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真の神様の祖国光復
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第四章 宗族的メシヤ活動をせよ

 一 今は東西南北統一の時代

 先生は、南北統一運動をすることのできる基盤をつくるために、一生の間苦労してきました。
これから皆さんは、既に造成された雰囲気の中でその運動ができるので、ずっと容易なのですから、勇気をもって一生懸命活動してほしいと思います。もし南北統一運動に反対する人がいるとすれば、その前に行ってデモをしてでも反対しないようにしなければなりません。
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 皆さんが韓国で楽に暮らしながら南北統一の目標が達成できるでしょうか。ここは一線です。世界の一線なのです。ここは世界の焦点だということです。ですから、決意した分、私たちのみ旨を中心として様々な役事が起こると考えられるのです。完全に団結して南韓さえ動かすことができれば、霊界で役事するのではないでしょうか。何が起こるか分からないのです。
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 お金がなくてもしなければなりません。自分の家も売るのです。そうすればこそ、天が行く道を守り、責任をもってくれるのです。問題はそこにあるのです。お金に従ってはならないし、体制に従ってはなりません。天の喜ばないお金は毒薬です。滅びるのです。精誠が必要です。これからは教会で泣いた以上に、泣きながら歩くべきです。それは簡単なことです。教会で精誠を尽くした以上に、南北統一運動のために泣きながら歩きなさいということです。
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 いかにして統一された体制をつくるかという問題を考えるときに、思想的な面において、民主体制と共産体制を越え、それらを消化することのできるもう一つの統一的な思想がなければならないのです。そのような理論的基盤の上で、統一体制を形成しなければならないという結論が出てくるのです。統一体制を形成するには、この韓国が一つのモデルとなります。韓国を中心とした国民連合の形態をもっているのが、世界の東西南北統一連合です。すなわち韓国が世界のモデルだということです。世界がそれに従ってくるならば、すべてが統一的世界体制になっていくのです。
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 今後の問題は世界を動かすことです。そのためにはまず、理念の徹底化、二つ目は組織の強化、三つ目は協同活動によって一致すること。それゆえ私たちは共産主義に対して、共産主義以上に強い組織力と活動力をもって対決しなければなりません。少し発展すれば組織化しなければなりません。
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 南北統一運動国民連合は、南北統一運動のための、統一のための運動機関です。そこでは国民が連合して南北統一運動をするのです。そこでは六千万を動員しなければなりません。六千万民族が一つにならなければなりません。六十万を代表として団結させ、新しいエデンに向かって六百万、六千万の団結した旗手が生じるならば、世界は完全に地上天国の基地へと直行することでしょう。
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 統一教会には教会もあり、勝共連合もあり、教学統連(注:全国大学教授学生南北統一運動連合)もあるし、南北統一運動国民連合もあります。これらは何をしようというものでしょうか。南北統一だけではありません。南北解放だけではありません。人類解放と共に、神様を解放しようというものです。何を中心としてするのでしょうか。真の愛を中心としてするのです。それを知らなければなりません。
南北統一運動は神様の伝統的思想を中心として南北を統一しようというものです。そうしてすべての国民が新しい建国思想をもって、天国を建設しようというものなのです。
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 問題はこれです。歴史の勝敗圏を分ける最後の激戦場の勇士として闘うにあたって、今後迫ってくる激戦、戦争の前に、どれだけ強く雄々しくあるか、どれだけ克服していくか、生死の交差路においても、第二の決意をすることのできる希望ある勇士となれるかということが問題なのです。死の道においても、再び生きて闘うことのできる希望があり、それがかなわなければ再び生きかえって闘おうという思想があるならば、共産主義を吸収することができるのです。
