祖国光復と入籍
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四、訓読会を通じた統班撃破運動

 今後、教育をしなければなりません。共産党を完全に攻撃的に教育しなければならないのです。そのためには、どのようにしなければならないのでしょうか? 中国に行っていた若者、ソ連に行っていた若者たちを連れてきて、全羅道に送って活動させなければならないのです。その準備をしろというのです。若い人々数千名を教育して、全羅道の韓国人と祝福してあげようというのです。

 全羅道に行って「私たちは共産党を大変よく知っている。中国についてとてもよく知っている。ソ連についてとてもよく知っている」と言いながら教育するのです。そうすれば、北朝鮮の金日成派にはついて行かないのです。そのように考えるのです。ですから、私が今回の祝福で、中央アジアの人々を連れてきて祝福しろというのです。みな入籍させて、全羅道に投入しなければならないのです。そうして北朝鮮に投入しようというのです。北韓も私が教育しようと思います。ですから、教会を建てるのです。

 外国から戻ってきた祝福家庭を、すべて私が保護してあげるのです。それは政府転覆運動をするのです。その人たちを垣根として、ソ連や中国の若者たちを韓国に来させて勝共運動をさせるのです。急がなければなりません。ですから、私は今忙しいのです。私が韓国に行けば、現政府に関して尋ねられるのです。「統一グループはなぜ何もしないでいるのか?」と聞かれれば、何と答えますか?「現政府についてどのように考えますか?」と尋ねられれば、何と言えばよいでしょうか?

 黙っていれば、無力な文総裁、世間を知らない文総裁と言われるのです。真正面から攻撃されるような男ではないのに、尋ねられて、もたついていたのでは、体裁も何もありません。「尋ねられて文総裁がおろおろしていた」と言われて、写真にでも撮られたら、何とぶざまなことでしょうか?「文総裁は大口をたたいて、共産党をたたきつぶすために、ソ連と金日成主席にまでも、主体思想が何だと・…、米国の国会議事堂にまで乗り込んでいって攻撃したのに、韓国に来たら無力な人になるのか?」と言われるのです。先生は責任をすべて果たしました。ですから訓読の本も配ったのです。

 訓読会をしなさいと言いましたね? 皆さんはそれを知らなければなりません。統一教会が世界的な国民運動をすることができるように、長期的な展望において、どのように連結すべきでしょうか? 祝福してあげるのは難しいでしょう? 霊界を教えてあげるしかないのです。老人であろうが、若者であろうが「明日死ぬかもしれない」と言って、それを教えてあげるのです。それしかないということを知らなければなりません。お金を出しながら続けていくことはできません。しっかりと気を引き締めなさい。訓読会で先生が毎日のように霊界の話をするのはなぜかというのです。

 『真の御父母様の生涯路程』の本を、きのう合同で三巻すべて訓読しました。訓読会というのは、ただの時間つぶしでしょうか? 生死の圏を解決する剃刀のようなものです。境界線を仕切らなければなりません。会社に行って「おい、ちょっと休まないか」と言って、すわって訓読会をするのです。十二巻をすべて一週間で宣布しろというのです。それを解析するのです。一巻の内容はどのようになっているかということをまとめて、ラインマーカーを引いておいて、一週間分の内容を六時間で、あるいは一時間で、すべての内容を教えることができなければなりません。

 息子や娘の興味を引くように内容をまとめて、花火遊びのようなおもしろい内容にしてこそ、その本をすべて教育することになるのであって、訓読会をそのままの形ですることができますか? 霊界の事実をはっきりと教えて、関心を持たせることができてこそ、永遠に跳躍するのです。

 それとともに、統班撃破です、統班撃破。統班撃破とともに、霊界をはっきりと教えれば、あとは自動的になされるのです。統班撃破を始めろと言ってから何年になりましたか? 全斗換の時だから、もう十二年になりますね? 十年ですか?(二九八−三一、九八年十二月三十一日)

 訓読会を重要視しなければなりません。ご飯を食べることよりも重要視しろというのです。おもしろく感じ、趣味のように思わなければなりません。「今、自分とはどこにいて、いかに生きているか?」というとき、何点になるかというのです。全部点数を付けなければなりません。自分のことは自分がよく知っています。

 それから、一六〇家庭(一八〇家庭)を祝福することによって、一つの宗族が入籍をするようになるときには、皆さんの姿勢を重要視しなければなりません。(二九五−二七四、九八年九月八日)

 「私にも訓読会ができる」という人がいれば、来てやってみなさいというのです。政治家の中でできる人がいるならば、やってみなさいというのです。人々が聞いて心に感動を受け、自らの行路を正すことのできる教えがあるならば、自信があるならば、やってみなさいというのです。できなければ後退しろというのです。口をつぐめというのです。

 これからは、しないわけにはいきません。面まで、統・班まで撃破できる運動を始めたのです。世界的です。韓国を信仰の祖国としているのですから、その祖国の地にいる本国の人々が、誰よりも訓読会のチャンピオンにならなければならないのです。ですから、挙国的に行うのです。(二九〇−一五八、九八年二月十八日)

 純潔運動もブームを巻き起こしたのです。統班撃破も問題ではありません。統・班を中心として訓読会を続けていけば、共産主義の代案となる思想、神様のことがよく分かるようになるのです。そうなれば、神様が生きて直接的に啓示をするようになるのです。このようなことが実現すれば、すべてが終わるのです。それゆえ、このような時であることを思えば、あの人はあの人で、自分は自分の勝手にするというわけにはいかないのです。(二九五−九三、九八年八月十七日)

 韓国において、与党、野党の党首から、国会議員、道知事、郡守、面長、里長に至るまで、先生は訓読会をしながら本を配りました。そのとき、何と訓示したでしょうか?「野党は野党、与党は与党といって争うのではなく、訓読会をしなさい! 国会で訓読会をしなさい! 道庁で訓読会をしなさい! 郡庁でも訓読会をしなさい! 面でも訓読会をしなさい! 里に帰れば里で訓読会をしなさい!」と言ったのです。それゆえ「統班撃破・訓読会をしなさい!」と言っているのです。(二九六−六七、九八年十月十四日)

