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御旨と海 魚釣りの心情と精神
1986年 7月 3日 モーニング・ガーデン


 今晩、先生に初めて会う人はいますか。皆さんは新しいメンバーですか。もし皆さんがここで新しいメンバーであれば、きっとまだマグロ釣りを経験したことはないと思います。教会に入る前は何をしていましたか。皆さんは少なくとも十八歳以上ですね。たとえ皆さんがまだ二十歳代の初めであったとしても、まだ若すぎます。初めてマグロ釣りをする人は、手を挙げなさい。今シーズンの結果について心配する必要はありません。先生は皆さんの大部分が魚釣りの経験がないことを分かっています。皆さんはこれまでの十日間の教育と修練を通して、たくさんのことを学びました。しかし、数日の講義と実際の魚釣りの違いを見てみれば、このような訓練は取るに足らないものです。それは現実に比べたら塵のようなものです。皆さんはさまざまな種類の魚釣りを学ぶでしょうが、最も難しいのはマグロ釣りです。

 ジャンボマグロは捕るのが非常に難しい魚です。このマグロは、世界中の五つの海で見ることができます。彼らはそのように広い範囲を旅するので、速いスピードで泳げなければなりません。皆さんが実際にマグロを見れば、胸びれと背びれが身体に収まり、ちょうど魚雷のように泳ぐのを知るでしょう。マグロの最高速度は約百ノットで、平均速度は約三十ノットです。このようなジャンボマグロの生活を考えてみなさい。彼らは海の中で十年ないし十五年、あるものは二十年以上も生きてきたのです。彼らは非常に多くの危険や困難を経験して、それでも生き残ってきました。その意味において、あるマグロは我々以上に頭が良いかもしれません。例えば、マグロはマグロ釣りの船がくるのを見ると、ただ単に船を通り過ぎるのではなく、船のかたわらに寄ってきて注意深くこちらをみるのです。我々はそのような頭の良い魚を捕るために、ここに来ているのです。

 最も大きいマグロは、千ポンドを超えるものがあります。それらは大きな牛よりも大きいのです。しかし、牛のような骨は持っていません。この意味においてマグロは神様の賜物として準備され、我々はその賜物を受け取るためにここに来ているのだと言えます。しかし、一般に、アメリカ人はマグロの味がどんなに良いか知らずにいました。日本人はそのことを長い間知っていました。マグロはとてもおいしい魚です。マグロ養殖の研究開発を行っている日本のある教授が、もしアメリカ人にマグロのおいしさが分かったならば、日本人に残されるマグロはなくなってしまうだろうと心配していました。幸いなことに、アメリカ人はまだマグロについてそれほど多くを知らずにいます。しかし、彼らがそれを知った時には日本人には困ったことになります。

 ここでちょっと比べてみましょう。もしマグロが海の王であり、女王であるならば、マグロは、最もハンサムな王子であり、最も美しい王女です。我々は、このような魚の中のハンサムな王子と美しい王女を釣るためにきているのです。彼らがどんなに美しく、どんなにハンサムでしょうか。例えば、皆さんが何日も何日も海にいて、一本のマグロを釣ったとします。皆さんはそれを見て、突然マグロの所へ行ってキスをするでしょう。多くの人達がそれくらい感激するのです。

 また皆さんは「私はマグロを釣りにここに来ているけれども、やせて荒れた日本人の私の手はあまりにも醜くて、そのような美しくハンサムな魚に触れることはできない」と、このようにも考えるでしょう。マグロ釣りの多くのことに関して興味を持たなければなりません。先生自身が魚釣りを始めたのは、十四年前です。ここに初めてニュー・ホープ号を持ってきたとき、国中がそのことを知りました。先生が初めてここに来たときは、マグロ釣りについては何も知りませんでした。どんな種類の針を用いるのか、どんな糸を使ったら良いのか、何も知りませんでした。しかし三年以内に、自分はマグロ釣りのマスターになるという自信をだれよりも強く持っていました。

マグロ釣りにおける先生の基台

 先生が初めてここに来たときには、たくさんのマグロがいました。恐らく今よりもたくさんいたと思います。普通の日で、一日に一本のマグロを釣ることは珍しくありませんでしたし、一日に二本のマグロを釣ることもよくありました。こういった初期のころを考えると、先生は皆さんとそのような深い経験を分かち合いたいと思います。最初のころ、何度もマグロが食い付きましたが、その度ごとに逃げられてしまいました。それでマグロを釣ってきた漁師達は帰ってきて「またレバレンド・ムーンはマグロが掛かったけれども、逃がしてしまった」と言ったものです。

 先生はマグロを釣って、それを船まで引き揚げることができませんでした。このようなことが毎日起こりました。だから、先生がマグロを持って帰ることができるかどうかが、人々の毎日の噂となりました。皆さんが知っているように、ここにはマグロ釣りに出かけていく大きくて豪華な船がたくさんあります。彼らの中には、妻や子供を連れて行く人もいます.来る日も来る日も彼らが家族に「レバレンド・ムーンはきょうもまた魚を逃がしてしまった」と言っているのを聞きました。

 このように、マグロが食い付きながらも捕まえることができなかったことが、何度続いたことでしょう。一度でも、二度でも、また三度でもありません。十六本目にようやく釣り揚げることができました。二十一日目にして初めて、マグロを船に引き揚げることができました。大貫はこのことを目撃した生き証人です。彼は今晩皆さんの前に立っています。このように我々が二十日の間出かけていって、十五本のマグロが掛かりながら、船に揚げることができなかった日々のことを考えてみてください。十六本目にして、ようやく釣り揚げることができた時、大貫はその瞬間、涙を流していました。このように、我々が最初のマグロを釣らなければならないと誓った信念のことを考えてみてください。

