文鮮明先生御言選集 55
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家庭の伝統 1972年4月29日 日本 東京教会

女として唯一の道

 男たる者の行く道は、国を中心として世界に行こうとしても、国ある前に民族、民族ある前に氏族、氏族ある前に家庭、家庭ある前に相対者が必要なのです。

 相対者を地上に永遠の基台とするのが、統一教会でいう聖婚式で、六十年前のきょうでした。しかし、この十二年間に、皆さんが真の父母として正しく侍り、真の父母に権威を払うようにやってきたかといえば、そうではありません。家庭的において、まだアベルの基準を引き継いでいないことを知らなければなりません。再び堕落することは許されません。世界的なサタンになってしまう。先生としては、原理に引っかかるようなことはしないのです。かえってサタンが引っかかってしまうのです。先生は追いに追われつつ発展の基準を残すために、今まで原理的戦いに敗れない道を進めてきたのです。

 今の時代は、第一次大戦以後の七十年間の女の運勢圏です。アメリカにおいても、女性が先頭に立つようになったのはついこの前のことで、それは七十年間、女性として地上に許された祝福圏なのです。その祝福圏は真の母がこの地上に生まれて、その真の母を中心として始まらなければなりません。

 今まで男の失敗に貢献してきたのが女性の歴史でした。地上に誇るべきものが何一つなく、堕落も女が先、腐敗の母体もみな、女性になっているのです。道端に立って誘うのも女であり、神の前に女として先頭切って貢献したことがないというのです。

 しかし、統一教会では女性がよく働いています。だから、世界的に女性がみんな一つになって、来られる再臨の主を助けることによって初めて、地上において勝利する基盤が得られるのです。それが女性として今、最後に残った唯一の道であることを知らなければなりません。今の時代は、女性が天使長の一番近い相対圏に立ちやすいのです。会社の社長の秘書官は、男性より女性のほうが多く用いられます。それは時代の結果において、そうしなければ復帰できないのです。

 統一教会においては、女性は、まずもって先生と因縁を持たなければ、サタンの道以外にありません。そうでなければ女性が行く道がないというのが統一思想、原理の観なのです。女性は今まで男のために犠牲になってきました。無価値に犠牲になってきました。だから価値を得る時は、再臨の主が来られる時、母を迎えるその時以外にないのです。

 アダムがつくられる前に女性がいなかったというのが原理であり、再臨の主が完成されたアダムとして生まれてくる以前には、女性は無価値な者として、主張することもできなかったのです。それが、再臨の主を迎え、世界的に価値ある一時を得られたこの時代において、女性として果たし得た場合、それは世界的になるのです。日本は特にエバ国の位置に立っているので、その国の女性が功労をなした場合には世界的になるのです。だから先生が命令してくれず、使ってくれない時は、「死んでしまう」とデモをしなければならないような立場なのです。


先生がすべて蕩減してきた

 エバは「蘇生・長成・完成」が堕落圏に包まれたので、堕落しないエバの位置はこの三つの圏を乗り越え、元返しした位置に立たなければ復帰されたことになりません。それは命を懸け、血を流して、それを償う道しかありません。今まで、第一の男性につばをかけ、第二の男性につばをかけて追い出してしまったのです。そしてついには、第三の神様の子供につばをかけてしまっているのです。そういう歴史がある。それを何で償えるかといえば、命を懸け、血を流していく以外にはないのです。

 復帰の道を複雑にしたのは女性です。先生は女性に対して、「こういうようにしなければならない」と教えてやっても、やってはいけないことをやってしまう。それが女性なのです。だからエデンの園において、神様が「こうしてはいけません」と言われたと同じように、先生が神様と同じ立場にあるので、その前に立った女はみんな反対のことをやっている。だから問題になってきたのです。日本刀があった場合、いっぺんに切ってしまいたい気持ちです。

 結局は、男性が完成することによって女性が完成するのだから、統一教会のすべての女たちの誤りを、先生がすべてかぶって、今まで蕩減してきたのです。そういう苦しみを与えた歴史の事実を持った女性であることを、皆さんははっきりと知らなければなりません。女性たちがこの統一教会に入って来る道は、直ちに生まれてきたのではありません。先生が代わって蕩減条件を果たし、ここまで上がってきたのです。

 また、神の創造原理から見た場合に、アダムを中心としてエバがつくられたのであって、アダムを中心としてアダムがつくられたのではありません。だから男性は立つ立場がないのです。僕であり、それ以外の道はありません。それゆえに、統一教会で基台がつくられた後に男性たちを立たせるのです。戦闘準備をして、戦いが起こる前までは女性を立たせるけれど、戦いが起こった途端、切り替えさせるのです。