 今や統班撃破の時代が来ました。祝福家庭がすべての統・班にいるので、完全に訓読会をすることで、完全に統班撃破をすることのできる時が来たのです。根まで、根まで抜いてしまうのです。根まで抜く時が来たというのです。それを自分の家庭でしますか、それとも見学しますか? 自分の家庭でしますか、それとも見物する人になりますか? 皆さんが、自分の家庭でするための資格を与えるために、このようなことをしているということを知らなければなりません。(二九六−二三五、九八年十一月十日)

 訓読会のみ言は、先生のみ言ではありません。天のみ言です。天のみ言だというのです。霊界を知り、天を知った、そのすべての内容を中心とした結論的な地上の活動がなければ、地上の解決点を見いだすことはできないのです。地上の解決点を見いだすために、旧約時代や新約時代にメシヤ、すなわち救世主を送って終結しようとしたのです。それが救いの摂理なのです。(二九七−一九三、九八年十一月二十日)

 これからは、外部の人を伝道する時代は過ぎ去ります。自分の一族を伝道するのです。金氏ならば金氏、統一教会員を中心として、三億六千万双の祝福を受けた人を中心として、伝道するのです。宗族的メシヤ、国家的メシヤは、真の御父母様の代身として、このことをしなければなりません。誰でもできるというものではありません。イスラエル民族、選民ならば選民である韓国国民を中心として、すべてを消化するためには、朴氏ならば朴氏全体に、祝福家庭を配置するのです。

 総会を開いて統一教会員全体が集まって、朴氏ならば朴氏一族の会長から、道支部長、郡支部長、面支部長に至るまで、すべての人の公認を受けたサイン入りの公文を出すのです。「ここに所属する者はみな、祝福を受けて、皆さんも共に歩まなければならない」という公文を出してみ旨をするのです。イスラエル民族がエジプトを出るとき、イスラエル民族すべてに通告したように、宗氏ごとに共に行動して競っていく時が来たのです。

 ですから、韓氏ならば韓氏宗会、朴氏ならば朴氏宗会でこれを行い、自分の一族を救うのです。自分の一族を救うことのできない人は、国を救うことはできません。自分の家庭を立てられない人には、一族を救うことができないのです。家庭は宗族を立てなければならず、宗族は民族を立てなければなりません。そのような家庭が連合して一つとなり、民族を立てなければなりません。その民族を中心に一つとなってこそ、国を立てることができるのです。

 ですから、宗氏が連合して祝福を受け、解放された立場、団結した立場で自分の親族…、先生の場合は文氏ですが、文氏が中心となり韓氏が相対となって一つになり、協力していくのです。中心親族と妻側の親族、娘婿や嫁など…、すべてそのようにして全国を連結するのです。そのように一族の解放運動さえすれば、韓国は自動的に解放圏に入っていくのです。

 どこにその根を下ろすかというと、班に根を下ろすのです、班。統班(町丁目)撃破です。全国の人々は班の中で暮らしています。そうでしょう? 班、家庭の中で生きています。核心要員は今後、家庭を中心として、訓読会を通して教えるべき責任があります。統班撃破を今しているのです。訓読会がそれです。訓読会をしていますね? 訓読会を中心として週報が出ているのです。

 反対に入っていくのです。反対なのです。それゆえ、統・班を中心として統一運動をしなければならないのです。この訓読会を中心として全面的にカバーしなければならないということを知らなければなりません。そのためには、金氏ならば金氏、その班の中に金氏で祝福を受けた人がいれば、消化するのは問題ではありません。そこに配置するのです。(二九九−二五二、九九年二月十八日)

 七年前に統班撃破せよと言ったとき、皆さんが写真を配って早く管理していたらどのようになっていたでしょうか? 訓読会のようなことをしていたら、どうなっていたかというのです。みな食口になっていたはずです。絶好の機会は過ぎ去ってしまいました。先生は旅人のような生活をしていて、山を越え、野を越え、遠い世界の果てに行って暮らしていたので、関わることができませんでした。帰ってきてみると、荒廃した荒れ野になっていたのです。それに再び手をつけているという事実は、何ともやりきれないことです。(三〇〇−一八〇、九九年三月三日)

 それゆえ、今から統班撃破の訓練をしなければならないということを知らなければなりません。先生の十本の指の節々が踊るように動いて、天に任せられた組織編成のために、今日もこのようにしているということを知らなければなりません。(三〇〇−一八八、九九年三月三日)

 韓国の中高等学校から小学校に至るまで、すべてが純潔学校と看板を書き換えるのです。それとともに、韓国で行われる統班撃破に従わなければなりません。そうして、学校や父兄会や警察でも、それを保護するために、訓読会教育をしなければならないのです。世界がそれほどに変わるのです。(三〇一−二六二、九九年五月二日)

 先生は、時が来たゆえに地獄解放するのです。完全に根を抜いてしまうのです。聖人と殺人魔、合わせて三十四人です、三十四人。イエス様を合わせて三十四人を祝福してあげるのです。霊界の三十三人、イエス様を中心として三十四か国が一つになっていたならば、世界が統一されていたはずでしたが、それができなかったので、それを蕩減するためのものです。一二〇人を六倍すれば七八〇になります。それが新しい新救国連合です。連合の核心を、米国なら米国においてつくり、各州、各区、各面、統・班にまで設定して、統班撃破・訓読会の責任を果たしたならば、すべて終わるのです。(三〇一−三〇一、九九年五月五日)

 全国家庭全体化、みなしなければならないのです。ですから一万二千訓読会家庭です。韓国において最初が一万二千家庭ですか? 一万二千家庭で足りますか? 一万二千、その次に十二万です。一〇倍になります。その次には二十四万、三六万、そして一六〇万、一千六百万です。訓読会をつくるのです。統班撃破です。(三〇二−三二〇、九九年七月二日)

 今回、韓国には千二百万の祝福家庭あり、今統班撃破によって一般大衆をすべて掌握して、訓読会を通して教育しているので、韓国の政党はレバレンド・ムーンをつかもうと競争しているところなのです。そして小学校から、すべての中高等学校、大学に至るまで、純潔運動を終えて今ペアを組む運動まで終わろうとしているのです。(三〇三−二二二、九九年八月三十一日)