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 いまだに統一教会を知らない人がいますね。それは責任を果たせなかったということです。楽に休み、遊んでいる人はいても、この民族に責任をもつ責任者がいなかったのです。骨が砕けても、この山河、あの町の谷間、すべてが私の血の汗のにじんだ精誠の手を待っているのですから、行かなければなりません。自分にそれができないならば、鐘に綱を結びつけて引っ張り、四方にガランガランと鐘の音を鳴らしてでも、ひとつところに動いていくことのできる統一戦線をつくらなければなりません。そうしなければ、いくら南北韓が会談したとしても、統一法案を模索する道はありません。私たちが主体的な立場でそのような道を切り開かなければなりません。
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 今はどんな時でしょうか。イスラエル民族がエジプトからカナンの福地に向かって出発する時です。そのような時なので、夜を明かしてでも、ありったけの力を出して、エジプトの地に住んでいるイスラエル民族に、何日、何時にその家を出なければならないと通報をしてあげなければなりません。知っていながらも知らせてあげない人は、永遠の罰を受けることになります。そのようにカナンの福地に向かって出発する時代になったので、私たちは三千万民族全体の前に、彼らが行くにしても、行かないにしても、知らせてあげる責任があるのです。ですから今まで全国的な活動を展開してきたのですが、いまだに統一教会を知らない人がいるというのではいけないのです。
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 呻吟の声の高まる、息の詰まるような世界的最後の交差点に向かっていく混乱した渦中で、自分の主体性をいかにしてもっていくかという問題が、今後の韓国において宗教人が解決すべき問題であり、多くの僑胞が解決すべき問題であり、大韓民国全体が解決すべき問題ではないでしょうか。これもいいし、あれもいい、というのではなりません。主体と対象を確実に分けて、天を主体とし、人間を対象として完全に分けて、立つべき位置に立ち、いるべき所にいなければならないということです。それゆえ、息の詰まるような時代の交差点に向かって私たちは今前進しているのであり、今がその瞬間なのです。
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 南北が一つとなるためには、北韓を自分の兄弟以上に愛するという愛をもって、養ってあげることのできる南韓の政権にならなければなりません。
 今、全羅道と慶尚道が互いに「自分がやってやろう」と闘っているのですが、そんなことで南北統一をしようというのでしょうか。とんでもありません。そういうことではすべてが滅びます。滅びるのです。このような話は耳に痛いかもしれません。耳に痛い話だとしても、私は正しいことを言っているのです。
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 天運に従っていかなければなりません。個人的運勢、国家的運勢も、アジアの運勢を捨てたならば、大韓民国はここで失脚するのです。天運に従って、アジアの運勢に足並みをそろえることのできる大韓民国にならなければなりません。
 大韓民国は、天運に従ってこそ天運の保護を受けるのであって、そうでなければ滅びるのです。その道をいくら知っているといっても、文先生に学ばなければならないという結論まで出したのです。今日も同じです。
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 南北が統一されれば、統一された大韓民国は、堂々と世界の前で先頭に立って、世界のために犠牲になることのできる、伝統的思想を残す国家とならなければなりません。そうなれば、この大韓民国がなくなり、主権がなくなったとしても、この民族の思想は今後二十世紀を越えて、三十世紀以降いつまでも残り、必ずや世界を指導することのできる民族として残ることでしょう。皆さんはそれを知らなければなりません。
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 貿易することによって南北統一がなされると思いますか。とんでもありません。共産主義思想とはいっても、神様の愛の中では力なく吸収され、消滅してしまいます。私たちが今までそれが分からなかったからであって、愛する心をもつならば、南北統一は絶対に問題ではありません。のみならず東西問題や南北問題も、この神様の愛で完全に解決することができます。このような神様の理想を中心として、世界の理想を消化し、そこで国家の理想を消化し、国家理想から民族、家庭、個人まで連結し得る理想世界の平和的無限景(この上もなく素晴らしい景色)ができることによって、この地上にはユートピアが建設されるに違いありません。
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 この時代においての願いは南北統一です。北韓と南韓を統一して、神様が安息することのできる基台を、皆さんの家庭と、私たち民族と世界に築くことを天は願っているということです。それでは何をもって神様にお仕えするのでしょうか。他の何でもありません。自分の母親、父親を愛する以上の、夫、妻を愛する以上の、子を愛する以上の愛を中心として、祭物的な祭壇を築こうというところから、初めて理想的南北統一というものが出てくるのです。理想的東西文化の統合がなされるのです。地獄と天国の解放圏ができるのです。愛をもってしなければ解くことはできません。愛のキーが必要なのです。
