものが理解できないのです。それに人に殴られるのもそれほど悪いものではありません。殴られることによって、それがどういうものかを味わうことができるし、頭を使わせられるので、人生において物事を早く判断できる人間になります。ある状況下では皆さんは敏速に物を考え、即座に何かの行動をとれるようでなければなりません。それがチャンピオンです。チャンピオンはどういう状況の下でもとても活動的で、物事を極めて速やかに決定できなければなりません。またチャンピオンは前進すべきか、後退すべきかを知り、それを行動に移さなければなりません。

 先生は六十歳を超えましたが、何かを話したり、興奮したりしている時は、誰も先生がそのような年だとは思いません。先生は二十歳みたいです。そしてそれはとても素晴らしいことです。皆さんはチャンピオンにならなければなりません。皆さんが優しくなりつつあるならば、初めは荒々しくなって、それから後に優しくならなければなりません。人生のあらゆる面を経験するのです。皆さんは人材が必要です。そうですね。どういう人が必要ですか。神様は皆さんのことを心配され「この人達が伝道に出ていくならば、自分と同じタイプの人しか連れてこないのではないか」と考えておられるかもしれません。神様はその人が皆さんの手中に陥らないように守ろうとされるかもしれません。ただ座って何もしない人を、神様はこれ以上求めてはおられないのです。皆さんは神学校を卒業して、修士の資格を持っています。もし誰かが近づいてきて皆さんに怒鳴りつけても怒鳴り返さなければどうなりますか。皆さんはただそこに座ってそれを黙って聞いています。皆さんは海へ出ていくつもりならば、夏の間そこでどういうことが行われるか、まず知っておくべきです。漁師達は絶えず喧嘩をしています。釣り糸が絡まって、船同士がぶつかりそうになるという緊張した瞬間が訪れます。その時皆さんは叫び声を上げ、非常に激しい言葉さえも使わなければなりません。そういう場合には、皆さんは自分の権利を守る必要があるのですから、叫び声を上げたとしても何も悪いことではありません。

 何か尋常でないことが起こりつつある時、真っ先に叫び声を上げるのは先生です。もし相手が叫び返してきたら、先生はもっと大きな声で叫び返します。先生の方が正しいのだから彼らも耳を傾けざるを得ません。ニューホープ号の他のメンバー達、例えば大貫などはそんな大声を張り上げないのです。しかしある場合には、大声を張り上げて義を通した方が遥かにいい時もあります。山上では皆さんが大声を上げれば、少なくとも山彦が返ってきます。しかし、ある人達は山がすることすらやらないで、黙ってそこに座ったままでいます。山は自然です。人間も自然でなければなりません。岩ですら力には力で答えてきます。皆さんは岩とか、木材よりも優れているのではないですか。先生は一度、一晩中眠れない経験をしたことがあります。太陽が登るのすら待ち切れなくて、それが昇るや否なある人の家へ行って、戸を押し開け「私達はこの問題を今すぐに話し合う必要がある」と言いました。まあ先生は職業柄こういうことは普通ならやりません。しかし先生は心に何か引っ掛かるものがあり、しかも先生の方が正しいという確信があれば、それについて何かしないわけにはいきません。時には先生は宗教指導者であることを悲しく思う時があります。先生は攻撃的性格ですが、神様のために忍耐しなければなりません。しかし、時々先生は「どうして私は宗教指導者にならなければならなかったのだろう」と自問することさえありました。

 先生にとって誰もがただ座って一日に三度、一年に三百六十五日間食事をし、しかも何もやらないといことが不思議でなりません。「彼は、あるいは彼女は一体どういう人なんだろう」と先生はただ不思議に思います。しかし先生が呼べば、彼らは問題なくここに来ます。それほど速やかに応じて会合にやってくる彼らが、どうして同じ熱意で外へ行き、人々と接触しないのだろうかと先生は不思議に思います。

他人の尊敬と友情を勝ち取ろう

 では皆さんは何が必要なのですか。人ですか。それとも金ですか。皆さんには人が必要です。「ああ、余り何もやりたくない。ここにじっと座って子供が生まれるのを祈願していよう」と考えているのですか。そのように考えたことがありますか。皆さんは配偶者探しに出かけなければならないとまず考えるべきでしょう。それから考えられないほどの陣痛の苦しみを経験しなければなりません。その後、赤ん坊がよく泣くので皆さんは疲れ果ててしまうでしょう。皆さんは世界を抱擁しょうとしているんだということをまず考えなさい。それは一飲みで大きな魚を飲み込もうとしているようなものです。その魚は皆さんの胃袋に留まっているでしょうか。皆さんはそれを消化する力も持っていますか。まず第一に皆さんは決意しなければなりません。それから何度も何度も挑戦してみることです。人を復帰するつもちならば、自らを全部投入しなければなりません。その人を昼食に誘い、それからまた夕食にも誘うのです。そしてそれを次の日も繰り返します。そのように毎日毎日その人の面倒を見ます。とにかくそれをやってみるんですね。友達になることです。

 お金がなくなったら、資金づりの方法をその友人達に教えることができます。皆さんが三十分間で夕食代と映画代を儲けることができると知ったら、彼らは感銘を受けるでしょう。何もできないことはありません。どんな時でも、そしてほとんどどんなことでもできなければなりません。それが本当の人生を送る秘訣なのです。一人の男と一人の女がいたとして、その男が女に「ここにいなさい。昼食代を作ってくるから」と言ったとします。そして実際に彼が出かけていって十分間でそのお金を作ってきたら、その女性は心から感激するでしょう。

 昼食代を得ようとしていた時、路上に一人の紳士が立っていたとします。最初、彼は皆さんのことを不審がるかもしれませんが、皆さんは微笑んで次のように話しかけます。「あなたは恋をしたことがありますか」と。彼は皆さんを見つめ、恋をしていた頃のことを思い出します。それから皆さんは彼に「もし彼女を昼食に誘わねばならないのに、そのお金を持っていなかったならば、あなただったらどうしましたか」と質問します。このやり方で皆さんの事情が理解できれば、彼は喜んでその金を出すでしょう。一つだけ確かなことは、そのような積極的な若者が先生に近づいてきたならば、先生は喜んで百ドル札を上げるということです。もしその女性がこれらのことに批判的であるならば、彼女はその若者に相応しくないということになります。彼は彼女と分かれ、すぐに別の人を見つけるべきです。

いろいろなやり方があると思います。たくさんあります。皆さんは予行演習なしに即座で芝居ができるようでなければなりません。皆さんが誠実ならば、全く知らない人の所へ行って「ああ、あなたは私の妹みたいだ。あなたといると、家で妹と一緒にいるような気がします」と言うことができます。皆さんが本当に誠実ならば、彼女は恋に思わないし、皆さんの言うことに耳を傾けるでしょう。自分はドラマの中に今いるんだといつでも考えなければなりません。その瞬間に皆さんは俳優です。ちっんとした重大な理由がありさえすれば、皆さんにできないことはありません。

 立派な考えさえ持っていれば、皆さんはほとんど何でもすることができます。皆さんの考えが皆さんの行動を導いてくれます。この世にはいろいろな生き方がありますが、先生が知らないことはほとんどありません。あまり外には現さないけれども、先生はとてもたくさんのことを知っています。もし歌が上手ならば、皆さんは町の真ん中で歌うこともできます。皆さんが上手ならば、いつかは誰かが関心を持つようになります。ある人がやってきて皆さんの歌に耳を傾けるでしょう。その人も秘かにそういう事をやりたいと思っていたのだけれども、今まで一人ではできなかったのです。それからその人は皆さんと一緒に歌い始めるでしょう。

 しばらく経ってからその人は皆さんに親しみを感じるようになり、どこに住んでいるのかと尋ねるようになります。皆さんは自分の住んでいる所を教えてもいいけれど、その人には何も尋ねてはいけません。するとその人は「帰宅の途中でも私の家に寄りませんか」と言うようになります。最初から皆さんが期待していたのはそれだったのです。だからその招待を受けます。三、四時間も経てば夕食の時間になります。辞退する必要はありません。そのようにして皆さんは人々と友達になることができます。

 腹が立つのは皆さんが全くお利口さんだということです。人生は石垣のように、ただじっと座っているものではありません。皆さんは親友達とは冗談を言い合うけれども、その冗談を全く知らない人にまでも広げなければなりません。皆さんは親友達とはいつも冗談を言い合っているけれども、もし多くの人々に一緒に働いて欲しいと思うならば、精いっぱい努力して新しい親友を作らなければなりません。もし市長に会いたいならば、必ずしもアポイントメントを取る必要はありません。二、三日、市役所の前で彼が出てくつのを待てばいいのです。そして時が来たら彼の所へ歩み寄って「あなたが市長さんですか。あなたは私より立派な人ではありませんね。それにあなたは私ほどハンサムでもない」と言うのです。皆さんは彼よりももっと頭がいいんだということを言います。そうすると彼は立腹して「一体、君は私が知らないもので何か知っているものがあるのか」と聞いてきます。それから皆さんは急いで質問します。「神様を見たことがありますか。私がお世話しましょう。あなたは神様を見ることができます」あるいはキャラメルとかキャンデーを持って行って、それを彼に与えることができます。もし拒むようなことがあれば、アメリカにおいてすら、それは無礼なことです。だから皆さんは「あなたは有能は市長ではない」と言うことができます。彼が年上の人だったら「私がいつの日かあなたの義理の息子になるかもしれません。そうならないとどうして言えるでしょうか」と彼に言えばよいのです。そういえば彼の注意を引くかもしれません。いずれにせよ、皆さんや彼の未来がどうなるか誰にも分からないのですから、そう言ってもいいんですね。もし彼が皆さんを気違いのように扱えば、そのために腹が立ったことを彼に率直に伝えればいいのです。

 先生は議員と良い友達になる方法を知っています。他の人がやるような普通のやり方ではいけません。他の人々がやるような当り前のやり方ではいけません。直接行って、戸を開け「あなたに話がある」と言います。彼は驚いてどういう人なのか調べにやってきます。そこで皆さんはどうしてやってきたのか、どうして話したいと思ったのかを彼に言います。皆さんには重要で緊急を要するメッセージがあります。もし秘書が邪魔をしようとしたら、それに対して怒鳴りつければ良いのです。皆さんは短い時間内に彼らと友人になれなければなりません。

 一度、先生はある人を何度も何度も訪問したことがあります。その人は何度も何度も先生のことを嫌いだと言いました。それでも先生は、彼が考えを変えて先生を好きになるまで訪問し続けました。何回、その人を訪問したと思いますか。先生は一年と六カ月間、彼を訪問しました。何度も何度も訪問しました。最後には彼の家族全員が先生の来るのを待ち望むようになりました。

 チャンピオンが必要ならば、皆さんの方から出かけていって見つけ出さなければなりません。もし先生が州の責任者ならば一週間その州全体を回り続けるでしょう。皆さんは始終動き回っていなければなりません。皆さんはいつもそうでなければなりません。その後で始めて何かを期待することができます。いつも動き回っていなければなりません。出かけていって人を訪問し、それからその人達を招待します。そういうことがいつもなされていないといけません。

 皆さんは路傍伝道したことがありますか。路上で自分がどういう顔をしているか、皆さんは知っていますか。自分がどういう姿をしているか知っていますか。皆さんは自分のことをもっと知る必要があります。自分の顔あるいは性格が人を引きつけるものであるかどうか、知る必要があります。もし黙って座っていたならば、人々は皆さんが半分居眠りしていると思うでしょう。目を覚ましているのだということを人々に知らせるためにも、皆さんは目玉の動かし方も研究しなければなりません。目は敏速に動く必要があります。動作が伴えばさらに良いでしょう。ただじっと座っているだけでは駄目です。皆さんの体は目の動きに合わせて活動していなければなりません。これが自分の外見を改善する基本的な方法の一つです。

 そうすれば人々は皆さんが活気に満ちていると思います。先生は十代の時、友人を演台の代わりに使って、即席で演説する事がありました。何人かの友人達も先生がやっていることを知ってついてきました。彼らはそういうことをする先生が好きだったのです。演説が終わったら一人やってきて「もう一つ演説するつもりなんだろう。それなら私の肩の上に乗るといい」と言いました。彼らは何とも思わなかったのです。何でも自然に物事を行えば許されるのです。

