祖国光復と入籍
(全面表示) 戻る INDEXへ


第三章 入籍の道

一、入籍はいかにしてなされるのか

 アダムとエバが堕落することによって、アダム家庭を失っただけでなく、アダム家庭を中心として、アダムー族を失ってしまいました。七代です、七代。七代さえ経たならば、アダムー族を中心として、地上天国基盤を完成することができたのに、七代が神様の血統を中心として結ばれなかったのです。七代ともなれば、かなり繁殖します。何干家庭にもなることでしょう。そうではないですか? 個人蘇生、家庭長成、完成宗族です。これがカテゴリー、一つの範疇です。これは外すことができません。三段階過程です。

 それゆえ、み旨の道では、皆さんが一人で生きることはできません。家庭のために生き、宗族のために生きなければなりません。その宗族を越えることができなければ、世界、国家圏に加わることはできません。宗族編成ができなければ、世界、国家、世界版図の上に入籍することができないということを、皆さんは知っていますね? 一六○家庭以上を祝福してあげてこそ、天国に入籍するのです。これは単なる話ではありません。その通りにしようというのです。(二七五−二一四、九五年十二月三十日)

 アダムとエバは、一瞬のうちに堕落したのでしょうか、それとも、数か月かけて堕落したのでしょうか? ある瞬間に堕落しました。ですから復帰も、一瞬のうちにしなければなりません。そのためには、先生が今この場で皆さんに結婚しなさいと言ったとすれば、皆さんはしなければなりません。嫁に行き、妻をめとって復帰するようになるならば、すぐにでも結婚するのです。先生が手をあげて祝福してあげれば、夫となり、妻とならなければならないのです。それができるのは先生だけです。皆さんがいくらしようとしてもできません。そうすることで、皆さんは天の公法によって天に入籍になるのです。(二五−一九七、六九年十月四日)

 先生が涙をもって、お父様の前に勝利の慰労をするその日まで、皆さんはどんな立場を越えていかなければならないのでしょうか? 千万年の恨を抱いて慟哭し、神様の懐に抱かれる真の父母と真の夫婦を見て死ぬのが望みだと言わなければなりません。そのためには、万世の迫害を越えて、幸福を天に返し、自分は哀れな立場で死にゆくとしても、それが幸福の中の幸福だと遺言を残して行かずしては、天国に入籍できないのです。愛の世界である本国とは結ばれないという悲運の事実を知らなければなりません。(二七二−八一、九五年八月三十日)

 主はこの地に母を探しに来られます。それは母を通して息子・娘を復帰して天国に入籍させるためなのです。そのために来られる主が、雲に乗って来られるでしょうか? 統一教会を異端だと言いますが、終りの日にどうなるか見ていなさいというのです。(一三−一三二、六三年十二月二十九日)

 私たちの第一の先祖と第二の先祖の過ち、第一アダムの失敗と第二アダムの失敗のすべてを、第三アダムが来て収拾し、その基盤の上に勝利的な世界基盤を築いたので、これを皆さんの家庭が伝受しなければならないのです。

 国を治める大統領から、閣僚、道知事、郡守、面長、班長から班員に至るまで、これを伝受して初めて天国に入籍できる民の立場に立つようになるのです。ですから重要だというのです。皆さん、今は天国がありません。このようにすることによって家庭を編成するようになれば、政党であろうが、野党であろうが、喧嘩しようと何をしようと、好きなようにしなさいというのです。私たちは、私たちなりに、すべてを処理して、すべてを一つの方向に収拾して引っ張っていくことができるのです。そうすれば、ついてこざるを得ないのです。(二八三−二二九、九七年四月十三日)

 人間は霊界に入籍するとき、地上生活を証明する証明書を持って行かなければなりません。「私はこのように生きた。こういう仕事をした」と言える生涯の証明書を持っていかなければならないのです。そういう証明書は自分自身で書くことができません。はじめはサタンが書きます。まずサタンから証明書をもらって、イエス様から証明書をもらわなければならないのです。その次に神様から証明書をもらわなければなりません。(二九九−七七、九九年二月四日)

 天国に入籍するにあたっては、先生が紹介者になります。「神様、この者は、これこれこうして良くやったので、天国に入籍しなければなりません」と言うならば、皆さんは間違いなく入籍し、先生はサインだけをするのです。そうすれば入籍するようになるのです。(五六−三四一、七二年五月十八日)


神様の愛と人間の愛の接点

 神様の愛と人間の愛は、どこで一つになるのでしょうか? これは大きな問題です。この問題を研究して真理を得るために、霊界での闘いと肉界での闘いをしながら、苦労したのです。これをいかにして解いていくかというのです。神様の愛と人間の愛は、どこで接するのでしょうか? これが問題です。そこから出発しなければ、神様の理想と人間の理想は永遠に合うことがありません。何を中心としてでしょうか? お金ではありません。愛を中心としてなのです。理論的です。

 そこでいちばん悩んだことは何でしょうか?「愛は最短距離を行く」ということです。その一言を探し得て万歳をしたのです。「ああ! 上から下に、天が上にあって人が下にあるならば、上下関係ならば最短距離なのだ!」と分かったのです。最短距離の愛の道は、垂直しかないのです。垂直しかないというのです。

 真の愛が最短距離だとすれば、水平の人間の愛が、真の愛と、この最短距離を通る愛で一つになりうる位置は九〇角度の中央です。ゆえに、上から下は父子の愛であり、東から西に行くのは夫婦の愛であり、四五度ぐらいの角度の弦を描くのが兄弟の愛です。それで「子女の愛、兄弟の愛、夫婦の愛、父母の愛は切り離せないのだなあ」ということを悟るのです。

 それで一つの球形を成すにあたって、垂直の父子の関係の愛を完成することのできる決着点、夫婦関係を完成することのできる決着点、上下関係・前後関係を完成することのできる決着点はどこかというと、それは別々にあるのではありません。統一をいかに成すかというのです。

 それは男性と女性が結婚した日に愛の関係を結ぶその時である、ということになります。その立場は、女性が神様の娘として生まれて完成する立場です。また、神様の息子として完成する立場です。神様の家庭において、兄弟が完成する立場です。夫婦が完成する立場です。父母として出発する完成の立場です。

 夫婦というのは、天地合徳であると同時に、すべてを完成させることのできる一つの故郷です。天・地・人を完成させることができるというのです。それはいつなされるのでしょうか? 結婚式をして最初に愛の関係を結ぶ場においてです。そこに解放があるのです。子女としての解放、兄弟としてすべてをなす場、夫婦としてすべてをなす場、未来の父母として加わる入籍する場、すべてを公認させる場です。