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 韓国で南北統一がなされれば、世界の統一は自動的になされるようになっています。軍事力、武力を使って統一できるでしょうか。とんでもない話です。軍事力だけならば、私は何でもつくることのできる力のある人物です。しかし軍事力だけでは絶対にできないので、このようにみ言を伝播しているのです。
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 我が国の政治を執り行う指導者たちは、国を愛しているでしょうか。国がどうなっていっているのかも知らずに、このごろも民政党やら、新民党は自分が大統領になるといって闘っていますが、やってみなさいというのです。本当に国民と共に生きようという心が彼らにないならば、すべては流れていくのです。いくら立派だといっても、水の泡のように流れていってしまうのです。国民を愛することのできない指導者ならば、国民から、そしてのちには歴史からの審判を免れることはできないはずです。
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 分かれた南と北は、そのままでは一つとなることはできません。愛国の同志たちが闘争するその過程では、夜寝ずに、時間を超越し、困難な環境を屈服することのできる心の決意と実践が必要なのです。真に共に生きたい。死ぬにも共に死に、生きるにも共に生きたい。私たちの先祖、霊界の霊人たちとも共に生きたい。そのような皆さんとなることによって、今後南北統一をここから始めるのです。
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 北韓があのように困難に処しているのは、北韓が閉鎖社会となっているからなのですが、その事情を知れば知るほど、その治下にある人々がどれほど悲惨か知れません。共産主義が怨讐なのであって、人々が怨讐なのではありません。北韓を眺めながら、かわいそうな暮らしをしている同胞のために、喉を詰まらせて涙を流し、「あなた方の困難と共に私は生きている。解放の一日を準備して皆さんの前に現れよう」と誓い、統一のための実践運動がここから繰り広げられたならば、北韓に行く日は遠くないのです。
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 統一をどこからするかが問題です。南北統一は、どこから、何をすべきなのでしょうか。こぶしや力によってでしょうか。力によって屈服させたとすれば、のちに向こうの力のほうが大きくなったときに、再び闘いが起こります。そのような方式では統一することはできません。たとえ以南(南韓)の地で生きているとしても、以北(北韓)に住む人々と本当に共に生きたいという心、一つとならなければという心があってこそ、統一の道が開かれるのです。
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 「共に生きたい」というその内幕の共通分母は何でしょうか。それは権力ではありません。権力は歴史を超越することができません。それは一時のものです。知識でしょうか。知識の世界は発展するものです。皆さん、知識の世界で学問とともに、永遠に共に生きたいという気持ちはありますか。私たちが共に生きることのできるものは、知識でもなく、金銭でもないということは確かです。このように考えるならば、上や下や前後左右を問わず、過去、現在、未来の時間性を超越した場で、共通的に認め得る一つの分母とは何でしょうか。それはすなわち愛なのです。
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 人間がいかに生きるか、あるいは、私たちの人生航路をいかに行くべきかを念頭において考えるとき、その骨子を要約すれば、孝子の行く道、忠臣の行く道、聖人の行く道、聖者の行く道の根本があるのです。すなわち、永遠に共にいたいと思い、共に生きたいと思う心です。上下を問わず、共にいたいと思い、前後左右、昼夜を超越して、生涯を越えて共に生きたいという切なる思いをもった生涯ではないか、という結論が出てくるのです。
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 三十八線を中心として南北に分かれているこの国において、私たちはどうしたらよいのでしょうか。問題の解決をいかにすべきかということが問題です。それは北韓の人々よりも苦労し、南韓の人々よりも苦労することです。苦労の中で立てられた超民族的な愛国心をいかにしてもっていくか、それが韓国を生かす近道であり、解決方案です。悪なる世界と善なる世界を統一するのもやはり同じです。悪なる世界の忠臣以上の忠臣が現れなければなりません。今まで善を志向してきながらも、私たちの先祖が立てた忠臣の道理以上の忠節を主張し得る人が現れてこそ、決裂した歴史を収拾することができるのではないでしょうか。そのように考えるのです。