 皆さんが州の責任者で、ある素晴らしい女性を見つけたとすると、皆さんはその女性の背中に立つことさえ許されます。皆さんがとても誠実で、しかも不自然でなければ彼女は何とも思わないでしょう。間違いなく人々は皆さんの演説を聞くために立ち止まります。ある人々は近づいてきて、皆さんが女性を酷使していることについて抗議するかもしれませんが、皆さんは「あなたは私がやっているのと同じことをやれると思いますか。それならやってみるとよい。もしできるならばあなたは何のために抗議していることになりますか」と言うことができます。人の注意を引く必要に迫られているならば、そういうこともできなければなりません。先生にはあらゆる種類の友人がいます。どこに行こうとも先生には友人がいました。実際あまりにもたくさん友人がいて、彼らは先生についてくると言い張ったのですが、先生は忙しすぎて、誰とでも友人になるわけにはいかなったのです。そのようにして先生は日々を過ごしました。だからこそ、どういう事情があろうとも神様の御旨をなすためにできないことはないということを、先生は知っています。自分自身の物語、自分自身の小説を作ってそれを演じ、そしてその小説の中で英雄になります。自分のシナリオに従って、実生活の中でそのドラマを演じます。それが人生だと考えます。どういう行動をするかも推測してみます。皆さんがある行動をどのように行って、それに対して他の人達がどのように反応するか、それからその後、皆さんがどうするのか。それを計画し実行します。先生はそういう精神を持っています。だからアメリカへ来て最高責任者の中の何人かを訪問することができます。

 先生がやらなければならないことを想像してください。アフリカに行けば先生はじっとしてはいません。それは悪いことではありません。先生は物事をかき回します。そして先生が行く国には何か良いものがやってきます。皆さんはどうなのですか。皆さんは何軒の店を将来持ちたいですか。もし、百軒の店を持ちたいのであれば、その店を運営できる人をその店の数に相当する人数分だけ少しでも育てなければなりません。そうすれば皆さんは全体の運営が行えます。食口達は今、ビジネスをたくさん行っています。先生は、一つひとつのビジネスを自分で運営するならば、必ずそれを成功させることができるということを知っています。失敗するはずがないのです。以前ビジネスをやったことがなく、今やりながら勉強している食口は、最初のうちはある程度損をするものだということも、先生は分かります。それは理解できますね。最初の二、三年はそうでしょうが、早くそれを覚えて成功させなければなりません。

 もし先生が講師をやるとすれば人々はやってくると思いますか。皆さんは先生が彼らを説得し、彼らの心を感動させることができると思いますか。「お父様、それは良い考えです。どうしてそうしないのですか」と皆さんは独り言を言うかもしれません。どうして先生にはそれができないのでしょうか。皆さんはその理由を知っています。それが誰の責任分担であるか、皆さんは知っています。先生はそういうことはずっと以前に既に経験しています。先生は今も皆さんに教えていますが、どのようにしたらそれを成し遂げることができるかについては、既に皆さんに教えたはずです。晩餐会を開き、毎日毎日、人々を訪問するのが誰の責任分担であるか、皆さんは知っています。皆さんは前進し、心の底からこれらのことを行うのです。熱心に各家庭を訪問し、そこの人達の面倒を見ます。そうすれば彼らは心を動かされます。州の責任者が一日中、部屋に閉じこもっていることができるなどとは、先生には理解できないことです。神学校を卒業した姉妹達も同じです。ただじっと座って人々が皆さんを招待するのを待っていてはなりません。立ち上がって出かけていき、平静さと魅力でもって招待してもらわなければなりません。

 皆さんは人を追いかけていかなければなりません。いつも小者ばかり追いかけていては駄目です。摂理を早く進めるためには大物をつかまなければなりません。皆さんは有名になりたいですか。ただじっと座っていることができますか。もし他の人達と同じような生活を送っているならば、皆さんは絶対に有名にはなれません。違った生活をして他の人達よりもっと偉大にならなければなりません。どんな人よりもより多くのことをし、より多くの努力を払わなければなりません。

 皆さんは統一教会のチャンピオンですか、それとも統一教会のメンバーですか。自分の手、足、腕全部を利用しないチャンピオンなんていません。先生は皆さんが変わるのを待ち望んでいます。皆さんは神学校を卒業しました。一体いつ、皆さんは変わるのですか。皆さんが今までとは違った自分になるには、あと何年かかりますか。いつ皆さんは違う人間になるのですか。これは重要な質問です。最初に自分から何かをやることなしに、ただ高い地位に置かれることを期待しているだけならば、皆さんはサギ師です。

成功の基礎を作ること

 今年ニュー・ホープ号がマグロ釣りトーナメントで、一等賞を獲得したというのを皆さんは聞きましたか。皆さんはどう思いますか。モーニング・ガーデンにただ座って何もしないで、その賞を先生は勝ち取ったのでしょうか。違いますね。先生は毎朝、太陽が昇る前に出かけていきました。先生はマグロが食い付いてくることを知っていて、一日中釣りのラインをただ握っていただけでしょうか。そうやって他の誰よりも多くのマグロと一等賞を先生は獲得したのでしょうか。違います。そういうことはあり得ません。「今年はどうしてニュー・ホープ号が一等賞を獲得したのだろうか」と言った人は、今年は誰もいませんでした。そういう疑問を抱いた人はただの一人もいませんでした。なぜニューホープ号が一等賞を得たか全員が知っていたし、先生がそれを得た時、不平を言った人は誰もいませんでした。

 先生はこの数年間、毎日とても真剣な気持ちで出かけました。そしてハンドラインの新しい技術を開発し、それを何度も何度もテストし、それが使えることを証明しました。実際それが最も良い方法だという点には疑いの余地がありません。だから今、他の人々にも同じ方法を使うように言うことができます。その指示に忠実に従った人達は誰よりも多くの魚を釣ったのです。

 周りにいた人達は間違いなく感銘を受けており、皆奇跡が起きたのだと思いました。とにかく、多くの人達がやってきて質問をしたり、あたりを見回したりしていましたが、彼らは先生がこの面で専門的な技術を身に付けたことを知っています。そして先生の方法を知りたいと思う人達は船の中を秘かに調査して、何かを見つけ出そうとしていました。今、もうマグロ釣りセミナーをやると言ったならば、先生の方法に興味を持っているたくさんの人々が間違いなくやってきて、先生の言うことに耳を傾けるだろうということを先生は知っています。

 先生は約十時間の講義内容を持っています。少なくとも十時間、先生はマグロ釣りについて講義できます。今、その講義を皆さんは聞きたいのですか。先生がそういう内容を知っており、そのような講義ができるということは疑いの余地がありませんが、時間がありませんので今日はそれをやりません。皆さん、がっかりしましたか。もしマグロが聞くことができれば、先生のセミナーに大変興味を示すでしょう。先生がやってみなかったことは何もありません。すべての漁師がやっていることもやりましたが、先生はそれよりも数段階上を行きました。もし何かやらないものがあったとしたら、それは仕事の成就とは関係ないからで、だから当然先生はそれをやりませんでした。しかし使えるものは何でも、仕事の成就に役立つものは何でも、先生はやってみました。やらなかったもの、やろうとしなかったものは何もないと先生は確信を持って言えます。多くの専門家達がやってきて、簡単に二本、三本、四本の魚を捕るというようなことはあり得ません。そういうことはありません。しかしここでは、以前に魚釣りをやったことのない人がやってきて、五本、六本、七本とマグロを捕ります。経験のない人がやってみて、シーズン全体を通して一本釣ることができれば、彼はとても運が良いのです。もちろん先生はそういうことを皆知っています。

 最初魚釣りを始めた頃、先生は何週間もの間一本のマグロも釣れませんでした。その頃はもっと多くのマグロがいたし、多くの専門家達が先生の周りで釣り上げていました。その中で先生はたて続けに十五本のマグロを逃がしました。始めたばかりの頃はそうだったのです。最初は簡単ではなかったけれども、一旦要領を見だすと、次から次へと釣れるようになりました。先生が教えている現在、皆さんは経験したことがなくても釣ることができます。五年前には、マグロは一ポンドたったの五セントでした。我々がマグロの値段を徐々に上昇させる働きをしています。我々は儲けてはいません。まだですね。今のところむしろ損をしています。今年、その値段が二ドル五十セントに上がりました。つまり大きなマグロを釣れば、約二千ドル稼ぐことができます。今年何隻の船がやってきたか、皆さんも実際に見るべきでした。何百隻とやってきました。来年は値段が少なくとも三ドル五十セントに上がることを我々は期待しています。つまり一本のマグロで三千ドル以上になります。そのため何隻の船がやってくるか、皆さんは想像できますか。一本のマグロを釣れば、十五頭の牝牛以上のお金になります。だから一つの釣り糸に十五頭の牝牛です。普通の魚釣りではありません。

 いつの日か女性が一人でマグロを釣る日が来ることを先生は期待しています。今の所、女性も少なくとも二人いればマグロを釣ることができます。先生は女性達が男性達に交じって魚釣りをする日が来るのを、本当に待ち望んでいます。女性の皆さん、皆さんは女性だからこういうことには関心がないんですね。(あります)分かりました。それでは女性達にも船をあてがうことにしましょう。

 三本のマグロを釣れば大体一万ドルになります。これは一つの家族の食事代を一年間賄うことができます。そういうお金を得るために何隻の船がやってきて競争すると思いますか。誰が最も反映しますか。グロースターのような町です。釣れる魚の数は変わらないのだけれども、十倍もの数の船がやってきます。漁師達はその小さな田舎町でお金を使うことになります。一方、マグロの値段が上がれば、当然彼らの利益になります。

 今年、我々は百六十五本のマグロを釣りました。信じられない程です。昨年に比べれば百五十パーセントの増加です。昨年、我々は六十四本のマグロを釣りましたが、その当時としては物すごい数でした。しかし今年はそれよりも百本も多かったのです。来年、我々は五百か六百のマグロを捕ることができます。しかもそれは割当数の三分の一にしかなりません。それを達成した時のことを考えてみなさい。また割当の半分を達成した時のことも考えてみなさい。いつの日かそれができます。そう先生は確信しています。

結果を得るために自らを投入する

 先生が以前、山で猟をしていた頃の評判はたいしたものだったのです。どんな人と比べても先生が良くできました。しかしそれまで銃を使ったことがなかったので、まず最初は粘土の標的で練習しました。そしてすぐに二十五の標的のうち十八を射ち落とせるようになりました。これはかなり良い成績です。先生は反射能力に優れています。まあ、最初猟に行った時、朴大佐を連れて行きました。朴大佐は長い間、韓国陸軍で働いており、数年間ライフルの教官をやったことがあります。しかし、先生のほうが彼よりも良い成績を上げました。先生のことを有能な人間だと皆さんは思いますか。先生に従って来る気持ちが本当にあるならば、皆さんも先生のようになるべきです。少なくとも先生を真似しなければなりません。そして自分の実力をある程度は示さなければなりません。もう一度、皆さんに聞きますが、皆さんはチャンピオンですか、それとも自分のことをチャンピオンになる候補者だと思っているのですか。皆さんは人がどうしても必要なのです。ただじっと座っていて、人々が皆さんの所へやって来ることに期待を持っているのですか。皆さんは何をすべきですか。

 死んだふりをします。そうすると誰か皆さんの近くを通りかかった時、同情してくれるでしょう。皆さんは何かを始めなければなりません。何かが起きるきっかけを作らなければなりません。鼻で何の臭いをかぎますか。耳で何を聞くのですか。手で何に触れるのですか。とにかく皆さんは何をするのですか。皆さんは人類のために臭いをかぎ、人類のために聞き、人類のために触れなければなりません。

 皆さんはクモの巣を見たことがあるでしょう。先生はクモの巣、特に鬼グモの巣に魅せられました。普通皆さんは、巣にクモが見当たらなければ、それは死んだクモの巣と考えるでしょう。しかし、その巣に何かを投げ付け、それ引っ掛かるとすぐにクモが現れます。必ず現れて来るのです。皆さんは自分のクモの巣を持っていますか。もし何かが引っ掛かって来たならば、何だろうと思って皆さんは出て来ますか。物事に対するそういう感受性を持っていますか。もし持っていなければ、皆さんはクモのレベルまでも達していないということになります。クモは新しい場所に移動したならばすぐに巣を、つまりネット・ワークを張り巡らし始めます。

 クモは巣を正確に作らなければなりません。感覚と感覚の間を正確に移動しなければなりません。そうすることによって糸が連結されて巣になります。それをクモは何千回と行います。全く巣作りの専門家ですね。それについて考える必要すらありません。嘘だと思うならば、クモの巣のある所に行って、どうやって巣を作っているか観察してみればよいでしょう。先生は何度も実験してみたのです。蝿や昆虫を投げて様子を見ました。最初クモがやることは、その虫を巣の中で包み込むことでした。それが何であるかを調べる前にそうします。それからしげしげとそれを見つめてから食べ始めます。皆さんも同じように、正確に物事をなすべきです。巣を作って、それに何かが触れたならば、出て行って真っ先にそれを捕まえます。それから見て、何を捕まえたのかを判断します。一旦巣に掛かったならば、昼食を取りに行ったり床に付いたりしてはなりません。例えば、もし誰かが皆さんの話を聞きに来たいならば「もう十二時だから、今日の所は休んで、それについては明日話しましょう」などと言ってはなりません。一晩中起きていて彼と話さなければなりません。その人が皆さんの言うことを理解できるならば少しばかり休息を取っていいけれども、彼がメンバーになるまでは続行しなければなりません。

