真の御父母様の生涯路程 4
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真の御父母様の聖婚と第一次七年路程

第一節 一九六〇年 生涯中、
     最大の実績を残す年となるようにしよう


一 一九六〇年の出発と摂理的意義

年頭標語:生涯中、最大の実績を残す年となるようにしよう
      (一九六〇・一・一、韓国前本部教会)


 一九六〇年の標語は「生涯中、最大の実績を残す年となるようにしよう」です。一九六〇年は縦的な歴史を横的に蕩減復帰する年です。それで、神様の前に最大の実績を残さなければならない年なのです。戦うこと、それ自体は蕩減ではありません。今は天のものとして立てなければならない時です。「生涯中、最大の実績を残す年となるようにしよう」というのは、実績を立てて、サタンの讒訴条件から抜け出さなければならないということを意味します。

 それでは、先生が、生涯で最も貴いと考えたものとは何でしょうか。祝福です。皆さんにとっても、人類歴史始まって以来の最高の贈り物とは祝福です。

 皆さんは今年を、皆さんの生涯路程の中で、天の前に捧げることができる最大の実績を残す年となるようにしてください。み言をいい加減に受け取って、あとで後悔することがないようにしなければなりません。何に対しても、自分ができる最大の努力をしなければなりません。

 各々が生涯において、何でもみ旨の前に残すことにより、面目を立てなければなりませんが、特に今年は、自分の使命分野で最大の実績を残すようにしてください。

 生涯中で最高の実績を上げようというのは、どういうことでしょうか。何よりも勝利の結果をもたらさなければならないということです。七年路程のこの標語は、皆さんにとって、常に永続的な標語になるでしょう。


歴史的な大変革期一九六〇年度

 統一教会を中心として満四十歳の時である一九六〇年度までに、天的なプログラムを転換する基盤を築きました。それゆえに、世界は一九六〇年度から新しい歴史時代に入っていくというのです。歴史家たちは、外的な結果だけを見ていて、その内的な動機がどうなっていたのかを知らずにいます。
 一九六〇年度から今日まで、世界の多くの国の解放が起こったのです。国連に加入した三分の一近くの国家が、一九六〇年度以降に解放されたのです。それはどうしてでしょうか。父母が来る時だというのです。そのことは人々には分かりませんでしたが、父母が来れば兄は弟を愛さなければ雷を落とされることを、その心で感じられる人を通じて、一九六〇年代に異質的な歴史的転換期が到来したのです。

 また、世界的な流れが、一九六〇年を基点として、主義を中心とした形態から国家を中心とした形態をもって現れるようになりました。世界的な共産主義が、国家的な共産主義と民族的な共産主義に分かれるようになったのです。それでソ連と中共が争うようになったのです。

 それで、一九六〇年度以降の世界は急変しました。今日まで急激に変化してきたのです。六〇年以降の二十年間は、歴史上で類のないほど、そのような激動と変化を迎えた期間だと見るのです。

 一九六〇年度からサタン世界は、激しく揺れ動くのです。一九六〇年度から四十年間、二〇〇〇年までそうなるはずですが、なぜ大揺動が起こるのでしょうか。それは清算する期間だからです。六〇年度を中心として見ると、先生は四十歳なのですが、八十歳まで行かなければならないのではないですか。蕩減復帰路程四十年間の悲しい歴史の中で、神様との因縁が結ばれたからには、神様が喜ばれる希望の基盤を私の一生でつくらなければならないのです。


二 真のお母様の選定とその背景

清州韓氏家門の韓鶴子お母様

 定州がまず、私たちの本郷であるというのです。それから、帰る途中には、安州に立ち寄らなければならないのです。平安道は、平安であるという道なのですが、平安北道と平安南道を合わせて平安道です。定州と安州です。

 また、忠清というのは、真ん中の「中」に「心」、そして「清い」という字が合わさってできた言葉です。心の中心が清らかであれば道人です。忠清道とはそのような言葉です。「忠清」というのは、現実ではなく、遠くを望みながら進んでいく所です。また、皆さんは清州、すなわち清い州の人々です。

 清州という名前は、清澄の「清」に、「州」という字でしょう? 澄んだ州です。澄んだ水をのぞいて見ると、川なら川、海なら海の、底まですべて透けて見えて、魚がいれば、魚が戯れるのも見え、黒い砂や白い砂がみな見えるのです。ところで、お母様は韓氏です。平安街道の韓氏ですが、韓氏の先祖はどこにいるのでしょうか。清州なのです。それできょう、私が、妻の実家方の道に訪ねてきたということになるのです。(笑い)だから、息子、娘がみな、お母様の本家を訪ねていくとすれば、清州の地を訪ねてくるようになるのです。統一教会の本山の地の中で、半分になるお母様が生まれただけに誇りとし、喜ばしく思いなさいというのです。その代わり、人に負けない努力をしなければならないのです。

 お母様の名前が良いのです。韓鶴子です!それでも、女性が先生の相対になろうするなら、学者(注:韓国語でハクチャと発音)にならなくてはならないでしょう。(笑い)(拍手)韓は何のハンかといえば、漢学もハンですが、恨めしい学問の恨です。誰よりも、神様に対して最高に勉強した学者にならなければならないのです。韓鶴子。女性がそのようになれば、間違いなく神様の相対の立場に立つと見たのです。それで、姓も良く、名前も良いのです。今は結局、その位置にまで来たのです。

 また、お母様の名前は鶴子ですが、どうして鶴子でしょうか。鶴女となるべきであるのに、どうして鶴子となったのでしょうか(注:子は息子を意味する)。私は、「ははあ、そこに息子の子の字を付けたのは、神様の息子と因縁を結んであげるためだったのだなあ。本来そのように生まれたので、統一教会のお母様の名前をもったんだなあ」と、そのように考えたのです。それはすてきなことでしょう? お母様! 「韓」といえば韓国を代表することもでき、宇宙を代表することもできるでしょう(注:ハンは大きいという意味がある)。「ハン」は一つ(ハン)であって、一番だという意味なのです。

 お母様の韓氏のことですが、女性を誇ることができる家門があるとすれば、文先生の奥様の韓氏以上に誇れる家門がどこにありますか。今日、人類歴史路程で、このような複雑多様な夫に侍って、迫害を受け、困難な道を乗り越えてくるのに、どんなに秘話が多かったことでしょうか。様々な事情がどんなに多かったことでしょうか。それでも年が若かったので、あのくらいなのであり、年を取っていたならば、背中が曲がって、すっかり翁草のようになっていたことでしょう。そう、それで、韓氏家門を糾合するのです。


独身三代の母性

 お母様を選ぽうとするには、すべての条件が合わなければなりませんでした。前後において合わなければならず、左右で合わなければならず、上下で合わなければならないのです。合わなければならない第一の条件とは何かというと、どのような血筋を引いて生まれたかということです。サタン世界から讒訴される血統の因縁をもって生まれたか、でなければ、それを越えることのできる血統的内縁をもって生まれたかが重要です。

 お母様は、エバがアダムを通して造られたのと同じように、何も分からないところから出てこなければならないのです。親戚が多くてはいけません。三代が後ろについてきてはいけないのです。縦的な基準においては、それは駄目なのです。正常であってはいけないのです。兄もなく、父もなく、一人です。

 お母様一人が生まれるためには、三代が独り子であると同時に、三代が、来たるべき主の前に功労の基盤がなければならないのです。有り難くもお母様の歴史は、お母様の母方の祖母(趙元模氏)から洪順愛ハルモニ、お母様と、三代が一人娘です。

 そうしてみ旨のために……。幼い時にも後援を受けないで、一人で暮らした一人娘……。七代続いての独り子だということでしょう? そのような独り子をつくったのは、サタンの血統をごちゃごちゃと残さないためなのです。それで、お祖母さんも一人娘で、お母さんも一人娘なのです。三代が巻き込まれていくのです。ですから、お母様は三代の受難を受けたのです。お祖母さん、お母さんの二人が、信仰に夢中になって歩き回っていたので、「おむつ」と言ってもきちんとつけてくれ、「御飯」と言ってもちゃんと食べさせてくれたでしょうか。

 皆さん、これを知らなければなりません。人間世界の情を知らず、天情の道理を受け継がせるために、骨身が溶けていくのも意に介さず、一片丹心、神様の前に絶対服従し、絶対従順する道を歩んだのです。

 洪ハルモニのような方は、男だろうが女だろうがすべて、信仰の道のためにみなほうり投げて、荷物をまとめて、主を迎えるために歴史的な受難の道を歩んできたので、お母様も、そのような訓練をした歴史があるのです。それが一番簡単でしょう。み旨のために行く夫の道であるならば、情熱を尽くす夫の道ならば、さらに情熱的に尽くすことを望む心をもった家門が必要だというのです。そのように考えるのです。そうして、先生もお母様を選んだのです。


再臨準備信仰の主流の継承

 お母様を見れば、三代が再臨主を迎えるための準備をしたのです。既成教会から反対を受け、カトリックからどれほど反対を受けたでしょうか。李龍道牧師を中心として、新イエス教をつくったとき、どれほど迫害されたでしょうか。神霊的役事と韓国の骨髄をみな連結させて、お母様が祝福を受けるようになったのです。

 再臨主を迎えることができる団体で、重要な幹部として教育を受けてきたのです。そうして、避難してくる時、お母様は、新婦の装いをして新郎を迎えるように準備していた教祖からすべての祝福を受けてきました。最近になって、それがすべて成し遂げられました。そう、先生とは二十三年の年の差がありますが、二十三年苦労したのは、お母様がそのような祝福を受けた基盤で、天がそのように準備したためです。それゆえ、お母様の一族は、新しい主を迎える役事をみな通過してきたのです。祖母の時代から金聖道、許孝彬を通じ、その祝福を受けたのがお母様です。

 お母様の母親(洪ハルモニ)は、お母様が四歳の時にその集団に連れていったのですが、そのとき許女史がお母様を祝福しました。それは、お母様に使命が継承されるという意味でした。お母様は、もちろんそれを知りませんでしたが、先生は一九六〇年にお母様に会った時、そのような事実を知りました。神様によって準備されたすべてのものが、一九六〇年に一つに入ってきたのです。

 その間の苦労は、言葉では語り尽くせないものです。周辺にいる兄弟だとか、親戚だとか、同志など、みなが避けるこの道を、一人で歩みながら、生食をしたり、ありとあらゆる歴史を経たのです。しかし、最後まで、中心の思想を曲げることなく歩んでくることにより、お母様が先生と会うことができる基台を造成したのです。


素晴らしい性稟と資質

 お母様の顔はかわいいのです。ですから、ありとあらゆる誘惑があったはずです。そのようなお母様を迎えてはならないので、天が聖別生活をさせました。学生時代には、「お嫁に行かず、女子修道院に入り、果樹園を作って一人で暮らす」と言っていたそうです。

 また、お母様を見ると、女性として非常に端正だというのです。お母様がつつましくじっとしているときは、誰にも劣らない、尊敬できる内的性稟をもっています。

 元来はつつましいのです。今、四方にくまなく目を注ぐことができるのは、私と会って、そのように訓練されたからなのです。実際はつつましい女性です。青坡洞に行ったり来たりするときも、一つの道だけ歩くのです。いつも、決まってその道を通って来て、行く時はまた、その道を行くのです。(笑い)私は注意して見ていました。二度目に来た時、見ていたところ、一度目に来たその道をしっかり帰っていくのです。次に来る時もまた、その道を通って来るのです。きちんとした道を通るので「ははあ……!」と、そう思ったのです。

 また、伝統的に「ため」に生きる愛をもった代表的女性を探してみたところ、お母様があらゆる面で合うために選んだのです。文総裁の目は、偽物ではありません。

 顔が美人だからといって素晴らしいのではありません。心が美しいので顔が美しいのです。心が美しいから声も美しく、姿も優雅なのです。(拍手)壇上でも、とても自然なのです。壇上で最初に歌を歌ったのがいつかというと、十六歳の時です。高等学校二年の時です。さっと歌うと、とても有名になりました。先生がいようが、誰がいようが、壇上に上がれば、チャンピオンのように堂々としていたのです。