五、ジャルジン四〇日修練は宿命

ジャルジン修練は家庭を中心とする総蕩減

 ジャルジンとは何でしょうか? 家庭を中心として総蕩減するのです。それゆえ、ジャルジン修練には四位基台が参加しなければならないのです。本来そうなっています、四位基台。

 父母が一つになれませんでした。父母、夫婦と子女が一つにならなかったのです。それが一つになるという条件をかけて最後に越えていかなければならないのが、このジャルジン修練です。皆さんはこれを、統一教会で通例的に行われる修練のようなものだと考えてはなりません。それは自分の歴史的な運命と宿命を清算する場なのです。それは途方もないことなのです。

 一六数を中心として、一六〇数を中心として総蕩減しなければならないがゆえに、海を越え、陸地を越え、人類を越え、天を越えていかなければならないのです。すべてがそのように総決算するためには、勝利した真の父母がこの現場の中心となり、世界的に配置した国家メシヤもここに来て、さらには宗族的メシヤも来なければなりません。祝福を受ければ、家庭的メシヤから宗族なメシヤに発展します。それゆえ、家庭的メシヤから始まって、宗族的メシヤ・国家的メシヤを中心として、世界的メシヤ・天宙的メシヤ、神様までが水平に並ぶのです。水平です。縦的にではありません。水平にならなければなりません。

 そして水平に並べば、神様と真の父母を中心としてそこに関係したすべての人類は、堕落圏を抜け出すことによって、真の父母の血族になるのです。これが祝福です。真の父母の血族になるのです。家庭を通して転換させ、その家庭はアダム家庭の価値を持つようになるのです。人類すべてが、祝福されたアダム家庭の場に立つのです。

 しかし、それは家庭的基準であって、国がないのです。国の基準がないというのです。それを知らなければなりません。家庭的基準を中心として、個人・家庭・宗族・民族全体が祝福を受けたといっても、砂粒のようにばらばらになっていて、その家庭的基準を中心として、それぞれの自意識を持っているのです。しかし、それではならないのです。真の父母を中心としたそれぞれのものとなってこそ、前後・左右・上下関係で一つになることができるのです、ばらばらではいけないのです。

 真の父母は、天を代表した、愛に関するすべての内容の核心のようなものなので、真の父母を中心として、ばらばらになっていた家庭が、絡み合うようになったのです。それが、将来に宗族になるのであり、民族になるのです。そのように真の父母とともに成さなければならないのです。それゆえ、今までに宗族的基準を中心として編成をせよといったのです。それが宗族的メシヤなのです。一六○家庭、一八○家庭のことなのです。

 一六数、一六○数はサタンの理想数です。四数、四数です。これらすべてを蕩減できる時代になったのですが、一つの家庭を中心として全部集まることのできる一つの地形がここ、パンタナールです。パンタナールとジャルジン地域だというのです。ですから、皆さんと国家メシヤが四〇日修練をするのです。

 この修練は欠かすことができません。参加しなければならないのです。また、祝福家庭教育も欠かすことができません。国家メシヤたちが国に対する責任意識、先生の持っている世界意識を受け継ぐ場が、パンタナールの修練です。ですから、大変なのです。見えない世界、水の中の見えない世界をすべて自分のものとして所有しろというのです。それゆえあらん限りの精誠を尽くさなければならないのです。

 地上に見えない水があるように、霊界もまた見えません。ですから、実体的な精誠の限りを尽くして、アダムの代わりに国家的メシヤになることによって、見えない世界のすべてを心情的に相続するのです。

 天上世界の見えない神様の世界、見えないその世界を、みな心情的に伝授するのです。それが修練期間の生活なのです。先生から見れば、これは四千年、四〇年の生活の一つの表象なのです。

 ですから、先生には一つの目標があります。一つの目標があるのですが、その’目標は釣りです。釣りにおいてすべての精誠を尽くすのです。魚を釣ることが目的ではありません。二つの世界を連結するのです。見える世界と見えない世界の開拓者として、あらん限りの精誠をすべて尽くすならば、天が哀れに思って同情し、万物世界が哀れに思って同情するのです。嘆息していた万物世界が哀れに思って同情する立場、天が贖罪の蕩減路程を哀れに思って同情する立場に立つことによって、蕩減されるのです。それゆえに先生はそのような生活をするのです。(二九六−三六、九八年十月十一日)


理想家庭教育本部は天国に入ることのできるネーム

 南米ジャルジン修練所に行っていない人、手を挙げてください。早く行きなさい、早く。ジャルジンとは何か知っていますか? 地の果てです。地の果てと地の果てを連結しなければなりません。なぜでしょうか? 三六家庭は分かりますね? 三六家庭、三六家庭とは何かというと、アダム家庭、ノア家庭、ヤコブ家庭の三家庭のことです。十二、十二、十二で三六なのです。

 統一教会においてアダム家庭は何かといえば、堕落した家庭だったので、家庭的メシヤなのです。ノアは中間の立場です。イエス様と同様に、地上に着地できませんでした。半分しか果たせなかったゆえに、ノアの立場はどのようなものかといえば、イエス様に該当するのです。イエス様は宗族的メシヤです。ヤコブは何かというと、国家的メシヤに該当します。地に着陸したのです。イスラエル選民を中心として、国のために出発したのです。それが三六家庭です。先祖が失ったすべてのものを探し求めるのです。

 アダム家庭とはどのようなものかというと、世の中で自由に結婚した者、自分勝手に結婚した者です。ノアはどうかというと、神様が審判したので、半分しか果たせませんでした。半分しか。それがヤコブの代に着地するのです、ヤコブの代に。ですから、三六家庭の最初の十二家庭から、二番目の十二家庭、三番目の十二家庭まで行って、みな着地したのです。蕩減復帰とはそのようなものです。では、二番目の十二家庭はイエス様に該当し、最初の十二家庭は何かというと、自分たちで結婚したのですが、霊界から見れば、自分勝手に結婚した者たちです。これを初めてヤコブの代から蕩減して着地するのです、着地。

 また、最初の十二家庭は何かといえば、祝福家庭で言えば家庭的メシヤ、二番目の十二家庭は宗族的メシヤです。イエス様を代身する宗族的メシヤです。三番目の十二家庭は国家的メシヤです。初めて着地するのです。国のために着地するのです。三番目の十二家庭がアベルなのです。