 分かりますか。クモの考えることすら考えられなければ、皆さんは一体何になれるのですか。皆さんは人材が必要ですが、その他に何が必要ですか。皆さんにはお金が必要です。しかし人材がいれば、お金も持つことになります。最初にお金を持ったとしても、人が皆さんに従って来るとは必ずしも言えません。しかし最初に人材を持てば、お金は間違いなくついて来ます。

 今、行動を起こすことを決意したとして、どの方法を皆さんは用いるつもりですか。タイガー・朴の方法に従うつもりですか。それともドクター・ダーストの方法ですか。どうしてタイガー・朴だと言うのですか。皆さんはアメリカ人です。不思議ですね。先生はタイガー・朴を個人的に訓練し、彼は彼で闘魂を、チャンピオン・シップ精神を開拓しました。カープ(全大原研)でない者、手を挙げなさい。皆さんはカープのメンバーでなくても、カープに関心を持っていますか。では今からカープに入ったらどうですか。先生は変装して、キャンパス内を直接見て回るかも知れません。先生だと分かっても騒いではいけません。ただ続けるのです。このように先生がキャンパスにやって来るのを皆さんはみたいのですか。そのようにして現れたとしても、皆さんには先生が絶対に分からないでしょう。

新しい出発

 今日は十月一日、そして十月は成功の月です。今年どういう種子をまいたとしても、皆さんの運勢はこの月に開かれます。今日、この十月一日から皆さんは前進しますか。そしてあらゆる努力を惜しみませんか。キャンパスへ行って、カープと共に働きたいですか。それとも、誰も今やっていないことをやりたいですか。年を取って死ぬ前に、皆さんは何かをしなければなりません。今日はその出発にとって絶好の日かも知れません。

 何年か前には我々は科学者会議を開いていませんでした。準備のできていた人は誰もいなかったのですが、先生はそれでもやらせました。もしそれをやっていなかったならば、今日の我々はどうなっていたでしょうか。我々は学者の世界から全く理解されないままでいたでしょう。それは全く惨めなことです。我々が持っているものを誰も認識しなかったでしょうし、理解しなかったでしょう。しかし今日多くの人達が我々のメッセージを研究し、そのある部分を理解することができます。統一教会のメンバーが、西洋世界の最高の学者を教育していることが広く知れ渡りました。人はそれを知るにつれて、我々を不思議な目で見るようになりました。それはまるで西洋文化の中に光を放っている稲妻のようなものです。

 食口は科学者会議には参加していません。彼らはスタッフか、コーディネーターです。そこには科学のいろいろな分野の学者達が参加しています。その会議を通して学者達は我々のことを学びつつあります。それは、連鎖反応を引き起こしつつあります。ドイツでは十五の分野しか設けられていないのに、四百人以上の学者が応募して来ました。その会議のことを聞いたことすらない学者がまだたくさんいるようです。一度知れば、何千人という人達が来ようとするでしょう。しかし、若い教授達は諦めざるを得ないでしょう。有名な学者、つまり自分の分野で経験を積み、専門知識を身に付け、人々から認められている学者だけが参加を許されることになります。

 もし先生が今後、科学者会議を中止したらどうなると思いますか。皆さんはそれを継続しますか。誰かがそれをやるのですか。昨年は会議の予算だけでも百三十万jでした。それは少ない額ですか。それとも多いですか。そういうお金で神学校卒業生に昼食を買おうとすれば、一年中、ロブスターの昼食を食べたとしても、それでもかなりのお金が残ります。たった一つの会議にそれだけのお金を使う代わりに、どうして先生は皆さんのためにそれを使わないでしょうか。皆さんに昼食を提供するよりも、科学者会議を開くことの方がもっと価値があるのでしょうか。皆さんはいつもお金が必要なんだけれども、一体何を皆さんは期待できるのですか。皆さんはお金を受け取るよりも与えることができる所へ行かなければなりません。そこからあらゆるものが増え広がっています。

 枠組みはもうでき上がっています。我々は全ヨーロッパを統一することができます。それはもう見える形となって現れつつあります。我々は今、あらゆる科学者達を一つにまとめることができる道を備えつつあります。科学と技術はその目的をより深く理解することにより、正しい方向へ導くことができます。例えば先生はドイツなどの技術分野においてそれを示したいと思っています。ドイツの、特に機械製作分野において重要な役割を演じている人々と、先生は既に良い関係が結んであります。しかし、そこで基準がまだ確立されていないので、先生は次の世紀のために、それを開拓したいと思います。先生は東洋において技術分野の基準を向上さて、ドイツで既に確立されている基準をしのぐものにしたいのです。このようにして、韓国は日本が確立した基準よりも上を行くことができます。どうしてでしょうか。韓国が全アジアに、そして世界のためにもっと役に立つようになるためです。他の人達の基準よりも低いか、せいぜいそれに等しいくらいだったら、皆さんはその人達に何もしてやることができません。何としても偉大なものを提供し得る最高の質のものを何か持っていなければなりません。

 先生は既に三年間、ヨーロッパで一生懸命働き、ロンドンを中心にすべてのメンバーを結集しました。彼らは一つの国から来たかのように、一緒になって働いています。そうあるべきなんですね。先生はあらゆるヨーロッパのメンバー達のマッチングをしてあげました。彼らを見ても、どれがフランス人で、どれがイタリア人なのか、ドイツ人なのか見分けがつきませんでした。実際それほど大きな違いはありません。

 マッチングをした後で先生は驚きました。その九〇パーメントが国際マッチングでした。そのように計画したわけではありませ。ただ各人について最も良い組み合わせにしようとしていただけなのですが、ほとんどが異なる国の者同士でした。ほとんど完全に国際マッチングでした。欧州経済共同体(EEC)は一つの理想を持っていますが、彼らには三つの障害があります。それは言語の違い、国境、異質文化の人との結婚に人々が乗り気でないことの三つです。人々は満通、同じ民族あるいは同じ文化の人と結婚することになっています。しかし、結婚によってこれらの障害は崩壊します。現実を直視しましょう。これらの障壁がある限り、EECは美しい夢にしか過ぎません。実質的には何の結果ももたらさないでしょう。いつもどこかで摩擦と緊張が存在しています。彼らは自分達の理想をどうやって現実したら良いのか、皆目、見当がつかないでいます。しかし、レバレンド・ムーンはマッチングと結婚を通して、そして無私の生活をすることをメンバー達に教えることを通して、彼らの理想以上のものを実現する方法を彼らに示すことができます。現在、EECが抱えている最大の頭痛の種は、日本の技術です。日本人はすべてを彼らから学び、それを真似して消化して、つまり改善してしまいました。今、日本人はヨーロッパ人よりも先を走っています。これがヨーロッパ各国を悩ませているいるものです。先生は、ヨーロッパがもう一度日本の競争相手になれるようにしたいのです。先生はドイツで数人の人達に話してみましたが、全員がその考えに賛成しました。先生はこのことを既に十五年前に考えていました。つまり既にこの問題について理解し、その準備をして来ました。信じられないことですが、世界がこのようになるとは誰も考えませんでした。しかし先生は何年も前に、既にこのことを予言していました。

 我々はドイツで最高の機械製作工場を建設することができます。すでにヨーロッパの食口達は日本の工場で働いています。そこからドイツでは、我々はあらゆる国籍の仕事を求めている人達を雇うことができます。これはEECの計画の一つでもあるので、我々も協力するのです。皆さんはこの世界のことを知る必要があります。この世界をひっくり返すためには、その中に入っていかなければなりません。いつも人よりずっと先生を見つめ、しかも大きな規模で物事を考えることです。人々はそのように考えることはあまりできません。ヨーロッパでの先生の計画に対して、多くの人達が困惑して頭をかいしている状態なのです。先生は既に、ここアメリカにおいても模範工場を始めました。

 先生は自動車の再利用の方法について考えました。機械製作技術を身に着けさえすれば、皆さんはメルセデンスベンツなどのような車の使い古しを買ってそれを修理し、全く新しいものにすることがてきます。多くの人達がそういう質の良車を買いたいと思うでしょう。この国には富があり余っているので、お金を多く使うことが良いとされています。そして車を、例えば良い車であっても、何年も何年も維持しておくことは良いことではないとされています。しかしこういう浪費をする必要は全くないし、物を買ったり使用したりすることについての人々の一般の哲学は今変化しつつあります。

 我々はエンジンを修理し、全く新しいものにすることがてきます。それを速やかに行う良い方法があり、先生はそれについて真剣に考えました。現在、人々は壊れたエンジンをシリンダーごとに修理しなければならないけれども、十万マイルごとにエンジンを修理する方法があり、この方法によればエンジンの寿命の限界がなくなります。エンジンは単に大きな鉄の塊です。それを修理して、新しいものよりもっと良く走るようにできないわけがありません。その技術さえあれば問題はありません。フォードが一年間に生産するよりも、さらに多くのエンジンを我々は修理することができます。しかも値段は新しいものの半分から三分の一です。これは従なる空想ではありません。我々はそういう企業をもう少しで完成させるという段階に来ています。もし漁船用の小さなエンジンが必要ならば、皆さんは新しいものを別に買う必要はありません。簡単に手に入る壊れたエンジンがたくさんあります。我々はそういうエンジンを修理して、それを船に備え付けます。そうして皆さんは船内モーターを持つことになります。費用はほとんどかかりません。あるエンジンはただ同然です。車体のないエンジンを人々はどうするのですか。彼らはそれをただ同然で売るのです。

 我々はエンジンを再生させ、新しいエンジンを付けた時と同じように、船を走らせることができます。そうしてそういう船とエンジンをたくさんアフリカへ送ります。アフリカの国の中には、一隻の船さえ持たない所があります。しかし漁をする機会ははなはだ多いのです。先生がなぜ機械製作工場のことを考えたのか、その理由が皆さんは分かりますか。すべてが全世界に関係しています。皆さんもそういう思考方法を持たなければなりません。

 皆さんはこれらの計画を実行に移し、運営していくことのできる能力を持っていますか。何がその準備をやってくれますか。科学者会議がそれをやります。彼らはEECやアメリカの経済が抱えている問題を良く知っているし、物事を実現させるために自らの計画を立て、政治家に影響を与えることもできます。基本的な科学観が全体的に作り直されなければならないし、科学の価値と応用についての理解も、全く新しい観点から見直される必要があります。こういう面についての誤解が長い間継続しています。

出発の時は今

 四年前、この家の隣は十四エーカーの土地を買ったのです、我々はこのあたりで最大の土地所有者の一人に入りました。だから人々は興奮しているのかも知れません。しかし我々は、何ら非難を受けるようなことはしていません。我々はここに海洋大学を創るつもりです。そして時は熟しています。アメリカは長い間それを必要としてきました。だから人々は何も文句は言えません。まあ、そのうち分かるでしょう。

 先生の頭の中は、しなければならないことで一杯なのです。皆さんは先生の荷を軽くすることができますか。我々には造れない船というものはありません。鋼船の船、もう造りました。木船、それも既に造りました。ファイバー・グラスの船、それも既に造ったのです。皆さんの言うものなら何でも、数カ月あれば造ることができます。工場をたくさん造れば造るほど、それを運営する人がますますたくさん必要になってきます。それをするのは皆さんなのです。そのように皆さんは考え始めなければなりません。計画を立て、それを実行に移します。工場を買い、給料を支払い、うまく運営し、そして周りの誰よりも高い基準にそれを引き上げます。初めからそのようにするのは、皆さんには難しいかも知れないけれど、皆さんは決して失敗しません。皆さんのするべきことはひとえに、周りにいる人達を育てることです。特別の天才に手伝ってもらう必要はありません。皆さんのための基盤も既に備えられています。皆さんは何百人という人を連れて来る必要はありませんが、確かに何百万人という人を連れて来ることができます。二、三年たったら皆さんにもその方法が分かるでしょう。皆さんがもしやる気を失くさず、依然と何か心に引っ掛かるものがあって自らを投入しないとしたら、我々はこういう計画をすべて諦めるべきですか。最初のレベルまで戻って、二十年前にやっていたような伝道をするのですか。それとも先生はもう一度最初から、先生一人で始めなければならないのですか。

 それでは誰が人を連れてくるのですか。今、皆さんは自分の家族の心配をしなくてはもよいと言っても、先生は何も皆さんを否定しているわけではありません。しばらくの間、先生と共に考えて欲しいのです。皆さんは祝福をされれば、家庭を始めてから一年以内に多くの人が子供を産みます。三年以内に多くの人が二人の子供を持つことになります。五年以内には、多くの人が三人の子供を持つようになります。そして多くの家庭が五人、つまり父母と二、三人の子供からなるようになります。皆さんは彼らをどうやって食べさせていくのですか。分かりますか。今、立ち上がって走り出さなければならないことが分かりますね。国全体の基盤について心配する必要はありません。自分のことをやるのです。ここ三年から五年のうちに、皆さんは走り始めるべきてす。それと同時に、先生は自分の責任分担を行います。皆さんが人々を連れて来れば、自分の家族のためだめでなく、将来の数多くの家庭のためにも基盤を築くことになります。この点が皆さんに分からなければなりません。。