 見かけはつつましいのですが、度胸があるのです。見ればすぐ分かります。手を見れば分かるのです。お母様の顔は優しそうに見えますが、手を見れば違います。厚くて度胸が据わっています。壇上に立っても全然動じません。それゆえに先生は、お母様として迎えたのです。「今は何か言われるだろうが、今に見てなさい」そのように考えたのです。

 先生は、どのような女性でも結婚しようと思いました。み旨のために先生を一〇〇パーセント歓迎する人であれば、一番醜い人でもいいと思ったのです。それで一番優れたお母様を得たのです。(歓呼)(拍手)お母様が言うには、「自分もどうなったのか分からないまま、先生のところに、このようにお嫁に来ることになった」というのです。それは、避けようとしても避けられないようになっていたということです。何かに心を奪われていたのです。


十七歳の新婦

 み旨がなかったなら、先生は、お母様と会うことができません。お母様になる人は、二十代を越えてはいけないのです。本来は十八歳を越えてはいけないのです。十八歳を一日でも過ぎては、満十八歳を越えてはいけません。エバが十六歳で堕落したので、三年を経て、十九歳に連結されるのです。また、堕落圏で見れば、十代が問題なのですが、韓国的な立場から見るとき、年齢が若いほど地上の女性世界の純潔基盤に近いのです。

 お母様御白身も、愛を中心として、羊のように従順でなければなりません。あらゆる面で、絶対従順する条件を取り戻さなくてはならないのです。それで、全面的に夫のために犠牲にならなくてはなりません。夫を愛することにおいて、絶対的でなければならないというのです。「私の父にも及ばない。私の兄ほどにもならない」と、比較の基準を置いてはならないのです。世の中のいかなる男性よりも、先生よりも、おじいさんよりも、誰よりも優れていると思わなくてはなりません。なぜそうかというと、エデンの園では、エバは男性というものを見ることができなかったのです。男性についてあれこれ考えたり、他のことを思う余地がなかったのです。

 お母様と私とを比較すれば、私は、お母様よりも二十三歳も年上でしょう。この世で見れば、私は父親のような年齢です。娘のような女性と結婚する男性がどこにいますか。しかし、真の愛は年齢を越えるのです。真の愛には、億万歳になるおじいさんなのに、億万歳という考えがそこに及ばないというのです。記憶できないのです。ただそのまま新しいのです。ただそのまま良いのです。ただそのまま和合なのです。ただそのまま統一です。ですから、真の愛は悪くないというのです。お母様と私では、年の差が大きいですが、真の愛の世界にぱっと行けば、「おっ、二十三年してから来なさい」と言いますか。それは問題にならないというのです。

「年齢が四十になったといえども、天のために若い妻子に侍り、忠臣的な夫にI度なってみよう」というのが心の願いでした。また、「四十歳にして、自分勝手に生きてきた女を連れて暮らすとすれば、どうして、その年齢の高い花嫁から、一生ほめたたえてもらえる真の夫になり得るだろうか」と、そのような意味から、幼いお母様を迎えてきたのです。

 また、四十以下の人の心情圏を何をもって一つにしますか。お母様を代わりに立てて降りていき、お母様と共に上がっていく基準を中心として、四十代に家庭的心情圏をつなげていくのです。そうすれば、思春期以下の男子、女子はみな、同じケースですべて連結されるのです。

 しかも、先生は二十年の間に、十二人の息子、娘を生まなければならないのです。そうして初めて、二千年を蕩減できるのです。ひたすら尻が丈夫で、腰の力があって、毎年ぼんぼん産んだとしても、無事に生まれるかどうか分からないのです。それは年を取った人では大変なことになるので、やむを得ず、できるだけ年の幼い、十六歳以下でも良いと考えたのです。


花嫁候補たちの競争

 お母様を迎えるころ、先生が四十歳に近づいてくると、「ああ、宇宙のお母様を迎える。先生がお母様を迎える年になってきた」と言うのでした。三年前の三十八歳の時から大騒ぎでした。親戚の中で上品できれいな娘、器量が良いという娘がいれば、全部手帳につけて、引っ張ってきて、「ああ、うちの先生が何、どうのこうの言うから、うまくいけば、お前が先生を夫として迎えるんだ」と言ったり、ありとあらゆる妖しい事件がたくさんあったのです。

 そうして、霊界からの啓示はみな、自分が先生の相対だというのです。七十になる老人から、六十、五十、四十、三十、二十、十代まで、みなそうです。それはそうならざるを得ないのです。そうなるしかないのは、全歴史を、縦的歴史を代表するので、霊界が代表的な女性を立てて証するからです。それで、百年の歳月というのは、一万年、十万年、千万年の歳月に匹敵します。ですから、女性という女性は、みな入るのです。それは、女性たちが神様のために精誠を尽くしたものをみな合わせて、一つの結実として実が結ばれるということなのです。それは避けられないのです。それで、そのように啓示してくれたのです。

 七十歳になる年を取った人たちから少女に至るまで、すべての女性たちが、「命を懸けて先生と結婚したい」と思ったことは、歴史上の記録です。多くの女性たちが精誠を込めて、命を懸けて相対になろうとしたことは、記録に残さなければいけません。サタン世界のどんな女性よりも、彼女たちが記録とならなければならないというのです。一人の男性が登場したところに数多くの女性たちが登場し、相対になるために全体の女性たちが動員されたのは、歴史的に初めてだというのです。そのような男性は、どのような王を見てもいないというのです。

 統一教会内では、おばあさんから、お母さん、娘まで、三代が精誠を込めるのです。自分の家から先生の相対が出なければならないと精誠を込めれば、(霊界が)すべて教えてくれるというのです。すべて教えてもらい、間違いないと信じたのです。そのような人がたくさんいたのです。また、霊界を通じて、先生が今まで復帰の業をなしてくるのに、重要な仕事をさせたおばあさんたちもみな、先生の結婚相手として、自分が選ばれなければと思っていたのです。

 さて、そのような環境だったので、うわさが立たないでしょうか。先生が誰かと少しでも近く接すると、「先生は何、どこの家の娘と結婚するだろう。何、どのようになるだろう!」と言ったり、また、霊通する人々は、祈祷の中で「誰々がなるだろう!」と、受けたりしたのです。様々なうわさが飛び交う時代でした。お金があって、勉強をして、大学を出て、立派な家門をもった女性たちは、非常に自信をもって、そのように考える人々も多かったのです。その時、先生が四十歳だっただけに、二十五歳以上、二十八歳、三十歳を中心として、その前後の女性たちの夢は実に高かったのです。先生はその時、結婚をしていなかったので、そのような女性たちがたくさんいたのです。

 ですから、心の中でお互いに競争しているということを、お互いが知るようになりました。それで、二十代そこそこの女性や経験もない人が入ってきては、この統一教会では長く持ちこたえられないだろうし、よくわきまえて振る舞うこともできないと判断したのです。ですから、その環境で、どれほど神経戦が熾烈だったか考えてみてください。銃弾が飛び交ったりはしませんでしたが、心情弾がどれだけ交差しただろうかと考えてみなさいというのです。


八段階の女性の心情伝授

 神様が見る時、全世界の女性は一人です。一人と見るのです。堕落する時、アダムとエバが堕落しためで、全世界を代表したアダムの前に、全世界の女性たちは、エバの立場に立っているために、年を取ろうが若かろうがみなエバです。八十代のおばあさんから橋を架けなければなりません。花の橋、愛の橋を架けなければなりません。彼女らをみ言で導き、娘のように育て、導いて、東西南北のすべてのものを収拾し、橋を架けなければならないのです。

 そのためには、数多くの女性たちの、その事態を踏んで上がってこなければなりません。踏んで上がってきながら、愛の綱をみな奪ってこなければならないのです、骨髄を引き抜いてくるのです。そうして、天の前に立つことができる本然的姿勢を備えたという勝利の印を受けなければなりません゜解放を受けなければなりません。すべてのどぶの水を浄水する作業をしてあげるのです。そのようなぽろ切れのようなものを縫い合わせなくては、お母様が渡ってくる橋がありません。八十歳から七十歳、七十歳から六十歳というように、霊界の霊人たちを動員してつないで、基盤を築いてあげたのです。

 垂直線は、サタンが侵犯できないのです。それで真の愛を中心として、すべて連結してあげなければならないのです。それゆえ、八十になるおばあさんたちの愛を全部七十代に渡してあげ、七十代の天の愛は六十代に渡してあげ、六十代の天の愛は五十代に渡してあげ、五十代の天の愛は四十代に渡してあげ、四十代は三十代に、三十代は二十代まで渡してあげてこそ、この穴を通るのです。お母様が越えるべき八段階の条件物をつくらなければなりません゜お母様となるためには、八十代から七十代、六十代、五十代、四十代、三十代、二十代、十代まで、ずーっと、その心情を伝授されなければいけません。そのような過程を通過しなければ、お母様の位置に立てないのです。


真のお母様の選定

 先生は、何も分からないお母様に、十四歳の時に一度会い、そのあと、嫁に来る時までに二度会ったのでした。正式に会ったのは、十四歳の時です。その時、私が呼んで、今後資格があるか、全部試験をしたのです。

 どん底で黙々と犠牲になり、さらに行かねばならないと心に誓いつつ歩む人の娘が選ばれたのです。そうして、教会で献身生活していたおばさんの娘、高校二年になる娘を選びました。妻を得るにしても、私の欲望を中心としてではなかったのです。

 また、私がお母様と結婚する時、「神様、私は結婚する時になりましたので、結婚します」と言って結婚したのではありません。神様が「結婚する時になったのでしなさい」と言ったので、したのです。それが原理です。お母様も、私と結婚するという思いをもたずに来たところ、どうにかなって、そのようになったのです。

 お母様はその時、高校に通っている娘でした。ところが、「おいおい、文総裁がお前を呼んでいる」と言うので、「なぜですか。知らないのに、どうして?」と言いながら、来たところ、「あすの朝、結婚式をするのだそうだ」と言うのです。それで「そうですか」と言うのです。反対するすべを知らなかったのです。

 私が試験をしたのです。試験として、絵を描かせても、本当にかなり上手に描くのです。絵を描いて広げて見せるにも、恥ずかしそうにしました。その心の姿勢が絵よりも素晴らしいのです。お母様はその時、実に気立ての優しい娘でした。立派だったのです。


真のお母様と洪順愛大母様の一体圏

 女性にも、母の立場の女性と娘の立場の女性がいます。それはレアとラケルを象徴しているのです。これは、来たるべき新郎の本意ではありませんが、天理原則によって、そのような役事が起こるのです。ところで、洪順愛氏という、お母様の母親がいますが、その母は僕の立場で自分の娘のような人を大切に育てなければならないのです。そうして、正にその僕の娘を、神様の娘として入籍する相続式をしなければならないのです。その式をして初めて、新郎として来られた主の前に、新婦が策定されたと、新しい時代の前に宣布式をすることができるのです。その時は、統一教会で言えば、一九六〇年度に該当します。

 母を失ってしまったがゆえに、二人の母が必要だというのです。それはどうしてかというと、母というものは縦的なのです。母と娘は、縦的、横的となるのです。先日、洪氏ハルモニに対して、大母という言葉を使ったのもそのためです。このお母様から直系になっていないのです。それで、このようなすべてのことを蕩減条件に連結させて、その位置をつかまなければならないのです。それゆえに、先生を中心として見ても、二番目のお母様なのです。第一のお母様が代を継ぐのは難しいのです。

 レアとラケルが一つにならなければならないのです。心情圏の分裂が起きてはいけないのです。ここで一体圏が成されなければなりません。レアとラケルが双子のようになった立場で、アベル的夫人とカイン的夫人のような立場で、これを全くすり替えても一つになることができる心情圏、兄が弟になっても良く、弟が兄になっても良いと言える内的基盤の一体圏をつくっておかなければならないのです。そのような過程を経て、お母様を迎えるようになったのが一九六〇年度でした。