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 今、南北の間で行き違いがあります。方向を異にする立場で、一方は南に、一方は北に行こうとするという二つの別れ道があるので、その目的は異なるのです。いかにすれば統一されるかという問題を考えると、深刻なのです。その主体的な使命を誰が果たすべきなのでしょうか。南韓がすると言えば、北韓が反対するでしょうし、北韓がすると言えば、南韓が反対することでしょう。自分自体にこだわる立場では、再び決裂することでしょう。これをいかにするかが問題です。問題は、南韓の誰よりも北韓をより愛する韓国人が現れなければならないということです。北韓の人が北韓を愛する以上に、北韓を愛する韓国人が現れればよいのです。それ以外には模索方案、解決方案はありません。南韓の誰よりも国を愛する人、北韓の誰よりも国を愛する人、そのようにして一つの道を行く人がいるとするならば、そこから統一方案が出てき得るのです。そのほかに道はあるでしょうか。それ以外に道はないのではないでしょうか。
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 今、南北統一を願っているのですが、南北統一するための方案は何でしょうか。次元の高い統一の内容を提示せずしては、統一されることはありません。以北(北韓)から以南(南韓)に来て、また、以南から以北に行って互いに「私の言うようにしよう」というのではなりません。互いに損害を受ける立場では統一はされないのです。互いにプラスとなるところにおいて可能なのです。そうではないでしょうか。男女が結婚して互いにマイナスとなる立場では、一つとなる法はありません。それゆえ互いに利益となることを求めなければならないのです。
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 南韓が北韓を武力で打って屈服させるのではありません。私たちは彼らよりも強い思想の基盤をもたなければなりません。彼らが国を愛する以上に、私たちも我が国を愛さなければならないのであり、彼らが共産主義を愛する以上に、私たちも天を愛することのできる思想的な強い力をもち、人格的な面において彼らを自然屈服させることのできる実力者とならなければなりません。そうでなければ北韓を吸収することはできないのです。生活的に潜伏させて、人生観や生涯を通して感服させることのできる、人格的な基準を中心に現れた人格の価値を中心として考えるときに、共産主義の思想で武装した彼らを凌駕する私たちとならなければなりません。私たちが彼らに影響を与え得る環境をもたなければ、カイン国家を復帰することはできません。カイン国家を復帰できなければ、天国を中心とした世界的な国となり得る復帰の国家は、成立しないのです。
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 神様が、サタンを敵であり怨讐だと考えて、復讐しようという思想をもっているとするならば、絶対に勝利の頂上を占めることはできません。そのような観点から、神様は「怨讐を愛せよ、怨讐を愛せよ」と、愛の作戦をとってこられました。イエス様のみ言の結論も「怨讐を愛せよ」というものです。
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 世界的に迫害を受けたとしても、世界的な怨讐圏に立ったとしても、彼らを愛したという条件を立てなければなりません。この一筋に神様もかかっており、神様の子女になろうというあらゆる宗教界のすべての人がかかっているのです。「怨讐を愛せよ」というみ言は偉大な真理です。内容は簡単ですが、これが神様とサタンの闘いの勝敗を分かつ境界線となってきたということを誰も知りませんでした。
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 私たちの願い、私たちの願いは何でしょうか。統一です。統一教会を中心とした統一ではありません。統一教会が祭物となって南北韓を統一する、その統一のことを言っているのです。
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 統一教会の行く道は、何をしようというものなのでしょうか。統一です。統一が核心です。


 二 宗族的メシヤ宣布の意義

 先生が宗族的メシヤの宣布をしました。宗族的メシヤ。なぜそれをしなければならないか分かりますか。韓国が先生に反対したからです。それを蕩減復帰しなければならないでしょう。アメリカもみな反対したのを私が蕩減復帰してあげましたから、私が蕩減復帰してあげるのです。そうしなければならないではありませんか。