 一人、二人の子供だけならば、それほど変化もなくやっていけますが、子供が三人できたならば、いろいろ考えなければなりません。医療費、その他の出費が莫大なものとなります。子供を育てるにはお金がかかりますが、皆さんには養育する義務があります。皆さんは神学校を卒業しないからといって頭でっかちになり、苦労の多い仕事を避けるようになるならば、いずれ後悔することになります。

 それでは先生が皆さんを追い出し「これは皆さんの領域だ。皆さんはそれと生死を共にしなければならない」と言うべきではありませんか。先生は、三十代の初めに過ぎない皆さんを急ぎ立てて、御旨をやらせるべきではないでしょうか。いい年齢ですね。十年たてば、もっと多くの若者達が教会にやって来て、皆さんに一体何をやったのかとたずねることになるでしょう。その時皆さんは何と言うのですか。「私は統一神学校を卒業したんだけれでも、荷が重すぎたので前線には出なかった」そう言うのですか。

 先生の心はせき立てられているのです。ちゅうちょすればするほど皆さんの荷は重くなり、ついには全く身動きが取れなくなります。今最低の場所から活動を始めなさい。そしてそれに心を悩ませてはなりません。皆さんはその場をすぐに抜け出すことができます。先生の気持ちが分かりますか。どうして先生が、突然、ほとんど何の前ぶれもなく、皆さんをここに呼んだか分かりますか。どうして神学校卒業生を全員呼んだか分かりますか。皆さんには伝道の使命が与えられましたが、それが難しかったのですね。どこで皆さんは働くつもりなのですか。どういう地位を皆さんはこなせるのですか。それができないならば、一体皆さんには何ができるのですか。新しい分野を皆さんに与えようと先生は考えています。皆さんは今までと同じようにやっていたいのですか。今まで通りやっていれば、長い間座り続けていれば、皆さんは滅んでしまうでしょう。今まで皆さんは何の行動も起こしませんでした。そして数年が経過しました。皆さんはやろうとしたかも知れないけれど、何の改善も見られませんでした。

 だから今残された道は、何か皆さんのできるのをやってみるということです。もし神学校に行かず、貴重な二年間を伝道に用いていたならば、皆さんは何人のメンバーを増やしていたでしょうか。今まで皆さんは上層階級の人達と付き合って来たけれども、他にもいろいろやることがあります。いずれにせよ、皆さんは神学校を卒業したのだから、その知識を何とか使わなければなりません。

 新しい仕事をするように言われたならば、皆さんはそれに反対しますか。何をやろうとも全身全霊をそこに注ぎ、何らこの実績を上げるのだと決意していないのですか。我々の目的はここアメリカのみならず、宣教師のいる国々の基準をも高めることにあります。だから、我々のアイディアを何か実質的なもので支持しなければなりません。

 先生は廃品回収のビジネスについて真剣に考えました。まず要らなくなった金属を集め、それを再生します。その後、同じことを紙とか他の製品でも行います。こういうものを再生するには大きな工場を作らなければなりません。しかし、この分野を調べていくにつれて、入り込むのが非常に難しいということが分かりました。マフィアが支配していたからです。不必要な犠牲を払わなければならなくなるので、それは良い考えとは言えませんでした。それよりももっと良いものを我々はすることができます。

アメリカの水産業の窮状

 それから我々は水産業に目を向けました。皆さんも知っているように、漁業はかつてアメリカの主要産業の一つでした。しかし、過去二十年から三十年の間に、それは少しずつ衰退の途をたどっています。そして現在、自らの力では再びはい上がれないような段階まで落ち込んでいます。一方、アメリカの漁場は、少なくなりつつあるのでしょうか。そういうことはありません。事実、アメリカには世界の四大漁場のうち三つまでがあります。

 ある種の魚が減少しかかっているという問題はあります。しかし、利用できる種類はまだまだたくさんあり、それに味も良いのです。ただ問題なのは、市場であまり人気がないということです。しかしこの状態は変えることができます。政府はこういうことは知っているけれども、目下お手上げの状態に近いのです。特に漁師達が海に出て行きたくないと思っている場合にはそうです。ではどうしたら良いのでしょうか。我々はこの問題を簡単に分析することができます。どうして、漁師達はやる気がないのでしょうか。彼らは数日間海に出て、一生懸命働きます。しかし帰って来ても、それをほとんどお金に変えることができません。売る所がありません。市場で売れない魚の種類がたくさんあります。卸売業者は長い間それを利用してきました。もし売れなければ、釣った魚を海に捨てるしかないことを知っている卸売業者達は、非常に安い値段を漁師達に押しつけてきました。

 水産業には安定した収入は保証されていません。漁師達は、ある時には十分な魚を捕ることができるけれども、そうでない場合も多いのです。だから漁師の数は限られています。誰もが漁師になれるわけではありません。それに海上での生活はとても厳しいのです。漁師達は一度漁師をやめると、決して再びその仕事には戻ってきません。他の仕事には就くけども、もう一度漁師になろうとはしません。あまりにも厳しすぎるからです。すでに五十パーセントに近い人々が漁師をやめました。彼らは再び戻ってくることはないでしょう。

 水産業にはまた別の問題があります。それは妻達です。漁師達は一週間、二週間あるいは一カ月の間、ずっと漁に出ています。そしてこういうことが一年中続きます。多くの女性達が、一年の大半を一人で過ごさなければなりません。そういう生活に耐えきれなくなり去っていきます。このために漁師達はやる気をなくしてしまいます。漁に出て行く生活は厳しいけれども、家庭さえしっかりしていれば耐えることができます。

 漁師達は一生懸命働いて魚を釣るけれども、、それが良い値段になるという保証はありません。漁の保管があまりよくないことや、市場にたくさんの魚が既にあふれているために、彼らの懐に入るものが何もないことさえあります。あるいはある種の魚は捕れても、それは市場では人気がなかったりします。あまりたくさんの魚の種類が知られていないアメリカにおいては特にそうです。それに市場の予想は全く不可能です。ある種の魚は捕れても、それが売れなかったりします。それと共に、海で働いている間、家族が待っていてくれるという確信が彼らにはありません。多くの男達にとって、それはあまりにも苛酷すぎるのです。

 我々にとって、それを解決する方法は簡単です。これら三つの問題を乗り越えることができれば、皆さんはこの大変素晴らしいビジネスに加わることができます。誰でもそこまでは分かっているのですが、この三つの問題を乗り越えることができません。そこで考えてみなさい。我々が自分で船を造り、それから魚を釣る、そしてその魚をやはり自分達で加工して売ります。最後に残ったものを外国に輸出します。そうすればどんな魚を捕ろうとも直接売ることができます。もしこの点が解決されれば、我々のビジネスも成長することができます。魚を捕り尽くしてしまうのではないかと皆さんは心配するかも知れませんが、学者はこの点について研究しており、相当の数の魚が捕られても、種が絶滅することはないということを知っています。言い換えれば、皆さんがある量を捕ったとしても、魚の方は毎年毎年繁殖を続けることができるということです。まだたくさんの魚がいます。我々は漁、加工、販売そして輸出の面において一番になるんだという決意をしなければなりません。これが我々の功績になるでしょう。

 皆さんもいつの日かこの分野でビジネスを始めることになるかも知れないけれども、まず最初にしなければならない事は海になじむことです。ビジネスはその次です。良いビジネスをするために要求される性相がまず第一です。皆さんは長い間、海に出ていません。一度も出たことがない人もいると思います。だから、たとえそのアイデアに同感し燃えているとしても、皆さんは海につにて知らなければなりません。それが実際どういうものであるかを知らねければなりません。それが海上七十日間の、この夏期訓練の目的です。先生は自らこの企画をか開拓し完成させてきましたが、皆さんが受け継ぐことができる基盤を造るのに七年もかかったことになります。今年は既にやり方の基準というものが確立しているので、皆さんはただそれを覚えて実践するだけで良いのです。それは情熱をかきたてると同時に、やりがいのある仕事です。先生はマグロ釣りに最も適した船をテザインすることによって、最初からこの企画を支援してきました。皆さんも知っているように、我々は最初「メイコ(Mako)」と呼ばれる、マグロ釣りに最も適した船だと市場で評価されている船を買いました。しかし先生はその船には多くの欠点があることにすぐ気づいて、根本的にテザインを直し、現在、人々が使っているよりもはるかに優れた船を開発しました。

マグロの役割

 過去数年間のうおの値段は、信じられないほど低いものでした。時には漁師達は魚を海に捨てました。水産業を安定させるためには魚の値が上がる必要がありました。一ポンド十セントに過ぎなかった値段が上がっていったわけですが、その原因の一つを作ったのが我々だったのです。先生が五年前にここにやって来た頃、人々はそんなことを気にもかけず、ただ海に投げ捨てていました。考えられないことですね。毎年着実に値が上昇し、今年は二j五十セントまで上がりました。そして来年は一ポンド少なくとも三ドル五十セントにまでなるでしょう。我々は自分達の財源を使っているのであり、その額はもっともっと増えると思われます。これは困ったことなんですね。しかし、将来のためにそうしなければなりません。今、皆さんのやるべきことはマグロを捕ることです。それは皆さんにとって良い訓練です。しかしもっと重要なことは、それが漁師達のためになるというのです。

 マグロの価値は寿司になります。皆さんは新鮮なものを配達しなければなりません。新鮮なものは配達する限り、それを拒む日本レストランは一軒もありません。彼らは最高の質の新鮮なマグロに対して、最高の値段を払うでしょう。日本人はマグロの価値が分かります。だから漁師達は新鮮なマグロに対して、それ相応の支払いを受けるべきです。先生が漁に出るまでは、漁師達はマグロから何の利益も得ていませんでしたが、それが今変わりつつあります。ここでマグロを扱っている会社は全部、その背後に日本の会社を持っています。つまり、本当の買い手は日本にいるということなのです。お金は彼らのポケツトから出ているのです。

 もし我々が値段をつり上げれば、日本人達は日本へ戻らなければなりません。そして彼らは皆に「レバレンド・ムーンのせいで、値段があまりにも高くなったので、マグロを買うのを諦めなければならなかったんだ」と言うことになります。それから「レバレンド・ムーンはグロースターの全水産業を乗っ取ろうとしています」というニュースが、一夜のうちに日本全国に広がることになるでしょう。そういう心理的な影響を与えることになります。いずれにせよ、グロースターで何が行われているのかは日本人達には何も分かりません。

 一ポンドにつき三ドル五十セントが、あるいはそれ以上の値段で魚を扱える限り、我々はそれを買ってそれを売ることになるでしょう。それから我々は基盤を造り始めることができます。分かりますか。マグロの値段が上がって安定すれば、他の魚の値段も上昇します。何年か前にはタラ・ニシンあるいはそういう種類の魚の一ポンドあたりの値段は、五十セントから六十セントに過ぎませんでした。その頃のマグロの値段もただ同然だったのです。しかし現在、マグロの値段が上昇しているので、これらの魚の値段も同様に上がるべきです。目下、我々は新鮮な冷凍ニシンに、一ポンドについて十セントしか払っていません。

 マグロに起きたことと同じことが、これらの魚についても起きるはずです。これらの魚の値段を一ポンドにつき一ドル五十セントに引き上げた後、市場で売るようにしたらどうでしょうか。マグロを基準設定の道具として用いるのです。マグロの値段を安定化させることによって、普通の魚の値段が上昇することになります。そうすれば、どういう魚を捕ろうともそれは間違いなく消費されます。つまり、売るという確信を我々は持つことができます。このようにして、我々は基盤を下から上まで造り上げるのです。

 「レバレンド・ムーンは魚の値段を上昇させ、市場を安定させ、我々の将来のために販売網を拡大していくれた。本当に我々のために貢献してくれたんだ」と、いつの日か漁師達が皆一斉にそう言うべきです。彼らは自分達の将来が明るきものになりつつあるということを知るべきです。

新しい基盤の確立

 この時点では、市場は安定化していると思います。しかし我々次第ではあるけれども、今後値段が上昇することになるでしょう。問題は、皆さんがどれだけ迅速に自分達の船を造り、魚釣りの訓練をすることができるかです。我々はまず手始めに三百隻の訓練船を造り、それをアメリカの三つの海岸線に配置する計画です、こそにずっと留まり、一年中毎日出かけて行くならば、皆さんもそう漁場のことを、短期間のうちに、自分のものにすることができるでしょう。