 したがって、ここですべてが結実するのです。蘇生・長成・完成、歴史時代を経て何千年かかってここで全部実を結ぶのです。それが祝福家庭です、祝福家庭。ここですべて着地するのです。地上天国に着地するのです。それはすべて結実です。この結実、この結実、この結実…、それらはすべて同じなのです。

 そのためにあるのがジャルジン世界平和理想家庭教育本部です。みなここに来て一つになるのです。ここに来て一つになって、堕落することなく完全にサタン世界を根絶して、霊界と肉界をすべて完成した条件を中心として、そこから天国の門に入っていくのです。ですから、この修練会に来なければ脱落するのです。ここですべてが完成するのに、ここで、ここですべてが完成するはずなのに…、完成できなかったがゆえに、ここに来て総決算して家庭を祝福するのです。天地と完全に歩調を合わせて清算して、家庭を中心として教育するのです。それがジャルジン教育本部なのです。理想家庭教育本部において天国に入ることのできるネーム(名)をもって、先生の血縁的関係に入籍するのです。だからみな写真を撮ってあげるのです。一族として写真を撮ってあげるのです。それゆえ、夫婦で来なければなりません。本来は四位基台が来なければなりません。四位基台、家庭の息子・娘をみな連れてこなければなりません。父子関係、四位基台がみなここに来て教育を受けなければならないのです。堕落ゆえにそれができず、イエス様もそれができなかったゆえに、再臨主がそれを願って完成し、今それをしているのです。「四・四節」、これが完成しなければ崩れるのです。

 ここにおいて、今年八日に、プンタ・デル・エステで宇宙的「四・四節」を中心として、すべての万物まで解放する「四・四節」を定めたのです。動物世界でも愛を中心として四位基台をつくらなければならないように、すべて解放的祝福をしたゆえに、霊界も全部整理してあげなければなりません。どんなことが起こっているのかも知らずに、昔のように生きますか? みな除籍されるのです。

 ですから、祝福家庭は一八〇家庭を一つ残らずすべて教育して、宗族的メシヤとして入籍しなければならないのです。入籍するための出発です。そして南北が統一されるときには、みな入籍しなければなりません。今、北韓も大騒ぎであり、韓国も大騒ぎです。希望的に見ているのです。韓国もみな、レバレンド・ムーン、先生に後援してもらわねばと考えているし、北韓もそうなのです。北朝鮮も先生に後援してもらわなければ、国が統一されないとみな考えているのです。(三〇一−二一四、九九年五月一日)


国家メシヤは四〇日修練に参加しなければ

 国家的メシヤの修練をしなければなりません。修練を終えた国家メシヤたちは、これから本質的な四〇日修練をしなければなりません。この修練は一次、二次、三次で終わる予定です。これは普通の四〇日修練ではありません。

 国家メシヤたちは、これから本格的な四〇日修練に入らなければならないのです。その四〇日修練とは何かというと、四位基台の完成です。今まで夫婦がどれほど複雑に生きてきたでしょうか? 自分勝手に考え、見て、聞いて、においをかいだり話したり、肉的五官を中心として自分勝手にふるまってきたのです。肉的五官、その次には霊的五官が自分勝手に、ばらばらになっていたというのです。これを統一するには、どうしなければならないでしょうか? 条件を立てなければなりません。それが四〇日祝福家庭修練会だということを知らなければなりません。

 祝福家庭とは、四位基台の完成であるということを知らなければなりません。それを完成できなかったからそのようになったのです…。本来ならば、国家を立てた後に再び修練しなければなりません。国家に入れば、根本的に自分の良心を中心として一つになっていなければ、脱落しなければならないのです。ですから、今その準備をするのだということを知らなければなりません。

 適当で通例的な、昔のような、その場だけの修練だと考えてはいけません。線を引くのです。イエスかノーか、天国か地獄か、天の家庭かサタンの家庭かというラインを引くのです。天の家庭、絶対的基準で分別され、聖別された立場に立った家庭にならなければならないのです。

 それゆえ、四〇日間にはいろいろな事があるのです。夫婦が修練を受けながら口喧嘩をするのです。ああだこうだと言うのです。そのようなことを、どれほどたくさんしてきたことでしょうか。それを悔い改めなければなりません。過去にそうであったならば、今日ここで、ぶつかったことを解いて越えていかなければなりません。

 愛の問題についても同じです。男性は動的で、女性は静的なのですが、常に動的だということは、水道の蛇口を開けっぱなしにして、水を流しているような立場です。

 それに対して女性が、夫を心から百パーセント歓迎するような立場に立っているかというのです。おいしいものを朝も食べ、昼も食べ、夕方にも食べて、四六時中食べるのです。それが愛というものです。世の中でおいしいものの中でも、最もおいしいものが愛なのです。ですから、それを拒否するという事実は、天を待たせることであり、夫と息子・娘が行く道の門を、すべて閉ざしてしまうようなものです。とんでもないことです。

 ですから、夫婦がいかにして一つになるかというのです。もしも自分がそうだとすれば、みな反省しなければなりません。一〇歳から二〇歳まで、自分勝手に生きてきました。誤った父母の伝統を受け継いできました。そうであってはならないのです。神様の伝統を知らなければなりません。

 嫁に来るとき、自分の家柄や自分の自尊心にかかわる問題と照らし合わせて、商いとか低いとか考える概念というのは、堕落世界に限ってあるものであって、堕落していない世界にはありえないのです。みな神様の息子と娘です。ゼロから出発して、愛だけが絶対に最高だと言える基準を立てなければ、理想的な家庭は形成されないし、出発できないのです。ですからすべてを整理しなければなりません。

 自分の家柄を誇ったり、自分がどうだとか、自分学歴がどうだとか、世の中ではどうだとかこうだとか、比較してはなりません。すべては愛よりも下なのです。みな整理するのです。真の女性とは、堕落するような女性ではありません。男性はアダム万人、女性はエバ一人でした。見るときは、ただ一人の女性を愛するための目で見るし、聞くときは、そのただ一つの声を聞こうとするし、においをかぐときも、そのただ一つのにおいをかぎ、話すときも、その一人を愛するために話すのです。それを除いたら話すことができないのです。話すことにおいては、まず夫婦が話をしてから、自分の息子・娘と話すのです。三対象目的が絶対に必要なのです。