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 どうして宗族的メシヤを韓国と共に世界に宣布したのか分かりますか。これを韓国でさえやれば、世界の国家すべてが真の父母を中心として一つになるのです。霊界でどれほど総動員されたか考えてみなさい。この時だと、みな目に火をつけて解怨成就することのできる、数千、数万年の歴史を蕩減することのできる良い時が来たと、すべてが下りていくことを願っているのに、みな橋を切ってしまったらどうしますか。今はもう国家的次元、世界的次元です。ですからこれがすべて崩れたので、自分が立つ場がありません。立つ位置をつくるには、宗族的メシヤとして祝福家庭を配置して、イエス様の完成、自分の完成、アダムの完成、三大先祖の基準を立てることによって、この地上にいるすべての人間たちを抱くことのできる自由な環境に入るのです。ですから宗族的メシヤの宣布をするようになったのです。南北統一がいい加減にできるのではありません。これをつないでいってこそ可能です。それが家庭的基準と氏族的基準に連結されたので、国家的基準に連結されるでしょう。ですから統一教会と政府が内的に一つにならなければならないのです。
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 イエス様が失敗したのち、皆さんに宗族的メシヤを委任して、堕落したアダムと同じように、自分勝手に結婚した自分の親を今になって、「祝福」という神様の天恵によって、堕落していない親の立場に立てるという、それはとてつもないことです。夢のような話です。そのようなことを完成するために、宗族的メシヤを宣布したのです。イエス様は一人で宗族的メシヤを宣布したのです。イエス様は一人で宗族的メシヤ、国家的メシヤになるために送られたのですが、先生は全世界的に祝福を受けた二万五千名以上の祝福家庭たちを宗族的メシヤとして発表しました。この威力というものがどんなものか考えてみてください。
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 韓国の統一教会と日本の統一教会は、カイン・アベルとして一つになりましたが、一つになった統一教会の女性たちがプラスとなって、統一教会の団体である国際勝共連合、南北統一運動国民連合など、すべての団体をはじめとして、統一教会に連結された団体のすべての女性たちをこれから捧げなければなりません。どこにもっていって捧げなければならないかと言うと、家庭に訪ねていくのです。どこからしなければなりませんか。家庭です。これを促進化するために、氏族メシヤを宣布したのです。先生の代わりに男たちが行ったので、女性たちがみな収拾して、女性を四人しっかり収拾しておけば、男たちはその国の氏族的王になるのです。そうすれば女性のお出ましを中心として、すべての男性までも収拾することができるのです。教育さえすればすべて終わるのです。
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 地で成されることが天でも成され、地における成就が天の勝利として刈り取ることのできる時が来たし、真の父母のみ名と共に今日挙行したすべての式典が、霊界のイエス様を中心として、統一的な霊界と地上の真の父母を中心として、統一的な一つの世界になりました。二つの世界が一つの真の愛を中心とした家庭的な血縁関係を通して、つないでいくことのできる新たな世界拡張時代として、宗族的メシヤを宣布しました。これを受け入れることのできる新婦と家庭、エバとカイン・アベル圏を中心とする真の家庭の基盤において、新郎の心情を接ぎ木することのできる世界的なすべての終末的な清算期間をもたせてくださったのです。
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 宗族的メシヤが家庭的メシヤの橋を見失えば、重生することのできる道がふさがってしまうのです。先生がこのようなことを知ったので、人類を解放するために、宗族的メシヤを宣布したのです。これは世界的な革命的事件です。特権的事件、特赦的な事件です。


 三 宗族的メシヤの責任を与えた理由

 宗族的メシヤとは何でしょうか。真の愛の主人です。真の愛の主人、これはイエス様が願い、アダムとエバが願い、神様も願った所願でした。ですから、すべて真の愛の主人になって前進しなければなりません。そうすればすべてが終わるのです。宗族的メシヤになりなさいというのは、氏族的先祖になりなさいということです。
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 宗族的メシヤとは何でしょうか。一言でいえば、父親、母親を王権の位置に上げて立てるための役事をすることであり、その次には、今まで愛を中心として父母が始めて、私の生まれた本来の故郷である天国の故郷に行くことができるのです。
 そうでなければ故郷はありません。これをしてあげなければ生まれた故郷がないのです。故郷のないところには父母がいるわけにはいかないのです。故郷が定められることによって、韓国で暮らしていたすべての人の故郷は、今後天国の故郷の地に入り収められるのです。それによって、地も、人間の生まれたあらゆる所が天国に属し、堕落していない立場で生まれた父母の位置を代わりに受け継ぐようになるのです。