 皆さんはやる気のある若いボランティァを見つけることができます。彼らは喜んで漁について学ぶでしょうから、彼らを連れて行って教えてやれば良いのです。そして漁をしながら統一原理について説明してやることもできます。彼らは嫌がったりはしないでしょう。そういう良い性格を持ち、心を開いた若者達を皆さんは見つけ出すことだすことができます。彼らは、皆さんと一緒に釣った魚を全部、自分のものにすることができます。このようにして皆さんは誰とでも友達になることができます。

 もし五人伝道し復帰できれば、皆さんは二隻目の船をもらうことになります。五人連れて来る度ごとに、一隻船をもらうのです。十隻もらえば、つまり五十人連れて来たら、皆さんはそれを卒業してスターン・トロール(底引き網)船に乗ることが許されます。我々は既にそういう船を造りました。皆さんもそれを今日見ることになるでしょう。こういう八十フイートから九十フィートある船を造るには、百万ドルの半分から三分の一ほどの費用がかかります。それは普通のスターン・トロール船です。それを使ったら、ほとんど何でも捕ることができます。その訓練コースに出て、いつの日かそういう船の責任を持つことができるようになって欲しいと、先生は皆さんに願っているのです。

 我々はマグロ漁のために開発した「グッド・ゴー」船を三百隻造る計画でいます。これもやはり、多目的用スピード船なのです。それと同時に、我々はすでに三十隻のスターン・トロール船を造り始めています。そして次のような組織造りをします。つまり十地区がそれぞれ十隻の船を受け取り、各々の地区でこれらの船の維持に責任を持つ人を訓練します。それから船を学校の代わりに使って、海について若者達に教えます。さらに船を引っ張ったり維持したりするために、各々の船に一台のトレーラーを付け、各地区に一台のバンを備えます。それが皆さんに与えられる基本的な設備となります。最終的には各々の地区が、一隻のスターン・トロール船を受け取るべきです。

 来年の夏、マグロ釣りの季節がやって来たら、我々はグロースターにこれらの船を全部集め、漁開始に備えます。来年は我々は海上に泊まります。そして母船、すなわち供給舟を準備して、そこから食料とか夕食をもらうことができます。嵐が来る時だけ丘に戻ります。嵐が静まったならば、すぐにまた話の上に出ます。我々はそういった訓練プログラムを開発します。それからアメリカの人々は、我々のメッセージを受け取り始めることになるでしょう。どれほど我々が真剣であるか、彼らは知るようになるでしょう。

 一つの問題点は、一年以内にどうやってそれらの船を造るかです。我々は三十の教会センターを持ち、各センターが十隻の船を持つべきです。つまりアメリカ全部で三百隻の船です。そして各オーシャン・チャーチのセンターは、教会として機能すべきであり、各々の船も教会となります。だから我々は「船の面会(ボート・チャーチ)」を持つことになります。陸上のセンターは、これらの船のためのセンターです。それはちょうど、州のセンターのようなもので、その指揮の下に、船という小さなセンターを持つことになります。ここグロースターの湾に三百隻全部を集めて出発するということが皆さんには想像できますか。我々が持つ礼拝のことを想像してみてください。同じように皆さんの地区においても、十隻が一斉に出発して海上で集まって朝拝を行います。その後に漁に出かけます。それから、夕方帰ってきたら陸の上で礼拝をします。そのスケジュールを毎日、実行します。三十のセンターが開かれたらすぐに、漁港再興のために六十万ドル相当以上の船舶が投資されようとしているというニュースを、我々は流す計画です。

 こういう活動に関心を持つ人なら誰でも、いろいろな我々の企画から大きな利益を得ることができます。我々は彼らから何も求めないで、魚の捕り方を教えることができます。また原理も教えることができます。五十人か六十人の人に興味を持たせることができれば、スターン・トロール船を皆さんは扱うことができるようになります。ニュー・ホープ号は皆さんの訓練用ですが、スターン・トロール船はもっと難しいのです。

 このようにして、皆さんは自分の生活基盤を確立することができます。そして皆さんが訓練した若者達の生計を立ててやります。その他の人達は欠員名簿に名前を載せておいて、訓練船ができあがったその時点で、各々の船に責任を持ってもらいます。各センター五十人は何ら問題ないでしょう。皆さんが必要としている船を、我々は年内に送ることができます。頭が良くていろいろな能力に秀でている人達は、訓練船を受け取ることができます。したがって皆さんも彼らを評価したり、推薦したりしなければなりません。

 小さな船で訓練を受けた後、スターン・トロール船で漁に行くことができるようになります。それから魚を直接消費者に売ることができます。そのためにも我々は販売網を確立する必要があります。海に出たくない姉妹達は、戸別訪問して魚を売ることができます。朝出発して夕方帰って来るのです。

 各地区ごとに三隻のトレーラーを備え、それを使って皆さんは自分の経済基盤を確立することができます。魚を捕ってそれを売ります。皆さんは自分の地区で何をやっても良いのです。霊的基盤ができたならば、自分達の地区、地方都市、そして自分達のメンバーのために具体的な計画を立てることができます。

 間違いなく水産業は衰退しつつあります。市長やビジネスマン達が、自分達の町でこういう活動を見たならば、間違いなく皆さんを援助したい気持ちになるでしょう。皆さんは自分のやっていることを彼らに知らせなければならないのです。我々の小さな船はあらゆる目的に使用できます。例えば支援委員会という形で我々の船を提供し、沿岸警備隊の仕事を援助することもできます。このようにいろいろな社会奉仕活動のために船を提供することができます。こういうことを継続していけば、我々は本当の漁師つまり「天の海兵隊」のようなものを創り出すことになるでしょう。

 我々は既に小さな船舶を持っているし、三十のセンターを間もなく設立します。それから販売網を確立します。ビジネスは教会の企画を援助することができるし、ビジネスを通して、皆さんは自らを支えることができます。我々は持っているものを全部活用するようになるのです。皆さんは自分の仕事をやりさえすれば良いのです。そして人々を連れて来て訓練し、皆さんの住んでいる社会を活気あるものにします。これが第一段階です。

基盤の拡張

 今までのところ、我々は第一次産業についてしか話していません。では船舶備品のような第二次産業についてはどうでしょうか。つまりライン、網、エンジン部品、エレクトロニクス、その他漁を成功させるために船に必要なものです。第一次産業を支えるいろいろな第二次産業の分野があります。こういうものを全部、調査研究する必要があります。またこれらの分野の開発も必要です。政府は衰退しつつある水産業を心配はしているけれども、たいしたことはできないでいます。我々がこの分野で前進し実績を上げていることを知れば、政府も我々を援助したいという気になるでしょう。これらはアメリカがすぐにやらなければならないことです。もし何もしなければロシアや、ノルウェー、日本、その他の二百マイル海域内で漁をしたいと思っている国との間で問題が起こって来ます。アメリカがその漁場を活用していないということを知れば、彼らは自分達の市場のためにどうしても利用したいと思うようになります。結局、それらの船をアメリカの海域から締め出せなくなってしまいます。もし我々が魚を捕っていれば、良い値段で大量の魚を彼らに売ることによって、その圧力に応えることができます。必要な魚を捕るために遠い所まで航海しなくてもすむのですから、彼らは喜んでそれを買うし、アメリカもいい儲けになります。だからと言って、決してやましいことではありません。しかし、もし我々が魚を捕っていなければ、彼らは何度も何度も漁にやってくるし、自分達の国民に食料を供給することができないと不平を言うようになります。ある意味ではこのアメリカに対する彼らの不平は正しいのです。しかし、我々は、神様の援助の下に漁をし、その基台を造ります。そして、大きな変化が水産業界に起きることになるでしょう。これは単なる空想ではありません。今、先生が皆さんに話しているこの時でさえ、それは着実に進行しています。皆さんは、海とはどういうものであるか一旦つかみさえすれば、それを途中で投げ出すようなことは絶対にしないでしょう。それが魚釣りの精神に近づくための早道なのです。マグロは最も偉大な魚です。鯨は確かに遥かに大きいけれども、それは魚ではありません。それは全く別のものです。しかしマグロは魚です。だからそれはあらゆる魚の「王様」だと、我々は言うことができます。

 世界の他の所では、既に我々の大型マグロ船が四隻操業しています。これらの船はアフリカで漁をしています。大体、百五十フィートの長さの船です。その他に南アメリカで十隻の海老漁用の船が操業しています。それは操業一年目にして、投資資本の全額を取り戻すことができました。だから人々は皆我々の噂をしており、それを奇跡とも呼んでいます。そして彼らの言うことは正しいのです。

 一度海に慣れてしまえば、陸にしがみついている理由はなくなります。陸上よりも海上における方がいろいろなチャンスや、やるべきこと、なさなければならないことが多いのです。本当にそうなのです。夫が六カ月間海上に出たきりだという理由で、彼を捨てていく妻達が皆さんの中にいますか。あるいは妻が海へ行けば、夫は彼女を捨て去りますか。我々は自分の販売網を持っているのですから、魚を釣ってきても売れないで困るということはありません。また同様に、たとえ漁師達がムーニーだという理由で売るのを拒んだとしても、販売員達はそれで困ることはありません。我々は魚を捕ってそれを売ります。そしてそこからさらに発展します。まず我々は訓練が必要です。

 私達のメンバーは世界のあらゆる所から来ているので、ドイツ、フランス、英国、日本その他全世界に支局を作ることができます。そして新鮮さと、質の良さを保つように魚を加工します。アメリカ人はニシンを好まないので、その値段はいつも最低です。ドイツでは人々がその種類の魚を好むので、値段は一ポンドにつき一ドルから始まります。

 一年間に三百隻の船を造ることは容易なことではありません。メイコ会社ですら、そんなにたくさんは造らないでしょう。将来、皆さんの中でやる気のある人が出てくれば、彼は造船会社の支局を自分の手で設立することもできます。たいして難しいことではありません。まず鋳型から始めます。鋳型ができたならば、次にファイバー・グラスと樹脂を買って来て、適当な厚みになるまではめ込みます。それが船体になります。それから甲板を造ります。これも同じやり方で造ります。そして最後にそれを組み合わせます。覚えが良ければ、たいして難しい仕事ではありません。

 教会の仕事もまた皆さんの仕事であり、カープの指導者であるとか州の責任者であるとか、皆さんは何でもやれます。一方ビジネスはまた別の領域です。だから船を造ったら、トロール船で魚を捕ったり、バンで魚を売りに行ったりすれば良いでしょう。そうではないですか。州の責任者達はこれが分かれば、州の教会センターを内陸部から海岸近くへ移動することになるでしょう。

 グッド・ゴーはどのくらい良い漁船ですか。それは本当に素晴らしい船なのです。メンバー達の中で、今年一番の漁師はゲーハートでした。彼はワン・ホープ1を使っていましたが、それは美しい船なのです。またそれは我々の最初の船なのですが、彼はそれを運転していました。最初ゲーハートはそういう美しくて、頑丈な船は私達の手によっては造ることができないと思っていたのですね。ワン・ホープ号と他の船とは天と地ほどの差があります。

 (ゲーハート・ビーモラーのワン・ホープ号についての証)
 「この船は極めて特別な船です。お父様は真の人ですが、この船はちょうどお父様のようです。だから私はこの船のことを『メシア』船と呼んでいます。本当に真の船なのです。この船が水の上を走っているのを見た時、私は非常に驚きました。私が初めて操縦したのは夜だったのですが、とても扱いやすくて信じられないほどでした。同じくらいの大きさのメイコに比べて、この船は水の上では遥かに安定しています。

 この船は優秀な船です。海上で波が小さな船に押し寄せて来る時、船はそれにぶつかって激しく揺れ動きますが、この船はたいしたもので、波を切って進むのです。水はしぶきを上げて船から散って行きます。まるで波にはぶつかっていないみたいに、滑らかに切って進みます。この船はメイコよりも約二千ポンドも重いのです。ということは二千ポンド分安定し、しっかりしています。それを考慮に入れた上で、その船がメイコと同じエンジンを使い、しかもメイコほどには燃料を食わないことを知れば、その秘密は一体何だろうと不思議に思うに違いありません。

 メイコの二倍の重さがあり、同じエンジンを付けていたとしても、二倍の燃料を食うことはありません。少々多くの燃料を食うことはありますが、それほど多くではありません。大体同じなのです。この船には何か特別なものがあり、それはデザインの仕方に多少関係しています。人々はこの船が水上にいる時や、水から揚がった時を見ているので、本当にこの船が素晴らしいものだということを知っています。この船を操縦するのもまた素晴らしいことです。それと比較し得るどんな船よりも安定しているのです。

 この船は同じ種類、同じ大きさの船とは比べものにはなりません。水の上で安定しているのです。メイコあるいはそれと類似の船に乗ったことがある人ならば、即座にその違いに気が付きます。船全体もそうですが、どのようにデザインされたか、どのように調和しているかが他と違っているのです。多くの漁師達がやってきて、それを見て買えるものかどうかを聞くのです。その気さえあれば簡単に売ることができます。本当に『真の船』なのです」