 話すこと、見ること…、五官を中心として動くすべての対外的な関係は、自然しかありません。そのような二人が父母としての神様に侍り、子女を生み、その子女は成長して、互いが兄弟のために一つにならなければならないのです。ですから、兄弟は絶対に一つにならなければならないのです。他には兄弟がありません。他に兄がいるのではなく、他に妹がいるのでもありません。一つ、一つです。

 これは全体を代表したものです。父母を代表したものであり、兄弟を代表したものであり、人類全体を代表したものなのです。そのような価値をもって絶対的な愛を中心としたとき、神様の属性、四大心情圏を中心として、その対象的な存在になるのです。神様はそうでなければならないし、息子、娘はそうでなければならないし、兄弟はそうでなければなりません。兄弟一身です。このような概念がないのです。(二九六−三九、九八年十月十一日)


四〇日修練はいかに重要か

 東洋思想には、「父子一身」、「夫婦一身」という言葉はあっても、「兄弟一身」という言葉はありません。平面的な理念をもって言えば、これは絶対に必要なものです。神様を中心とした四位基台は一つの体です。それゆえ、三対象目的というのは、神様を中心として言っているのです。

 神様を中心として、男性女性も同じです。二人が八数になって合わさるのです。八数を中心として愛が再出発するという論理が、ここで成立するのです。

 このように考えるとき、四〇日修練がいかに重要かということを知らなければなりません。みな自分勝手にしながら、恵みを受けるとか、ああだとかこうだとか言っているのです。献金問題にしても、これはいったいどういうことですか? 今回私が提案したのは、総生蓄献祭です。

 歴史時代は、旧約時代・新約時代・成約時代です。旧約時代は万物を犠牲にしました。これまで人間は、救いを受けるために、世界の万物をすべて犠牲にし、供え物として燃やしました。祭物を燃やしました。誰のためにですか? 自分を僕の身分から良民の身分にさせるために、神様は光となられたということを知らなければなりません。

 その次は誰ですか? 神様の息子、長子をこの地上に祭物として立てました。二つに裂いたのです。体が裂かれたのです。とんでもないことです。また、真の御父母様がこの地上に来られたときも、第二次世界大戦以降、連合国と枢軸国が完全に天地を中心として対立していました。反対になっていたのです。それらが初めて統一されたのです。その統一された基盤というのは、イギリス・アメリカ・フランスだけが一つになった基盤ではありません。またその基盤は、どこか他の国のものではなく、真の父母のためのものです。来るべき父のためのものです。真の父母となるべきイエス様が、独りで亡くなられた道が、堕落以降の道でした。ですから、再臨主が地上に来るときは、失われた家庭を復帰しなければなりません。ところが、家庭を復帰しただけではならないのです。サタンは国を持っているので、神様の威信にかけて、国を復帰しなければならないのです。サタンが世界を持っているので、世界を復帰しなければならないのです。

 イエス様が十字架の道を行くことによって、右側の強盗と左側の強盗の闘いが始まったのです。歴史がそうなっています。それがカイン・アベルの闘いを経て、兄弟の生死の圏をかけて闘うのです。そのようにして世紀末に至り、民主世界、共産主義となって闘うのです。

 十字架で亡くなったがゆえに、闘いを通して血を流すことによって世界的な善なる側、右側を全部蕩減し、水平にしなければならないのです。そのようにして来られる主人が再臨主なのです。その方は真の父であり、神様の実体対象として現れた方です。ところが、その方を追放してしまったのです。

 今まで六〇〇〇年間の神様の摂理史から考えると、六〇〇〇年間の苦労はすべて、真の父母の家庭を中心とした、イスラエル統一圏をつくるためのものでした。先生が結婚したということが何を意味するかというと、結婚したその日から宗族的メシヤとなって、宗族を統一し、民族的統一圏に向かって進んだということです。

 家庭的基盤を中心として、一族が一つにはなっていましたが、国家基準を越えるべき再臨時代においては、宗族圏を統一し、七大環境を一つ、二つと越えていくのです。しかし、文氏の背景を中心として連結できるはずだったものが、すべて壊れたのです。宗族的基盤も、個人基盤も、世界的な基準でアダム家庭と…、一族の基準をすべてつくっておいたのですが…、これがみな壊れたのです。ですから、天地が再び分かれたのです。

 今や、天地が一つになり、東洋と西洋が一つとなり、超民族的な基準ですべての国が一つとなり、宗族が一つになり、家庭が一つとなることのできる天の収穫期において、来たるべき主を中心として、祝福によって、完全に天の国の側に収穫していくのです。(二九六−四一、九八年十月十一日)


今は世界版図上で家庭と一族を探し求める時

 キリスト教もイスラエル民族も、歴史的に血を流しながら歩んできました。今、天が彼らを哀れに思って、神様の愛を中心とした祝福をそれぞれの家庭に連結しようとしたのに、全部みな反対をして破綻していきました。家庭の目的を破綻させたために、そのような家庭は残ることができないのです。エデンにおける家庭、イエス様時代における家庭、完成時代における家庭…、それ以上の基準が準備されていたにもかかわらず、すべてを破綻させてアダムを追い出したがゆえに、そのような家庭はありえないのです。

 それゆえ、荒野に行き、四〇年間でこれを復帰して、家庭的に接ぎ木する運動を繰り広げるのです。イスラエル民族がモーセを中心として還故郷したように、還故郷の役事が始まるのです。故郷を訪ねていくのです。故郷を失いました。故郷を復帰した後に、一族を中心として、国を編成する道を探し求めなければならないのです。今その時が満ちたのです。

 今は、世界版図の上で、家庭と一族を探し求める時です。イスラエル民族が故郷を復帰し、一族を復帰したような立場に立って、先生を中心として世界基準へと進んでいかなければなりません。そのためには、家庭と一族を編成しなければなりません。それが一八〇家庭、一八○家庭です。それが一族です。七代なのです。その一族を中心としてそれを編成して、先生と接ぎ木するのです。そのようにして国家的メシヤと対等な価値になるのです。