 それゆえ、愛した人、すなわち愛の関係を結んだ人は、神様の娘を占領することになります。神様を中心として見るとき、神様の家庭で、アダムが兄の立場で弟や妹を占領するのです。そして妻を占領する立場です。その次には父母が誕生する立場です。結婚式を中心として愛の関係を結ぶことによって、この四つが完成するのです。

 それゆえ、女性にとっては最高の希望の花です。花だというのです。息子・娘の花であり、兄弟の花であり、夫婦の花であり、父母の花なのです。これを避けていては、真の子女が完成する場はありえません。真の子女の愛が安着する場はないのです。真の兄弟の愛が完成して安着する場がないというのです。(二五六−二三二、九四年三月十三日)


愛を中心とした万世の解放圏

 神様を解怨するためには、神様を解放することのできる真の父母がなくてはなりません。真の父母を解怨するためには、皆さんがなくてはなりません。皆さんを解怨するためには、皆さんの息子と娘がなければなりません。そのように連結されるのです。

 ですから、神様がなしてきたことを伝統として見習い、真の御父母様がなしてきたことを伝統として見習い、皆さんがホームチャーチの伝統を縦的に受け継いだものを横的に展開させてこそ、皆さん自身が生きることのできる、平面的な地上天国が現れるということを知らなければなりません。そこは自由圏です。皆さんの父母も自由であり、皆さんも自由であり、皆さんの先生も自由であり、神様も自由なのです。そこで初めて解放圏となるのです! アーメン!(「アーメン」)(拍手)

 もう一つ付け加えるとすれば、責任分担の完遂です。男性が責任分担完遂し、女性が責任分担完遂するのは何のためでしょうか? 個人完成のためです。その次は? 相対完成です。相対完成というのは、善を繁殖することです。私たちはなぜ結婚しなければならないのでしょうか? なぜ結婚すぺきなのでしょうか? 神様の愛に接ぎ木されるためです。神様の愛を中心として、家庭を築かなければなりません。統一教会の祝福の原理がそうなのです。

 なぜ神様の愛を中心として一つにならなければならないのでしょうか? そうしなければ、神様から相続権を受けることができません。天上天国は、神様の愛で結ばれているため、それを相続していない個人・夫婦・家庭であっては、天国に入籍するとこができません。それを相続するために、神様の愛を必要とするのです。

 神様は、なぜ私たちと一つになろうとするのでしょうか? ご自身のつくったすべてのものが、息子・娘のためのものなので、それを息子・娘に譲り渡すためです。譲り渡すときに、神様もくっ付いてくるし、神様の愛までもすべてくっ付いてくるのです。神様は、ご自身をも下さり、ご自身の心の中にある秘密の倉庫に深々と隠しておいた、たった一つしかない宝物までも、ご自身の愛する息子・娘の前に相続してくださるのです。そして、その貴い宝物、愛の壷が私たち愛の中にあるため、神様は、永遠に地上におられるのです! アーメン!(「アーメン」)

 ですから愛を中心とした万世の解放圏が、ここにできることによって、どうなるでしょうか? 平和な時代を何といいますか? 平和な世界を太平聖代といいます。太平聖代です。神様の愛を中心として太平時代が来れば、家でも、国でも、村でも、山でも、どんなところでも、愛の拍子に合わせて生きる世界となるのです。それがまさにユートピア(理想世界)なのです。(一三五−三三九、八五年十二月十五日)


人間の責任分担の道

 天国に入る人は、責任分担を完成して、真の父母の血肉を持った息子となり、神様の直接的な愛を受けることのできる立場に立たなければなりません。そのような立場で主管を受けて生きてきた人々の行く所が天国です。それゆえ、これを知らなければ、天国に行って入籍することができません。あいまいにしていてはできないのです。ですから、おばあさんたちは、老眼鏡をかけ、夜を明かしてでも勉強して、これを理解しなければなりません。

 なぜ責任分担を与えたのでしょうか? それは、人間に無限で高貴な価値を付与するため、神様の創造の偉業に加担させるために与えたのです。もし人間に責任分担を付与しなかったとするならば、人間は神様の愛に接する対象の立場には立つことができないのです。

 神様が百パーセント作ってやってはならないのです。九五パーセントは神様が作り、五パーセントは人間自身が責任を果たすのです。それでこそ、百パーセントを満たすにあたって、協力者として同等な立場に立つことができるのです。そうすることによって、絶対的な主体である神様の前に、堂々と相対的な資格を備えた立場で、愛を授受することができるのです。このようにして愛の理想を形成することができるのです。責任分担がなければ、私たち自身としては、神様の愛の理想を対等な立場で受けうるだけの、威信を立てることができません。威信を立てることができないのです。ですから神様は、人間が神様の愛を受け得る威信を立てさせるために、責任分担を設定したのです。

 これを知らずしては、今日の歴史を解くことはできません。数多くの哲学家、数多くの宗教家が、神様のみ旨を中心とした道を今まで求めてきたにもかかわらず、はっきりと解明できなかったのは、この責任分担というものを知らなかったからです。

 それゆえ、統一教会が自慢できるのは、この責任分担ということです。責任分担! 責任分担を完成してこそ、神様の直接主管圏内に入って神様の愛を受けることのできる立場に立つのです。何をしなければならないと言いましたか? 責任分担を果たさなければなりません。

 もしも、堕落した人間の前に神様が責任分担を設定しなかったとすれば、今日、蕩減復帰、統一教会で主張する蕩減復帰という言葉は現れなかったことでしょう。ただ単にそのまま復帰することはあっても、蕩減はなかったことでしょう。落城しなければなりません! なぜ蕩減しなければなりませんか? 人間には責任分担があるからです。人間が完成すべき責任分担を、自ら破ってしまったがゆえに、与えられた責任を果たしていかなければならないのです。そうするためには、サタン世界のすべてに勝って、サタンを主管する立場に立ち、堂々とサタン世界の反対環境を除去したその場に立って、神様の愛を受けることのできる立場に入らなければなりません。そうなればサタンは離れるのです。

 神様の愛を受ける人類始祖となることができずに、サタンに引かれて行ったのですが、神様の前に愛を受けることのできる段階に入れば、サタンはそれに干渉することができません。そこでサタンと永遠に離別するのです。

 それゆえ、私たち統一教会では、サタンが干渉できる立場、つまり間接主管圏から直接主管圏に入っていくということは、神様の愛を中心として干渉を受けることのできる圏内に入っていくということです。サタンは、どの限界線まで反対できるのでしょうか? 原理結果主管圏内までです。責任分担を完成できていない、その段階にあるとき、サタンは讒訴して干渉することができるのです。

 原理結果主管圏内を越えれば、すぐに直接主管圏内に入るのですが、直接主管圏というのは、神様の愛を受けられて初めて、入ることができるのです。人類始祖が神様の直接主管を受けることのできる、そんな愛の圏内に入れなかったことが堕落なのです。それゆえ、神様の愛を受けることのできる立場に入ったならば、サタンはそこにいることができないのです。公法がそうなっているのです。

 ですから今日統一教会では、責任分担ということを言っているのです。人間が自ら行くべき、人間が自らなすべき、そういった分野を残しておいたのですが、人間が責任を果たせなかったことによって、サタンが入るようになったのですから、人間が責任を果たして初めて、サタンを追い出すことができるのです。

 人間が責任を果たすとはどういうことでしょうか? いかなる難しさ、いかなる受難の道があっても、神様の愛を受けられる立場に連結するようにすることです。その点が堕落した人間の最大の願いです。直接主管圏とは、人間が神様の愛と一つになることのできる場を言います。その場に入っていけば堕落がありえないというのです。神様の愛と一つになったのに、だれが離すことができるでしょうか? 離すことができないのです。堕落した人間世界の父子関係においても、その情理を離すことができないのに、だれが離すことができるというのでしょうか?