 堕落する時は、エバによって落ちていったんだから、再び元に返る時には、三年間は侍らなければなりません。母として迎えた基準で、アダムが愛せなかった以上に愛さなければならないのです。イエス様が愛せなかった以上に愛し、再臨主が愛せなかった以上に愛し、三時代を代表して、家庭的立場に立った天使長の位置を保った男として、迫害された女性たちを愛する者がいないその身代わりとして蕩減する基台という価値を認めなければ、現実に蕩減の完成はなされません。

 完成基準まで行かなければ男性はいないことになり、完成基準に達するには家庭が引っかかっているのです。その期間の蕩減の圏内を責任を持って、女性たちのすべてを蕩減してやるような男にならなければならないのです。

 これが、そういう使命を果たしていくにしたがって、皆さんは蘇生的アダム、イエス様の長成的アダムという立場に条件的に立つのですから、先生の外的相対に立つことができるのです。そういうような関係において、男性が本来の立場に立つのであって、それ以外には道がありません。


アダムの主管圏

 統一教会で説かれる原理は素晴らしい。みんな引っかかる。ここにおいて集まった者が世界の半分以上になった場合には、いつでも世界を飲み込んでしまうのです。それをねらって、今我々は家庭編成を成しているのです。

 堕落の時には、主体者はサタンでした。アダムは、アダムの主体性を持ったことがなく、エバが持ってしまったのです。万物を主管し得る絶対的主体性を神と共に持つべきアダムが、その権威をなくしてしまったのですから、それを蕩減復帰しなければ再臨の主は来られません。その蕩減の道は、皆さんに訴えても分からないのです。

 先生は若い時、霊界に通じるあらゆる体験を持った女の前に立っても動かされませんでした。天使長圏に立ったような素晴らしい世界に、その女がいて先生を誘惑したのです。しかし、完成されたアダムの立場においては引っかからないのです。それを屈服して勝利の圏を得なければ、男の主管圏は復帰できません。それが分からない皆さんたちには、いくら説明してみても絶対分からないような背後関係がいくらでもあるのです。

 アダムとして、いつこの道に勝利して、主管圏を復帰したか? サタンとエバが一つになって先生に向かってくる、そういう戦闘において屈伏させるには、原理が分からなければ絶対にできません。

 男として、原理をいかにして分かったのでしょうか? 勝利の基台に立った勝利圏によって、サタン世界を屈伏させて、今まで発展してきたのです。だから、皆さんは、これも知らなかった、あれも知らなかった、全部知らなかったというような立場に立っているのです。それで、その恥ずかしさを一挙に先生と共に解放してあげようとして、先生は努力しているのです。一挙に世界的にそれを解いて、その基準において皆さんたちに威信と権威を立たせて、新たに万民を、万国を、天宙の霊的世界をつくるためにやってきたのが、地上での祝福なのです。

 祝福も三度受けなければなりません。まず教会で、さらに国家基準、世界基準を経て、この地上で成されなければ、霊界に行ってでもやってもらわなければならないのです。これが統一教会の伝統的家庭の道なのです。

 この三年間は、女は母であり、自分を生み替えてくれる母である。先生は父であり、その相対の立場の母の立場である。復帰された母の立場に立っているから、イエス様の未完成圏を完成し得た立場に立って、初めて相対的勝利基準が生まれてくるのです。だから、皆さんをイエス様より無価値に思って祝福したのではありません。

 このような原理原則において、イエス様より先に立ったという思いで、先生は祝福したのです。しかし、受ける者たちはそんな思いをしなくてもいいのです。自然と分かって準備すればいいというのです。

 アダム、エバの堕落を復帰して、その家庭から生まれる腹中の子供に対して、三人の天使のように、生まれてくる姿を心に希望として願うような、そういう家庭でなければなりません。

 自分が信仰の子女を持つということは、数千年来、宗教人としての最高の理想なのです。イエス様もそれを得られなかったのです。ゲッセマネの最後の談判祈祷でも、みんなに反対され、捨てられてしまったのです。しかし、我々は復活圏において勝利の家庭を築いたのですから、これは天使が支える家庭です。そういう価値が祝福家庭なのです。

 自分が犠牲になっても、自分の子供には正しい伝統を伝えていかなければならないのが、祝福された夫婦の家庭での責任なのです。子供に重い蕩減の荷を負わせてはいけません。先生が死ぬ前に早く国家基準を越えなければなりません。


真のお母様

 キリスト教が反対しなかったならば、二十代から三十代の真の母が現れるのは、イエス様がそういう年齢であったからで、それが反対のため、十代になり、先生が四十歳の時、十八歳の何も知らないお母様を迎えたのです。キリスト教が迫害したために、仕方なしに何も知らない十代のお母様を迎えなければならなかったのです。