二人のお母様の三位基台

 金聖道のあとを許孝彬が継いで、許孝彬の娘が主を迎えるように準備されたのです。そこで十二弟子のような準備をしたのを見ると実に不思議なのです。そのようなすべての内外を合わせて、主が来て、三人の女性の協助を受け、結婚式をするようになるのですが、その時の三人の女性とは何かというと、蘇生、長成、完成と同じなのです。おばあさん、母、娘の三代が一つに、なったというのは、旧約時代、新約時代、成約時代が連結されたということです。そうして初めて、父母が定着できる時代に入るのです。それゆえに、今日、私たち統一教会も、お母様を中心とした三位基台があるのです。縦的にあった三位基台が、横的に展開されるのです。それでは、どこが中心でしょうか。お母様が中心です。

 その中で崔元福もそうなのです。崔先生が第一ではありません。お母様が第一です。「女性」と言えば、堕落した女性と、堕落していない女性に分けられるのです。エバの直系の後孫と希望の女性です。希望の女性は、イエス様の前に新婦となるのです。堕落した女性は、イエス様の前に裏切り者です。裏切り者を指導し、許してあげ、アベルに仕えさせるのです。アベルが行くべき法度を立てて、許してあげるのです。それゆえ元福も、お母様の行く道を平らにしなければならないのです。堕落した母の立場から復帰することができる個人的十字架、家庭的十字架、すべての十字架を負って、お父様の前に、エバが失敗したすべてのことを蕩減することにおいて、主導的な役割をしてあげるべき一人の女性がいなくてはならないためです。

 これに対して、サタン世界を生かしてあげようとするなら、お母様の三位基台を中心とした基準があると同時に、そのお母様のお母さんの三位基台がなければならないのです。すなわち、お母様のお母さんの三位基台である、おばあさん三代を置いて復帰しなければならないのです。それで三人の老人たち、池承道老人、玉世賢老人、李奇完老人は一つの家に住まなければなりません。この三人がどういう人かといえば、お母様の三位基台の土台になるのです。元福氏の三位基台の象徽的土台なのですが、これが一つにならなければ、統一教会のすべての伝統的歴史を曇らせてしまう立場の代表者となります。それゆえ、彼女らは一つの家に住んで、一つにならなければならないのです。

 このように、おばあさんたちを三位基台で一つにして、母子協助することができるサタン世界の三人の娘を立ててきたのです。そのおばあさんたちはすべて、先生が呼んだのではありません。霊界で会わせてくれた人たちです。


三 「父母の日」設定(一九六〇・三・二七(陰暦三・一)、前本部教会)

 一九六〇年陰暦三月一日(陽暦三月二十七日)早朝四時、ソウル龍山区青坡洞一街七一の三、前本部教会で真の御父母様の約婚式が挙行された。そしてその翌年の第二回真の御父母様の約婚式記念日に、真のお父様は「父母の日」を公式宣布された。その後、毎年陰暦三月一日を「父母の日」として記念してきた。
 「父母の日」が「真の父母の日」に公式名称が変わったのは、一九九四年第三十五回父母の日記念礼拝の時、真のお父様が四大名節に「真」の字をつけて記念するようみ言を語られたのちである。



霊肉合わせて勝利した真の父母

 本来は、アダムとエバが神様を中心として一体となり、真の父母にならなければなりませんでした。そうすれば、「父母の日」が立てられるようになるのです。そうなれば、全宇宙が父母の名と共に、誦詠を捧げるようになるのです。しかし、人間始祖が堕落することによって、このような「父母の日」を天も失ってしまい、地も失ってしまいました。それで神様は、本来計画されたことを成就するために、「父母の日」を取り戻すために、今まで経綸してこられたのです。

 「六千年の復帰摂理歴史は、真の父母を取り戻すための歴史」と言っても過言ではありません。真の父母は、六千年の摂理史全体に代わる方です。それで、真の父母を取り戻すことができなかったことが、人類全体の悲しみに代わり、全体の苦痛に代わり、全体の悲哀に代わるということを、私たちは知らなければなりません。

 数多くのキリスト教徒たちは、イエス様の再臨のその日を待ち焦がれています。それでは、その再臨の日はいかなる日でしょうか。その日は、本然の一つの存在である再臨主、すなわち、本然の男性を立てる日であり、ひいては、愛を中心とした本然の真の父母の因縁を立てる日です。

 まず、真の父母は、霊的な父母の因縁の相続を受けなければなりません。そのような式を経なければならないのです。イエス様以外の聖人たちは、僕の父母であり、イエス様は、養子の父母だというのです。例えば、ある国の王がいるというとき、その王は、生まれながらにして王権をもって出発するのですか。そうではありません。その王権を懸けて戦い、勝利しなければならないのです。一つの国の主権者が出現するには、どのような条件を中心として出現するのでしょうか。その国家の非常時を迎えて、最後の決戦で勝利を収めることなくして、国の主権者は誕生しないのです。

 それと同様に、この地上に真の父母が、真の父母の立場で来るためには、必ず実力戦をしなければなりません。真の父母としての資格を備えて勝利しなければなりません。まずサタンを屈服させて、そののちに霊界に行き、養子の父母を屈服させなければなりません。このようにして、蘇生、長成、完成と、父母の三代の役事を経ていくのです。その中で、最後に残る父母は、肉界や霊界やサタン世界において、勝利の決定権をもって現れる父母です。

 一九六〇年度に「父母の日」が設定されましたが、この「父母の日」は、歴史時代に父母が誤ったすべてのことを、霊的に、肉的に蕩減した勝利の基盤の上においてのみ設定されるのです。それゆえに統一教会では、イエス様の名前で祈祷せず、真の父母の名前で祈祷するのです。一段階、先を行くのです。聖父(神)・聖子(キリスト)・聖霊の三位一体としてましますならば、聖父・聖子・聖霊の名前で祈祷すべきなのに、どうして、イエス様の名前で祈祷するのですか。何ゆえお一人の名前だけをもって祈祷するのかというのです。


「父母の日」設定

 私たち統一教会で、歴史上初めて「真の父母」という言葉を中心として、「父母の日」が設定されたのです。神様の本然の愛を中心とした男性と女性が夫婦を成す「父母の日」が設定されたという事実を知らなければなりません。それにより、神様を中心として、男性の心と体、女性の心と体が完全に水平線で、神様が願われた理想的完成圏が出発すると見るのです。

 「父母の日」は、一九六〇年三月二十七日に設定されました。今や、初めて歴史上に「父母の日」が生まれたのです。失われた神様の栄光に代わり、人類の勝利をほめたたえ、悪に対し、公義の法度で審判の権限を行使できる、私たちの父母が現れたのです。これは、この地上では福音の中の福音です。この「父母の日」を宣布した日が、まさしく陰暦の三月一日なのです。

 この日がないことには、天宙の恨みを解くことができません。この日が来なくては、神様のみ旨を奉ずることができません。この日が立てられなくては、サタン世界であるこの地上に神様の勝利の土台を築くことができないのです。神様が勝利の日を決定する日もこの日であり、聖徒たちが解放してもらえる日も、正にこの日です。天宙間に、願いと理念が一つになる日もこの日であり、天地が開闢する日もこの日だということを皆さんは知らなければなりません。

 「チャム・プ・モ」(真の父母)というその名前、三文字を思う時、真の父母により歴史が治められ、真の父母により新しい世界に移っていくことができる起源が生まれ、真の父母によりサタンを屈服させることのできる内的な因縁が決定され、真の父母により外的な世界を占領しているサタンを征服し、初めて神様を解怨成就してさしあげられる中心が決定されるのです。それゆえ、真の父母と共に生き、真の父母の命令を奉じて行動できる、この驚くべき恩賜に、皆さんがまず感謝しなければなりません。

 私たちは、「父母の日」を迎える中で、喜びを感じることができ、喜びを感じる場で再び生まれることができる基準をもたなければならないのです。また「父母の日」は、子女が生まれる日を天と地の前に公布する日でもあります。

 私たちは「父母の日」を立てましたが、この「父母の日」が、今日、統一教会だけの「父母の日」となってはいけません。世界万民が迎えることのできる「父母の日」にならなければなりません。この日は、統一教会の垣根の中の少数の群れだけが祝うことができる日ではなく、万民が祝うことができる日です。全歴史にわたって永遠にほめたたえることができる日です。未来の万民たちがこの日を、誇りの日、喜びの日、栄光の日として、永遠に記念し、ほめたたえることができる日です。

 皆さんが「父母の日」を迎えるたびに思わなければならないこととは何でしょうか。私たちが「父母の日」を迎えるのは、御父母様が訪ねていく家庭をつくるためなのです。また、「父母の日」とか、記念する日を祝うのは、その家庭の、輝ける愛と理想を高めるためだと考えなければなりません。皆さんが成婚式を挙げたなら、成婚式を挙げたその日が皆さんの氏族を中心とした「父母の日」になるのです。


四 真の御父母様の聖婚式(一九六〇・四・一一〔陰暦三・一六〕、前本部教会)

 一九六〇年陰暦三月十六日(陽暦四月十一日)午前十時、文鮮明先生と韓鶴子女史の聖婚式がソウル龍山区青坡洞一街、前本部教会で全国各教会から選抜された七百余名の男女聖徒たちが参席する中で挙行された。


長成期完成級復帰

 解放直後から七年と七年、満十四年が過ぎたのち、聖婚式をしたのです。蘇生旧約時代、長成新約時代の基準を越えて、アダムとエバが長成期完成級で結婚したので、蘇生、長成の各七年の期間を越えて、完成蘇生級を連結させることのできる位置に出なければなりません。国家基準を越えなければならないのです。

 統一教会の群れを集めて、六〇年度に、全国に少なくとも百二十箇所以上の教会基盤を築いたのです。それは、世界百二十ヵ国の国家を代表しているのです。そこでどんなに国家的試練を受けても倒れずに滅びない、そのような基盤を築いてきたのです。そのような基盤のもとで、一九六〇年度に新しい聖婚式を挙げたのです。

 聖婚式をするのですが、その聖婚式は、自分の思いのまま女性一人を連れてきて、「します」と言ってできるものではありません。歴史を解かなければなりません。アダム家庭、ノア家庭、アブラハム家庭の縦的な二千年、そしてアダム、イエス様、再臨時代というように復帰歴史が流れてきたのです。お母様を選び立てるために、アダム、ノア、アブラハム以後、摂理史的に問題となった人物たち、歴史的に問題になったことに対して、蕩減条件を立てました。

 また、世界の有名な霊通人たち、霊界に通じる人々、仏教代表、儒教代表、イスラム教代表など、すべての宗派の代表たちが来て、私に敬礼しなければなりません。東方博士の三人がイエス様に敬礼したのと同じように、敬礼しなければなりません。そのように蕩減復帰は複雑で多様なのです。


激しい迫害の状況

 一九六〇年に行われた聖婚式の背後には、アダム以後、イエス様の時までの四千年、イエス様から今日に至るまでの二千年の歴史過程において、引っ掛かったすべてのことを、蕩減条件を立てて解決しなければならない内容がありました。それを準備するための一九五三年から一九六〇年までの期間は迫害の時期でした。その期間に、少なくとも三百六十万人以上の人から迫害を受け、三つ以上の教派と国家から迫害を受けました。

 イスラエルの国と、ユダヤ教と、イスカリオテのユダが一つになってイエス様を殺したことと、全く同じ運命に追い込まれたのです。その時が正に一九六〇年の四月です。その時は反対の絶頂でした。一歩さらに行けるかどうか、死ぬか生きるか、ここで新しく出発できるかどうかという、境界線に到達したのです。

 イエス様の十二弟子がイエス様を否定したのと同じように、統一教会に反対する輩たちも、ちょうど十二名だったのです。十二人が署名捺印して告訴をすることによって、先生は、裁判所に行って調査を受けました。その当時、建国大学から有名な学者たちがたくさん入ってきていたのですが、そのような悪い知らせを聞いて、地区長をしていた金正賓も荷物をまとめて逃げていったではないですか。その時、統一教会を支持せず反対したのです。

 お母様を迎える前日まで、内務部で調書を捏造されたりしながら取り調べをされました。それでお母様まで呼ばれていって戦わなければならなかったのです。イエス様が法廷で死んだので、法廷から取り戻してこなければなりません。蕩減復帰です。十一時に法廷で殴られながら、朝の三時に結婚式を始めました。そのような闘争のまっただ中において基準をつくったのは、万人の平安と喜びの幸福の基台をつくってあげるためなのです。