 神様が父母ならば、私たち人間はその方の子女ですが、神様とその子女が愛で一つとなった立場に入っていけば、だれも離すことができないのです。そのように愛で一体なったその世界は永遠ですよ、永遠。これをはっきりと知らなければなりません。それで統一教会では、蕩減復帰の道を行かなければならないというのです。(一四三−七七、八六年三月十六日)


だれが先に天国に入るか

 神様の慕う国、神様の願う国とはどんな国でしょうか? 今のこの国が、神様の願う国でしょうか? これがイエス様の願った国でしょうか? 三位神がこの地上で血の涙を流しながら、闘争の歴史を経て願ってきた国が、今日のこのような国でしょうか? 今日のキリスト教が神様の願う教団でしょうか? 違います。大きなことを言っていますが、どこに行くか、死んでみれば分かります。本来、天国という所は、一人で行く所ではありません。神様の創造理念の中では、父母、妻子と共に行く所が天国です。

 いくら大きなことを言っても、楽園にしか行けません。楽園とは、汽車の停車場の待合室のような所です。天国という所は、自分の父母、妻子を連れて行かなければならない所であり、千千万代の子孫まで、和気あいあいと神様を讃美する所です。それなのに、今日の既成教会の信徒が言うように、父親は地獄ヘ行き、母親は天国に行くとすれば、その天国は安らかでしょうか? 息子は地獄に行って「お母さん、助けて! どうして僕を生んだの? 僕を生まなかったら、ここでこんな苦労をしなくても済んだのに……。お母さんは良い所に行ったのに、僕はどうしてこうなったの? お母さんが生んだからこうなったんだ!」ということにならないでしょうか? それで天国と言えますか? 本来、天国とは、父母、妻子がみな一緒に行く所です。

 では、なぜイエス様は、結婚した人は天国に行けないと言ったのでしょうか? 時が来ていなかったので、そのように言ったのです。本当にそうだとすれば、男性だけつくればよいのであって、女性をつくる必要はなかったはずです。この地上で天国生活をした、そのままの姿で天上天国へ行くのです。

 天国へ行くというときに、人類のいちばんの先祖であるアダムとエバがまず天国へ行くべきです。しかし、アダムとエバはエデンの園から追い出されました。看板をさかさまにつけたのです。人類の先祖となるべきアダムとエバは、神様のみ旨から見ると、人類のいちばんびりになったのです。途中で向きを変えて後ろに走れば、びりになるのと同じです。出発はしたのに、誤ったのです。ですから、後戻りをしてびりになったということを知らなければなりません。案内者が導いて行かなければなりません。

 終りの日には、天地がびっくり返るといいますが、それは、天道が変わるということです。天道が変わるということは、天が真っ青になって裂けるということでしょうか? 丸い地が平らになるということでしょうか? 天道が変わるというのは、み旨という観点から見るときに、後の者が先祖であり、先の者が子孫だということです。人類始祖が六〇〇〇年ぶりに来て、その父母の血肉を受けて初めて、本来の正常な軌道になるのです。逆になるということです。

 ですからイエス様は「私はアブラハムよりも先にいた」と言ったのです。アブラハムより先にいたというのはどういう意味でしょうか? イエス様は父母として来たのですが、父母が二つというのはありえません。一つです。人類の先祖が二つということはありえません。イエス様は人類の真の父母格として来られたがゆえに、み旨を中心として神様の側から見れば、アブラハムよりも先だというのです。初めて来たので先なのです。その後に来たものは、すべて天のプログラム圏内では認めないのです。こんな話を聞くと心惜しいはずです。心惜しさを感じなければなりません。心惜しい恨を蕩減しなければならないのです。ですから私たちは帰らなければなりません。そうしてこそ神様の願った家庭を築くことができるのです。ですから、今後来られる主、再臨のイエス様とはどんな方でしょうか? この地上で天道に合った父母の因縁を立てて、多くの子女を得るという、新たな歴史的条件を立てながら、新しい天国を創建するために来られるお方です。そのために、今まで第二イスラエル圏を世界的につくっておいたのですから、ここに至って何をすべきでしょうか? 本然の基準を中心として連結させて、世界を早く統一された世界へと展開していかなければならないのです。(一五六―二三〇、六六年五月二十五日)


サタンを屈服させるには絶対信仰と絶対愛を持たなければ

 父母に会うために、皆さんはどうすべきでしょうか? 皆さんはそのままで、御父母様の前に直接行くことができません。皆さんは血統が違いますね? 入籍しないうちは、相続権を受けることができないのです。皆さんはまだ入籍していないのです、いまだに。先生の族譜に入籍しましたか? まだしていません。では、いつ入籍するのでしょうか? 祝福を受けたからといって、入籍したことにはなりません。祝福を受ける立場は長成期完成級の立場です。七段階完成級の七年路程が残っているのです。それが原理です。その原理を中心として復帰していくのです。

 本来、アダムとエバが堕落しなかったならば、三、七、二一(三×七日二一日)の二一段階、二十一歳を中心として長子長女が上がるのです。しかしながら、今日、復帰摂理時代においてアベルは、メシヤを迎えるまでは何かというと、弟なのです。アベルは弟ですね? 天側は弟の立場であって、長子の立場ではありません。サタン側は長子の立場です。これを復帰しなければなりません。これが長子権復帰です。

 復帰するのに力でするのでしょうか? 力でするのではありません。サタンの血統的愛を中心としてつづられたすべてを、一八〇度反対に消化できなければなりません。それは消耗戦です。汚れていないと言えるまで、きれいに洗っておかなければならないのです。ですから、どれほど消耗しなければならないでしょうか? 汚れて染み付いたものを洗い流すのは、容易なことでしょうか?