 ワン・ホープ号についてのゲーハートの話を聞くにつれて、先生は「一目ぼれ」という表現を思い出しました。一度この船を見さえすれば、その意味が分かります。特に走っている時の姿はとても美しいのです。美しいという点においては何ら疑問の余地がありません。ファイバー・グラスでできたこの船は、何年も何年ももつのだということを考えてみなさい。とても長い間もったからこれで十分だと言えるような船は、今までに一隻もありませんでした。将来番号が若ければ若いほど、より価値があることになります。ワン・ホープ4や10はワン・ホープ3000よりも遥かに価値が高いのです。だから皆さんの船を大切に扱いなさい。そうすれば四十年か五十年後、それは極めて価値の高いものになっています。それはまた皆さんの州全体の誇りにもなります。

 人々がこの船を見さえすれば、統一教会を信じなさいと言う必要がなくなります。何も言わなくても信じるようになります。どうしてそうなるのか分かりますか。各家庭がこれらの船を一隻買いたいと思うようになります。こういう船を持った家に住むことが、マンションに住むよりも誇りとなります。皆さんはその船の上で休んだり生活したりして、その船の素晴らしい歴史を作り出すべきです。

 各統一家庭はこれらの船を一隻買うべきです。そのようにこの船は歴史的なものであり、そして貴重なものです。そういう船を持ちたい者、手を上げなさい。先生の話とゲーハートの証だけで確信を持ったのであれば、実際に自分の目でそれを見るまで待ちなさい。我々が船もトレーラーもバンもエンジンも、自らの手で造り出すまで待つことです。皆さんは信じられますか。こういうアイデアに好奇心をそそられ、全力をそれに投入したいと思う者は手を上げなさい。

オーシャン・チャーチの使命

 先生が神学校卒業生を呼んだ理由は、皆さんに三十の教会センターの責任者になってもらいたいからです。皆さんが普通の漁師になり、他の漁師達を教育します。彼らに統一原理、勝共思想、そして最終的には統一思想を教えなければなりません。彼らが神様の御旨と目的を理解できるように教育しなければなりません。そのように未来に向かって彼らに備えてやるのです。そうしないと、彼らは過去の世界に埋没してしまいます。

 皆さんは最も基礎から彼らに教えることができなければなりません。先生はヘリコプターを用意してすべての船を訪問するかもしれません。いつやってくるか皆さんに知らせます。多分、海の上で皆さんと会って昼食を共にするかもしれません。素晴らしいアイデアでしょう。皆さんが捕ったばかりの新鮮な魚を食べることができます。そうしたいですか。皆さんを呼んだ理由が今分かりましたね。この計画を実行に移すならば統一教会は成長します。そう思いませんか。我々は最初の三十のセンターから始まって、三百の教会を遠からず持つことになるでしょう。

 このグッド・ゴーを、この速くて美しい船を、操縦する姿を想像してください。それは沈まない船なのです。ポリ発泡スチロールが入っているので沈みません。船べりまで水が来ても、それでも浮かんでいます。大嵐が来ても沈みません。自分を命綱に結わえさえすれば大丈夫です。嵐によって魚は死ぬかもしれませんが、皆さんは大丈夫です。それはスポーツ用の船だけれども安全な船でもあります。

 後になって、商業用に同じような船を我々は造る計画でいます。もし皆さんが希望するならば、販売員になってその船を売っても良いでしょう。これも皆さんの経済基盤確立に役立つでしょう。こういう面からも、それを眺めて見ることです。皆さんが金持ちになる時、統一教会も金持ちになります。しかしその船を販売して得た金をアフリカに献金するならば、さらにもっと良いのです。このアイデアに対して皆さんは賛成しますか。それとも反対しますか。では皆さんが成功したならば誰が得をするのでしょうか。成功することはとても良いことです。皆さんがそれを、他の人のために喜んで投資しさえすれば良いのです。だから先生は皆さんを訓練したいと思います。この三十の教会センターを成功させるのは皆さんの仕事です。もし皆さんがそれをやれば、最初の投資は失われることはありません。さらにまた、成功を他の人達にも分け与えてやれば、絶対にそれは失われることはありません。

新しい責任分担を受け入れること

 皆さんは今まで水産業についてそれほど考えたことがなかったかもしれませんが、今日聞いたことを基に新しい観点からそれを見るようになったと思います。皆さんはどう思っていますか。本当にその通りになると思っていますか。ベリー・タウンで鯉を捕っていた時から既に、皆さんはこの摂理を始めていたことになります。皆さんはそうとは知らずにやっていたことになります。先生と一緒に網作りをやった者達は、夜遅くまでまたある時は一睡もせずに翌朝まで働いたことを覚えているはずです。それも摂理とは無関係ではなかったことになります。実際それは皆さんの出発の一端だったのです。

 統一教会の指導者は、船の上で訓練として十八カ月間を過ごすという計画を先生は練っています。だから皆さんもそれを受け入れた方が良いのです。韓国の諺に「最初の罰を受ける者は最も軽い罰ですむ」というものがあります。それは、最初に仕事をもらう時は後にそれをもらう時ほど難しくないという意味です。面白いと思いますか。もう既に魚の夢を見始めているのですか。既に時間も大分たったのですから、皆さんは何かの夢を見るべきです。腹が減りましたか。少くともロブスターか魚を想像していますか。熱心に聞いていた者達はロブスターを連想しましたか。もしそうであるならば間違いなく聞いていたことになります。説得などしなくてもそうなります。

 ロブスターが皆さんのために料理されているに違いないのだけれども、彼らは客達に拒まれるのではないか、そして自分達の努力が無意味になってしまうのではないかと心配しているかもしれません。我々は責任分担を今決めるべきですか。それともまず食べるべきですか。我々は現在自分のシーフード・レストランを持っています。まず食べて、後で決定すべきですか。まずは先に食べましょう。そしてそのレストランへ行った時にグッド・ゴーの船を見たら良いでしょう。ワン・ホープ4を見れば、先生が午前中ずっと話していたことが皆さんにも分かるでしょう。

 皆さんは長い間同窓会をしていなかったのでしょう。今晩の会合の後、皆さんはもう一晩ここに滞在します。それで会議は終わりですから、皆さんは明日帰ることになります。皆さんはこのあたりを見て回ったのですか。お城はもう見ましたか。皆さんはモーニング・ガーデンをどう思いますか。良い所でしょう。海岸線の至る所にこういう場所を我々は買うつもりです。そしてそれを訓練センターや研究センターとして、また漁師達が帰ってきて休憩し疲れを癒すためのセンターとして使うことになります。皆さんはグッド・ゴーを見たのですか。それは我々の誇りなのです。どのようなアメリカの家庭にとっても船は誇りです。彼らは船の世話を良くし、それをもって湖や海へ行きます。皆さんには船を注文し、それを利用する用意が既にできていますか。

 造船所で働いているメンバー達は、いつも他の会社がやっているようなことをやりたいと思っています。しかしそのリストを眺めてみると、不必要なものがたくさんあります。無駄な操業のやり方をしている工場がたくさんあります。だから先生はメンバー達に、絶対になくてはならないものだけを使用しなさいと忠告しています。出費を少なくして、しかも船の質には影響を与えないような方法は必ずたくさんあります。ただ注意を怠らないで、心さえあれば良いのです。

 最初の先生の質問と説明に戻って、我々は海岸線の至る所にこれらの船を配置すべきですか。「はい」というのは簡単ですが、それが皆さんにとっては生活様式の変換を意味しているということを皆さんは考えているのですか。一旦その責任分担を引き受けたならば、そこで三年、四年と働き、決して逃げたりしないと本当に決意するのですか。もちろん、皆さんは先生の前で「お父様、私は逃げ出します」とは言わないでしょう。しかし先生の前でただ「はい」というだけでは駄目です。皆さんは自分が言っていることを良く考えなければなりません。それは皆さんの基台になるものです。またアメリカの基台ともなるのです。それは真の、そして永遠の基台になります。それは決して消滅することはありません。

アフリカと南アメリカのための基台

 先生はいつでもここにいることができるわけではありません。いろいろな国に行かなければなりません。もしこの国にずっといたならば、他の国はどうなるでしょうか。来てくれないと言って先生を責めるでしょう。アフリカ緒国と南アメリカ、特にブラジルは先生を必要としています。それらの国々のメンバー達は、自分達の国でもっといろいろなことがなされたり開発されたりできるのだということを知っているので、先生が来るのを首を長くして待っています。

 先生はザイールなどの国に、農業機械を作るための機械工場を建設しようと真剣に考えています。そこでは人々は牛車と鍬を使って農業をやっています。しかし我々は、そこで使える農業機械を作り、壊れた場合には修理の仕方を教えることができます。素晴らしいことですね。白人達はアフリカを占領しそこに植民地を作ったけれども、そこの人を教育することはしませんでした。彼らは使用できるものを全部取っただけでした。農業の仕方、穀物、野菜、果物の収穫の仕方について教えませんでした。何も伝えませんでした。パンの作り方すら教えませんでした。彼らは今でも、野生じゃがいものようなアフリカの常用食をかろうじて最低限食べているだけです。食物の種類も数種類しかなく、彼らは毎食ほとんど同じものを食べています。また誰も彼らを教育しなかったので、小学校基準の教育すらほとんど彼らは受けていないし、読み書きもできなければ、現代社会についてすら全く分かりません。生き残ることができるでしょうか。これらの過ちは全部白人によってなされたものです。もし白人達がこれらの問題を解決する努力をしなければ、黄色人種がそれを修正することになるかもしれません。

 アフリカでは、ここアメリカで費やすものの十パーセントしか我々は費やさないけれど、一つの国の運動を推し進めるためにはそれで十分なのです。少額でもアフリカでは莫大な影響を与えることができます。そうすべきだとは思いませんか。野菜や果物の育成、収穫、穀物を作りそれをパンにするやり方など、すべてを彼らに教えるべきです。過去、問題が一つありました。それは、教育を受けると彼らは白人達を追い出してしまったという問題です。そしてそれに対する白人の反応は「わざわざ教育する必要などあるものか」でした。
 そしてようやく、何人かのアフリカ人がロンドンとかその他のヨーロッパの地に行くようになりました。彼らが自分の国に帰ってきた時どう感じたか、それは皆さんにも想像できますね。彼らは西洋生活の生活水準とアフリカのそれとの差を見たんですね。これが多くの苦しみと怒りを引き起こしました。ある程度の改革はなされていたけれども、この民族問題は依然残されていました。白人は有色人種が好きではありません。彼らは黒人が嫌いです。

 共産主義者達はこの弱点を利用するのです。彼らは人々を扇動して「白人達が君達に対してなしたこと、君達について考えていることを見てみなさい。彼らは君達のことなんかどうでもいいのです。ただ皆さんを利用しているだけなのです」と言います。そして「唯一の希望は共産主義だ。そこは労働者の天国、一般人の天国だ」と彼らは言います。それは嘘だということは既に証明済みですが、共産主義についての知識がなければ、それはとても素晴らしいもののように聞こえます。このようにして共産主義者達は民族戦争を始めるのです。嘘ではないかと思うならば、もっと皆さんは勉強しなければなりません。彼らの戦術はとてもはっきりしています。そういうことが起こる前に、統一教会の白人達はアフリカへ行って、先祖の過ちの蕩減を払って借りを返さなければなりません。そうして初めて彼らは皆さんを信用するようになります。 最近ザイールの霊的な教会で白人達が大量殺人を行いました。それは新しいキリスト教の宗派でした。現在、この忌まわしい出来事は過去のものとなっています。誰も公にはこのことを語りません。人々はただそれにふたをして忘れてしまいたいのですが、黒人達はそれを絶対に忘れはしません。我々はそれを公にして蕩減しなければなりません。誰かが蕩減を払って彼らの心を癒す必要があります。

 こういうことを公にするのは、先生は気違いなのでしょうか。それともただ白人達のあら探しをしようとしているのでしょうか。それを公にすることは良いことだと皆さんは思いますか。それは蕩減を払って物事を新しく出発する唯一の方法だからよいというのです。我々はそのことをはっきりと知らなければなりません。我々は自分のやったことを隠すことはできません。先生は今すぐに彼らの所へ行って助けてあげたいのですが、何も持たないで行くことはできません。だから先生がまずやるべきことは、皆さんに堅固な基盤を築かせることです。

自分自身の基台を造ること

 先生が心配しているのは先生自身の信用ではありません。皆さんに確立してほしいのは皆さん自身の信用なのです。皆さんは何かを達成しなければなりません。将来皆さんが安心して暮らせるような基台を先生は造りたいのです。さもなければ、先生がいなくなった時の迫害は物凄いものになるでしょう。だから先生は急いでいます。だから先生は幾晩も眠らなかったり、三年間の努力を一年間に縮めたりします。