 先生の心の中には「少なくとも一日に一本捕まえることができるように、アメリカの青年を訓練しなければならない」という考えがありました。その二十日間そのような考えを持ったことについて考えてみてください。先生はいかにしてマグロを針に引っ掛けて、しかもそれを逃がさないで釣り揚げるかに焦点を絞って考えていたのです。先生は絶えずこの点を研究していました。もう一つの観点は、我々がマグロ釣りのために費やしたお金のことです。毎日毎日たくさんのお金を費やして、それでも一本のマグロも捕まえることができなかったことを考えてみてください。先生は必死になっていました。

 皆さんは、先生がなぜそんな立場でマグロ釣りを始めたか、理解しなければなりません。また皆さんは、先生がなぜこのような種類の訓練を考え出したかを理解しなければなりません。世界には四つの主要な漁場があります。一つはノルウェー近海であり、あとの三つはアメリカの沿岸にあります。その他にも漁場はありますが、主要な漁場はこの四つです。言い換えれば、皆さんがどのような種類の魚を探そうとも、その魚はアメリカ沿岸で大量に見つけることができます。

 一般的なアメリカ人が魚の価値を知らず、魚を食べないことは悲劇です。魚は一つのサイクルをなしています。すなわち魚が生まれてから死ぬまでです。魚がただ死ぬことは本当に無駄なことです。魚というものは、より大きな魚か人間に食べられるためにいるのです。魚は蛋白質とその他の栄養を多く含んでいます。もし我々が魚を食べず、ただ死んで海底に沈むのをほうっておくとすれば、それは本当に無駄なことです。

 また、六年ないし七年前に、アメリカは漁業専管水域というものを宣言し、外国の船はその海域に入ることができなくなりました。このような宣言は政治問題となっています。日本やイタリア、ドイツのように、経済の一部を漁業に依存している国々は、このような水域を設けたことに抗議をしてきました。それと同時に、アメリカ人はあまり魚が好きではありません。だからあまり魚のことに関心を持ちません。そのために漁業に対して、率先して新しいことをしようとする者がだれもいません。先生は将来に対する心配から、海を中心とした教育プログラムと事業を始めたのです。陸地において農業をするとすれば、基盤を築くまでに二十年かかります。しかし海で始めれば、わずか五、六年で結果が出始めます。海は金よりも、人間によって良く利用されることを待っているのです。問題は、人々がそれについて知らず、あまり関心を持たないことです。アメリカ人が漁業に関心を持たない理由の一つは、漁業それ自体の性質にあります。大きな船団が漁業に出かける時には、三カ月から六カ月、海にいて操業します。その間、漁師の妻は、家にいて何もすることがないので、しばしば夫以外の人とどこかへいってしまうということがあります。

 そのために、海の町で成長する若者は、漁業には一切かかわりたくないと思っています。そして彼らは、オフィスの中でできるもっと良い仕事を見つけようとして、大都会へ行ってしまいます。例えば、このグロースターの町は、二百海里水域が設定される前は非常に栄えていました。多くの外国船が出入りして、物を買ったり、荷を積み込んだり下ろしたりしていました。それでこの町の若者達は仕事を見つけて、ここで働くことができたのです。本当にグロースターは忙しく、そして繁栄していました。ところが、その漁業専管水域の宣言が出た後には、多くの若者が逃げ出してしまい、グロースターはどこかゴースト・タウンのようになってしまったのです。

 出入りする船がなく、仕事をする若者がいなければ、だれがこの町の主人となるでしょうか。ムーニー達が数年前に現れました。我々が最初にここへ来たときには、人々は「ムーニー達は最も悪い人達である」と考えました。彼らはレバレンド・ムーンを何か恐ろしい妖怪でもあるかのように見て、レバレンド・ムーンとムーニー達を追い出そうとしました。しかし実際には、ムーニー達は良い人の中の最も良い人であろうとしています。今や人々の態度も、非常に意地悪であった昔から、今のように温かく歓迎するような態度へと変わってきました。

 多くの人達が豪華な船をこの町に持ってきました。彼らはデッキの上に座って、シャツから大きなお腹を出して、我々に向かって「ヘイ、お前達はだれだ。お前達は何をしているのか」と叫びました。彼らは非常に意地悪な心を持って、そういうことを言ったのです。最初のうちは、だれもマグロ釣りについては何も知りませんでした。我々はさまざまな針やその他のものを買いに回りました。何人かのメンバーは先生と共に行きましたが、彼らもまた何も知りませんでした。すると人々は店の中で「ああ、あれはレバレンド・ムーンに違いない」とささやいたものです。ある時などは、先生が店に入っていこうとすると、店はドアを閉めてしまい、「入ってくるな」と言いました。そこで先生は直ちに「ドアを開けろ」と言ったものです。

 最初のころ、先生はその店の主人が持っているある種の特別な釣り具を求めました。しかし店の人達は、それを先生に見せようとはしませんでした。それどころか先生が望んでいた物とは違った釣り具を出してみせました。先生はこうしたさまざまなことを耐え忍びながら続けてきました。先生は、自分自身が利益を得たくて行ってきたのではありません。これらの海の町を再び繁栄させたいと思ったから行ってきたのです。

マグロ釣りの背後のビジョン

 先生の目標は、アメリカの海岸都市を再び発展させ、世界中の人々に食料を供給するために、魚や海産物を輸出できるようにすることです。皆さんの中には、なぜグロースターのような小さくてつまらない町に呼ばれたのか、不思議に思っているでしょう。皆さんは、迫害や困難な状況を克服する先生の精神を相続しなければなりません。なぜなら、先生はいかにして世界を救い、また全世界の人にいかにして食料を供給するかというビジョンを持っているからです。