 それは誰も知らないのです。劉協会長はそのような意味では功労が大きいのです。そのような局面で、一九六〇年四月十一日に聖婚式が行われることにより、一つの峠を踏み越えて上がるのです。そこからサタンたちが屈服し始めるのです。


四十歳の峠を勝利

 先生がそのまま満四十の峠を越えれば大変なことになります。それで大急ぎでしたのです。それを偶然に越してしまうようになれば、すべてのものが、ぼとっと落ちてしまうのです。どれだけ深刻だったか、皆さんには分からないことでしょう。復帰路程で、この四十数を越えることがどれだけ重要な一つの峠であるかということを、皆さんは原理を通して学び、みな知っていることでしょう。四十の峠を越える時までは、死んではなりません。へたばってもならず、後退してもなりません。どんなに追われ追われても、最後まで前進しなければなりません。

 怨讐に出会うその峠ごとに「私が倒れてはならない。私が死んでは駄目だ。私が死ねばこのみ旨を誰が立てるだろうか。どんなに苦労をしたとしても、四肢が切られ不具になり、伏して生きるとしても、私は死んではならない」と、どれほど心の中で念を押したか知れません。

 ゆえに先生は、死なずに四十の峠を越える日を待ち焦がれ、歳月が早く過ぎ去ることだけを黙々と願いました。「青春よ、早く過ぎ去れ。歳月よ、早く過ぎ去れ。自分にあるすべての宝物が奪われるとしても、来たるべき四十の峠で私は、敗者とならず勝者になるんだ」と思いつつ歩んできたのです。また、それは先生の宿願であったのです。


三代にわたった家庭的恨

 来たるべき主の家庭はいかなる家庭でしょうか。悲惨というならば、それ以上悲惨な家庭がないぐらい悲惨な家庭です。言い換えれば、その家庭においては、今までの歴史過程を通してすべての男女が引き起こした悲惨事が、少しの間でもかすめていくのです。そうでなくては蕩減にならないのです。

 それゆえに、その新婦が流さなければならない涙の種があるなら、それは歴史上の数多くの女性を代表した涙の種にならなければなりません。そして、耐えることがあるならば、それも歴史上の数多くの女性を代表した忍耐にならなければなりません。そして、男としてなさなければならないことは、心情世界において悔しい思いをしながら、犠牲を受けて愛の道を行った男たちがいるだろうし、無念な思いで愛の道を行った男たちもいるだろうし、「死んでもその道は行けない」と言った男もいるはずなのですが、彼らのそのような運命の道の責任を負って行かなければならないのです。そうせずしては、歴史上に絡み合った悪の根を根こそぎ抜き取ってしまうことができないのです。

 それで、イエス様も耐えられない心情の十字架を先生が負ったということを皆さんは知らなければなりません。国を失った悲しみ、教会を失った悲しみも悲しみでしたが、それよりも、六千年の恨を解くための、家庭的な基盤をもてなかったイエス様の恨を解くために立てた家庭的土台を再び失うべき立場だったので、それがもっと悲しく悔しかったのです。これを再度編成して、家庭的基盤を再び立てたのが現在の家庭です。一九六〇年度に聖婚式をすることによって、初めて家庭の型をもつようになったのです。

 そのようにして初めて、縦的な歴史を横的に蕩減するようになりました。六千年歴史の中で、アダム、イエス様、再臨主の時代までの蕩減が起きるようになりました。エバに該当するのが聖進の母であり、マリヤに該当するのが喜進の母であり、再臨時代の母に該当するのが現在のお母様です。そのようなお母様が出てきたので、初めて四位基台が成されました。


聖塩の分配

 聖塩がどこから始まるのかというと、父母が現れる時から、すなわち、御父母様の結婚式場から始まるのです。堕落した父母の愛からすべてのものが汚され始めたのでしょう? それで、聖塩は御父母様の愛を中心として聖婚式から出てきたのです。

 サタン世界のサタンの血筋で汚されたものを神様は使うことができません。それで、結婚して、真の父母の因縁を通じた本然的愛、本然的生命、本然的血統の内容を代表できる主体者として、これらは燃やしてしまわなければならないのです。しかし、とりあえず人類は、着て、食べなければならないので、燃やす代わりに聖別という条件を中心として、サタンと関係のない世界圏で食べたり着たりすることが地上で初めてなされたという事実を知らなければなりません。

 皆さんは、真の父母を取り戻さなければならず、真の父母と一つにならなければならず、真の父母と共に国を復帰しなければなりません。それなのに私たちは、そのような国を見ることができず、そのような国の中で生きることができず、そのような国の中で作り出した商品を手にすることができないということを無念に思わなければなりません。ですから、私たちは聖塩で聖別をするのです。その国(神様の国)では聖塩は使わないことでしょう。聖塩を使う必要はないでしょう。

 聖塩は麹と同じです。物を買った時に聖別し、外の生活をしてから家に入る時も、垣根で、大門で聖別するのが原則です。聖別したものはサタン世界に渡してはいけません。どうしようもない時は、左手であげなさい。聖別は「聖父(神)、聖子(キリスト)、聖霊と真の父母と私の名前で聖別いたします」と言いながら、聖塩を十字、北南東西の順で振りまきます。聖別した不動産などを処分しなければならないときは、段階を通じ、承諾をもらって処分するのが原則です。


小羊の婚宴

 黙示録に現れた小羊の婚宴とは何かというと、私たち人類が堕落によって、神様の愛を受ける真の父母を失ってしまい、堕落した偽りの父母をもつようになったがゆえに、神様が人類歴史の終末時代に真の父母を探し出し、神様を中心として人間の先祖として結婚式をしてくださるということなのです。創世記はアルファです。人間はアルファで落ちたので、黙示録であるオメガに行って合わせるというのです。

 それでは何ゆえ、父と母が今日、私たちに再び必要なのでしょうか。私たち人間は堕落によって過って生まれたので、再び生まれなければならないためです。それで「重生」、すなわち生まれ変わるという言葉があるのです。皆さんは、生まれはしましたが、父母もなく生まれたのと同じ立場です。それゆえに、もう一度、母の腹の中に入っていき、出てこなければなりません。これが今までの救いの歴史なのです。

 先生が聖婚した一九六〇年四月十一日、その日は何の日ですか。その日、聖婚式を挙げた日は、他のBとは全く異なるというのです。現れたものは簡単に見えますが、それが全体を集約させた代表的な核となるとき、歴史はその日を研究するようになるのです。六千年の間、天が願ってきたアダムが来て、この地上で蕩減を果たし、一九六〇年度に聖婚式を挙げたというこの事実が、どれほど途方もない事実かということを皆さんは知りません。天から見る時、どれだけはらはらし、生死を分ける薄氷を踏んでいくような、どんなに息の詰まる、そのような期間であったことでしょうか!

 聖婚式は一個人のことではありません。世界史的なことです。そのような世界史的な神様の摂理に対して、そのような心情的起源を総合した場で、誰よりも愛する一つの家庭的起源を宣布するというとき、その家庭的起源を中心として天倫は、天地の運勢は、動かざるを得ないのです。

 一九六〇年度に家庭という基盤をもったので、滅びないというのです。家庭基盤をもつことができなかったならば滅びるようになるのです。一九六〇年度の聖婚式がどれだけ歴史的な事件だったことでしょうか! 今まで六千年の間の摂理歴史時代で、アダム一人を探すために苦労したその基盤の上に、アダムが地上に基準を築き、エバを完成した女性として迎え入れることができるということは、霊界と肉界に分かれたものが初めて地上世界に連結されるということなのです。男性は天の代身であり、女性は地の代身です。分かれた霊界と肉界が連結されるのです。アダムとエバが怨讐だったその群が崩れるのです。アダム・エバと神様が会えなかったこの群が崩れるのです。サタンが抜け出ていくというのです。


聖婚式と世界的女性運動

 地上に永遠の基台として相対者を立てることが、統一教会で言えば聖婚式であり、一九六〇年のきょうでした。第一次世界大戦以後の七十年間は女性の運勢圏です。米国でも女性が先頭に立つようになったのはほんの少し前のことです。それは七十年間、地上で許しを受けた女性の祝福圏です。その祝福圏は、真のお母様がこの地上に生まれ、その真のお母様を中心として始まらなければなりません。

 イエス様が地上で実体を備えれば、新婦は天道のすべての内容を知って、すなわち、真理の中に新婦の資格を完遂し、新婦としてメシヤが来ることを待ち望み、彼を迎える準備をしなければなりません。そうして一つの家庭を準備し、一つの国家を準備し、世界を準備しなければならないのです。それが新婦のすべき責任なのです。

 それゆえに、一九六〇年代に入って女性運動が世界的に広まったのです。女性は、男性が解決できないことを解決しなければなりません。この地上にどんなにたくさんの人がいるとしても、すべて悪なる血統を受けて生まれた堕落の後孫であるため、母的な使命を果たせる真の女性が現れなくてはなりません。終わりの日が近づけば近づくほど、そのような代表的な存在が出現できるその時が近づくので、世界的な女性運動が起こるのです。終末期は、堕落したものを女性が復帰できる時であるので、終末である今、天的なエバを代表して女性たちが乗り出すことができる恵沢圏にいるのです。


真のお母様の内的試練

 ここにお母様もいますが、洪ハルモニに「三年間、絶対にこの表門から出入りをするな」と言ったのです。皆さんの社会から見れば、年老いた義理の母なのですが、その年老いた義理の母に命令するのに「娘だからといって、絶対に目の前に現れるな。正門から出入りするな。三年間は私の目の前に現れるな」と言ったのです。それは、なぜそうなのか分かりますか。内輪の議論をしていては、すべてを滅ぼしてしまうのです。

 お母様は、この世の女性のように内輪の議論をすることはできないようになっているのです。お母様はエバの位置を代わって継いでいく人なのです。内輪の議論をする人は、お母様を堕落させるための天使長の立場に立つのです。それが十回あれば十回とも立つという原則があるのです。ですから自分の娘として内輪の議論をしていては、お母様をつくることができないというのです。お母様の考えの中には、お母様の頭の中には、アダムだけがいなければなりません。夫しかいてはいけないのです。

 そしてお母様は、親戚たちに対する観念を絶対にもってはならないのです。「全部切りなさい」と言いました。自分がしなければならない主流の責任を残しておいて、傍系的な心情に蹂躙されてはいけません。そうなれば問題が生じるのです。そうして三年間、お母様を金寅哲の家に間借り暮らしをさせたのです。

 他人の家で寄食するのです。さらに、教会に一日二回も来られないのです。一日のうち、夕方に一回だけ来るのであって、二度来てはならないのです。それも、来る時は正門から入っても、出ていく時は裏門から出なくてはなりません。世の中のどこにそんな道理がありますか。外泊暮らしです。

 そこでは、お母様も涙をたくさん流しました。結婚をしたので、どこかへ行こうとすれば、夫について歩かなければならないではないですか。しかし、おばあさんの三位基台、お母様の三位基台があるのです。先生がどこかに行くとしても、その人たちを連れていくのであって、お母様は連れていかないのです。ですから、どんなにあきれ返ることでしょうか。峠を越える時までそうしたのです。

 少なくとも百二十人以上の女性たちが競争したのです。ですから、それをそのままにしておけば、この世よりも恐ろしいのです。毒薬を飲ませて殺すようなことが起きるのです。ですから、その憎しみの矢を防ぐために、三年の間外泊させたのです。そのような時、譽進を産んで風に当たり、産後の病が生じたのです。寒い所でぶるぶる震えて、夫も行かない所にいました。そこに先生が毎日行くことできますか。

 また、おばあさんたちから始まって「あのお母様はどうだこうだ。ほかのお母様を選ぶ」とか、例えば、先生と誕生日が同じことまでも「それは全部、四柱観相を合わせるために、そのようにしたのだ」とか、ありとあらゆるうわさが立ったのです。しかし、そこで対抗すれば二つとも砕け散ってしまうので、無言のまま行かなければなりません。無言のまま行きなさいというのです。ですから、どれほど息が詰まったことか、そのような環境を経てきたので、誰もが「本当に偉い」と思うようになるのです。「あの方でなければ駄目だった」と思う基準がだんだん出てくるのです。