 では、サタンをどうしなければならないでしょうか? 結局は、サタンを自然屈服させなければなりません。自然屈服させる内容とは、どのようなものかというと、神様を絶対に信じること、そして「サタン世界のだれよりもおまえを愛した。おまえの世界の王、おまえの世界で天下統一した君主、彼ら以上に長子であるおまえを愛した」という立場に立つことです。そうでなければ復帰されないのです。

 ですから、反対していた群れが自然屈服して、「私の財産なり、私のすべてをあなたの前に捧げよう」と言うようにならなければなりません。捧げるということにおいては、三段階があります。まず物質、旧約時代です。次に子女、新約時代です。そして実体、成約時代です。縦的な歴史である旧約時代は祭物時代、次の新約時代は子女時代、成約時代は母の時代です。この実体を復帰するのです。

 それゆえ、縦的に降りてきた歴史を、横的に蕩減復帰しなければなりません。旧約時代に捧げたと同様に万物、次に新約時代に自分の息子を捧げたと同様に子女、そして自分は父母の立場で実体時代にいるという立場で、これらのすべてを祭物として捧げなければならないのです。(一三九−二七九、八六年一月三十一日)


入籍のために備えるべき条件

 今後入籍する時が来ます。先生の一族、皇族を中心として連結するところに、皆さんが加入するための入籍時代が来るのです。しかし、入籍時代が来ても、宗族復帰ができていない人は、そこに入籍できません。それを知っておかなければなりません。十二支脈と同じです。宗族復帰をするまでは、入籍することができないのです。人々が宗族復帰というこの内容を知るようになれば、われ先に統一教会に入ろうと、群れをつくって押し寄せてくるのです。

 入籍する時にはどのようになるのでしょうか? 今までは神様の愛から、人からすべての万物に至るまで、神様の所有ではありませんでした。サタンの愛によってサタンのものとなっていたものを、これからは、神様のみ旨を完成した先生を中心として、先生の息子・娘、先生を中心とした万物を復帰しなければならないのです。まだ先生には国がありません。そうですね? 国を復帰しなければなりません。

 旧約時代は、万物を犠牲にして息子の行く道を開きました。新約時代は、息子・娘を犠牲にして、再臨主、真の父母が来る道を開いたのです。成約時代においては、真の父母が犠牲になることで、縦的な神様を、地上にお迎えするのです。それが最後です。神様は人類にとって、真の愛を中心とした縦的な父であり、真の父母は、真の愛を中心として、その縦的なお父様の前に、横的に九〇度の角度にある横的な父母です。それゆえ、縦横の愛を中心として初めて、神様の愛と神様の生命が激動するのです。神人合徳が激動し、真の父母の愛を中心として新しい血族が広がっていくのです。そうなることによって、人類歴史上初めて、本然的な原理基準を中心として、神様の愛の中で出発した生命の種が、地上に現れるのです。これを知らなければなりません。

 そのようなことを考えるとき、この地の上の数多くの国の王子を中心として、犠牲にしながら忠誠を尽くした、それ以上の忠誠を尽くさなければなりません。それが原則です。もしもそれ以下だとするならば、そこにサタンが来て「おまえたちはどうのこうの…」というのです。そこに引っかかれば、皆さんの行く道が、み旨の前にいくら近くても、天が除去してしまうのです。み旨と一つになっていないならば、宇宙の力が、天運に追い出されてしまうのです。

 それゆえ、そこに自分という概念はありえません。自分というものがあってはならないのです。宇宙があって、私があるのです。宇宙の主人があるがゆえに、私が生まれたのです。ところが、その根本を知らないとすれば、結果がないのと同じです。種がないということです。栗は栗でもイガばかりで実がないのと同じです。種を知らなければなりません。宇宙の根本を知らなければならないというのです。(二〇八−三三九、九〇年十一月二十一日)


天国入籍の要件

 成約時代は、完成基準で祝福したがゆえに、万民が平面的な基準に立って、その子孫が祝福を受けることができるのです。地上には五〇億人類、つまり三代にわたる先祖の子孫たちが生きているのですが、その三代先祖の解放圏と祝福をしてあげることによって、その子孫たちすべてに、分割的な立場で共同的な恩恵を与えることができるというのです。なぜならば、父子関係の因縁と連結しているからです。ですから、平面的に三十六万双、三千六百万双、三億六千万双結婚も問題はないのです。国王が祝福を受けたならば、一週間以内に数千数億がまたたく間に復帰されるのです。そのような時が来ました。至急を要する時が来たのです。

 今後韓国がそのような国になるとき、入籍する人々が全世界的に先祖の後についてくるのです。韓国で反対していた人々は、偉そうなことを言っていても、入籍できなければ、すべて押し出されてしまうのです。アジア地域から世界的に広がっていくのです。そのような民族大移動が起こるのです。スターリンはそれを知っていたので強制移動させたのです。

 それで血代転換・所有権転換・心情圏転換です。心情圏とは宗族です。これを転換しなければなりません。ですから宗族を復帰しなければなりません。イエス様は国を復帰するために来たのですが、入籍することはできませんでした。戸籍をつくることができませんでした。それを蕩減復帰しなければなりません。それで統一教会では、結婚しても三十三歳を過ぎるまでは生活をさせなかったのです。今は三〇歳です。イエス様が出家する前の三〇歳で、生活するという立場に立つようになりました。これを越えて、南北が統一される場合には、そのような受難の道はすべて過ぎ去るのです。統一教会の祝福は、教会祝福、南北統一時代祝福、世界統一時代祝福です。三代祝福を経て、初めて解放の立場に立てるということを知らなければなりません。

 真の父母と成約時代、子女と成約時代です。今後、私たちの子女が成約時代に備えて入籍を急がなければなりません。そのためには、宗族的メシヤ、家庭的メシヤがいなければなりません。そうでなければ、国に入籍するための道が閉ざされてしまうのです。それまでの苦労が元の木阿弥になるのです。

 世界中がそうすることによって、全世界の人々が入籍するようになれば、ここにいる人たちはみな、荷物をまとめて、その人々と家を取り替えるのです。ですから、一昨日、日本と韓国の家庭的姉妹血縁を結びました。ここはあなたの国だというのです。そして日本は韓国だというのです。取り替えるのです。今後は思うままです。こうして交替して入っていけば、統一教会に反対していた人々は、その後みなシベリアにでも行くのです。それは自分の思いのままです。そんな中でどうやって生きますか? そのような民族的大移動の時が来るのです。(二五二−一四〇、九三年十一月十四日)


血統転換式と入籍

愛するお父様…、
アダムとエバの堕落によって転倒した
血統圏・所有権・心情圏が、
神様の愛によって一八○度異なる意味で復帰される
転換的時代の焦点に立ち、
今ここに血統転換式を行います。
私たちの心情が神様の前にあり、
私たちの所有も神様の前にあり、
私たちが完成した後に祝福を受けるようになっていたということ
を知っております。