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 宗族的なメシヤは、一代において氏族を中心として、故郷を案内する先鋒者であるということを知らなければならないのです。モーセのように出エジプトの先鋒者であることを知らなければなりません。盲目的であってはなりません。モーセは何も分かっていませんでしたが、私たちは具体的にすべて知っています。理論的にすべて知っているのです。故郷を訪ねていかなければなりません。
 しかし、カインを探し出さなければ故郷に入ることができないということは原理的な事実です。サタン世界に兄の氏族が残っているので、彼らが自分の氏族に来るように、兄を救ってあげなければなりません。そうしなければサタンになるので、仕方がないのです。兄を救ってあげて行ってこそ、兄が囲いとなり、自分の故郷に帰って、自分の一族を救うことができるのです。そうしなければ、皆さんの母親、父親を伝道しておいても、サタンが再び連れていくのです。引いていかれるのです。そのようになる危険性があるので神様はこのような摂理をせざるを得ないのです。自分の父親、母親、自分の一族、故郷をすべて伝道しても、再び引っ張っていくのです。
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 氏族的なメシヤは、まず父親、母親を、堕落していないアダム・エバにします。その次に故郷、故郷を探し出すことによって、どんなことが起こるかというと、王権回復がなされるのです。そうなれば、すべて終わるのではないでしょうか。それをさっと入れるのです。まずは、父母同位圏に立つのであり、次に故郷復帰をするのです。王圏復帰するのです。それゆえ生まれたすべての人々、ソ連でもアメリカでも、生まれた人々が天の国の故郷をもつようになるということです。天国の故郷をもつには、天国の父母をもたなければなりません。天国の父母をつくるのが、宗族的メシヤの使命なのです。
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 神様の息子になるためには、垂直の位置に行かなければなりません。東西南北の感覚と前後、左右、上下の感覚すべてを体得することによって、神様が見るときに、見るまでもなく経験したと言うことのできる位置に入ったとき、息子の位置に入るのです。本然の位置に行かせまいと、サタンが百方をふさいでいるのです。サタンが最も恐れることは、神様の愛に接することです。お金も恐れはしませんし、権力も恐れません。神様の前では権力は必要ありません。神様は全知全能なお方なので、知識は必要ありません。全知なるお方に、何の知識が必要でしょうか。知識の王様なのですから。
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 垂直の位置で、天にいる神様に代わって地上に降りて、地上から横的な面で宗族的メシヤを送るというのが、今回することなのです。宗族的メシヤは、自分は死んだとしても、必ず世界的に築かれた版図、この鉄柱、垂直的世界に接ぎ木されるようになるのです。それゆえ、今先生は宗族的メシヤを送って、アベル的門中の先祖となるようにしているのです。その先祖は生命の種をもっているということです。メシヤは父母なので、種をもって現れるのです。皆さんの一族と、両親は、サタン世界の種を受けたのです。皆さんが生命の種をもってぶつかれば、どこへ行っても通じます。
 宗族的メシヤは、ユダヤ教、キリスト教、統一教会を中心として、伝統的すべての失敗を圧縮し、勝利的権限をもって仏教、儒教などのすべての宗教が受けることを望むすべての恵みを総合した位置で、決定的核として伝授したものです。それが宗族的メシヤです。皆さんが国家のことを心配する必要はありません。皆さんが世界のことを心配する必要はありません。皆さんの一家のことを心配すればいいのです。
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 自らの氏族を復帰するためには、宗族的メシヤの責任を果たさなければならないのです。このような命令は、歴史上なかったものです。宗族的メシヤの立場は、第二の真の父母の立場であり、イエス様の立場よりも上なのです。そのような立場を与えられたという、とてつもない価値があるのです。これは何ものとも換えることはできません。
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 なぜ宗族的メシヤとして責任分担を果たさなければならないのでしょうか。最初の理由は、皆さんの父母を救わなければならないからです。父母というのは第一のアダムの立場です。皆さんは第二のアダムの立場にいます。父母を復帰し、再創造してアダムの使命を完遂しなければなりません。
二番目の理由は、皆さんには故郷が必要だからです。宗族的メシヤの使命を果たすことによって、自分の故郷をもつことができるようになるのです。結局のところ、宗族的メシヤの責任分担を果たす理由は、アダム家庭の完成のためなのです。具体的には、氏族を教育しなければならないということです。