 皆さんが乗ろうとする船は、先生が設計し、メンバー達が建造したものです。九年間の経験の後に、先生はグッド・ゴーの船を建造したのです。これらの船を最初に建造し始めた時、だれも経験を持っている者はいませんでした。神山は船を建造する先生の計画を初めて聞いたとき、全く途方に暮れていました。彼はショックを受けた顔をして「何ですって、我々が漁船を建造するんですか」と言いました。彼は先生がそのような船を造ることを先生が言い出さないことを願っていましたが、先生は「最初の年は百五十隻を建造しなさい」と言ったのです。

 そのことを考えてみなさい。そのように多くの投資をしてでき上がった船が、その船の価値について何も知らない、全く未経験のメンバー達に一隻ずつ与えられたのです。これらの船をもって、メンバー達はいかにしてマグロを釣るか訓練を受けました。我々が建造した船一隻ごとに、非常にたくさんの汗と涙と祈りが込められていました。皆さんはそれを理解できないかもしれませんが、そのような精神がそれぞれの船の中に込められています。もし皆さんが本当にこのことを理解するならば、皆さんは船に乗るときに涙を流すはずです。先生が初めてグッド・ゴーに乗った時、先生は泣いたでしょうか、それともあまり深刻に考えずに笑ったでしょうか。皆さんはどう思いますか。だから、皆さんはふさわしい態度を持って、これらの船に連結されている霊的な、かつ国際的な因縁を相続するために祈らなければなりません。世界中の国々が、これらの船の建造を助けるためにメンバーを送りました。そしてそれらのメンバー達は、この船を建造するために彼らの汗と涙を投入したのです。だれも何も分かりませんでした。彼らは文字通り一から始めたのです。だれもどのような材料を買ったら良いのか、何を最初にしたら良いのか知りませんでした。先生は船一隻の価値は将来は十万ドル、いや百万ドル以上の価値になるだろうということを知っています。なぜならば、人々が「これはレバレンド・ムーンによって造られた船である」と言うからです。このために、先生は船を建造するメンバー達にできるだけ最高の質の材料を買うようにと指示しました。彼らは中途半端なものではなく、最高の水準の船を建造しなければなりませんでした。

 将来いつの日か、五十州の各地が、たとえ州議事堂を売ったとしても、ワンホープを買うであろう事を先生は知っています。ところが、統一教会メンバー達の中には、これらの船を見たくもないし、これらの船から逃げ出したいと思っている人達がいます。そういうことを先生は目撃しています。先生の目標と願いは、この船の中に投入されているのにもかかわらず、他のアメリカのメンバー達はそのことを理解せず、この船から逃げようとしています。

 皆さんが、先生がオーシャン・チャーチを始めた時からの御言葉を読めばそのメッセージがいかに重要で、いかに真剣なものであるかが分かるでしょう。しかし先生がそのような説明を与えた後でさえも、多くのメンバーがこのオーシャン・チャーチの活動から離れていきました。それは恥ずかしいことですが、先生はあきらめることはできません。先生はこれをアメリカの若者達に与えたいと思っていましたが、彼らはその機会を得ようとはしませんでした。だから先生は、若い日本のメンバー達を連れてこなければなりませんでした。最も価値のある貴重な宝を見つけるためには、最も困難な道を行かなければなりません。それが真理です。

 今年の夏、ここにいるアメリカのメンバーは自発的にここに来たのですか。それとも、ここに送られてきたから来たのですか。皆さんは本当にここにいたいと思いますか。まだ先生は皆さんを信じられません。皆さんはそれを先生に示さなければなりません。これまで非常に多くのアメリカのメンバー達が、このオーシャン・チャーチの活動から離れ、逃げていくのを見てきました。もちろん、ある者にとってはそうする十分な理由があったかもしれません。先生はただだまって、彼らが来ては去っていくのを見てきました。しかしその間、先生はこのオーシャン・チャーチの努力に対する先生の目標と先生の精神を決して変えませんでした。なぜか、それは先生がその価値を知っているからです。

 もし、アメリカの若者である皆さんが釣りに出かけて行くならば、だれが皆さんに指をさすでしょうか。だれもいません。ところが先生が韓国人であるがゆえに、先生に対しては皆が指をさしたのです。皆さんは、いかなる困難な状況の中でも、いかなる迫害の中でも、皆さんが、通過するすべてのものは、先生が皆さんの前に通過していることを覚えていてください。分かりますか。先生は決して引き下がることはしません。常に前進します。人々は今年になって「レバレンド・ムーンは昨年ダンベリーの刑務所にいたのが、出所してきた。彼の運動は彼がダンベリーにいる間に少し衰退したに違いない。彼らは昨年二十隻かそこらの船を出したが、今年は十隻かそこらしか船を見ないだろう」と言ったかもしれません。しかし先生はそうではなくて、今年七十隻の船が漁に出るようにと命令しました。皆さんはそのような精神を持っていますか。

 先生は、皆さんは外部のアメリカの若者と同じだと思います。皆さんは同じタイプです。皆さんは「そうではない」と叫んでいます。しかし同じタイプだと思います。どう思いますか。本当ですか、本当ではありませんか。先生は皆さんを信頼することはできません。皆さん、先生に見せてくれなければなりません。皆さんが実績を持ってくるときに、他の若者とは違っていることを先生は知ることができます。今から我々は異なった道を行くのです。それができますか。手を挙げなさい。できますか。先生の話を理解できなかった日本のメンバー達は、手を挙げる機会を逃がしました。皆さんが乗っている船は、世界の漁船の中でも最高のものであることを忘れてはいけません。そしてそれがレバレンド・ムーンによって造られたものであることを忘れてはいけません。我々がこの船を造ったのであり、ムーニー精神がこの船を造ったのです。我々はお金をもうけたいからではなく、アメリカの精神を再びよみがえらせたいと願ったからです。