 何も知らないお母様を教育して、再びアダムによってつくり変えるのです。ですからお母様の背後には血統がなかったのです。親戚関係がいなかったのです。お母様として召される方は、霊的関係が満たされたところから来られるのではありません。欠けたところから生まれました。あの女性は家庭も良く、父母も良く、すべてを備えているから……と、いうようにはいかないのです。

 イエス様が三十歳まで結婚できなかったのは、そういう歴史的背後関係の組み合わせで勝利圏をつくれなかったからです。それは、母がイエス様に反対してしまったからです。ヨセフは天使長圏だから、何とかして、マリヤをして、イエス様にすべての女の主管圏を授けなければならなかったのです。だから先生自体におきましては、お母様を教育するのです。その期間が七年間です。七〇〇〇年の歴史を平面的に蕩減復帰する家庭基盤をつくるために、先生は第二の十字架の道を行かなければなりません。外的十字架の道ではなくして、先生の家庭を中心とした十字架を背負う期間であったのです。

 七年路程において、家庭完成基準を皆さんも立てなければなりません。それによって、七〇〇〇年の歴史を一挙に平面的に蕩減して、縦的蕩減を横的に成さねばなりません。第二次七年路程というのは皆さんの路程なのです。だから氏族的メシヤにならなくてはならないのです。イエス様は氏族的メシヤの基準を復帰できませんでした。皆さんはイエス様以上に氏族的メシヤになって、善なる先祖にならなければならないのです。

 このような天宙的内容をもって一瞬にして罪のない立場に立たせ、無条件に祝福してあげたのです。だからそれを踏みにじるとすれば、大変なのです。祝福された家庭は、女が先生の命令に引っかからなければ、男は救われるのです。女が先生の行く道に歩調を合わせて相対圏に立った場合には、それに従う男も救われるので、韓国でも先生が命令して、女たちを先頭に立たせているのです。

 このようにして、再び国家基準に立つために、三年間、一二〇〇双の婦人が先頭に立っているのです。みんな自分の思いのままに、自分の考えで、こういうふうにやればいいんだと考えてはいけません。

 先生の家庭を中心として、第一次七年路程でサタン圏内のすべての讒訴圏を逃れるに至って、「神の日」が決定されたのです。神が存在し、国が反対しても世界が反対しても滅びないという基準を立たせたために、「神の日」が決定されたのです。「父母の日」から、「子女の日」「万物の日」「神の日」まで上がってきました。皆さんにおいても、父母が勝利された伝統的因縁を受け継いで、自分において「神の日」を決定しなければなりません。

 自分たちの夫婦を中心として、生まれてくる子供に心情的に、腹の中から血統的に蕩減した勝利圏をきたすことによって、初めて自分たちの勝利が決定するのです。腹中の時代から、二十一歳まで一つになって、自分の子供が祝福されることによって初めて完全なる地上的基準が完成されるのです。


先生の子女の祝福

 だから先生は二十四年まで行くのです。二十一年から三年間です。なぜかというと、誉進様と孝進様が二十歳を越えるまでなのです。そのようにして、先生の子供がサタン圏内において、アダム、エバが堕落したという血統的立場を乗り越えたという条件を、皆さんたち天使長の家庭によって果たし、神によって祝福されたという時が来たならば、国家基準はもう既に越えていることでしょう。世界基準を得られるというのが先生の観なのです。だから、そのような引っかからない祝福家庭が、引っかからない氏族的代表者としての家庭の権威に立っていなければ、世界的、中心的父母の家庭に侍る資格はありません。

 そのように、蕩減条件に引っかかったらできないのですから、韓国において祝福家庭が使命を果たせなかったことを、再び蕩減してきたのが三年路程なのです。祝福の時は、アダムの時代圏であり、今はイエス様の時代圏です。十字架につけられるイエス様ではなく、再臨して勝利したイエス様の時代圏なのです。そして子供を持ったならば氏族的メシヤの基準なのです。


世界へ行く道

 それで七七七双は、三年間先頭に立たなければなりません。最後の使命を果たさなければなりません。今まで祝福家庭はそういうことがなかったのです。祝福されたその次の日から、もう自由自在に子供を生んだりしましたが、できれば三年間は聖別しなければなりません。このようにして、全般的に祝福関係を果たして、神の願いは今、地上に成されてきたのです。

 しかし、我々は共産圏に包囲されているのです。今、その準備を固めています。個人から家庭、氏族、国家、世界へ行くために、カイン、アベルが組み合わなければなりません。上がるには、カイン、アベルを勝利しなければならないのです。

 家庭が信用されるためには、家庭が全般的に犠牲にならなければなりません。氏族が信用されるには、氏族が犠牲になる以外にありません。国に信用されるには、統一教会が犠牲になる以外にありません。それは、原則なのです。世界のために犠牲になる、各国がそうなれば統一世界が来るのです。その戦法を先生は今、やっているのです。












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