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 これからは皆さんの根を整備しなければなりません。根はどのようになったのでしょうか。堕落することによって父母が駄目になりました。長子が駄目になりました。それゆえ、真の父母を中心とし、真の息子、娘を中心とした本然の父母圏と長子圏を中心として逆に回して越えなければなりません。そのままでは接線をもつことができないのです。一八〇度反対にしてつけなければ、出発できないのです。ですから皆さんは故郷に帰って先祖を変えるべき運命が残っているということを知らなければなりません。
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 皆さんを宗族的メシヤとして送ったのはどういうことでしょうか。昔はイエス様が、霊界からこの地上に縦的な過程を通して送りましたが、今日文総裁は、天を代表した神様の立場で、氏族を代表するメシヤ型の数万家庭を世界に送ったのです。これからは滅ぶことはありません。一九八九年二月三日、午後二時三十分に宗族的メシヤを宣布したのです。
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 統一教会教団は、宗族です。宗族なのです。私の血が共に動くのです。私が涙すれば、涙しなければならないし、私が喜べば、喜ばなければならないのです。血族なのです。五色人種を越えて、文化背景の異なるすべての国家基準を越えて、壁を取り払って一つとなった、新たな天国創建のための民族です。この民族が聖なるものとなるとき、天国の創国が顕現するのであり、そのような聖なる創国の民族として生きていくとき、創世界がなされるのであり、その世界の上に、天宙的な地上の天国と、天上天国が連結するのです。
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 私が皆さんを祝福してあげました。祝福というのは、イエス様に優る立場を意味します。祝福を受けた皆さんを、サタンが讒訴することはできません。男性も女性も、みな讒訴することはできません。なぜでしょうか。真の父母を中心として血統がつながっているからです。それを見ればサタンも、個人、家庭、民族、国家、世界のいかなる次元においても讒訴できません。それが神様の最終的な観点です。絶対に讒訴することができないのです。それが解放の境地です。ですから今回宗族的メシヤを宣布したのです。
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 今、宗族的メシヤになれと宣布したのは、どういうことでしょうか。皆さんが私の代わりに責任を負ってするならば、天が後援するということです。私が過去に、統一教会が困難の中にあったときに開拓したその時代、後援して開拓したその役事を、霊界では今でも間違いなくしているということです。そのとき反対される中においても、統一教会を氏族的復帰時代に発展させた天なのです。今は反対されないのですから、どれほど発展することでしょうか。
            *
 堕落したアダムとエバが失敗したものを、皆さんが再び復活させて、復帰された家庭の資格を天国の天権をもって是認、公布するのです。それが宗族的メシヤ宣布の目的です。
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故郷、私も今、故郷に帰りたい思いです。ここソウルにいたくはありません。このように従う外国の統一教会員が故郷へ行ってすべて還故郷活動するようになり、その余波が北韓を凌駕するようになれば、先生の故郷は自然と浮上してくるのです。闘うことなくそのまま通じるのです。水が、潮が先生の故郷に満ちるかもしれないし、通じるのです。それゆえ、金日成の徒党以上の精誠を尽くして、心情的な故郷、カナンの地を編成するのが統一家の使命だということです。ですから今日、氏族的なメシヤになりなさいというのです。
            *
 今先生が皆さんにメシヤという名をあげました。宗族的メシヤ! では皆さんはどうしなければならないでしょうか。メシヤとして何をすべきでしょうか。国家的メシヤ、世界的メシヤ、天宙的メシヤとなるための、すべてのことを準備しておきました。山のような大きな宝物を、皆さんのために準備しました。皆さんがメシヤになりさえすれば、宝石の山のようなこれらすべての相続を受けるのです。水道管のようなものがつながっていて水が流れていくように、皆さんに相続されるのです。
            *
 宗族的メシヤが安物だとでも思いますか。賢明な先生が、メシヤの使命を果たすために一生をかけても至らずに恥ずかしく思うのです。皆さんの前に宗族的メシヤという言葉は、驚くべきことです。イエス様よりも貴い価値ある位置に立つことができるのです。それだけでなく、統一教会に反対して、ありとあらゆる悪態をついていた人までをも、堕落していないアダムの位置に引き上げてあげるのです。そんな話がいったいどこにあるでしょうか。話をしている文という人は、真の父母の位置にいるので、今まで話したことはすべて成し遂げてきました。成されなかったことはありません。
            *
 皆さんは宗族的メシヤ、氏族の救世主という名前をもったのです。ヤコブ家庭においてメシヤが来ることをどんなに待ったでしょうか。何千年も待ちました。何千年も待って迎えなければならないものを、皆さんの氏族の前にメシヤとして任命して送ったのですから、そのメシヤの種子としてどんなに貴いものでしょうか。