 このグロースターの町自体が消え去るまで、我々は毎年ここに来るでしょう。我々はこの町の面倒をみます。我々がこの海の面倒を見るのです。今晩、ここには約二百人の人がいます。誰しもが同じ状況の中にいます。全員が二本の手と二つの目と、そして手足は無傷でいます。先生は皆さんと同じようなものを持っていますが、しかし人々を指導する能力とか、戦う精神とか、物事をあきらめないことは、ここにいる二百人を合わせた以上の能力を持っています。その違いは、決意と献身、つまり精神の中にあるのです。

我々がなるべき種類の人間とは

 先生はダンベリーへ行った時さえも、この国によって打ち負かされたのではありませんでした。そうではなく、不正に対して戦ったのです。先生がダンベリーから出てきた時には、このような戦いにおいて認められました。我々には決意が必要です。我々は高く立って「いかに風が強く吹こうとも、いかに多くの嵐がこようとも、自分はここに立って決して止まらない」と言わなければなりません。数年前、グロースターで嵐がくると警告がありました。そしてラジオのアナウンサーは、家にとどまるように言いました。ところが、先生は午前一時に「出かけよう」と言ったのです。風が非常に強く吹いていたので、誰もが危険があることを知っていました。それにもかかわらず「前進」と言ったのです。そして我々は嵐の中へ出かけていきました。

 先生はそのような男が好きです。いかなる女性もそのような男性を好みます。皆さんはどうですか。皆さんはそのような男性を好きですか。あるいはただディスコで踊るような人間を好みますか。皆さんはどんな種類の人間ですか。皆さんはレバレンド・ムーン流の人間ですか。先生は非常にタフな人間です。それと同時に、先生は霊的な方向にも従わなければなりません。それがどういうことか分かりますか。我々がまさに行かなければならないという精神とは「自分の目が最後に閉じるまで、誰にも自分の手を開けさせない。自分はこの道をできるだけ強くつかんで決して離さない」と言うことができるような精神を持たければならないのです。

 一般に言って、アメリカ人はあまり強い伝統を持っていません。ただ二百年の歴史があるだけです。韓国のような小さな国が約五千年の歴史を持っています。ということは、皆さんは地上においては韓国の二十五分の一の時間しか持っていないことになります。このように比較すれば、皆さんは非常に伝統が少ないのです。アメリカ人は風の吹くままに流れる傾向があります。もし風が東に吹けば、東に行きます。風が西に吹けば、西に行きます。例えば、この国では伝統がないために、男達は「ああ、自分は女はいらない。男達と共に生きよう」などと言っています。また女達は「私達も男性はいらない。女同士で互いに愛しましょう」と言っています。もし、このような現象がこの次の世紀まで続くならば、アメリカ人は消えてしまうでしょう。

 そのことを考えてみなさい。多分、黒人や土着のインディアンは「ああ、お前達白人はそのようなことを続けていくが良い。あと百年もすれば、我々は自分達の国を取り戻すことができる。我々はお前達なくして、この国の面倒を見ることができる」と言っているかもしれません。それは本当に恥ずかしいことです。この国の若者は恥という概念を持っていません。だから彼らはフリーセックスは自然だと思っています。しかしムーニーは、このような種類の人間とは量においてばかりでなく、質においても違っています。皆さんの特質とは、たとえ誰かがこのアメリカの二億四千万人の全人口をして皆さんの霊的生活と取り代えたいと願ったとしても、決して心を動かされることのないという者でなければなりません。

 もし二つのタイプの人間が一緒に生活しているとしたら、その二人のうちでより強い者の方が生き残るでしょう。誰であっても、より多くの努力を注ぐ者が主体となり、働きの少ない者が対象となるのです。日本人は一日二十四時間、一週間に七日間働きます。他方アメリカ人は一日わずか数時間しか働かず、また一週間の極わずかしか働きません。どちらが将来の所有者となるでしょうか。どちらが先頭になるでしょうか。一生懸命働く人ですか、それともいい加減に働く人ですか。もちろん、一生懸命働く人の方です。

 だから先先がアメリカに来た時、辺りを見回して、誰が一生懸命働いているかを探しました。先生はこう言いました。「もし皆さんが一日十時間働くならば、自分は二十時間働こう。もし皆さんが基盤を造るのに二十年かかるとするならば、自分は十年しかかからない」と、このように言ったのです。それが先生の決意であり、今もなおその決意を持続しています。先生からそのような精神を相続したいと思わない人は手を挙げなさい。この言葉を聞いて理解することは優しいことですが、これを実践して皆さんの日常生活に応用しようとすれば、皆さんはそれから顔を背けて「自分はとてもやっていけない」と言うでしょう。

 ここでは朝四時に起きますが、その時は光もありません。先生は皆さんが「ああ、自分はこのムーニーの伝統はとても好きになれない。あまりにもすることが多すぎる。これは自分にとっては問題だ」と言うのが聞こえます。いや、これが先生にとって問題なのです。先生にとってそんなことを言う人が問題を提供するのです。我々の状況は異なった世界にいるということです。我々が前進するにつれて、もっともっと難しくなるでしょう。皆さんは我々の理念について考えなさい。我々は世界を統一することができるのです。それが我々の概念であり、可能性なのです。我々はそれをどうしようというのでしょうか。皆さんにとって、これまでそれがいかに難しかったでしょうか。今からは、それがさらに難しくなります。これが我々の結論です。