 「お父様、この企画にもう少し時間をかけてはどうですか」と多くの人は言います。水産業が繁栄するようになれば、先生は何百隻という船を寄付したり、あらゆる良い企画のために分け与えたりしたいと思います。重要な点は、あまり経費をかけずにどうしたら良質の船を造れるかです。それができさえすれば、アメリカ人は一生懸命働いて船を寄付することができるようになります。しかし皆さんはそのアイデアは好きかもしれないけれど、あまり一生懸命働きたくないのです。

 皆さんの性質は先生も良く知っています。一生懸命働く必要がなければ働きたくないと皆さんは思っています。しかしこれは皆さんが実績を上げる唯一の方法です。先生は皆さんを押し出さなければなりません。そして皆さんは実績を上げ、そして利益を得ます。船一隻の費用は最低二万五千ドルです。それを売るならば小売り価格は約三万ドルです。資材だけで一万六千ドルします。残りは労賃です。最初の船は、皆さん自身が自分の企画用に使うものです。だから今後造る船も同じ位良質で、しかももっと安いものにする必要があります。いろいろな部品を自分達の手で作るという方法も一つあります。買う必要のある部品は大量に買えば良いでしょう。そうすればずっと安くなります。あらゆるものに目を光らせ、安売りしている時に何でも買うようにすれば二、三千ドルの費用を浮かすことができます。浮いたお金で、船を造っているメンバー達に何かをしてやれば良いでしょう。

 我々はこの企画のために、少なくとも二千万ドル投入しなければなりません。もしこれだけの金を銀行に預ければ、何もしなくても毎年三百万ドルが入って来ます。二、三パーセントの利子率でこれだけ入ります。それはたいして多くはないけれども、決して少ない額ではありません。初めこのように投資すれば、最初の二、三年間は損をするだろうということも先生は知っています。最初の投資額の三分の一まで損をするかもしれません。損をするかもしれないけれども、新しく企画を始める時はそういうものだということも先生は知っています。工場で働く時、普通皆さんは二、三時間働いてそれから休憩します。それからまたもう少し働いて、それからコーヒーを飲みます。四、五回休憩を持つころには仕事を終える時間になっています。しかし先生は仕事をそのようには考えません。先生はもっと早く仕事を終わらせるため、二十四時間ぶっ続けで働くのが好きなのです。食事には一時間もかかりません。その半分で十分です。最も早く食べる方法は、食物を手でつかんで食べることです。先生は早く食べる訓練をしました。だから一食を一分で食べることができます。すべての食物をスープの中に入れて、それを飲み下せば良いのです。想像できますか。「どういう生活様式なのだ」と皆さんは思うかもしれません。それは基台を造るための生活様式なのです。そういう生活様式なのです。

 皆さんに選択の自由があり、もし地上天国の基台を造りたいと思っているのであれば、昔のやり方をいつまでも続けることは許されません。物事を実現するためにはそれを忘れ、全く新しい方法を工夫しなければなりません。夕暮れがやってきた時、それが朝で太陽が昇りかかっているのか、それとも夕方で太陽が沈みかかっているのか分からないほどまでに、熱心に働いたことが先生はあります。何か食べた時、それが朝食なのか夕食なのか分かりませんでした。皆さんはこれを聞いて作り話だと思うかもしれませんが、先生はずっとそういう生活をしてきましたし、またそういうことがあったのも本当なのです。

 先生は韓国の記録保持者です。我々は三階建ての強化鉄骨とコンクリートの基礎を持った、一和の工場を造りました。これは普通の建築物でこれを建てるのに普通は二、三年かかります。計画に六カ月、準備にさらに六カ月、そして実際に建設するのに少なくとも一年かかります。しかし我々の工場は、始めから終わりまで三カ月しかかからなかったんです。ランプともう二組の交替組を使って、二十四時間コンクリートを流し続けました。そのようにやりました。修練所は二十八日間で建てたのですが、ある人が二、三日どこかに行って戻ってみたら、そこにビルが建っていました。だから彼は、自分が道に迷ったと思ったんです。我々はもう一つ、最初のものほどは大きくないが、それでもかなり大きい修練所を建てましたが、それも七日しかかかりませんでした。基礎も含めて、家を一軒建てるのに七日しかかかりませんでした。こういうことが皆さんには想像できますか。

 皆さんの仕事のテンポに先生はいらいらしてくるのです。先生はそれを見たいとすら思いません。皆さんは仕事を延ばしに延ばして、とてものろいのです。庭を造るように言われて、やる気があれば二、三日ですむところを、今まで二カ月もそのままにしています。仕事を始めてさえいません。今先生はアメリカ人について研究しています。皆さんのことを知ろうとしているのです。先生は今、皆さんのためにすべてを準備するにはどうしたらよいか、迅速かつ効果的な生産のやり方を皆さんに示すにはどうしたらよいのかについて考えています。それは皆さんのためです。

 皆さんは、生産速度を上げるにはどうしたらよいか研究しなければなりません。必要ならば機械を発明すればよいのです。指導者は責任を引き受けなければなりません。もし彼ができなければ、他の人が代わりにそれをやらなければなりません。こんなに一生懸命やろうとする工場は他にないのです。まあ、我々は道理をわきまえていなければならないのですが、できるだけこの三百隻の船の費用を少なくするように努力するつもりです。我々は費用を切り詰めることができます。それは間違いありません。皆さんはどうなのですか。これは最も良い方法だと思いませんか。それならゆっくり働いて少ない利益で満足するのですか、それとも一生懸命働いて大きな利益を得たいのですか。最初の方がずっと易しいのです。しかしもう一方の方が長い目で見てより確実なのです。そしてそれが皆さんの基礎となります。

 誰もこういう考え方をする人がいないことが先生には信じられないことです。いずれにせよ、我々は二万ドル以内で全部を造ることができます。すべての部品、トレーラー、その他のすべてを含めてです。間違いありません。メイコは今トレーラーなしで二万四千ドルです。皆さんはもう我々の船を見ましたね。美しい船でしょう。正直言って、メイコ船はそれよりも一階級下がります。我々の船は今でも二十五ノットで走ることができます。二十五ノットから三十三ノットが小さな船の最適速度ですが、我々の船は今でもその速度で走ることができます。それに中型の船と同じ位安定しています。船は造ることができます。それは疑問の余地がありません。我々はそれを比較的物価の安いアラバマで造らねばならないかもしれませんが、そこは天候が良いので、青空の下と言えるような場所を用いることができるでしょう。これで三百隻の船の建造問題が解決したわけです。

新しい責任分担

 この時点で、教会センターに責任を持つ三十人を選ぶことにします。まずボランティアから始めましょう。この新しい責任分担を引き受けたい者立ってください。皆さんは海に行けば、最初全員が船酔いをするでしょう。何となく「軟弱」です。船酔いしない人、手を挙げて。

 先生はまず、海の上でも何とかうまくやっていくことのできる人を選びたいのです。ある人達は魚が従っていくような生まれつきの性格を持っています。ちょうどある人達が、ビジネスで金儲けができるような才能を生まれつき持っているように、ある人々は魚で金儲けができるような才能を生まれつき持っています。まず先生が見て回って、こういう生活に最も適している人達を選んでみましょう。まるでマッチングをやっているみたいですね。では始めましょう。選ばれたら、自分の名前を後で報告するように。

 このメンバー達がいれば、海洋王国を建設するのに十分だと思います。皆さんの方はどうですか。皆さんは極めて順応性に長けていなければならないし、速やかな決断ができなければなりません。特に海が荒れている時はそうです。皆さんは海が危険な所だということをいつも心に留めておく必要があります。そしてそれを乗り切ることのできる能力も必要です。そして、厳しい天候と厳しい労働を何とかやり抜いていくことのできる体力を持っていなければなりません。分かりますか。まあ、今先生は二十四人を選んだわけですが、手始めとしてはこれでいいのです。残りの六人は後で来ることになっています。

 よい講師も我々には必要です。教育のためには特に大きい人は必要ありません。既に州の責任者をやっている者達は手を挙げて。皆さんはオーシャン・チャーチに来るべきです。今すぐにではありません。神学校卒業生は先生が直接責任を持ちましょう。自動的にHSAとかカープとか、その他の所に行くようなことはありません。誰も彼らの責任分担を勝手に変えてはいけません。彼らは神学校で特別の訓練を受けたのですから、先生が直接責任を持ちます。それは良く分かったと思います。新しいセンターの責任者達、皆さんの船はまだ造船中です。つまり十二人は明日責任分担を引き受けることになりますが、残りの十二人は一時的に州の責任者になってもらいます。そして新しい船ができ上がったならばその船があてがわれ、皆さんにも新しい責任分担についてもらいます。最初の二十四隻が完成するまでは皆さんはこの順序でやるんですね。約二カ月位かかるでしょう。大貫がオーシャン・チャーチの顧問をやっているので、皆さんの中から十二人の指導者を選ぶのを彼に任せようと思います。

 先生は分離団体を始めようとしているのではありません。それは、紛れもなく我々の運動の一部なのです。タイガー・朴が皆さんを訪問するだろうし、レバレンド・郭が皆さんの講義プログラム編成を助けてくれるでしょう。皆さんは紛れもなく我々の運動の一部です。実際には皆さんは州の責任者のようなものです。特にオーシャン・チャーチの地区における、州の責任者です。落ち着いてしまってはなりません。絶えず動き回り、皆さんの地区にある港を全部訪ねなさい。我々は急いで組織を再編成し、空いている所がないようにしなければなりません。このように多くの人達が州の責任者とオーシャン・チャーチの新しい指導者として採用されたのですから、残った者達は今までの二倍働かなければなりません。

最初の指示事項

 神様の祝福が皆さんの上にありますように。君達オーシャン・チャーチの新しい指導者達が立派にやれば、海岸線沿いにある州の教会センターをはじめとした陸の教会よりももっと急速に皆さんは発展するようになります。何かを作り出すという面では、皆さんの方がもっとやる気があるはずです。皆さんは任地へ行ったならば、まず沿岸警備隊の責任者達、警察署長達そして市長達を訪問しなさい。そして自己紹介し、皆さんがやろうとしていることを彼らに説明します。そして、アメリカの水産業界を再興して、多くの若者達が港のために一生懸命働き献身的に生きることができるように訓練を与えることが、皆さんの関心事であることを彼らに知ってもらいなさい。船、トレーラー、バンがその地域にやって来るということも彼らに言うのです。また退廃的に生きている若者の傾向をより建設的、創造的な生き方へ変えるため、皆さんは最善の努力をするつもりでいるということも彼らに知ってもらいます。また急いで講義のプログラムを作り、十分な数の人が集まったら、その人達に講義をすべきです。このように彼らにすべてを説明します。

 任命されるのは皆さんが初めての重要な港が二、三あります。だが皆さんは、その港やその地区の責任者の位置にあります。そして数隻の船と数人のメンバーが皆さんの下にやって来ます。彼らにはもちろん皆さんがやって来ることを知らせます。今年の夏、皆さんは何の経験も積んでいませんが、皆さんの下に割り当てられる人達は既にある程度実質的な経験をしてきていますから、皆さんは彼らからいろいろ学ぶことができます。できるだけ速やかに追いつき、その差を小さくするつもりでいるということも、彼らに知ってもらう必要があります。その多くはヨーロッパのメンバーであり、皆さんが責任者になることを喜ぶはずです。それは皆さんが彼らをアメリカにつなげてやることができるからです。

 皆さんの主な仕事はその地域の若者達に講義をし、あるいは教育を与えることです。そうしながら彼らを海に連れて行き、一緒に魚釣りをすることもできます。船の上で講義をし、漁をしながら彼らに訓練を与えます。これらは全部同時にやるのです。彼らを連れて来る方法については、先生は既に指示を与えています。ある訓練期間を終えたならば、彼らに一隻の船をあてがいます。また夏の間グロースターに来る船は東海岸で漁をすることができますが、まずノーフォークに来るのが一番良いのです。乗組員達はそこで経験を積むことができます。そこで漁をすれば必要なことを覚えられます。マグロ釣りのシーズンには補給船が必要になりますが、この船はノーフォークから来た漁船でチャム(巻き餌)を供給し、そこでマグロを買うことになります。

 アラスカに割り当てられている船がたくさんあります。トレーラーならびに小型船です。船の編成、監督をする計画、特に船長の訓練計画は練られなければなりません。そして立派な船長と訓練された乗組員が各船にあてがわれる必要があります。アラスカに行くメンバー達が孤立させられてはならないので、アラン・ホーカンソンがそこに行って、これらの組織化を助けるべきです。そして彼らと共に生活をし、毎日毎日彼らを訓練すべきです。