            *
 ここに来た皆さんは、金氏ならば金氏家門のメシヤの使命を果たさなければなりません。金氏家門であれば金氏家門、朴氏家門であれば朴氏家門において、天国を創建するにあたって、その氏族を代表して「私がメシヤだ」と考えなさいというのです。救い主だと考えるべきです。金氏家門を救ってやる救世主だと考えなければなりません。そのためには金氏家門の全体を代表して祭司長的な責任を果たさなければなりません。
            *
 今後、最後に残った終着地は何でしょうか。解決方法は何かということです。すべての壁を取り除き、処方するのですが、そのような恵沢を受けるにはどうすべきなのでしょうか。宗族的メシヤにならなければなりません。宗族的メシヤ。これさえ終われば、個人的讒訴条件、家庭的讒訴条件、氏族的讒訴条件、民族的讒訴条件、国家的、世界的讒訴条件を提示するその何ものもなくなるということです。
            *
 皆さんが外地に出て修練し、み旨を中心として懸命に活動した新しい習慣性をもって、その町全体を変革させなければなりません。従っていくのではいけません。神様が何もない中から自己の全体を投入して愛の対象圏をつくったように、皆さん自体を投入しなければなりません。必ず一つにしなければなりません。皆さんの故郷の人々の中で、誰よりも最高の位置につけば、霊界が協助するのです。実際にそうか、そうでないか、見ていてください。そしてビデオ・テープをたくさん作って伝道しなければなりません。
            *
 今日、皆さんは故郷へ帰って、種となり得る存在にならなければなりません。そしてその種が植えられて、大韓民国はもちろんのこと、天地が訪ねていくことのできる、神様がいつでも訪ねていきたいと思う環境を残すことができなければなりません。そうした上で、あの世へ行くときは、天国の息子、娘として愛を受けて生きるに違いありません。このような生涯路程をこれから定立していかなければなりません。
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 先生が「故郷へ行きなさい」と言えば故郷へ行くのは、新たな種を植えるということです。アダムとエバの種となったので、皆さんを通して新しい種を植えて、新しい根を下ろそうとしているのです。新しい種を植えるときには、肥やしをかけてやらなければなりません。
 ですから悪口を言われに行かなければなりません。善意の悪口を言われて、多くの苦労をしなければなりません。三年だけしてみなさい。三年も必要ありません。六カ月あれば、すべて終わると見るのです。
昔、皆さんが一次伝道に出るときも、故郷の代わりとして行って百二十軒つくって、教会をつくれと言って追い出したことがありましたね。それは失敗に終わりましたね。その次に「ホーム・チャーチ」をしなさいと言いましたが、それも失敗しましたね。もう最後です。
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 宗族的メシヤとして行きなさいということは、自分の氏族のところに生えているものはすべて偽物、野生のオリーブなので、そこに行って、真のオリーブが生えるように、切って接ぎ木をして真のオリーブ畑にしようということです。その一族にとっては、それ以上の福音はありません。国を求めることよりも、世界を求めることよりも、天地を求めることよりも、もっと貴いことなのです。
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 韓国統一というのは、統一教会の文先生を中心として統一教会の信徒が完全にプラス・マイナスとなって、私が縦的なところにいれば、統一教会員は横的な基準で走ればよいのです。私が国のためにこの基盤を築いたのですから、皆さんはこの基盤を築くために、南北統一のための基盤を築くにあたっては、氏族が連合せよということです。
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 宗族的メシヤが来て、助けてくれとはどういうことですか。協会長! 言ってみなさい。先生は助けてくれという祈祷は一言もしませんでした。また助けてみましょうか。それを助ければさなぎになるのです。さなぎとはどんなものか知っていますか。死ぬほどの力を出し切っても駄目ならば、祈祷してみなさい。祈祷しなくてもお金はついてくるようになっています。そういうものです。
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 故郷に帰るにあたって、今後の自分の生活問題、息子、娘の教育問題、このようではすべて滅びます。イスラエル民族が出エジプトするにあたって、出ていかなかった人々はすべて滅びたではないですか。呪われる民族になるかもしれないのです。そのような天的なみ旨があるので、先生があらかじめすべて宣布するのです。宗族的メシヤに関してのことです。



















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