アダムとエバが堕落することで失った
個人・家庭・宗族・民族・国家・世界的心情圏と、
個人から世界まで連結している所有権と血統圏のすべてが、
世界的に戦って勝利した
真の父母の版図上に立ったがゆえに、
ここに参加するすべての子女たちは、
血統復帰をするとともに、
所有権と心情圏を
天の前に献納しなければならないということを知りました。

そのために旧約時代・新約時代・成約時代を経てまいりました。
旧約時代は物質を祭物として息子を探し求め、
新約時代は息子を犠牲にして父母を探し求めました。
成約時代は
父母がこの地上で犠牲になることによって、
神様をこの地にお迎えするための
歴史的な蕩減の時代だということが分かりました。

それゆえここに立つ真の父母の御名を持った父母は
万民すべてに対して解放圏を備え、
国を越え、世界を越え、
天地を越えて勝利した後に、
その勝利的な覇権をもって再び世界を越え、
国を越え、宗族を越えて
家庭を探し求めてまいりました。

この場で行う血統転換式を、
天国の民として入籍する時間としてお父様…、
受け入れてくださいませ。
今後、四大心情を中心として
万民の解放を実現することのできる
メシヤ的な家庭の使命を果たすことができるように
祝福してくださるこのひとときとしてくださり、
新しき生命の出発を宣言する
このひとときとして受け入れてくださいませ。

全体をお父様が受け入れてくださいますことを
感謝申し上げながら、
真の父母の御名によって
この三万余双の世界祝福を許諾しますゆえ、
祝福してくださいませ!
真の御父母様の御名によって祝願申し上げます。
アーメン、アーメン、アーメン! (二三五−三二三、九二年八月二十四日)


蕩減復帰の三大目標

 蕩減復帰において、血統転換・所有権転換・心情転換が三大目標です。そのような内容を聞いたことがありますね。血統が変わってしまったので、血統を転換しなければ、神の国につながって入籍することができないのです。血統の主人は神様でいらっしゃいます。堕落の血統を受け継いで、すべてを盗んで神様の所有権をめちゃめちゃにしたがゆえに、神様の愛で血統を連結することによって、それが整理されるのです。それゆえ血統転換をしなければならないのです。堕落の愛の関係によって血が変わったのです。血統が逆さになったので、血統転換しなければ、神様のところに帰る道がないのです。(二五八−二八七、九四年三月二十日)

 これからは、だれのところに所有が返されなければならないのでしょうか? 今までは、神様の所有となることはできませんでした。悪魔の所有となったものを、神様所有のものとして入籍させなければなりません。祝福を受けると同時に、所有権を天に返還しなければなりません。その次に、心情圏を返還しなければなりません。心情圏というのは、一族のことです。これが四代から 代までつながるのです。一つの心情圏です。おじいさんを中心として親戚になれば、四代、五代…、そしてそれが 代になるのです。

 一六○家庭をすべて復帰しなければなりません。本来は一六〇家庭です。ですから一六〇〇家庭を祝福したのです。今は転換時代ですが、世界に国連加入国は昨年までで一六三か国です。それがみな合わなければなりません。一二四家庭を祝福した時は、一二○の国家が国連に加入していました。これが合わなければならないのです。神様は数理的摂理をなさるということを知らなければなりません。(二七二−二一四、九五年十月五日)


心情圏を中心とした入籍

 今日統一教会では心情圏という言葉を使っていますが、心情圏の基地はどこでしょうか? それは、神様を中心とした真の父母の愛、真の夫婦の愛、真の兄弟の愛です。その愛が普遍化する世界が、心情圏の世界です。そのような本然の世界では、愛する夫婦の愛の基準を中心として生きるのですが、その世界においては、夫婦が中心なのではありません。天地、天宙を中心とした夫婦の愛なのです。それゆえ、天宙をより重要視するのです。また、夫婦が愛するにしても、世界を中心として愛するのです。その国に行けば世界ではありません。霊界の世界が最後なのですから、天宙ですね。

 ですから、その世界に合格できる愛の基盤をどこで築くか、どこで求めるかということが、極めて深刻な問題です。それゆえに、今日統一教会では、この世でそれを築こうと言っているのです。数多くの宗教、この世で貴いと言われている数多くのものとは異なり、世の中でそのようなことを始めた所は、唯一、統一教会しかないのです。そこでは何を教えてくれるのでしょうか? 心情圏世界の合格者となれるようにしてくれるのです。

 天の国に行けば、民族を愛した数多くの人、数多くの夫婦・愛国者・忠臣・烈女・聖人たちがいます。世界を愛した人もいます。ところが、神様の本然の愛を中心として、心情圏の伝統を中心として生きた人は一人も行っていないのです。行っていますか、行っていませんか? 一人もいません。

 では、皆さんはこれからどうしたらいいのでしょうか? この心情生活圏の基盤を地上に残してこそ、天の国にそれが移されるのです。地上に基盤がないとすれば、あの国にもありえないのです。世界が慕い求めるような新しい心情的家庭圏をつくって、その家庭圏とつながる宗族圏・民族圏・国家圏を形成し、世界圏と化すことのできる道を、今私たちは編成していく過程にあるのです。

 先生は蕩減条件を立てるにあたって、天地を統一するための蕩減条件をすべて立てました。ですから今は、新しい国、世界国家の民族編成過程にあるというのです。その国の民族編成過程は、知識でも、権力でも、お金でも、宗教でもありません。心情圏です。ですから自分と相手の間で、自分個人から見るときに、相手を世界の代表として、その価値を認めることができなければならないのです。自分は個人を代表しており、相手は世界を代表しているという、思想的観念を持たなければなりません。妻がいるとすれば、その妻は自分の妻ではありません。世界の女性を代表した妻として、互いに尊敬することができなければならないのです。また、その愛は自分の愛、自分たちの愛ではありません。神様の愛です。神様と共同生活する愛なのです。神様を中心とした愛だというのです。

 ですから、体恤的な生活基盤の接触点を、地上に作っておかなければならないのです。そうして、二人が一体となったとき、つまり神様の内性的性相が分性化し実体化したものが、初めて愛によって結ばれるとき、結ばれたその夫婦は、神様ご自身の永遠の相対圏になったと証明できなければならないのです。そうなれば、神様が「汝を愛することができる」と言うことができるのです。汝を愛することができるという、これが問題です。皆さんを愛することができるという、これが問題なのです。