 朝早いので、皆さんは「ああ、このような生活は気違いじみている。これは東洋の伝統だ。これは韓国式だ。私はこれが嫌いだ」と思うでしょう。先生はこの点を知っています。皆さんは先生を単なる韓国人だと思いますか。第二次世界大戦が終わってから四十年間、先生はいつも人とは違った道を歩んで来ました。韓国においてさえ、人々は「こいつは気違いだ。彼の頭はどこか間違っている」と言いました。先生はあらゆることにおいて困難な道を選んで来ました。韓国でさえも、人々はこんな方法を望みませんでした。これは韓国式でもなければ、東洋式でもありません。なぜ、韓国において人々はレバレンド・ムーンに反対したのでしょうか。なぜ人々は、日本においても先生に反対したのでしょうか。なぜ人々は、この国においても先生に反対したのでしょうか。それはこの生活が神様の道だからです。神様は先生が行ってきたことを知っています。先生はあらゆることを神様が指示されるままに行ってきました。神様はハンサムな男の道、つまり簡単な道を選びません。神様の道はいつも最も困難な道です。先生はいつも二つの道を比べて何であれ、困難な道を選んできました。

 なぜでしょうか。なぜなら先生はいかにして、できるだけ近い道を進むかということに関心があるからです。先生は最も素早い方法で遠くの距離を進みたいと思います。誰もそいう道を通って行きたいと思いません。しかし神様は先生にそういう道を行くようにと主張されました。だから先生はいつもそのような道を歩んできました。今や霊界と統一世界はこのような道を行かなければなりません。この道はアメリカ式とは違っています。だから若いムーニー達は統一教会的な道を好まないのです。皆さんが抱いている観念というものがそれを困難にしているのであって、道そのものが困難なのではありません。この点が分かりますか。

 統一教会を代表することができるのは誰でしょう。皆さんですか。先生はいつも将来について、全世界について考えて来ました。皆さんはそれだけのことを考えて来なかったでしょう。なぜ皆さんはアメリカ式にしがみつくのですか。皆さんは「ああ、アメリカは世界第一等の国であり、指導国家であり、自由世界のチャンピオンである。我々はあらゆることにおいて第一位である」と言うでしょう。そしてまた皆さんは「なぜ我々はレバレンド・ムーンのような東洋式に従わなければならないのか」と不思議に思うでしょう。この道を行くか、行かないかです。聖書は「冷たいか、熱いかである」と言っています。神様は中途半端な人間を好みません。サタンですらもそのような人間を好みません。皆さんはどうですか。皆さん、この道を行くのに燃えていますか。燃えたムーニーとなっていますか。皆さんは何ですか。自分が今先生の言っ人間と違っていると考える人は手を挙げなさい。先生はどのように反応すると思いますか。先生は皆さんに良い笑顔を返していますか、それとも疑いに満ちた笑顔を返しているでしょうか。自分自身の中で新しい決意をしなさい。腹を据えて、性根を据えて新しい決意をしなさい。この目的のために、皆さんに話しにきたのです。それが唯一の理由です。もう一度、皆さんに聞きます。皆さんはこの道を歩みたいと思いますか。

魚釣りに対する先生の心情

 では、本論に戻りましょう。時々、皆さんが話をする時には、テーブルをセットする前に部屋を掃除しなければなりません。そうでしょう。それが指導者という者です。今や皆さんは「どんな嵐が来ても自分は出かけるぞ」というような決意ができたと先生は確信します。皆さんはそういった決意を持っていますか。よろしい。それが違うところです。さあ、皆さんは決意を持っています。だから先生も皆さんに話すことを幸福に思います。

 皆さんはこれらの新しくて清潔な船の責任を与えられました。マグロ釣りを七十日間した後に、これらの船を今と同じように清潔な船として返さなければなりません。これはこうすることによって、ただ単に皆さんの船を愛するのみならず、皆さんの国を愛したことになるのです。一度海に出かければ、皆さんの船と皆さんの体とどちらがより大切ですか。いやいや皆さんの体の方がより大切でしょう。よろしい。皆さんは船の方がもっと大切だと主張するのですね。今度だけは皆さんに同意します。なぜならば、海に出かけた時には船の方が大切だからです。海の上では、船こそが皆さんが生き残れるかどうかの鍵を握っているからです。

 だから皆さんは、自分の体を愛する以上に、皆さんの船を愛さなければなりません。皆さんがどんなに有名であろうとも、どんなに多くの人々が船に乗っていようとも、海にいる時は船の方がもっと価値があるのです。船なくして皆さんは生きることができません。自分の手に油が着いている時には手を洗うくせに、船が汚れている時に船をきれいにしない人のことを考えてみなさい。こういう人は、今日先生が話している精神の持ち主ではありません。

 もし皆さんが海に出てそのような態度でいるならば、船が皆さんを嫌うでしょう。そして、海も皆さんを嫌うでしょう。しかし、もし皆さんが心をつくしてその船を愛するならば、海ですらも皆さんを抱きかかえるでしょう。船が皆さんに愛を返し、海が皆さんを抱きかかえる時にのみ、皆さんは幸せを感じることができるのです。もし皆さんが船に対して「あなたは私と共にいることを誇りに思いますか」と尋ねてみて、皆さんの船が「はい、その通りです」と答えるとしたら、何とすばらしいことでしょうか。もし皆さんが皆さんの船からそのような気持ちを感じることができるならば、また海からもそのように感じるならば、何とすばらしいことでしょうか。