 その背後で、先生がどれだけ苦労したのか分かりますか。ある女性などは、お母様が息子を産んで住んでいる部屋にぱっと入って来て「この部屋を明け渡せ。私の場所だ」と言って、寝転がって手足をばたばたさせて大騒ぎをしたのです。「明け渡せ。出ていけ」と大騒ぎしたのです。そんなことがあり得ますか。どれほど息が詰まったならば、いかばかりであれば、そのようなまねをするのかというのです! 「千年、万年も越すことができる精誠を尽くしてその日を成就しようとしたのに、精誠も込めていないようなお母様が来て座り、天下の位置を占めているので、あきれて物も言えない」と言うのです。「本来は私がお母様になるべきなのに」と思っていたのです。それはどれほど悲惨ですか。私は黙って見ていましたが、お母様も黙って見ているのです。お母様が立派なところは、それを見てもじっとしていることです。

 心情的なカインを包容できなければ、心情的なアベルは立つ位置がないのです。これが原理です。アベルの位置、心情的なアベルになるためには、心情的なカインの基盤を全部消化し、全部生かしてあげなくてはならないというのです。

 ですから、おばあさんたちをはじめとして統一教会の女性たちが、一番最初のころは憎いと思ったのですが、自分たちがよくよく見ながら考えると、「先生もやり過ぎだ。お母様を迎えたならば一緒に住むべきでしょう。何ですか、外にほうっておいて、一緒に住まないなんて」と同情したのです。そのようにして悪口を言ったのを全部蕩減復帰するのです。見方も変わって、お母様の味方になるのです。そうして、おばあさんたちがお母様の味方になり、おばさんたちがお母様の味方になり、その次には若い娘たちがお母様の味方になり、みなお母様の味方になるので、その次には、本来の場所に入るのです。


五 真の御父母様の聖婚以後の七年公式路程(一九六〇〜一九六七)

摂理的完成期七年路程

 世の中では、正月一日を新年の出発の日としていますが、復帰摂理のみ旨を中心として見る時は、四月に聖婚式をしたので、四月から四ヵ月間が常に問題になるということを皆さんは知らなければなりません。

 先生においては、一九四六年から一九六七年の末までが、二十一年路程に該当するのです。一九六〇年度は先生の第二次七年路程の最後の年です。統一教会においては、一九六〇年度から家庭出発です。統一教会を中心として見れば、第一次七年路程が出発する年です。一九六〇年度を中心として、私たちは定着し、出発したのです。

 原理的に見れば、間接主管圏と直接主管圏があるのです。その期間で、間接主管圏と直接主管圏が連結し、完成したアダムが神様の直接主管圏内に連結されなければなりません。それで、七年路程とは何かといえば、長成期完成級から残された七年の期間を蕩減する期間です。

 先生自身も一九六〇年度を中心として聖婚式をしましたが、成婚式をしたその家庭というのは、あくまでも世の中に勝ち、世界に勝って、霊界と肉界、全体勝利の基盤を築いた上になされたものではありません。ゆえに、霊界と肉界が束になって攻勢をかけてくれば、そこで戦ってこれを越えなければなりません。そうしてこそ、本来、人間がサタンの侵犯を受けなかった位置に立ち、神様の直接的愛圏内に至り、天国に入ることができる本然の家庭基準になるのです。そのように途方もない歴史的な事情が残っていることを誰も知らなかったというのです。そのために、先生は一九六〇年度に家庭を祝福しておいて、蕩減復帰歴史をなしてきたのです。


真のお母様の蕩減復帰路程

 理想相対とは何ですか。私が創造した男性、私が創造した女性が理想相対です。神様がアダムとエバを造り、共に生きるようにしたのと同様に、再創造して生きるのです。神様が七千年歴史を経てきたのは、エバー人を探し出すためでしょう? それで全体蕩減を七年期間にするのですが、それが第一次七年路程の期間であるというのです。

 天的な家門や家法による教育をしてきたのです。お母様は知りませんが、堕落の結果失ってしまった娘の基準と、その相対基準と、神様の前に真の父母の基準、この三つを実体において復帰したのです。

 うれしくて「うれしい」と言ってしまったその言葉一つが誤っても、それが教育に変わり、先生がたまにうれしくて、背中でも一度触れば、「きょうはどうして特にこうなのかしら」とあれこれ考え、それが教育に変わり、後ろをちょこちょこついてきながらも「これはまた何の教育になるのだろう」と気をつけるようになれば、またそれが教育に変わります。あれやこれやと東西南北に自由がありません。

 いつも神経をとがらせて薄氷の上を歩くように、「きょうは無事だろうか、あすは無事だろうか」と考えつつ、一日一日を過ごしながら神様に感謝する、そのような生活をしたのです。それを私は知っているのです。ですから立派な夫ですか、暴悪な夫ですか。(笑い)かといって、私はくどくどと説教はしません。さっと一言言うのです。そのようにして、そこに拍子を合わせてみると、神聖なる聖母マリヤ以上のお母様になったというのです。(拍手)

 蕩減復帰の解怨成就において、エバの完成のための蕩減復帰歴史がなければなりません。先生はアダム復帰完成のための闘争の歴史を経て、勝利の基盤を築いてきた堂々たる男性として立っていますが、女性が堂々たる女性として立つためには、エバの蕩減復帰路程があるのです。

 七年という期間は、お母様の試練の期間です。その七年間は女として絶対服従し、神様の前に試練を克服した蕩減条件を立てて、先生の前に相対的な基準を完全に備えなければならないのです。そのような期間は、お母様としての試練の期間です。女性として、人間の世界で受けるべきすべての苦衷を味わい、神様のみ旨を中心として消化し、克服して越えなければならない期間であるということを皆さんは知らなければなりません。

 統一教会の女性信徒たちが黙ってほうっておかないのです。やたらといじめるのです。目玉をくり抜きたい、唇をかみそりで切り裂きたい、そのように思うのです。ですからお母様は、お母様としての合格証を受けるために試験を受けるのです。試験を受けるとき、教師たちは引っ掛かってだまされるような条件のみ探すのです。一番難しいことで引っ掛けるのです。お母様の位置に立ってはいますが、訓練を受ける時はお母様ではありません。アベルとして、統一教会の女性たちをすべて慈しむことができる位置に立たなければならないのです。そのようにして、すべての人が喜ぶようにならなければならないのです。それが難しいのです。統一教会の婦人たちは、お母様を最高に讒訴したのです。突き刺して倒そうというのです。

 そのように最も憎しみを受けるところから解放され、憎んでいた人が太鼓判を押し「最も愛する女性の代表である」と、「私の福をすべてあげてもいいです」と頭を垂れるようになるとき、お母様は、初めてお母様の位置に上がるのです。


夫婦愛の完成路程

 第一次七年路程とは何かといえば、相対基盤を完成させる時です。家庭的完成基盤を越えていく時なのです。性格的な面で先生と合わないのですが、ある一時期に来ると合い始めるというのです。そうすれば、合わなかったことは切り捨てて、合う所から出発するのです。それが七年路程です。第一次七年路程がどういう期間かというと、み旨を中心としてお母様と一つになることができる基準を合わせてくる期間です。

 信仰で一つにならなければなりません。夫が行く道の前に、妻がああだこうだと言いながら反対する日には引っ掛かるのです。その次には、体で一つにならなければなりません。実体で一つにならなければなりません。その次には、愛で一つにならなければなりません。すべて神様を中心として、信仰で一つになり、実体で一つになり、愛で一つにならなければなりません。

 それで先生が、先生の家庭の前に讒訴できる内外のすべての基準を整理して勝利した期間、心情的な面において、家庭を中心として発展してもサタンが讒訴できない起源を完全に決定した、その期間が七年路程だということを皆さんは知らなければなりません。そこには内的な問題など、複雑な問題がありました。お母様と先生が一つになったといえる心情的基盤は、この世界の分かれたすべてのことを総合できる、代わりの立場にもなるというのです。世界を一つにまとめた心情の基盤の上に立たなければならないので、そのようなことをしてきたのです。

 それで先生は、皆さんを直接指導することを中断したのです。先生は一九六四年の夏まで、この場所で日曜の礼拝の説教をしました。ところで、どうしてそれをやめたのでしょうか。それは外的な問題より、内的な問題がより一層切迫していたためです。


真の御父母様の家庭完成の十字架路程

 七千年歴史を区切りとして完成してこそ、安息圈を越えて、八数の新しい出発ができます。これが第一次七年路程であるのですが、これは皆さんが行くのではありません。その期間は統一教会の文先生が家庭的基盤を築いていく時です。祝福式、聖婚式のあとから、先生の家庭は幸福な家庭ではありません。家庭的十字架を背負って行く道です。誰かが家庭的十字架を背負って勝ったという勝利的な立て札を打ち込むまでは、第二次である皆さんの家庭の行く道がありません。

 先生の家庭を中心として四位基台の基盤を広めてきたのです。今、その基盤が広まるとともに皆さんが復帰されるのです。ここにいる先生の家庭の子供たちの名前を見れば、全部復帰歴史と関係しています。

 うちの息子、娘たちは、みなこの中から生まれ、必ずお母様の話を聞いて一つにならなければなりません。この期間には、先生の家庭で蕩減を受けることがたくさん起きるのです。子供たちまでも、この期間には気を休めることができずに育ったのです。この期間には、家庭で思いがけない不祥事も起きたりするのです。

 そしてお母様を迎え、約束して定めたことは、どんなに悔しく無念なことがあっても、今後食口たちの前で「うちの先生夫婦はけんかをしたんだな」ということを見せてはならないということです。育つ子供たちが多くても、子供たちの前で涙を流して、お母さんとお父さんがけんかしているという表示を絶対にしてはならないのです。私もそうです。子供たちは小さな神様です。愛を中心としてよ力近い神様です。絶対服従です。もしお母さんのい心時、子供たちが「お母さん!」と言って入ってきたら、笑っている子供たちに「なあに!」と言うのです。

 またj私は子供たちを見てあげることができませんでしたが、全部はできなくても、四番目の息子と娘までは、いつどんな時でも、)十二時を越えて帰ってきても、寝ている部屋に入ってキスをしてあげ、祈祷をしてあげました。私は父母として、子供たちの生活に対していちいち指導はできませんでしたが、保護すべき責任があるので、朝夕に祈祷してあげて生活したのです。

 父母と子女と万物が一つにならなくては、神様の愛の圏に到達できません。それで七年の間、お母様を中心として訓練をし、お母様と子供たちを中心として迫害を受けて大変だったのです。そのような過程を経たのです。

 堕落したがゆえに、夫の責任を果たせず、息子の責任を果たせず、万物を失ってしまったのです。それゆえ、そのようなことを内的な面で蕩減しなけれぱならないのですが、そのような過程を経ながら、「万物の日」、「子女の日」、「父母の日」を設定し、すべて蕩減してくるのです。それをこの七年期間にしたのです。そのようにしてこの七年期間が終わることによって、「神の日」を立てて蕩減の峠を越えるのです。


世界的氏族編成期間

 今日、統一教会が一九六〇年度を中心として、このような父母を迎えましたが、この父母は心情の父母です。父母の因縁を立てておいて、その次には氏族基準を立てるのです。氏族を中心として内的編成をすると同時に、サタン世界にいる死亡の家庭たちが天の前に進み出ることができる道を教えてあげるのです。

 私たち家庭が行くべき所は、今後、氏族解放の基盤を築くための道だという確固たる信念をもったので、私がどんなにやられて傷を負ったとしても、勝利の基盤を立て、氏族解放のメシヤの使命を完全に果たさなけれぱならないという厳粛な天意の宿命的課題を前にして、前進命令をしなければならない時が、一九六〇年度からの七年期間でした。

 イエス様の家庭とイエス様の氏族が行くことができる道を切り開かなければなりません。それでこの七年期間に、み旨は個人のみ旨ではないので、全世界と連結させるため、世界を一つの氏族圏の内外の因縁に連結させるために、合同結婚式、祝福という問題を掲げて連結させてきたのです。