 そのような夫婦から愛される立場に生まれた息子・娘は、天国に直接入籍することができるでしょう。そのような息子・娘は、今後、蕩減の道がなくなるのです。それゆえ、遠からぬ将来、そのような子女たちが現れる前に、世の中が平和な境地に入っていくための、外的整備作業を終えるべき時が来るのです。先生は、そのような整備作業を今までやってきたのです。旗を掲げて進みさえすれば、民族が総動員され、アジアが動員されるようになります。弱小民族はすべて先生の味方です。私がデモしなさいと言えば、いくらでも動員できる基盤が三年もあればできると考えています。(一二六−一三九、八三年四月十二日)


心情的に蹂躙されていない人であってこそ天国に入籍できる

 ですから、皆さんは今後、愛勝日の記念品を分け合わなければなりません。記念品はどこにありますか? どこにありますか? 愛勝日の記念品がどこにあるかというのです。どこにあるか分からないでしょう? それを知っているのは、神様と先生しかいないのです。それを受け継いでこそ、天国に入籍できます。なぜかというと、理論的に、心情的に蹂躙されていない人であってこそ、天国に入籍するようになっているからです。心情的に蹂躙された条件のある人は、天上世界に入籍できないからです。これが原理観です。

 ですから南北統一の勇士になれというのです。南北の境界線を打破しなければなりません。これが世界的です。共産世界を退治できます。ソ連共産党から中国、世界のすべての共産党を一掃するのです。何の名前によってですか? 頭翼思想によって、神様主義によって打つのです。そのようにサタンを打って永滅させて、天の心情圏に蹂躙をする者がないというときに、初めてその人は天に立つことになり、入籍が可能なのです。入籍するようになるときには、真の御父母様が公認しなければなりません。切符をもらわなければなりません。(一七一−二九三、八八年一月二日)


二、入籍のための信仰の道

自分が自分を再創造しなければ

 堕落したのは人間です。それを神様が復帰してくださることができるならば、すでに数千万年前にすべてが復帰されていたことでしょう。人間自身が、自分を再創造しなければなりません。そこが問題です。自分自身が自分を再創造して、完全な人となるには、自分が完全でない立場にいてはならないのです。そこに反する素性、すなわち完全でないものは、なくしてしまわなければなりません。神様の力を借りて、自分を再創造しなければならないのです。自分一人ではできません。

 ですから先生のみ言を通して神様の力を借りて、自分が自分自身を再創造しなければなりません。それゆえ、統一教会では三年間伝道をしなければならないのであり、三年半の間、万物復帰をしなければならないのです。再創造しなければなりません。神様が手を付けることのできる物質がありません。体をつくる土がありません。三年間、あらんかぎりの精誠を尽くさなければなりません。迫害を受け、蔑まれたとしても克服し、世界のどこにでも行けるようでなければならないのです。堕落した人間によって、この地がどれほど蔑まれてきたことでしょうか? 悪口を言われ、辱められながらも耐えてきたのです。そのように万物において…、地が忍耐する以上に、三千里半島、数多くの国境を越えて、迫害を受けながらも克服して越えるとき、サタンがついてこられなくなるのです。

 そのためには、一銭たりとも自分のために使ってはなりません。すっかり百パーセント天に捧げるとき…、自分が百ウォンを稼いだならば、そこにたとえ一銭でも自分のお金を付け加え、自分の昼食代を付け加えてこそ公金となるのです。それを別に使ってはなりません。徹底しなければならないのです。

 三年半の間、出ていって伝道しなければなりません。サタン世界に行って、闘わなければならないのです。自分を創造するための物質を再創造し、サタン世界に行って勝利して初めて、創造されるべき人間となり、天の前に来て、統一教会に入籍をすることができるのです。

 この頃は、そのようなことを知らなくても、祝福を受けさえすればよいのだと思っているでしょう?そうではありません。何も知らない人は、系列から外れているのです。入籍をすることができません。そのような難しい問題が介在しているのです。気を引き締めなければならないのです。有名な学校に行くには、その学校の学習過程と環境に適応しなければならないし、そこの先生が主体であるからには、私が対象としての立場に立って、一つにならなければならないのです。そのためには、学科の勉強をするにしても、私が主体となって、勉強する対象と一体化しなければならないのです。(二八二−三一三、九七年四月七日)

 私たちは心の地を啓発するために、悲壮なる覚悟をしなければなりません。皆さんの目前にいる、愛する息子・娘までも捨てなければなりません。神様は、ノアを呼んで一二〇年間信じなさいと言って、排斥される道、迫害される道に追いやりました。アブラハムのときも同様です。神様はアブラハムを愛していると言って、「あなたの子孫はふえて、天の星、海の砂のようになるであろう」と祝福してくだり、カルデアのウルから出て行くようにと言いました。また神様は、ヤコブがハランヘ行く途中で石を枕にして眠っているときには、ヤコブに現れて彼を祝福し、ハランに送って二一年間の苦役をさせました。モーセのときも同様です。イスラエル民族が神様の選民であり、神様のみ旨の前に立つべき民族であることを知ったモーセは、彼の兄弟であるイスラエル人を苦しめるエジプト人を石で打ち殺しました。そのとき神様は、モーセのその燃え上がる民族の精気を見て、彼をミデアン荒野に追い出して四〇年間苦労させました。

 またイエス様のときも同様でした。イエス様は、この地の救世主として送られた天の皇太子であり、たった万人しかいない神様のひとり子でした。万軍のエホヴァ、万王の王である神様の息子でした。ところが、そのような息子をこの地に送るときに、みすぼらしい馬小屋で誕生させました。しかしイエス様はありかたく思っていました。ああしてもありがたく、こんな状態でもありがたいというのです。何も持たずに来て、何も持たずに去るのです。お父様の心情から出発したので、去るときも父の心情を抱いて行くというのです。それがイエス様の人生目標でした。

 父母の血と肉を受け、愛の種を受けて生まれたので、それを抱いて行くのです。そのようにしてまかれたので、それをしっかりと抱いて行かなければ、天上世界に行って入籍することができないのです。それをご存じであるイエス様の、この地における三〇余年の生涯は、排斥ばかりでした。父母に排斥されました。民族から追われました。友に追われました。教団から追われました。その後、彼に従っていた十二使徒にまで裏切られ、さらには愛する三弟子にまで裏切られました。しまいには、神様までもが知らないと言ったではありませんか?「アバ父よ、どうしてして私をお捨てになるのですか……」。神様に見捨てられた立場でもイエス様は、「神様が私を捨てても、あなたを愛するこの心の中心だけは変わることができません」と言われたのです。それによってイエス様は、神様が離れていっても、この地上において、神様に代わる心情の中心として万民に向かうことのできる資格者になったのです。このような事実を皆さんは知らなければなりません。(一〇−二九二、六〇年十一月六日)

 今日堕落した人間は、すべてを否定し、全体を否定するなかで、愛の芽を育てなければなりません。そのような論理が必要なのです。全体を否定し、主体の愛を持った神様を唯一の中心とした、愛を中心とした絶対基準を発見しろというのです。そうすることによって、今日私たちは、再創造の法度の過程に入籍することができるのです。(一〇九−一四六、八〇年十一月一日)