 家庭を接ぎ木し、宗族を接ぎ木することによって、国は自動的に成立するのです。イエス様の時代に国家的基準を失ったことを蕩減するのです。これを世界化させるのが、三十三人を中心とした七八〇名の女性です。国家的な基準で全体を統一させて祝福をしていたならば、国々は主権国家として完全に一つになったはずです。あなたたちはそれも知らずに、すべて自分勝手にしていたのです。夢のような話ですが、事実なのです。

 ですから、この道を再び収拾しなければなりません。祝福家庭三四家庭を中心として…、イエス様までの三四家庭です。七八〇人が六大省庁のすべての行政機関に入るのです。野党、与党、宗教圏のすべてに入っていって、それぞれが該当の立場を編成して、国をもって奉献しなければならない過程が残っています。

 問題は何かといえば、先生を中心として総落城したのですから、祝福家庭は先生を中心として、世界の人が神様の前に祝福を受けるように、立ち上がりさえすればよいのです。皆さんの家庭を中心として、世界人類の家庭が祝福を受けようとするならば、宗族の編成は自然になされるのです。

 文氏を中心とする家庭と宗族が編成されたので、国家基準を越えて世界へと連結する道は、自動的になされます。それゆえこの宗族編成というのは、三億六千万双を越えれば、強制的になるのです。文氏ならば文氏を強制的に祝福するのです。韓氏ならば韓氏を強制的に祝福するのです。このようにして一二○名を祝福します。すべての町で祝福するようになれば、それは世界へと広がっていくのです。

 イエス様の実体対象一二〇数を、すべて一代で蕩減するという時代が訪れたのです。ですから、町から町へと強制的に祝福する時が来るのです。そして世界…、何ですか? 祝福…、何ですか?「祝福世界化時代」なのです

 そのようになれば、文氏ならば文氏の中で祝福を受けた人々が集まって、受けていない文氏を追い出すのです。追い出されて山に入っていけば、山の谷間までも追いかけていって、殴ってでも全部みな降参させるのです。「私は死んでも許されない罪を犯しました…」と言わせるのです。それを許す条件が何かといえば、所有権転換なのです。所有権転換です。必然的な運命の道なのです。

 それ以降に、個人の所有を持っている人はみな引っかかります。一八〇度方向転換するのです。祝福を受けた後には、所有権というものはありえません。アダム家庭で祝福を受けるとき、所有権は神様のものです。神様が祝福するときに、神様が所有者として祝福しなければならないのであって、無所有者として祝福してはならないのです。祝福を受けた家庭に自分の名義で何か所有があるとすれば、その家庭は、サタン世界にそのまま残っている敗残兵ということになります。この者たち! しっかりしなさい! 遊びごとではありません。こんなに忙しいのに、どうしてパンタナールで第二次、第三次の修練まですると思うのですか? そこで祈祷してあげなければならないからです。

 それで昨日記録的な魚を釣ったのです。ですから、先生はこのパンタナールを忘れることができません。ここですべての霊界…、朴マリアの家庭を中心とした神様の願いを、李相憲先生から聞いて深刻になりました。なぜ神様がこのようになったのかというのです。うらめしくて悔しいというのです。そういうことを考えるときは、五臓六腑が煮えくり返り、骨の髄まで染みなければなりません。(二九六−四三、九八年十月十一日)


総生蓄献祭の祭物を奉献しなければ

 孝子の心、忠臣の心、聖人の心、聖者の心…、その心と皆さんはどれほど距離がありますか? 本来はこの三次修練会にみな入らなければならないのです。蘇生・長成・完成なのです。国家メシヤも参加しなければなりません。

 ですから、すべてがみな、しっかりと総生蓄献祭の祭物を奉献しなければなりません。これは一六〇数です。ですから、魚も一六○匹釣らなければなりません。本来ならば、四〇匹以上釣れなかった人は、もう一度修練を受けなければなりません。先生だったら、四〇日間にみな釣ることができます。皆さんは四年かかるかもしれません。四年以内に釣れなかった人は脱落です。死ぬ覚悟でしなければなりません。自分の勝敗はこのパンタナールで決まります。

 魚は審判を受けませんでした。ノアの時も、審判とは関係がありませんでした。こういうことは初めて知りましたね? 植物も動物もすべて審判される立場にありましたが、魚は審判を受けませんでした。それで、その審判しなかった魚を、神様の前に万物対象として捧げるのです。植物も雄しべ、雌しべを通して、動物も雄と雌を通して愛し合います。ところが、魚の世界では、愛し合う生殖器がありません。みな体をこすり合わせて生まれるのです。ですから未婚者です、未婚者。

 未婚者から復帰していくのです。それゆえ、自分の日常生活、歴史、生涯路程を歩みながら、ゆがんでしまったすべてのことを、この海の水で洗うのです。この川の水が大洋に流れ出て、蒸気になってひと回りしてこそ復帰されるのです。濁った水として流れていったものが蒸発して、新しい生水として、きれいな水となってこの川に再び流れてきてこそ、私の世界、私の天国となるのです。これは復帰路程をすべて象徴するのです。

 ありとあらゆるものが入っていますね? 皆さんの体は、ありとあらゆるものの入った肥だめです。その肥だめには、人間の糞、牛の糞、ありとあらゆる糞がすべて混じって入っているのです。それほどに醜くてどうしようもない人間だということを知らないのです。

 それで問題は夫婦です。四位基台の基盤をいかに完成するかということです。祝福を受けた家庭の、夫婦・父母・子女まで三代です。三代がみな一緒に来なければなりません。祝福を受けた息子・娘を連れて、家庭的な修練所に来なければならないのです。ですから今後、国家ができれば、みな集まって乳児教育、青少年教育、そして壮年教育、夫婦教育をそれぞれするのです。

 寝る前にはみんな集まって、父親と母親の前に講義の報告をするのです。「今日はこういう教育を受けました」というようにするのです。…このように、このように連結して、真の御父母様と一つになって、天国に入っていくための整備をするのです。天国の永遠なる生命を受けるか受けないかという、相続の手順を解決するためにあるのが四〇日修練なのです。

 ですから、祝福を受けた者がみな清平の四〇日修練に出たならば、ジャルジンの四〇日修練もそのように参加しなければなりません。これを蘇生四〇日修練と考えればいいのです。