 一九六〇年代に天とサタン世界の家庭に新しい分立が起きたのです。それで世界史的な観念を中心として祝福をしたのです。祝福家庭たちは新しいイスラエルの国を編成するのです。私たちは第三イスラエルの国をつくりあげなければならないのです。それで一九六〇年から上がっていくのです。


六 三家庭の合同祝福結婚式

 真の御父母様の主礼(媒酌)により、一九六〇年四月十六日(陰暦三月二十一日)午前十時、前本部教会で金元弼・鄭達玉、劉孝元・史吉子、金榮輝・鄭大和の三双が永遠の夫婦の契りを結ぶ祝福の礼式を挙げた。


真の御父母様の聖婚前に三家庭約婚(金元弼・鄭達玉、劉孝元・史吉子、金榮輝・鄭大和)

 復帰してくるときの一番の中心問題とは何でしょうか。最初にノアを中心としてしたので、ノアの三人の息子が問題です。一九六〇年に「父母の日」を立てると同時に、ノアの三人の息子のような三家庭を立てなければなりません。そうすることによって、アダムからノアまでの死んだ霊を救うことができ、その勝利の基台の上にヤコブのような家庭を立てることができるのです。

 この三家庭が、アダム、ノア、アブラハムを代表した家庭であり、カイン型を復帰した家庭です。またこの三家庭は、イエス様の時代に反対した弟子の代わりに再臨時代の子女として立てられたカイン型の人物です。ゆえに再臨主に侍ることによって、復帰した天使長の立場に立たなければなりません。それゆえ三家庭は、天使長を復帰した型の家庭になります。

 アダムの身代わりがイエス様であり、イエス様の身代わりが再臨主であられます。その再臨主も、完全に服従する三名の信仰の子女をもたなければ真の父母の立場に立てないのが公式となっています。自分の生死の境地を越えて、迫害のまっただ中でも従っていき、孝行できる三名の弟子をもたなければなりません。先生は、そのような三弟子を一九六〇年四月に探し立てました。

 アダム家庭のカイン、アベル、セツの三人の復活体として相対基準を成し、その基台の上で約婚の立場を越えて、実体的に父母の立場を決定したのが一九六〇年の聖婚式でした。神様の恨となるアダム家庭における三人の子女と父母が一体となった立場を成したということ、それがこの地上において歴史始まって以来初めて韓国で成就されたということは、世界的な事件であり、この時から韓国に新しい歴史の運勢が回り始めたといえるのです。


三家庭祝福結婚式(一九六〇・四・一六〔陰暦三・二一、前本部教会)

 一九六〇年に先生は、聖婚式を挙げる前に三十六家庭の中の、三家庭を約婚させ、先生が聖婚式を挙げたのちに、その三家庭を祝福しました。

 復帰摂理路程において、子女たちの結婚式には必ず父母がいなくてはいけないということは皆さんがよく知っていることです。それゆえに神様が今まで六千年間、復帰摂理をなさった目的も、必ず中心の基準を立てておいて、そこから子女たちに対して祝福なさろうというものでした。そのような時が来ることを大変待ち焦がれていたのです。

 また、婚礼の儀式をしてあげるためには、必ず子女として天の前に立つことができる式がなければなりません。父母の前に子女になるという式がなければなりません。それでまず先に子女として天の前に立つことができる式があるのです。父母の祝福を受けて天の前に立たなければなりません。

 そうして子女たちの宣誓式があって、次に問答があって、その次には祝福することにより、第一次の式は終わるのです。それが終わったのちに新郎新婦たちが礼服を着て、ここに入場するのです。あそこから三子女たちが出てくるでしょう。出てきて、ここに立つのです。

 このような婚礼の儀式が神様の願いであり、理想でした。アダムとエバが成熟すれば成してくださろうとしていた婚礼の儀式なのです。創造理想の心情の中にあったことであり、実に歴史的なことです。このような式典は創造以後初めてなされたということを痛感しなければなりません。イエス様の時の三弟子は、師と生死を共にしなければなりませんでした。ですから、これからは皆さんの体は皆さんの体ではないということを肝に銘じて歩んでください。祭物の立場であるという心情をもって生きていかなければなりません。


三家庭とその子女たち

 三十六家庭の代表となるこの三家庭の中で、一番目の家庭が金元弼です。歴史は、誰でもその位置に立てることはできません。これこれこのようなプログラムによる、これこれこのような背後の内容が霊的な世界になっていないと、長子の立場に立てることができないのです。そのような人が金元弼だというのです。その次に二番目が誰かといえば、劉孝元です。そして三番目に金榮輝です。

 元弼と劉協会長と金協会長でしょう。元弼は協会長をさせませんでした。どうしてでしょうか。それは元弼自身も考えているかもしれませんが、アダムの位置に立たなければいけないからです。

 劉協会長の立派な点とは何かといえば、足に力もなくて欠如した点もありますが、み旨の前に、先生の言葉に絶対服従したことです。絶対服従したというのです。また、元弼も先生の言葉に絶対服従します。で、金榮輝はどうでしょうか。この人は純真なところがあります。この人たちが一つにならなければなりません。個人的にそのような基準に立って一つになれば、その次には家庭的に一つにならなければなりません。この三家庭が一つになれなければ、個人が被害を受けるようになり、家庭が被害を受けるようになり、氏族が被害を受けるようになります。さらに先生の家庭にまで被害が及ぶというのです。それゆえに、この三家庭が重要だというのです。

 文先生は神様の心情世界に行く原理原則を教える人です。先生は今まで金協会長の子供も知らないふりをしました。抱いてあげることもしませんでした。それは先生が、世界が愛する立場で神様の祝福を受けた息子、娘を抱きたかったためです。また、元弼にも娘がいますが、いまだに何もしてあげていません。

 死んだ劉協会長の息子を私は一回も抱いてあげなかったのです。それはすべて、原理の道があるので、原理どおりに生きていくために、そのようにしたのです。協会長の幼い子供を外国の人たちがちょっと抱きたがるようになります。世界の人の愛を受けたのちに、先生が愛してあげなければならないのです。


み旨にかなった子女の愛の伝統

 先生は聖進をまともに愛してあげることができませんでした。一九六〇年の聖婚式を迎える前までは、学費もあてがうことができず、本一冊も買ってあげられませんでした。それは皆さんも見て、よく知っていることでしょう。それは、肉身の息子、娘より信仰の息子、娘をもっと愛さなければ復帰にならないためです。また、幼い喜進をあちこちに転々とさせながら、他人の家に住まわせたその父母の心は、口では言い表せないものです。

 その反面、統一教会の人のためには私の骨と肉を削りながら、監獄に入り血を吐く場にいたとしても、彼らのために祈祷しました。私の子供は祭物として捧げながら、そのような精誠を尽くしてきたのです。それが統一教会の伝統的思想です。

 三家庭の祝福前は、先生は聖進、喜進と一緒にいることができませんでした。しかし三家庭がお父様と一致する基準を探し立てたので、聖進と喜進を天の前に取り戻すことができました。三家庭を祝福してあげたのちに、米国に行ってきて、初めて聖進と喜進を連れてきて一つの家に住んだのです。

 先生は公的な立場では無情な人です。子供たちの代にまでも、その原則を適用しているのです。聖進が十八歳になった日の朝、手を挙げて宣誓をさせました。「お前が過ったら父とは関係ない」と言いました。子供を立たせておいて、そのような公的な宣誓をさせる父の心情はどうだったでしょうか。それは国を愛し、世界を愛するためです。子供の過ちがその一家の過ちとなることはできないというのです。過れば国が滅び世界が滅びるので、条件を立ててでも、滅びることがないよう、サタンに対する防衛線を張らなければならないのです。


信仰の三子女と直系子女

 皆さんも先生と同じ立場であるがゆえ、信仰の三人の息子、娘を立てて、アダム家庭の基準を復帰できなくては、自分の息子、娘を愛してはいけないのです。

 信仰の父母は、自分が伝道した三人の息子、娘がいるならば、男性が伝道した三人の息子と、女性が伝道した三人の娘を置いて、第一、第二、第三として、そのまま結婚させなければなりません。そうして八人の家族を取り戻さなければなりません。アダム家庭の八人家族を失ってしまったので、その八人家族を取り戻すことができなければ、復帰の道に入っていけないのです。

 祝福家庭の信仰の子女たちは、信仰の父母の子女を希望の対象として侍らなければなりません。さらに彼らの赤ちゃんが生まれるのを待ち焦がれながら、妊娠したならば腹中から赤ちゃんに侍らないといけません。これを確実にやらなければ復帰の道を行くことはできません。信仰の子女が自分の直系の子女に腹中から侍り、それと一つになった立場に立たなければ、三天使長の協助によって神様がアダムを創造なさったのと同じ立場には立てません。

 三人の信仰の子女が、腹中から直系の子女に侍り、子女が結婚するまで力を尽くしてすべてのことを協助する伝統を立てなければ絶対に完全復帰はできません。

 神様の愛によって初めて生まれた子女が、堕落しない圏、長成期完成級基準圏を通過するのです。それが原則です。それゆえ神様の愛により生まれる自分の子女、祝福を受けて生まれる子女によって完成時代が初めて開かれます。

 そうして、皆さんの息子、娘たちが「彼らを私と同じように愛してください」と言うことができる立場に立ってこそ、三人の信仰の息子、娘が天国の相続を受けられる圏内に入っていくというのです。

 私たち統一教会の家庭で言えば、ここに三家庭がありますが、その家庭全体が先生の息子、娘をあまりにも愛したため、先生の息子、娘たちが「あの三家庭も祝福が受けられるようにしてください。天国に連れていって一緒に住みましょう」と言うことができてこそ、そのあとに従って入っていくというのです。祝福を受けた家庭は、先生の息子、娘と同等な立場に立てません。先生の息子、娘たちがみな「彼らを愛していますので、祝福をしてください」と言える特権を付与してもらうようになれば、相続者となるのです。

 皆さんの息子、娘たちが、皆さんの信仰の息子、娘にそのようにしなければならないし、皆さんの信仰の息子、娘たちと一つになったその家庭が、先生の息子、娘とそのようになってこそ、天国に行くのです。

 皆さんは今、教会の祝福を受けましたが、国の祝福と世界の祝福の位置をすべてすませて初めて、そのような時代が過ぎ去るようになるのです。神様から受け継いだ後孫、中心人物、中心家庭、先生の家庭において、今後直系を受け継ぐべき一つの中心があるはずです。先生はすべての系列から、その中心一人だけを立てればよいのです。先生の一族に対してそうなのではなく、一人の人だけを中心として一つになれば、すべてのものがそこへ行くというのです。

 その時は、先生の後孫たちもそのセンターを中心として一つになるのです。同時代において皆さんと一つになるのと同じことでしょう。それは三大祝福圏内に移っていってこそ可能なことであり、それ以前は、絶対的に先生の一族を中心として、そのような運動をしなければなりません。


七 「心情復活の日」宣布(一九六〇・四・一七、三清園)

 一九六〇年四月十七日、真のお父様はソウル市内にある三浦公園に七百名余りの食□が参席する中、復活節礼拝を主管されながら、この日を「心情復活の日」として記念すると宣布された。


神様の心情解放宣言

 一九六〇年四月には、御父母様の聖婚式があり、三子女の成婚式があり、「心情復活の日」宣布がありました。このような日々を私たちは深く考えなければなりません。

 神様の心情を解放し、神様の心情的十字架を人間世界を代表して地上で解かなければならないのです。心情的な受難の道を通じて、夫婦が愛の十字架を負うといった、そうした代身者がいなければなりません。その十字架を背負い、その次に、この人間世界の個人と家庭と氏族と民族と世界的峠を越えなければなりません。その峠を越えたと宣言する日がなければなりません。「神様が愛するのと同じように、私の心情を投入するであろうし、神様が子女を愛し、万物を愛するように、この二人がいたします」と言わなければなりません。

 それで、一九六〇年四月十一日、御父母様の聖婚式が過ぎて七日目になる四月十七日を期して、「心情復活の日」を宣布したのです。天と地の上に心情復活を宣布した日です。それにより神様の心情的なすべての事情が、人間世界に残された心情問題が、世界的に解決される日には、地上天国、天上天国は必ず成し遂げられるのです。

