神様の摂理から見た
  南北統一

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第二章 摂理から見た韓国と韓国人の民族性

第一節 人類文明の循環と韓国

一.文明圏の循環と人類の当面の課題

 人類の文化史を振り返ってみれば、古代の文明は熱帯圏文明として始まったということを知るようになります。すなわち古代文明の発祥地は熱帯圏であったということです。マヤ文明、インカ文明、エジプト文明、メソポタミア文明、インド文明、中国の黄河文明など、古代文明の発祥地はみな亜熱帯圏ないしは熱帯圏でした。そしてこの文明圏が移動していくのですが、どこへ移動していくのかといえば、涼帯文明圏に移動していきます。今二十世紀の文明はまさにこの涼帯文明に属します。

 それではどうして文明が熱帯圏から始まって涼帯圏に移動していくのでしょうか。自然の摂理を調べてみれば、春―夏―秋―冬の順に循環し、一日をとって調べてみても、朝―昼―夕―夜の順になっています。それならば人類文明の始まりも、朝文明(春文明)から始まり、真昼文明(夏文明)を経て、夕文明(秋文明)を経て、夜文明(冬文明)へと行かなければならないはずが、なぜ夏の季節、真昼の熱帯圏文明から始まって秋の季節の涼帯文明へと移っていくのかということなのです。

 それは、ほかでもない人間始祖の堕落のためでした。人間始祖の堕落によって、口では言えない曲折を経るようになったのです。そのため人間が野蛮人に成り下がりつつ原始人とならざるを得なかったのであり、それによって人間の先祖たちは熱帯地方において原始的な生活をせざるを得なかったのです。

 したがって、人間は最初に春の季節の温帯文明から始めなければならなかったはずですが、熱帯文明から始めて、その次には秋の季節の涼帯文明圏に属するようになったのです。

 秋の季節の涼帯文明(西洋文明)が終われば、次にはどのような文明が来るのかといえば、冬の季節の寒帯文明が来ます。それで二十世紀の涼帯文明圏に既にシベリアの北風雪寒の寒帯文明圏、すなわち共産主義の息遣いが激しくせきたててきて、涼帯文明が落ち葉のようにはらはらと落ちています。

 したがって、今この涼帯文明圏から一つの理想的な本体の実が結ばれ、人類の文化を新しく創造し出し、新歴史の出発において一つの契機となることができれば幸いなのですが、不幸にも実がなく、文化圏としての終局を迎える時が来たということなのです。もし、この二十世紀涼帯文明の中から一つの実が結ばれていたならば、それが一つの新しい生命の種として残され、どんなに寒い冬の中でもむしろより一層強靭な生命力と力を養われ、冬が過ぎた後、新しい春には一つの生命の芽として吹き出して、温帯文明圏の花を咲かせることができるはずですが、今日自由世界の涼帯文明圏はそのような実一つを結ぶことのできる内容もなく、むしろ北風雪寒の暴風である共産主義の息吹とむちの下で精根も尽き果て、今や最後の終末を予告しなければならない時が来たのです。したがって、今日二十世紀の全人類の前に最優先的な当面の課題として残っているものが何であるかと言えば、まさに共産主義の克服です。

 それならば、今涼帯文明圏の危機を前にして、古代より人類が追究してきた真正なる春の文明、すなわち温帯文明圏はどこに見いださなければならないのでしょうか。本来人類が望んできた理想的本体の種から始まる春の文明、すなわち神様の理想とされた自然の園の中で蘇生的な春の新芽期を経て、夏の季節の繁茂する成熟期を通過して、自ら花を咲かせ実を結ぶ秋の季節の完熟期において、人類と神様が本来より追究し望んできた理想的な春の文明を、我々は果たしてどこに見いだすことができるのでしょうか。これは今日の我々において最も重要な問題であらざるを得ません。(一九八〇・一一・二)




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