 漁船のすべての船長がアラスカを通って来なければなりません。つまりアランか、その地位にある人を通過して来なければなりません。船の操縦、乗組員の訓練は彼の下でなされます。その地位にある人は誰でも、自分のことは忘れて、まず他の人達の訓練をすることに気を使わなければなりません。アランは高い基準を保っているので、模範として先生は彼を地位につけました。彼は船で他の人達と共に出発し、そこにいて彼らを訓練します。そして多くの他のグループも訓練することになります。彼は「母親的で過保護な雌鳥」のような役目を、そこで果たさなければなりません。

 彼にとってはこれは恵まれた機会です。もしそこで立派に自らを確立したならば、彼は何でもやれるようになります。彼はテスト・ケースなのです。もしアラスカで船長として独り立ちして人々の尊敬を得るようになれば、彼はそこからさらに前進することができます。ビジネスの方面で陸の上で働く指導者がいますが、アランは海の上で独り立ちすべきです。そしてこの二人は一緒に働かなければなりません。陸の上のビジネス・マネジャーと海の上の船長、特にアランのための標語は「一体化」です。アランは新しい船の船長となり、それとグリーン・ホープ号とを比較すべきです。アラスカには何隻の船が必要ですか。最適数はいくつですか。我々はどうやって出費を切り詰めることができるか考えなければなりません。特に機械と食事の出費です。それに我々は、技術面についてメンバー達を訓練しなければなりません。またもし魚をたくさん食べれば、高価な肉に出費する分を切り詰めることができます。考えなしに出費していれば限りがなくなります。

 我々は商業用の船である延縄魚船に関しては、乗組員に給料と食事代を払います。彼らが何を食べるか、皆さんは知っていますか。彼らは米と野菜と海で取った魚を食べるのです。彼らはそれをフライにしたり焼いたり、その他いろいろな方法で料理をします。このようにして彼らは食費を切り詰め、それを給料に加えることができます。

 我々もそのように訓練することができます。その方法を見いださなければなりません。消費ばかりしていたら絶対に蓄えることができません。どうやったら倹約できるか、いつも考えるべきです。その中には修理代も入っています。まもなく分かることですが、すべてのメンバーがエンジンの管理について訓練を受けているのかどうか、皆さんは確認する必要があります。皆さんは指導者であり、また責任者ですが、一流の機械工でもなければなりません。分からないことがいくらかでもあれば、人に教えることはできません。一流の機械工でなければなりません。他に道はありません。エンジンについての本を読むことから始めて、ひたすら学ぶのです。エンジンについて、すみからすみまで知り尽くす必要があります。そしてそれを分解して、また組み立てることができなければなりません。皆さんは自分の地区の責任者として資格を持つためには、船の専門家でなければなりません。

 先生は皆さんを訪問する際、船の上にいる皆さんの姿を見たいのです。皆さんは船乗りや漁師または海に出かけていく人達の指導者であり、また責任者でもあります。しかし行政管理責任者ではありません。だから、自分の地域の霊的教育の面でいつも忙しく指示を与えていなければなりません。それと同時にビジネスについても勉強しなければならないし、魚を売る方法も見いださなければなりません。時々大量の魚を取ったとしても、皆さんはどこでそれを売ったらいいか分かりません。それも皆さんの訓練の一部なのです。皆さんが自活の方法を知った後になって初めて、だれかが皆さんの取った魚を何でも確実に買ってくれるようになります。各地区は協力し合うべきです。また皆さんは伝道、魚釣り、教育、さらにビジネスと魚の販売のすべての部門でどのように行動すべきかを知っていなければなりません。そこから我々は前進拡張して、教会の目的を成就するようになります。最初に皆さんがやるべきことは友達を作ることです。そしてその人達にいろいろ質問して、できるだけ多くのことを学びます。それから、その地方に関する案内書を手に入れ、そこの漁業事情について研究することです。少なくとも半年間は、皆さんはそれをする必要があります。海岸線の近くに、我々は網工場とか造船所のようないろいろな工場を設立することができます。もしそれらの工場が皆さんの地域にあれば、皆さんはそれも管理しなければなりません。

 上手に管理し一生懸命働き、一つの企画から別の企画へと敏速に行動すれば、皆さんの基盤はすぐにできます。それは皆さんの基盤です。また皆さんの地域の漁師を代表して、いつの日か上院議員か下院議員に立候補することすらできます。それは皆さんの信望となるでしょう。町全体が皆さんを注目しています。皆さんは人々から歓迎されなければならないのです。良い人達が多数皆さんの所にやってきて、皆さんの指導をあおぐことになると思います。そうしたら彼らを教育し、国家のために働けるように鼓舞してやるとよいのです。

 皆さんはできるだけ速やかにそれらを身に着けなければなりません。皆さんが見習うべき人は大貫です。大貫は絶対に不平を言いません。六時は終了の時間なので「ラインを上げるように」といつも先生は言っているのですが、大貫はいつもあと五分だけそのままでいます。マグロがいつ食い付くか分からないからです。少なくとも三度、その最後の瞬間に食い付いてきたことがありました。一日の終わりに先生が「さあやめよう」と言うと、皆嬉しい顔をして急いでラインを上げるのですが、それを先生はあまり好きではありません。大貫は最後の瞬間にでもマグロが食い付いて来るのを期待しているので、ゆっくりと行動します。食い付くかもしれないのです。

 来期から、我々は訓練プログラムのための費用を最低限参加者達に出させるつもりです。一日につき少なくとも三度の食事分は払わなければなりません。またマグロのいる所に行くのに一、二時間かかるので、もし海上にずっといて漁を続けるならば、そこには大きな違いが生まれてきます。だから我々は中央に大きな船を置いて、夜はその周りにアンカーを下ろすようにする計画です。そしてアンカーを下ろした場所からその大きな船に行ったり来たりすればよいのです。しかし皆さんがどこにいるかによってマグロの食い付いてくる可能性に大きな違いが生まれてくるので、他の人達はどこでアンカーを下ろすかで争っているのです。

 いつのシーズンでもいいから、マグロ釣りに行ったことのある人は手を挙げて。漁の経験のあるヨーロッパのメンバーとアメリカのメンバーは、新しい指導者を助けなければなりません。

<<質疑応答>>

 質問のある人はいますか。

 メンバー「私達の中には船をすぐもらえない人もいるのですが、訓練のために商業用の船を使ってもよいでしょうか」

 まあ、寒くなりつつあるのでここでは駄目ですね。でも、底引き漁船に乗ることはできます。また、もし明日ここで魚を捕りたければ一日だけならばできます。いずれにせよ、十二名の者達の船はもうでき上がっています。ただトレーラーとバンが足りないのです。まず我々は、船を皆さんのいる所まで引っ張っていって水の中に入れ、それからまた戻ってきて別の船を引っ張っていかなければなりません。しかしまもなく一隻の船にトレーラーが一台、三隻から五隻の船に一台のバンがつくことになります。それが基準です。

 メンバー:「まず最初に私達がやることは何でしょうか。漁でしょうか。それとも魚の販売ですか、それとも訓練ですか、あるいは講義ですか」

 船をもらう前に皆さんは渉外をすることができます。それが第一です。そのように出発します。皆さんが中心勢力です。しかしカープのメンバー達も州の責任者達も、皆さんを援助しなければなりません。皆さんはまず基盤をつくる必要があります。それから手を広げていきます。しかし、最初から商売をする計画ではないので、まだそれを我々はやっていないのです。我々自身の船が三百隻必要ですからそれを売るつもりはありません。それは訓練用の船です。いずれワン・ホープ号に似た別の船を売ることになります。それはグッド・ゴーかも知れませんが、ワン・ホープ号ではありません。ワン・ホープ号は特別な船なのです。しかしその船を見たら人は欲しくなるに違いありません。もう既にそういう現象が起きています。人々は今ワン・ホープ号を買いたがっているけれども、我々はそれを売るつもりはありません。

まず最初にやるべきこと

 皆さんはここから直接皆さんの州に戻って活動を始めるべきです。例えば、ドクター・ダーストは各州をちょくちょく訪問すべきです。彼が少なくとも一カ月に一度、五十州全部を回るのを先生は見たいと思います。ということは彼はいつも旅行していることになります。しかし、もしドクター・ダーストが百名の聴衆に話すとすれば、アメリカの全人口に語りかけるにはどの位の月日がかかるでしょうか。一万年はかかります。

 その代わりに、もし彼がニューヨークに焦点を合わせ、七千人の人にコンタクトを持ち、家庭教会活動に彼らを連れて行くことができれば、その方がずっと速いのです。もし彼が同じ地域でその七千名の人々に五年間夕食会を持ったり講演をしたりすれば、そしてこれを五年間何度も何度も繰り返せば、はるかに良い結果をもたらすことになります。そしてニューヨークが我々のメッセージを理解するようになれば、アメリカ全体もやはりそのようになっていきます。もしそうなれば国全体が瞬く間に変わってしまうことになります。

 このように家庭教会を通して、復帰がより直接的に進みます。より多くの人々がより迅速に復帰されます。だから彼はこれを集中的にやっています。本部に人々を招待するのではなく、彼が家庭教会の場所に行って、そこを二度、三度と巡回すべきなのです。だから晩餐会をあまり何度もするのではなくて、その代わりに会合を持ってそこで彼が講義をします。それを毎月二、三回やります。一カ所で一、二時間、そして別の場所へ移動してそこでまた二、三時間行います。人々はそこに留まって去ろうとはしないでしょう。こういう人々への接近方法は、先生がアメリカへ来たばかりのころやったのと同じです。そのやり方が最も速いのです。復興会、晩餐会またはこの種の会合を通して、皆さんは人々のためによい雰囲気を作ってあげるのです。州の責任者達もそのようにするのです。そして皆さんもそのようにするべきです。その後のことは、ドクター・ダーストは自分の経験を通して何をしなければならないか知っているはずです。彼は皆さんのセンターを訪問し、皆さんと一緒に働きます。

 明日、皆さんは新しい責任分担につくか、元の責任分担へ戻るのです。皆さんの働きの上に神様の祝福がありますように。オーシャン・チャーチの勝利のために「マンセイ」を三唱しましょう。

朴大佐の祈り

 「天のお父様、御父母様と共にこの時を過ごすことができましたことを感謝申し上げます。時は進展しています。今日この日、大きな転換点が訪れようとしていることを私達は知りました。まだアメリカの中ではありませんが、私達の内に起ころうとしております。天のお父様、劇的な変化が我々の中に起きるようにお導きください。あなたが私達に期待されていることと、現在の私達の状態との間のギャップをうめなければならないからです。それから天のお父様、私達が自分で課している限界を乗り越えることができるようにお導きください。

 私達はお父様が韓国、日本で打ち立てられ、また現在アメリカでそうされつつある伝統を受け継ぎたいのです。その伝統が苦労の上に確立されたものであることを私達は知っています。私達は人類と天のお父様、あなたのために自分を忘れて働けるよう自らを改革し、あなたの伝統を受け継ぐことをここにお誓いいたします。あなたが示してくださったお手本に従い、全力を挙げて働くことをこの瞬間私達は心の中で決意しております。私達は今まさにオーシャン・チャーチを始めようとしています。それはこの国における歴史的な発展の時です。

 将来アメリカ全体がこの日を証するようになるでしょう。来るべき年のために心からお祈りいたします。真の御父母様は既に多くの汗と涙を流され、神学校のために多くのものを捧げられました。そのために神学生達はこの日までやってこられたのです。多くの者達はカープで働いています。また多くの者達は州の責任者をしています。そして今日、多くの者達がオーシャン・チャーチの指導者として任命されました。彼らの成功はひたすら彼らの一心不乱の努力にかかっております。

 これが成功したならば、アメリカにも希望が出てくることを私達は知っております。もし私達がその基準に従って行動することをしなければ、この国は今後もより多くの騒乱とより多くの蕩減と、より多くの悲惨をなめなければならないでしょう。その結果を保証してくれるものは何もありません。ですから天のお父様、あなたのお手本に従い、あなたに私達のすべてを捧げさせてください。死のうと生きようと、あなたの御旨をしてまいります。天のお父様、この歴史的な仕事を完遂するため、できるだけ私達が地上に残れるようお導きください。真の御父母様と共にあなたの御旨をなすことができるこの特権を心から感謝申し上げます。重労働が私達を待っていますけれども、私達はこの地上で最も幸福な者達です。たとえぜいたくな生活はできなくても、真の御父母様がおられるので、私達は歴史上最も幸福な者達です。天のお父様、真の御父母様が既にこの世界とアメリカのためになしてくださったすべてのことに、私達は深く感謝申し上げます。真の御父母様に代わるものはないのです。どうぞ、真の御父母様そしてその御家族をお守り下さい。いつの日か、私達は真の御父母様の重荷を代わりに担ってあげたいのです。そしてどうしたらそうできるのか、あなたが教えてくださるまで、私達は努力を続けていくことをお誓い申し上げます。これを、真の御父母様の御名によりお祈り申し上げます。アーメン。
























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