 さらにまた、皆さんは船の備品を愛し、良く手入れしなければなりません。エンジンと船は皆さんの生命を守るものです。また皆さんのラインや針を皆さんの着物以上に愛さなければなりません。皆さんが誰かを、あるいは神様を愛する時には、それらを決して傷つけたりはしないでしょう。それと同じことです。もし皆さんが船を愛し、また船の上のものをすべて愛するならば、それらも皆さんを傷つけることはないでしょう。むしろ皆さんを守ってくれるでしょう。

 皆さんはこうした態度を身につけなければなりません。もし皆さんがそうした態度を身につけているならば、事故も起こらないでしょう。船の上で最も重要なものはエンジンです。エンジンなくして動くことはできません。だから、エンジンは船の心臓のようなものです。船がどんなに良いものであろうとも、もしエンジンが正常に働かなくなれば、皆さんは身動きができなくなります。また皆さんは、いかに正しく船の舵をとるか学ばなければなりません。突然動くようなことをしてはいけません。それは危険です。また船の上ではふざけてはいけません。先生は魚釣りを始めた最初の九年間は、決して船のデッキの底へ行って眠ったりはしませんでした。九年たってから、とても頭の痛い日があり、一日だけ休まなければならなかったことがありました。船の所有者、主人というものはそのような高い精神を保ち、船を良く面倒を見なければなりません。そうした精神を我々も持たなければならないのです。

 先生はこれまで、多くのメンバーが一日中ただ眠っているだけの姿を見て来ました。彼らは船の上で横になって、先生に対して背中を見せるのです。これはちょっとした眺めです。皆さんは、先生が今何歳だか知っていますか。もうほとんど六十七歳になります。この年になれば、人々の中には杖に頼らなければならない人もいます。しかし先生はこの年で真っすぐに立って、そして皆さんのような若いアメリカ人を押し出さなければなりません。今、先生が皆さんを見て、皆さんの精神を見ています。今晩、皆さんは全世界を支配したいと思っている将軍のような精神を持っています。その精神を、皆さんがどれだけ長く保ち続けることができるか疑っています。永遠ですか。それは以前に聞いたことがあります。少なくともこのマグロ釣りの間ですか。誰がそう言いましたか。それは良い答えです。それが第一歩です。

 主な点を覚えておいてください。船を愛しなさい。グロースターには、何年も何年も真剣にマグロ釣りをして来た人がいます。彼らは先生の方法を研究して、その真似をしようとしています。先生は自分なりの方法を編み出したのです。その一つの点は、決して釣りのラインを切ってはいけないということです。釣りのラインは何度でもつなぐことができます。一本のマグロ釣りのラインは千五百ドルもします。皆さん、何をしようとも、ラインを切って失うようなことをしてはいけません。先生は五年以上もの間、ラインを切ったり失ったりしないで、一本のラインを使って来ました。もし皆さんがラインを失えば、たとえマグロを一本とったとしても、既にその値段の四分の一は無くなってしまっています。

 先生の方式は非常に整理されており、また経済的です。だからそれは他のいかなる方式よりも優れています。皆さまが今通過しているこの修練は、どこか他から採用して来たものではありません。いわば、先生の伝統から出て来たものです。修練の原型は先生の心情から出ているのです。皆さんは先生がこの方式をもたらすまで、いかなる困難や苦悩を通過しなければならなかったか、理解しなければなりません。この方式と訓練をもってすれば、皆さんが海に出かけた最初の日からマグロを釣って、それを持って帰ることができます。三年間もの間、マグロをとろうと試みて、ようやく一本しか釣ることができなかった、そういう漁師もいます。それほどマグロを釣ることは難しいものです。しかし、もし皆さんが今学んだ方法を用いるならば、出かけるとすぐにマグロをとることができます。

 ニューホープ号は、一シーズン三十五匹のマグロを釣った記録を持っています。先生はそれぞれの船に指示を与えたつもりです。皆さんは、それぞれが、今シーズン少なくとも五匹釣らなければなりません。皆さんは「なぜ自分は五匹も捕まえなければいけないんだ。自分はそんなことはしたくない」と考えるかもしれません。皆さんは大きくて強いアメリカ人です。それで皆さんは、自分の心の中で「お父様、あなたは今ニュー・ホープ号は三十五匹も釣ったと言われましたが、私はただ五匹だけ釣ればいいのですか」と思っているでしょう。皆さんはもっと釣りたいと思っているかもしれませんが、しかし五匹釣るという目標に到達するためには、非常に多くの祈りと働きを必要とします。皆さんは船の上で、多くの障害や訓練を乗り越えなければならないかもしれません。皆さんは失望落胆して、船の上で泣きたいと思うことがあるかもしれません。そして長い間一本のマグロも釣ることができなく、涙でもって陸へ戻って来て「神様は私を愛していないのだ」と思うような、そういう時もあるかもしれません。それ位の努力と心と願いが必要なのです。皆さんが疲れていて、もう止めようというその時に、マグロが餌に食い付かずに、皆さんの船の傍らを通って行くのを見ることもあるでしょう。そういう時に皆さんは、目を覚まして力いっぱい「おい、ここへ戻って来てこのラインをくわえろ」と叫ばなければなりません。皆さん、そういった精神を持っていなければならないのです。

 皆さんは夢の中でも、すなわちこの悪夢の中でも、同じような努力をしなければなりません。もし皆さんが、例えば山に行って虎を捕まえようとしているとします。その仕事は、何と危険で困難な仕事でしょうか。マグロを釣るのもそれと同じようなものです。千ポンドのマグロを一本捕れば、約七千jもしくは一万j位の価値があります。そのことについて話しているのです。皆さん、それだけの価値を持った牛を捕まえることができますか。とても比較にはなりません。