 私が息子・娘として生まれたとしても、入籍できる天国がありませんから、保留にしなければなりません。天国の夫となることを願い、天国に入籍されたその民として妻をもらい、その家庭で赤ん坊を生んでみたいと思わなければなりません。それを知らなければなりません。そのためには、寝ても覚めても、一日、一時間、一秒を惜しんで、闘って勝利しなければなりません。そのような前提を持った自分であるということを知らなければなりません。いつもそのように生きなければならないのです。(一二二−二八〇、八二年十一月二十一日)


十二の真珠門を通過するための信仰の息子・娘を立てなければ

 私たちはこの地上で生きる間に、何をしなければならないのでしょうか? 一家庭の中心を立てるためには、三人の息子が必要です。この三人の息子が東方に当たるとすれば、それは東の一方だけということになります。三人の息子だけでは、東西南北の四方性を備えることはできません。四方がなければ、春もないし、夏もないのです。四方を備えたその基盤の上に春もあるのです。三人の子女は、霊界にある十二の真珠門のうちで、東方の三門のようなものです。しかし、一家庭の基台をつくるには、信仰の三子女が必要なのです。

 また、四方を備えて、イスラエル民族を代表した一つの中心基準を備えるためには、十二数を備えなければなりません。ですからイエス様も十二弟子を立てたのです。そのように備えて行くのです。したがって、皆さんもそういう基準を備えるために伝道しなければなりません。皆さんが宗族を代表した族長の立場で、宗族的な使命を完遂しなければ、祝福を受けているとしても、天国に行くことはできません。天国の門が開いていても、礼服を着ていなければ入ることができないのです。イエス様が一二〇門徒であるとか、七〇門徒、十二使徒を中心として苦労した原因がここにあるのです。(三四−二六四、七〇年九月十三日)

 皆さんが原理に立脚して、先生の代身としての立場に立つには、信仰の三子女をつくって、十二息子をつくって、七〇門徒をつくって、少なくとも一二〇人を伝道して、結婚させなければなりません。そうしてこそ、霊界に行って、十二の門を昼も夜も、四方に自由に往来することができ、そこにいる門番も「だれですか?」と尋ねることもなく、「どうぞお入りください」と案内するようになるのです。もしも、信仰の三子女しかいないとすれば、いつも一つの門からだけ出入りするのです。他の所には行けないのです。それがいいですか? 信仰の三息子を中心として完全に一つになれば、天国に入ることは入るのですが、出てくるときには、他の門から出ることができません。入った門から出てこなければなりません。

 イエス様は東西南北、四方に往来できる、そういう環境をつくろうとしていましたが、追われに追われながら、やむを得ず十字架で亡くなりました。その際にイエス様は、天国に入る門を三つだけでも開くために、三人の弟子を連れて、死ぬも生きるも共になそうとしたのですが、ゲッセマネで三次の祈りをするときに、三弟子が居眠りをしてしまったのです。

 それと同じく、統一教会の先生は、死ぬか生きるかという、それこそ最後の決戦だと考えているのに、あなたたちは目をぱちくりさせて、「先生はどうしてあんなこと言っているのだろう?」と言っているのです。あたかもイエス様のときに、居眠りをしていたと人たちと同じです。先生が十歩行けば、皆さんも十歩行かなければならないでしょうか、どうでしょうか? 行かなければなりません。夜を明かすとすれば、皆さんも夜を明かさなければなりません。そうしなければならないのです。

 原理の道はそのように行くのです。それゆえ、皆さんは信仰の子女がいなければなりません。アダム家庭の 人の食口を中心として落ち込んでしまったので、 人の食口を中心として上がらなければなりません。上がるときに、だれを中心として上がるのでしょうか? 堕落するときには、サタンの子を身ごもって堕落しましたが、上がるときには、自らの愛する息子・娘を身ごもって上がるのです。

 祝福を受けた皆さんが上がるときには、そのままで上がることはできません。皆さんは、愛を受けることのできる、堕落していない完成したアダムの立場を越えていません。アダムとエバは、長成期完成級で堕落しましたね? 完成期蘇生級にはだれが上がるかというと、堕落していないアダムとエバが上がるのです。そこには、堕落していないアダムとエバを持つことのできる人でなくては、上がることができないのです。

 祝福は長成期完成レベルで受けます。アダムとエバの二人は、誤った愛によって落ちていきました。したがってアダムとエバは、未婚のときの誤った愛ではなく、神様の保護の下で愛し合うことによって、上がっていくのです。

 上がるときには、そのままで上がることはできません。夫婦では上がることができないのです。では、どうすればよいのでしょうか? 先生一人を中心としてもできません。自ら愛の息子・娘を抱いて上がっていかなければなりません。彼ら(アダムとエバ)はサタンの息子・娘を抱いて落ちました。したがって、サタンの息子・娘の代わりに、天の息子・娘を抱いて上がらなければならないのです。(五八−七三、七二年六月六日)

 今は各家庭が十二名ずつ、ひとりが十二名ずつ伝道しなければなりません。今まで、蕩減復帰以前は天使長の解放圏でしたが、これからは支派編成の時代なのです。信仰の父だけではならないのです。天使長ではなく、アダムとエバを中心として直接的に十二支派を編成できる時代になっていくのです。国を探し得たならば、十二支派を編成しなければなりません。十二支派を編成するときに、自分の一族がその十二支派に属すれば、それは永久です。それによって、天国の十二の門を自由に通ることができるため、国境と民族を越えて往来できる地上平和の基地、地上天国の平和の基地が設定されるのです。(一八三−二五六、八八年十一月二日)

 原理原則通りにアダム家庭の形態が整っていない人は、入籍できません。入籍名簿から外されるのです。三六家庭でも、七二家庭でも、一二〇家庭でも例外はありません。これに備えるために、先生が七七七家庭を用意したのです。(五〇−三二六、七一年十一月八日)

 今後統一教会が、国から歓迎される時になれば、入籍時代が訪れるでしょう。皆さんは入籍しなければなりません。三六家庭が入籍しようとするなら、入籍の動機がイエス様よりも、ましな基準を持たなければなりません。そうでなくては入籍をすることができません。この原則を持たなくては七二家庭も入籍できないというのです。だれもがこの原則をわきまえなくては入籍できないのです。びっくり仰天する事が起きるというのです。(五八−二五八、七二年六月十三日)


入籍のための万物復帰

 皆さんは天国に入籍をしなければなりません。アブラハムは神様に近づくために、祭壇の上に自身とともに万物を捧げました。万物を失ったのでそれを復帰の条件とし、人間を失ったので万物をアベルの立場に立てて、カインに条件を立てさせながら神様に捧げるのです。そのようにしてこそ、神様は受け取ることができるのです。(一五−一四九、六五年十月七日)