 真の父母が現れたとすれば、その真の父母の前には何がなければなりませんか。そこにはアダムとエバを中心として、カイン・アベル・セツの三兄弟の基準がなければなりません。三兄弟を中心に八人家族が地獄に落ちたので、これを復帰するためにノアの八人家族が出てきました。したがって、この基準を越えるためには、八人家族を備えなくては越えていくことができません。先生もそうしたことをなさなければなりません。それゆえにノアの三兄弟のような立場を中心として祝福をしてあげるのです。そうしてこそ、堕落したサタン世界の人類を収拾できる門が開かれるのです。

 その基準を中心として心情復活の条件を立て、「心情復活の日」を宣布したのです。言い換えれば、カイン・アベルを中心として見るとき、アベル的な心情の因縁をもったという基準を立てなければならないのです。なぜならカイン的な心情的基準を通じて復帰の役事をしてきましたが、それをもって、そのままアベル的な心情的基準を通過させることができないので、心情復活という条件を立てていかなければならないというのです。言い換えれば、皆さんが心情復活をするためには、先生の息子、娘と連結し、カイン的兄の立場で心情的に一つになっていかなけれぱならないということです。


忠・孝・烈の心情開門

 私たちはいずれにしろ心情の門を通過しなければなりません。心情の門を通過したという条件を立てずには復活することができません。イエス様も心情の問題を解決できなかったために天国に入ることができなかったのです。ゆえに第一に心情であり、二番目も心情です。この心情の門を開いてこそ天国の門が聞かれます。天国の門が開かれる日、その体と心、心情に傷を受けなかった人が天国に入っていくことができるのです。

 きょう、この復活節に、私たちの心情が問題です。現実において、天が願われるとおりの価値的な味のある人にならなければなりません。これまで復活を完結したという人は、天にも地にもいませんでしたが、このかわいそうな民族が住む韓半島から復活がなされるということは、頭を垂れて感謝しなければならないことです。この基準を成した人がいるとすれば、その人は億千万のお金を出しても換えることのできない人です。彼はすべてのものを失った者のようですが、すべてのものをもった人です。心情の主導権をつかんで来られる父の前に、喜びと幸福と楽しさをお返しする息子であり娘なのです。そうして、私たちはその方の心情世界に接ぎ木されなければなりません。

 神様は私たちの父であり、主は私たちの新郎です。天は私たちに恋しさと神主義と忠誠を教えてくださいました。今や私たちは、父子の心情、夫婦の心情、君臣の心情をもって、「主義」を統一していかなければなりません。その父の名のもとではお互いに許し合えないことがなく、曲折がわだかまることがありません。新郎の名をもって、譲歩できないことはありません。一人の王のもとで忠誠をなす時には、一つとならざるを得ません。これが心情復活の総結論です。四十年の生涯で一度、このような話をすることを願っていましたが、きょう、とのようにすることになりましたので、これを聞く皆さんは無限なる栄光に思い。肝に銘じるよう願います。

 「わたしはアルバであり、オメガである」というみ言はどういう意味か分かりますか。聖書がアルファとオメガになっていますか。創世記からヨハネの黙示録まで、六十六巻の一章一章がみな違うのに、アルファとオメガになり得るのかというのです。それは心情を掲げておいての言葉なのです。心情は変わることがありません。そのまま永存します。それが私たちの生命の根本です。

 私たちはこの心情を抱き、新郎新婦の位置を経て、孝子、孝女の位置、忠臣、息女の位置まで進んでいかなければなりません。そのような位置に入っていくようになれば、天上天下どこに行っても、その人は飢えて死ぬわけがありません。


八 三年路程出発と四十日伝道

第一次七年路程の前半三年期間

 一九六〇年にも先生は、「三年間服役しに行ったつもりで、そこで僕暮らしをしなさい」と言って送り出しました。先生も青い囚人服を着て、蕩減復帰して勝ったという条件を立てなければなりませんでした。この三年の期間がどういう期間か分かりますか。皆さんが血と汗と涙を中心として、サタン世界に行き、失った息子、娘を捜し出してくる期間です。

 その当時は、学校にも行けなかったというのです。学校をみなほうり出し、会社もほうり投げました。みな切ってしまえというのです。会社が何だと、全部捨てるのです。服も三着以上あれば、(誰かにあげて)一着で暮らせというのです。先生自身がそのように暮らしたのです。

 誕生日も断食から始めるのです。三年間、誕生日には食事の膳をもらっても食べませんでした。それから、三種類以上の料理は食べなかったのです。そうしてこの基盤を築いたのです。ですから私たち統一教会の信徒たちはみな三年間、誕生日の時に断食をしなければなりません。完全蕩減して完全な愛の世界に行こうとするので、人間世界にない逆説的な路程を私自体の喜びとして行くために、そうするのです。

 たとえ私が、その体は本部にあり、寝床に伏しているとしても心はつらいのです。冷たい風、北風寒害が吹きまくる夜に、幼い息子、娘たちが四方八方に散らばり、死の先端で天に代わって涙を注いでいるのに、そのような立場に追い込んだ私は、偽りの者とならないよう、これまで祈祷してきたということを皆さんは知らなければなりません。


三年路程の四十日伝道期間

 皆さんが真の父母の息子、娘になるためには、蕩減法を通じて、父母の骨髄を通って出てきたという原理的な条件を立てなければなりません。そうしてこそ息子、娘の位置に上がることができるのです。このような条件を立てる期間が一九六〇年度を中心として一九六一年、一九六二年の三年間にわたる四十日伝道期間でした。

 この期間には麦飯を食べました。何ゆえ麦飯を食べなければならなかったのかというと、その三年間が蕩減期間だったためです。この期間は先生の直系の子女を中心として四位基台を復帰して越えていく期間でした。そして、皆さんが父母を中心としたカイン・アベルの関係を立て、カイン・アベルを一致化させていく期間でした。どこから一致化させるべきかというと、お母様の腹中から一致化させる位置に立たなければなりません。

 そうすることによって、皆さんは、真の父母の骨髄の中から心情的に接ぎ木されるのです。それをもって、真のお母様の腹中を通じて本然のアダムとエバの立場で生まれたという条件を立てるのです。そうしなくては復帰にならないのです。ですから、皆さんはお母様を中心として復帰されていかなければなりません。先生の息子、娘がお母様の腹中にいる時に、その赤ちゃんを中心として、皆さんはカイン・アベルを復帰するのです。

 そのように先生の家庭を中心として一つになれば、天使長がサタンの立場でなく忠臣の立場に立ち、神様の息子、娘に従順屈服して蕩減復帰した立場で、養子に対して代を受け継がせてくれるというのです。それで、長子の立場を取ってきたサタン側を次子の立場に立たせ、神様の祝福された本来の直系の息子、娘を長子の立場に立てるためのものが、今日の私たち統一教会の三年路程の歴史なのです。

 それでは、皆さんがどのようにしなければならないのかというと、先生を中心とした愛の因縁を通じて一つになったという条件を立てなければなりません。お互いが争うのではなく、お互いが一つになるために努力しなければなりません。それゆえにお母様も麦飯を食べると同時に、皆さんも麦飯を食べなければなりません。赤ちゃんも麦飯を食べて育つのです。

 こうして心情的に一致した内容を中心として、腹中で争うのはでなく、天のために国家を掲げて戦い、根本復帰の条件を立てたがゆえに、ここから初めて平面的な家庭の因縁と縦的な因縁が誕生してきたのです。


一九六〇年の四十日啓蒙伝道
夏季:一九六〇・七・二〇〜八・三一、四百十三地域 六百五十九名
冬季:一九六〇・一二・二五〜一九六一・二・二、七百七十地域 九百九十三名


 今後三年間は、地上の聖徒が天の国の聖徒と力を合わせ、責任を完遂しなければならない期間です。過去においては、善霊が度数の一致する時だけ少しの間役事したのですが、これからはそうではないはずです。この期間はすべての霊を動員しなければなりません。

 啓蒙運動は外的知を呼び覚ますための運動であり、原理のみ言は内的知を啓発するために必要です。ゆえに両面の教育が必要です。

 皆さん、三千万民族(韓民族)は行くべき道を知らずあえいでいます。ゆえに、飢えたこの民族の前に指導者とならなければなりません。死亡の世界で血と汗を流しながら、哀願する民族の前に、生命の鉄の杖をもって死亡の金網を切り進み、「同志よ、兄弟よ、私がここにある」と叫ばなければなりません。そうして父子の因縁を高く立て、兄弟の因縁を立てて、氏族と民族を形成し、天の民として登場する日、天上の主権が回復されるでしょうし、天上に奥深くしみ込んだ心情の怨恨が解怨されることでしょう。

 皆さん、着ている服が惜しいですか。脱いでしまいましょう。宝物をもっていますか。宙に投げてしまいましょう。それは、天の前に進んでいくときに、サタンのえさになるということを知らなければなりません。善のために血と涙を意に介すことなく進み出る人たちの前に、一寸の土地でも一着の服でも提供するため、眠りにつくことができない民族になってこそ、その民族は世界を支配することでしょう。

 これまでは個人のために歩んできましたが、今後は民族のため、世界のために進まなければなりません。そのためには、もっと多くの汗と涙と血を流さなければなりません。新たな覚悟と誓いをなしましょう。天に向かう徹した心情をもちましょう。汗は地のために、涙は民族と人類のために、血は天のために注ぐ私たちとなりましょう。私の体と心は私のものでなく、父のものなので、頼る所なく信頼する所のないこの民族と人類のために、私の体と心をすべて捧げましょう。

 今、始めなくては時がありません。先生が追い立てる時にしなければなりません。先生がいる間に始め、行動したという条件を立てるようにしなさい。先生は時を知っているがゆえに、そのように言うのです。三年後には歴史を編纂するはずですが、そこに名前があれば、数多くの人が追慕し、裸足でそこを巡礼することでしょう。


全国の伝道地を巡回(一九六〇・七・三〇〜八・一九、二十一日間)

 先生は、皆さんを送り出して巡回した一九六〇年がとても印象に残っています。近ごろでは巡回をしてみると、数多くの人たちが先生が来られるといって道路に列をつくってあいさつをします。しかしそれよりも、冷たい風が吹く所で寂しく立っていたみすぽらしいその時の姿、死亡世界の歩哨であるかのように、あるいは生命を誓う天の旗でもあるかのように、精誠を尽くし頭を垂れて祈祷するその心に、神様は失地の因縁をつくってくださるのです。このようなことを見れば、難しい立場にいる時に神様と心情的な因縁が結ばれるということが分かります。

 二十一日同地方を巡回した当時、考えたことは、この道は、今は険しい山奥の道であるが、将来数多くの人々が車で走るようになる時、「最高の道だ」と言える道を、私たち統一教会の食口たちの手でつくったならば良いだろうなあということでした。

 この道は私が歩んだのちに、数多くの人類が従ってこなければならないが、先生は三千里(韓半島)を遍歴する時にも、行ったり来たりすることを、その日で終わるのではなく、連続的なものとして考えました。汗を流すにしても人よりも多く流し、差し伸べる手一つとっても人よりももっと動き、仕事も人以上にしようという心をもって、連続的に行わなければなりません。


九 「子女の日」宣布(一九六〇・一一・一九〔陰暦一〇・一〕、前本部教会)

 真のお父様は、一九六〇年陰暦十月一日(陽暦十一月十九日)、ソウル龍山区青坡洞一街の前本部教会で「父母の日」を制定されたその基盤の上に「子女の日」を宣布された。


「父母の日」と「子女の日」

 人類の父母となるべきアダムとエバの二人を失ってしまったので、人類の真の父母となるべき二人が一緒に現れなければなりません。この真の父母が現れなくては「子女の日」を迎えることができないのです。

 「真の父母の日」は天地間に勝利を決定する日であり、神様が望んでこられた勝利の日として立てられる日であり、人間たちが望んできた歴史的な結実を結ぶことができる日であり、万宇宙が失った主人を取り戻すことのできる日です。このような「父母の日」が現れないことには、「子女の日」は想像することもできません。