 我々はそういった種類の宝を追っているのです。現実はそのようなものですから、皆さんがマグロを一本釣れば、皆さんと皆さんの家族、たとえ三家族ですらも、一年間食べて行くことができます。だから一本のマグロは何と貴重なことでしょうか。もし皆さんがただ海に出て船べりに座って、行ったり来たりしながら「マグロよ、船の所へ来てくれ」と言っているだけでは、皆さんは他の漁師から魚を奪う泥棒か強盗に過ぎません。皆さんは真剣にならなければなりません。

 先生は霊感を持っています。時々、先生は今から五分以内にマグロがやって来て、食い付くということを感じます。そして多くの場合、まさにその瞬間に本当にマグロが食い付くのです。極めて疲れている時にマグロが食い付いて、その瞬間に、新鮮なきゅうりのように気分が一新される経験をしました。その感動を考えてみなさい。時々、戦いは長く続きます。時には一時間以上続くことがあります。しかし先生は激しく働き、汗を流しているので、その期間が一、二分のように思えるのです。一度、マグロが来るという予感がして、一日中今か今かと待っていたことがありました。そしてマグロが来ることがわかっていたので、他の何も考えることができませんでした。熱心に待っていたので、トイレに行くことすら考え付きませんでした。そしてトイレに行こうかなと思った瞬間に、マグロが食い付いたのです。その瞬間、非常に興奮して、トイレに行くことを忘れてしまいました。戦うことだけしか考えませんでした。そしてその戦いが終わった後に、先生は自分がぬれているのに気が付きました。しかし我々はそのマグロを捕ることができたので、先生はそのことが全く気になりませんでした。こういう経験は、今初めて皆さんに証するのです。だから皆さん、先生が感じたような興奮を想像することができますか。皆さんもまた自分なりに、このような意義深い思い出を持つべきです。ただマグロが来るのを待っているのではいけません。皆さんは、マグロが皆さんの方へ来るように呼ばなければなりません。熱心な、真剣な心を持たなければなりません。

 それゆえに、船の上での第一のルールは、喧嘩をしたり、怒鳴ったりしてはいけないということです。もし船の上で指示を与えなければならない時は、しっかりと、しかし静かに与えなさい。多くの人達はチャムを切る作業を好みません。皆さんの中でこの経験のある人は知っているはずです。においは悪いし、見た目も非常に悪いので、とても言い表せない位です。だから皆さんはこの仕事は他の者にやらせたいと思うでしょう。しかし、皆さんはそのチャムを切る時、先生の心情を思わなければなりません。そして他の人に対しては「あなたは休んでいなさい、自分がこの仕事をするから」と言いなさい。また皆さんが船を出す時には、ただ単にエンジンをかけて出発するのではいけません。船の中を見回して、すべてがきちんとなっているかを確かめなさい。また帰って来た時には、ただ荷物をまとめて船を去るのではいけません。一日を本当に感謝しなさい。

マグロ釣りに関する真剣なポイント

 この点において、我々はマグロ釣りにどんな意義があるかを学んで来ました。我々は、海と海洋事業には偉大な未来があることを知っています。また我々は海に出た時に、どのような立場とどのような態度を取らなければならないかについて学びました。マグロ釣りの背後には大いなる摂理があることを知りました。今、皆さんは船と漁具をいかに取り扱うべきかを知っています。また皆さんはいかに精神を集中して、マグロを船に引き寄せるようにすべきか、いかにチャムを切り、それをまくかについて知りました。

 霊界が皆さんを見る時に、彼らはどういう人を助けたいと思うでしょうか。自分のしていることが何であれ、それに自分のすべての祈りと汗を投入する人でしょうか。それとも、ただ安易な道を行こうとする人でしょうか。それでは今度は、実際にマグロが食い付いて、ラインが出ていっている時のことを考えてみましょう。この時は皆さんが最も注意しなければならない時です。特に初心者にとっては、このことを忘れてはなりません。つまり、マグロが食い付いてラインが出ていく時には、そのラインの最後にブイを付けてマグロがラインを引っ張ることができるようにしてやるのです。そのようにして、他のラインと絡まるのを防ぐことができます。また皆さん自身がラインに巻き込まれる危険から、身を守ることができます。一度マグロがラインを引っ張って行き、皆さんが他のラインを引き上げてしまったならば、三位基台の中で誰か経験のある人を呼びなさい。そうしてから、ラインを引き上げてマグロと戦うのです。それが最も安全な方法です。

 我々は三位基台のグループごとに、競争をすることになります。マグロがラインに掛かってラインをたぐり寄せているときは、そのラインをバスケットの中に入れなければなりません。決してラインの上に足を置いてはいけません。ラインの上に決して乗ってはいけません。もし皆さんがラインに巻き込まれて、突然マグロが走り出した時には、皆さんは海中に投げ込まれ、そこから逃れることができません。そうなると皆さんには逃れる道が無いのです。どうかこの点について本当に真剣になってください。

 皆さんがラインを引っ張っている時は、誰か他の人が近くに立って、その引き上げたラインをきちんと片付けるべきです。そして、決して手にラインを巻き付けるようなことをしてはいけません。ただ手でラインを掴むだけにしなければなりません。そして決してラインをねじ曲げてはいけません。また九十度に曲げてはいけません。ただ自然に手を通すようにしなさい。魚の割り当ては一日に一匹です。だから一度ラインに掛かったならば、パニックに陥って慌ててはいけません。しっかりラインを持って、傍らに立っている人に、余分なラインをきれいに巻き取ってもらいなさい。