 祭物は、たとえ死んでも自分を公認してくれとは言いません。死んでからも頭を下げ、すべてが過ぎ去った後にも頭を下げなければならないのです。それが平和の起源になるので、祭物の完成圏が現れるまでは、その正体は分からないのです。私たち統一教会員は、そのような道を最も夜も厳粛に歩んでいるということを知らなければなりません。

 皆さんは、自分の物は父のものであり、自分の息子は父の息子であり、自分の体は父のものだと言わなければなりません。私の体は父の肢体であり、私の息子は父の息子であり、私の持っている物は父のものであると、父の前にお返ししても、父のものであり、私のところに来ても、父のものだということのできる立場に立ったことがあるでしょうか? そこから天国が始まるのです。

 そのような時が来れば、世界万民はその原則にしたがって、自分のもの、自分の息子、自分全体を入籍する時代が来るのです。女性が嫁げば、新郎の家に入籍するのと同じように、国の責任者が国を代表して入籍するならば、その国全部が入籍することになるのです。そうなれば今後、国家が一時に救いを受ける時が来るのです。

 サタンが誇る以上の天の主権国家、サタンが羨むような天の主権国家を中心に、全体を代表して、一時に神様の前に総蕩減しなければ、皆さんの家庭、あるいは環境は、清められた場になりえないのです。それゆえ、すっかり捧げることのできる立場を私たちは死ぬ前に…、身命を尽くし、一時に祭物の完成をして、旧約時代・新約時代・成約時代の一切を清算しなければなりません。縦的な歴史を横的に総落城しなければならないのです。

 そのためには、私の物は私のものではなく、お父様のものであり、私の息子は私の息子でなくお父様の息子であり、私の夫、私の妻は私の人ではなく、お父様の人だと言わなければなりません。天国に行くのは簡単です。妻よりも神様をより愛し、自分の息子・娘よりも神様をより愛し、自分の物よりも神様を愛する人が、天国に行くのであって、それができない人は、天国に行けないのです。それを皆さんははっきりと知らなければなりません。金の入った袋を持って歩く者たち、自分の息子のことばかり考えている者たち、自分たち夫婦だけ楽しもうという者たちは、すべてみな天とは関係のない集団です。

 「死なんとする者は生き、生きんとする者は死ぬ」という論理によれば、自分の家を捨てる人は、より良い家を得るのであり、自らの国を捨てる人は、より良い国を得るのであり、自らの世界を捨てれば、より良い世界を得るのです。ゆえに、得ようとする者は、失わなければなりません。私たちの痔っているものはすべて悪なるものだからです。統一教会の先生も、そのような生活をしています。そのような生活をしなければならないのです。(四八−一三一、七一年九月五日)

 旧約時代・新約時代・成約時代は、縦的につづられてきたものです。旧約時代には万物を捧げ、新約時代には息子を捧げました。成約時代は、父母自体を捧げる時です。何のためにでしょうか? 真の愛の所有権に入籍するために、そのようなことをしてきたのです。(一二一−二四九、八二年十月二十七日)

 入籍をするためには、新婦が自分の財産をすべて新郎の家に捧げるように、皆さんもそのようにしなければなりません。そのようにしなければ入籍できません。(一五−一四九、六五年十月七日)

 子女は父母の名を経た後に、自らの名ですべての万物を持つようになるのです。そうしてこそ復帰されるのです。したがって、自分が復帰されるまでは、聖婚式をするまでは、自分の持つすべての私有財産は、すべて天ものとして入籍しなければなりません。嫁に行く娘は、自身が持っていたものを持って嫁に行くでしょうか、残していくでしょうか? それと同じです。ところが堕落世界においては、このように原理原則通りにはならない悲しさがあります。(四四−三一一、七一年五月二十四日)


入籍のための断食

 皆さんが霊界に行くとき、一週間以上、天のために断食をしていない場合は、天の国に行って入籍することができません。なぜでしょうか? 神様が六〇〇〇年の復帰歴史路程で苦労をしてこられたため、それを考えながら断食をしなければならないのです。ですから統一教会では七日断食期間があるのです。それは皆さんに苦労させようというものではなく、天の前に肉身を打ったという条件を立てさせるためのものなのです。(一七−一八二、六六年十二月十八日)

 私たち統一教会には、四〇日断食をした人が多いでしょう? それを知っていますか? 一週間断食は皆がするものです。嫌でもしなければなりません。しなければ天国に行ってから、入籍することができません。ご飯をただで食べて暮らしてきました。ご飯の価値を知っていますか? 学校に通うからといって、お母さんにお弁当のおかずのことで不平を言いましたか、言いませんでしたか? 釜の中のご飯に「この野郎!」と怒られましたか、「お坊ちゃま」と言われましたか? どちらでしょうか? ご飯がまずいと不平を言いませんでしたか? おかずがないと不平を言いませんでしたか? みな不平を言ったのです。では、ご飯様が見るときに、両班(紳士淑女)と言うでしょうか、無礼者と言うでしょうか? 無礼者と言うのです。ご飯様が見て「無礼な息子!」と言い、「無礼な娘!」と言うのです。(二九八−二八九、九九年一月十六日)


入籍をするには礼服を準備しなければ

 天国に行くには礼服がなければならないのですが、この礼服は各自が準備しなければなりません。父母さえ入籍すれば、息子はついて行けばいいのです。(一七−三〇五、六七年三月十六日)

 霊人たちが活動できる舞台を築くため…、そして主人の立場に立って、真の父母を中心として天使長が保護することのできるみ旨を抱いて、その家庭環境全体を保護するために、旗を掲げて、真の御父母様の写真を置かなければならないのです。真の父母に仕えて生活したことがありませんね? 家を出たり入ったりするとき、天に相談しながら今日の生活がどうか、心で問い合わせるのです。心に余裕が生まれれば、自分の行く道が悪い道か、良い道か、すべて分かるのです。恵み多い生活が始まるのです。そのような生活の変化があってこそ、地上天国の民として入籍できるのです。(二八四−一四〇、九七年四月十六日)

 一族がみな歓迎する立場で神様に仕えるようになれば、神様の創造理想の喜びとなって、無限な永遠の天上天国、私たちが生きる地上天国の完成が始まるのです。堕落しない私たちの家庭から入籍をしなければなりません。だれもが例外なく、そのようなモデルに合わせて天に行ってこそ、一つの博物館に展示できる展示品となることができるのです。(二九八―二九四、九九年一月十六日)















SEO [PR] 住宅ローン フラワーギフト 必勝祈願 冷え対策 動画 無料レンタルサーバーSEO