 家庭的基準がありません。エデンの園には神様の家庭がありませんでした。長成から家庭理想というものが出てきます。三次までしなければならないのです。今後は天の仕事をしなければならないのですが、皆さんはそこに参加しなかったので、代表的な中心者、指導者として、修練を受けなければなりません。(二九六−四六、九八年十月十一日)


ジャルジン四〇日修練の意味

 天国に入ることのできる家庭のモデル形態を備えるためには、入籍しなければなりません。それで先生は写真を撮ってあげるのです。ですから、そこに行かなければなりません。だから今回、指導者は全部来るようにと言っているのです。(二九七−二三九、九八年十二月一日)

 祝福家庭に、天国に入っていくことのできるチケットをあげると言っているのに、そこに国が必要でしょうか? そこに息子と娘が必要でしょうか? どうして家や土地が必要だというのでしょうか? 先生には何もありません。数十億ドルを稼ぐ才能を持っています。それなのに、これはどうしたことでしょうか? ブラジルの中でも、最も人の住めない地と言われている所に住んでいるのです。ところが、その名はエデンの園だというのです。「ジャルジン」という名は、「エデンの園」と同じ意味です。ここは離婚の多いところですが、ここには「今後ここに天下統一をするメシヤが来て住む」という話があります。来てみたところ、そのような予言がたくさんあるのです。

 ここは澄んだ水と濁った水が出会う三角地帯です。ここは農作業でも最も有名な所です。果物もよく育ち、何を育てるにも適地です。牧場としても南米で一番の所です。知らぬ間に歩んでいたところ、ここまで来たのです。どうして、このようなところに来て基盤を築くことができたのでしょうか? 神様の御加護によってここまで来たのです。神様があらかじめすべて準備しておいたのです。

 ここには、見かけたことのない人たちがたくさんいますね。乞食のような者たちも、ここでこの話を聞いてからは覚醒し、今からでもすぐに入りなさいというのです。あなた方は、曲がりくねった道を通って山の頂上に登ったら、ヘリコプターに乗り換えて、向こう側の山に行けることを悟ったような立場です。ヘリコプターに乗って行く人たちの姿を見て覚醒し、誰よりも先にヘリコプターに乗ることができる立場になったというのです。ですから、むやみに行動してはいけません。気を引き締めなければなりません。(二九七−二八九、九八年十二月二十二日)


四〇日修練は家庭和合の清算地

 皆さんの家庭が和合するための清算地が四〇日修練です。そうなのです。証しの内容がそうですね。十五年間、夫婦の間でいざこざがあったのに、今回、四〇日間顔をつき合わせていたら、心の中にあったことまで話せたというのです。「あなたはこうで、私はこうで、悪かった…」というように、すべてを悔い改めて、手をつないで再出発することになったというのです。

 このことは親子関係も同じです。親と子が和合できず、愛せなかった事実を、全部清算しなければなりません。涙を流して清算しなければなりません。ですから先生を中心としてついて来なければならないのです。ここにいる国家メシヤはみな、三次の修練が終わる前にすべて修練を受けます。ですから、それ以外の人たち、今になって新しく来た人たちは脱落者です。もう修練期間の終わりが近づいてきたので終わりますが、後でその期間をすべて参加しきれなかったことが問題となるのです。

 神様は天宙的なメシヤです。救世主なのです。再臨のメシヤは世界的メシヤであり、皆さんは国家的メシヤです。国家に責任を持たなければならないのです。皆さんはイエス様の代身です。これは宿命的な課題です。それなのに、このように無責任では、どうして宿命的な課題の責任を負うことができましょうか? そうではありませんか? 四〇日修練にも参加しないで、どうして国家メシヤになれますか? 費用が何だというのですか。ありとあらゆる手を尽くし、四〇日歩いてでも来なければなりません。

 そして、ここで教育を受けて行くときに、皆さんは総生蓄献祭の礼物を捧げなければなりません。皆さんは祭司長です。国家的祭司長なのです。国家的祭司長となり、宗族的メシヤとなり、家庭的メシヤとならなければなりません。

 それゆえ、一八五か国の国家的メシヤがいるのですが、これが終わった後に、各国から十二名ずつ選びます。これらの人はイエス様の十二弟子のようなものです。日本人はすべてその一〇倍です。そうすれば一二○名ですね? 一二〇名…、一二○○名ずつ配置しなければならないのです。

 そして神様を中心として、その国を中心として、世界を代表して、先生の御名とともに、国家的メシヤ・宗族的メシヤ・家庭的メシヤが、系列的にすべて編成されるのです。このように強力に立ち上がって、どこへでも行くのです。どんな谷間であろうと、野を越え山を越えて、祝福の旋風さえ巻き起こすならば、すべてが完全に祝福を受けるのです。

 だから祝福世界化時代なのです。これはサタン血統の断絶です。身ごもった女性にはみな、子供がお腹にいる時から聖酒を飲ませなければなりません。赤ん坊が生まれれば、幼稚園の時から聖酒を飲ませ、中学生や高校生にもみな飲ませなければなりません。そのようにしてから、後に祝福を受ければ、それは永生式になるのです。祝福を受ければ永生式となるのです。そこには蕩減路程は必要ありません。家庭的メシヤ、宗族的メシヤ、国家的メシヤ…、すべては終わりました。編成がすべて終わったので必要ないのです。(二九六−四八、九八年十月十一日)


国を探し求める運動をしなければ

 これからすべきことは、国を探し求めることです。国を探す運動をしなければならないのです。国です。神様も国を探し求めることができず、先生も国を探し求めることができず、皆さんも国を探し求めることができていません。宗族的メシヤ、家庭全体に国がありません。総決心をして一つになって、国を探し求めなければなりません。

 韓国のような良い国が、IMF(国際通貨基金)の監視下に置かれ、完全に根の抜かれた状態になってしまいました。これからどうなるのでしょうか? 世界的基準を中心として食口の配置をしさえすれば、「文総裁を訪ねていこう!」ということになるのです。分かるのです。韓国の国民一人一人、僑胞までもみな呼び寄せて祝福をしてあげれば、韓国はどこに行くでしょうか? 将来、どこに行くでしょうか? 自動的に、自然に先生についてくるのです。