 必要なだけ時間をかけてマグロと戦って、たとえ二時間でも三時間でもかけて良いのです。先生はマグロとの戦いの時間が、最も長く、最も安全な時間を費やした人に賞金をあげることを考えています。多分皆さんは五千jもらえるでしょう。最も長い時間をかけ最も安全な方法で行った人がそのお金を受け取るのです。皆さんは、そのお金を船で一緒にいる人、もしくは釣りに行く人と分け合ったら良いでしょう。しかしこのことは、朝早くにマグロが食い付いて一日中そのまま遊んでいて良いと言うのではありません。マグロを船にくくって死ぬまで魚を放っておいて、そのまま眠ってしまう人がいるかもしれませんが、そういうことをしてはいけません。皆さんは良心を持って生きなければなりません。マグロが近くにやって来た時には、それに対してモリを打ち込まなければなりません。もしそうしないと、マグロは「ペテン師よ、お前は私を捕まえようとしたじゃないか」と言うでしょう。それは本当のことなのです。先生は本当にこの賞金を与えたいと思います。またそれは姉妹達の船に行くべきだと思っています。それについてはでうですか。それは正しいですか。どうなるか見てみましょう。

 今年は、マグロ釣りの歴史的な年です。ここにいる皆さんの中には祝福の二世達がいます。彼らは最近祝福を受けました。マグロも彼らがどんな顔をしているのか見たいという好奇心で出て来るでしょう。皆さんはこうした祝福子女達と一緒に魚釣りをする意義が分からないかもしれません。しかし、そのことを理解して欲しいと思います。皆さんは「自分はこれらの祝福子女よりも上手に多くのマグロをとらなければならない」と考えるべきです。一方、祝福の子女達は「天のお父様、あなたは私達を助けなければなりません」と考えるかもしれません。

 彼らは今年、マグロ釣りのエキスパートになろうと決意しています。しかし先生は、皆さんが彼らに負けるのを望んではいません。先生は既に彼らに、船ごとではなく、ひとり五本捕るように目標を与えました。皆さんの目標は何かを、先生は知りたいと思います。皆さんはもう真剣に決意しましたか。まだ決意をしていないとしたら、それは良くありません。大声で話すのではなくて、腹の中にしまって「少なくとも自分は五本以上は釣ってやろう。それは間違いない」と言いなさい。

 皆さん、心を決めましたか。結論として、今年我々は注意深くならなければならないということを言いたいと思います。今年の夏は特に危険です。もし皆さんが、先生が今晩言ったことをすべて守るならば、事故はないはずです。しかし、もし我々が一体化せずに十分に行えないならば、誰かが怪我をするかもしれません。怪我をするのはここにいる者の一人ではなく、それはマグロ釣りの意義を知らずに来る人かもしれません。本当に十分に注意してください。真剣に祈り、そして努力のすべてを傾けてください。

結論

 先生がここにいるかどうかは心配してはいけません。今は危険で困難な時です。世界は非常に真剣な人達がいて、彼らは先生が誰であるかを知っており、先生を狙っています。このために、先生にとって船に乗っているのが一番良いわけではないのです。先生は共産主義者、テロリストが使う戦術を十分に知っています。既にそうしたことを以前に経験しました。だから、先生のスケジュールについては関心を持ってはいけません。実際のところ、このように先生と会うことは、簡単なことではありません。皆さんはそれを当然のことと思っているかもしれませんが、多くの人達が、先生に会いたいと頼んで来ています。大統領候補や元首相だった人達が先生に会わせてくれと頼んで来ていますが、先生は彼らの要求にすべて応えているわけではありません。今は時ではないからです。皆さんは、先生の周りにいる緩衝地帯のようなものと考えなければなりません。

 摂理的な戦争が今行われています。その戦争の指導者は誰ですか。今何が起こっているかを本当の意味で理解しているのは先生だけです。アメリカの誰も考えないかもしれませんが、アメリカは先生を必要としています。この世界を一体化させ、そして新しい世界を始めるためには、先生はここにいなければなりません。誰もどのようになすかを知らずにいます。しかし、先生はこのことを知っています。なぜならば、我々が、歴史のどの時点にいるかを知っているからです。時はそれほど深刻なのです。今晩皆さんに対する先生の希望は、皆さんか先生の精神を相続し、これまで先生がなしたような目標や目的を受け継いでくれることです。それから皆さんは、それを日常の生活に適用しなければなりません。十年、二十年たった後には、皆さんは成功するに違いありません。そうすれば、今から三十年、四十年たって先生が霊界に行ってしまった後に、皆さんは「私は四十年前にモーニング・ガーデンでお父様が私に話してくださったことを覚えている。それゆえに自分は今日このように成功したのだ」と言うことができるでしょう。先生は皆さんの多くの者が、これまで述べたような人間になってくれることを希望し、祈っています。先生の精神を相続して、成功した人間になることを決意している人達は、手を挙げなさい。

 今晩、皆さんは先生の前でそのような決意をしました。だから今年の夏は不平を言ってはいけません。もし皆さんに不平があれば、いつかその不平をすべて持って来て、その不平をすべて先生が取り上げる日を作っても良いでしょう。皆さん、そういう日を作っても良いでしょう。皆さんはそういう日を持ちたいと思いますか。持ちたくありませんね。そう、その方が良いでしょう。そうです。皆さんはそのような日を持ちたくありませんね。本当にそうですね。皆さんの答えは強くはっきりしています。先生は皆さんを信頼します。皆さんを当てにしています。神様の祝福がありますように。
























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