 それで、一九六〇年、「父母の日」を設定したのちに、「子女の日」を設定したのです。人類の父母が登場する時、子女も決定づけられるのです。子女を決定づける位置に出る前に父母の出発線があるというのです。

 横的な基準で「父母の日」を設定し、「子女の日」を宣言したので、天地間の歴史始まって以来初めて、その日が現れるようになりました。この日は天地間に勝利の歓声を上げることができる日です。この日が設定されることによって霊界は時を迎えたので、積もっていたものが解けていくのです。それゆえこの地上の悪い勢力は、統一教会が行く道の前でだんだん消滅していきます。世界歴史は先生によって左右されるというのです。

 堕落した人間にとって、名節の中で、一番大きな名節は「父母の日」よりも「子女の日」です。その日は父母の権限を再び取り戻す日であり、六千年の間、人類歴史を蹂躙してきたサタンを退け、勝利の旗を掲げて現れる日です。堕落した人間はその日を迎えてこそ天国に入っていくことができ、天の父母に侍ることができるのです。


神様の子女の栄光に同参する日

 きょうは秋収(秋の刈り入れ)の日であり、「子女の日」です。春に種を蒔けば、秋に刈り入れることができますが、神様は秋収の日をもてませんでした。また刈り入れしたものを蒔く日をもてませんでした。父母の手で刈り入れたものは、愛する子女たちの手を通して蒔かれ、刈り入れされなければなりません。神様はアダムを造って種を蒔こうとしましたが、育つ途中に折れてしまいました。神様は再び蒔く日を待ち焦がれましたが、その日が審判の日です。

 私たち統一教会で「子女の日」を決定したということは、アダムとエバが蒔いた罪悪の種を取り除いてしまい、人類を悪から解放させることができる起源をつくったということです。これらの日を決定づけるには、サタンを立ち会わせた三角圏内で決定するので、その日が歴史を支配する日になるということを皆さんは知らなければなりません。ゆえに一九六〇年代は新しい時代に移っていく時代です。

 神様がすべての日々を忘れてしまわれ、満天下に喜悦が広まった中で、御自分の姿を現すことができる日が正にこの日です。父母が子供を失った時、再び取り戻すことができる道がありさえすれば、死の道も意に介さず走っていくことでしょう。一人しかない子供を失い、その子が自分の生命に換えられない貴い子だということを感じる父母は、その子を探すためなら山も海も意に介さないことでしょう。

 ところで、神様を身代わりしたその父母が、地上世界で待ち焦がれた息子、娘の価値をもった子女を取り戻したと、天の前に宣布し報告できるその日が「子女の日」です。「子女の日」とは何でしょうか。「世界の頂上に立つ息子、娘の権限をもって、サタンを屈服させた永遠なる神様の息子、娘となり、永遠無窮に幸福なだけでなく、神様の愛を永遠無窮に受けながら、天国の主人になるべし!」と言えば、サタンが゜アーメン」と言う日なのです。

 私たちが「父母が死ぬような場において父母のために生き、神様が受難を受けるような場において神様のために生き、たとえ私が死んだとしても、父母と神様は受難を受けることはありません」と言える立場に入っていってこそ、自分を中心として堕落したアダムとエバ以上の立場に上がることができるのです。「生命とあらゆるものは神様のため、真の父母のためにあり、私たちは死の道を選ぶのであって、これを否定する道は行くことができない」と言える、決定を下すことができる統一教会の公式的な日が「子女の日」であるということを知らなければなりません。このような宣布の日がなかったならば、皆さんは息子、娘になれる道がなかったのです。

 この「子女の日」は、子女として勝利して宇宙的な栄光の位置に進み出られるようになる日です。堕落により、神様の栄光の位置に同参できなかった人間たちが、ついに歴史始まって以後初めてそのような立場に同参できるようになったことを、子女として最初に記念する日なのです。

 今後、世界がこの日を永遠に記念する日として宣布しなければなりません。この日には牛を五十頭くらいつぶして宴会を開き、行き来する人々を全部呼んで接待しようというのです。皆さんは家庭的環境からこの日を記念しなければなりません。子女たちが、その日が来るのを待ち焦がれるようにしてあげなければなりません。この世で子供たちが名節(韓国固有の盆・正月)を首を長くして待つように、「晴れ着を着て、おいしいものが食べられるその日がいつ来るか」と言いながら、指折り数えて待つ心をもって、「子女の日」が来ると喜ぶことができるよう準備しなければならないのです。

 この「子女の日」を迎えるためには四十日前から精誠を尽くさなければなりません。三日前から斎戒沐浴をして、前三日と後三日の間断食をしなければなりません。


十 全国伝道師修練会と主要記念行事

 一九五九年十二月二十一日の夜から前本部教会で始まった第三回伝道師修練会は、合宿を実施、行動を統一する中、四十日の間、霊肉ともの徹底した修練を終え、一九六〇年一月三十日午前十時、第一部修練生が修了した。第二部は、夜間だけの七十日修練を経て同等資格を得た修練生を意味するが、彼らは都合上、延長を重ね、八十四日目である三月十六日に修了した。修了者は合計百六十四名、昼夜間聴講生は合計八十三名であった。


第三回伝道師修練会
昼間:一九五九・一二・二一〜一九六〇・一・三〇、前本部教会
夜間:一九五九・一二・二一〜一九六〇・三・一六、前本部教会


 心を尽くすこと、思いを尽くすこと、精誠を尽くすことは重要なことです。寝ても覚めてもこれをすればいいのです。神様は終わりの日にそのような者たちを立てて、サタンの前にうちの息子、娘たちはこのようにしたと自慢をなさりたいのです。

 これまでは守備戦をしてきましたが、今年からはそのような立場を取ることができないというのです。父の代わりの存在として立てることができる者がいなかったし、父の代わりに戦う者がいなかったために守備戦をしてきたのですが、今はそれを転じて突撃命令を下さなければならない時が来たのです。

 この命令を下すには心情問題が重要です。天地がなくなったとしても、父との関係は変わり得ないという心情をもって、この戦いをみな終え、父の栄光の息子、娘にならなければなりません。

 父のものを受け、父のものをもってサタンと戦わなければなりません。修練生の皆さんも、父の心情的偉業を受け継がなければなりません。父の万物、戦いの偉業を担って出ていかなければなりません。父の戦いを代わってしなければなりません。

 任せる人がいなかったために、今までサタンの讒訴を受けてきましたが、私たちの時代においてはサタンを、「許すことができない」と言わなければなりません。

 このような覚悟をもっていけば、いかなる峠もうまく越えられるでしょう。そのようにしてこそ宣誓どおり、天的な体面を立てられるようになります。


「成和青年会」創立五周年記念式(一九六〇・二・二一、前本部教会)

 きょうここは「成和青年会」創立五周年を記念する場ですが、今、五年が過ぎるということは、太初に神様が創造五日目を過ぎて、人間創造の六日目に近づく瞬間に該当すると言えるのです。

 私たちは徹頭徹尾、何を感じるべきですか。第一に「私はお前たちと同じではない」という心情が備えられなければなりません。「お前たちはやり遂げられないのか。私にはできる!」というような精神を常に備えていなければなりません。

 どんな困難の中でも「私はお前たちと同じではない。歴史的にも、時代的にも、平面的にも、どこを見てもそうだ」と言えなければいけません。「すべての難しい事には私が動かなければならない」という決心がなければなりません。皆さんのその動きがサタン世界のソンファ(注:心配という意味。成和と発音が同じ)の種になるようにしなければいけません。


巡石分配(一九六〇・三・一三・日、御聖誕四十周年後四十日、関東地方巡回帰還の日、前本部教会)

 真のお父様は、一九六。年三月九日から十三日までの関東(嶺東)地方巡回期間中、御白身で東海(日本海)沿岸の名もない海辺から石を選んで拾ってこられ、これらの石を一九六。年三月十三日の聖日礼拝後の午後二時半、二百四十八名の教会員に、一つ一つ番号をつけて分けてくださった。真のお父様は、これらの石を「巡石」と命名されたが、十二個一組として組をつくられ、それぞれ写真を撮るようにされたのち、餅と果物を直接分け与えてくださった。

 先生の生涯のモットーは「神様の代弁人」でした。きょうからは、皆さんが天的な代弁人になってくれるようお願いします。そして神様の代役になりなさいというのです。また神様の代身存在になりなさい。さらには神様の大使になってくれるよう願います。

 この石が、あげる先生ともらう皆さんとあいまって三位的な条件物になるよう心に深く記念し、大切に保管してください。この石の名前は巡石です。これからは先生がなすことに対し批判をせず、不平も言ってはいけません。(注:食口たちはこれを歓呼で約束した)。

 先生のそばにいる人たちは、一生の間死ぬ時まで気を休めることができません。皆さんが行った今までのすべてのことは、みな忘れなさい。そしてこれからは用心しなければなりません。

 父の心情に対しては弱者の中の弱者にならなければなりません。歩んできてみると、天のことは、そのほとんどが「泣く旅」でした。


第四回伝道師修練会
(一九六〇・一一・一一〜一二・二〇、八十四名)


 第一回より第三回までは、教会試験合格者のみ修練を受ける資格をもつことができたが、急激に教会が増えたため、第四回からは自然と多くの伝道師が必要になり、例外的な修練会となった。
 先の夏季伝道以前には六十五箇所だった教会が、直後には二百十箇所に増加、一九六〇年十二月二十日当時は、教会数が既に二百五十箇所を超えていた。


 み言を学ぶ目的、人格を錬磨する目的、心情を備える目的は、神様の心情を知り、サタンを打ち破ってサタン側にいる人を奪ってくることができる人になるためです。そうであってこそサタンに対し勝利したという、勝利の栄光を享受することができます。悔しさを抱き、悲しみを抱き、恨を抱き、間違いなく勝利するという皆さんをつくること、怨讐を退治する時まで総団結して戦うことができる天の兵士をつくることが先生の目的です。

 今は、これまで続いてきた種子の中から悪いものはすべて切ってしまわなければなりません。実を結ばないものは切らなければなりません。イエス様は実を結ばないいちじくを呪われました。終わりの日の姿を見せてくださいました。終わりの日には、切って新しい枝に接ぎ木しなければなりません。新しい修練生は時が遅いことを知ることでしょう。切って第二の結実を取り入れしなければなりません。

 神様は第一線から息子、娘を探して来られます。一番後ろから探して来られます。神様は天民思想をもっている信徒を必要となさいます。皆さんは民族の底辺から歩まなければなりません。この世界をはっきり眺めてみなさい。世界情勢は天の動きと共に回っていくので、今や皆さんは信念をもたなければなりなせん。

 お父様は皆さんを最後の勝利者にするため、三年を期限とし、この道を開拓され、皆さんを修練させるのです。


再来的クリスマス行事終結礼拝(一九六〇・一二・二五、前本部教会)

 一九六〇年十二月二十五日に出動した本部の冬季啓蒙隊員たちとソウルの食□たちが二十四日の晩から徹夜をして迎えたクリスマスの早朝、真のお父様は、「今回のクリスマスはこれまでの歴史的な意義のクリスマスとしては最終的なもの」であると語られた。

 今日私たちは、神様の歴史的な目的とイエス様の生涯の目的を成してあげ、祝ってあげることができるようにしなければなりません。しかし、私たちはまだそのようになっていません。神様をお父様と呼び、人類を食口と呼んで「すべて成し遂げました」と言えるまでになっていません。これを成していない立場では、イエス様に完全な祝賀を捧げる資格がないのです。皆さんは今その中で、神様の摂理的な使命とイエス様の生涯の目的を引き受けなければいけません。皆さんがイエス様の生涯の目的を代わりに成し、神様に祝福してくださいと言わなければならないのです。

 私たちは神様のみ旨とイエス様のみ旨を成し遂げなければなりません。これを成すためには、イエス様が完結することができなかったその使命を完結しなければなりません。そうしなければ祝っても何の意義もありません。時と場所と習慣は違っても、神様の目的とイエス様の目的は変わることがありません。イエス様は闘いの途中で逝かれたのですから、皆さんはこれを受け継がなければなりません。その目的を成し遂げる実体として現れてこそ、皆さんは真の父母を取り戻すことができる歴史的な存在となれるのです。














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