 世界も、祖国光復とともに自然についてくるので、一つの方向を中心として、私たちは、民族が団結した世界と国家形態を成すことができるのです。これがアダム文化なのです。それはどのようなものかと言うと、真の愛の文化です。生まれるのも、愛によって生まれたということです。男性が自分のために生まれたとすれば、真の愛をすべて抱くことはできません。向こうの端まで完全に抱くためには、無限に与えて、与えて忘れることです。そうすれば、宇宙が駆け込んでくるのです。

 自分という意識はありません。意識がないというのは悪いことではありません。宇宙を抱くことのできる人格者になるということなのです。そのような資格を得ようとするならば、自分を忘れて投入しなければなりません。犠牲の代価を受けようとは思わないのです。

 今後、天国世界では、月給をもらうというような時代は過ぎ去ります。夫婦を中心として総落城しなければなりません。歴史時代において、絶対信仰・絶対愛・絶対服従が宇宙創造の原則です。愛ゆえに信仰も必要であり、服従も必要なのです。愛ゆえにです。無限の愛には、宇宙的な神様までもが服従するのです。神様は投入して忘れるお方なので、私も投入して忘れるのです。服従するのです。

 服従というのはゼロ以下の立場です。永遠のゼロ以下の立場にも応じるということです。従順とは、自分の個性的内容を中心として方向性を持つことですが、服従というのは、どん底に下りていって、完全に低気圧をつくることです。

 従順には方向性がありますが、服従は深く入っていけばいくほどに幅が広くなるのです。自分を否定する基盤が広くなることによって、この宇宙が保護するのです。完全に一〇〇パーセント、水平の線を越えた、反対側までも支配できるようになるのです。無形世界に充満し、実体世界に充満することのできる、このような創造的な結果をもたすようになるのです。そのためには、絶対投入して忘れることです。そうすれば、絶対的な有形世界と無形世界の結果が形成されるのです。

 愛を中心とした絶対信仰です。愛を完成するには、絶対服従しなければなりません。’死んで、百回死んだとしても、愛を必要とするがゆえに、その道を求めていかなければならないのです。それゆえ、霊界に行くということは死ぬことではなく、神様の愛を求める道を行くことなのです。死ぬのではありません。神様の愛を探し求める道を行くことなのです。死を踏まえて…、それはあたかも人工衛星の基地のようなものです。ケープケネディ(米国南部フロリダ洲中東部にある米航空宇宙局の宇宙ロケット基地)を中心として、飛んでいくことができるのです。このように、神様は、愛のために死の道をつくったのです。ですから、それ以上の心を持たなければ、愛を復帰することはできません。

 蕩減しても余りあるそのような道…、百回、千回死んでも行かなければならない道だということを知らなければなりません。殉教が問題ではありません。苦労が問題ではないのです。(二九六−五〇、九八年十月十一日)


天地が認めるホームタウン

 個人から家庭・宗族・民族・国家・世界人類が、真の御父母様が築いてくださった基盤を中心として、一度に祖国を探し求めて入っていくことによって、自分の家庭・宗族・民族・国家・世界がすべて解放されるのです。それが嫌だとすれば地獄へ行くのです。永遠の路程において苦痛を受け、自分の行く道において助けてもらえません。自分が蕩減しなければならないのです。

 皆さんは、家庭的メシヤ・宗族的メシヤを中心として一二〇家庭…、国家的メシヤたちは一八〇家庭を中心として全体が一つになり、それら一族が連合して天国に入っていかなければなりません。一族が入っていって世界天国になるのです。

 それゆえ、韓国の土地が買えなければ、南米の土地を買って、それを分割してあげようというのです。南米で土地を買って、韓国の延長としての地を得るのです。キリスト教が動いて、アメリカが一度に韓国の延長である南米に移動することになれば、南米まで世界のキリスト教圏になり、いっぺんに復帰することができるのです。いっぺんに入籍できるというのです。それゆえ、各国に宗族連合会、国家連合会をつくっているのです。以上が総評です。(三〇〇−三〇七、九九年四月十一日)

 皆さんは「ジャルジンは行かなくてもいい」と考えていますが、行かなくてもかまいません。しかし、神様は驚くべきお方です。その水たまりに、全世界の統一教会食口が数十億殺到して、栄えた都市になることでしょう。イタリアの水の都・ベニスなど問題にはなりません。それ以上のものをつくるのです。統一教会の世界天宙統一理想国家の名によれば、地球を十回びっくり返すこともできるのです。問題ありません。(三〇三−一四〇、九九年八月八日)

 先生は再び韓国に帰らなければならないということを知らなければなりません。国を復帰しなければならないからです。ですから「全世界の祝福家庭は入籍しなさい!」と言えば、自分の持っている所有をすべて売って、一か所に入籍、大移動が起こるということを知らなければなりません。それでジャルジンを中心として…・、ジャルジンは韓国からすると、正反対の所にある地です。そこにおいて再び家庭を中心として、先生と国家メシヤと宗族的メシヤが、天国に入ることのできる許諾、公認することのできる許諾をしてくれるのです。それゆえ、先生一族の圏内に加わる権限、先生の血族圏内に加わる権限を持って、地上から天国に行くことのできるハイウェイであるということを、常に考えなければならないのです。

 ですから、ここに来て四〇日教育を受けた祝福家庭に、「避難民のように荷物をまとめ、その地の何もかも売って、大移動の準備をせよ」と命令するのです。そうしてどこへ行くのでしょうか? みな韓国に来いというのです。韓国はIMFの体制下ですべてを売却しているので、南米に来て土地を買い、そのように全財産をはたいて南米を買えというのです。そうすれば、韓国の南北の土地以上の広さになるというのです。

 天地が認めるホームタウン(故郷)…、今後南北が統一されることによってホームタウンができるのです。天と地の、地上と天上天国のホームタウンが生まれるのです。真の父母の家庭によって、すべての宗族が祝福家庭となって定着し、国を越えて南北が統一されれば、世界は思想的な面においても、いかなる面においても、統一教会に従わざるをえなくなります。一つの世界になるのです。(三〇〇−三○五、九九年四月十一日)



2004.6.4 了 uramiti















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