真の御父母様の生涯路程 5
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第二次七年路程

第六節 一九七三年 統一戦線守護(二)

一 一九七三年の出発と摂理的意義

年頭標語:統一戦線守護(二)(一九七三・一・一、米国、ベルベディア修練所)

 どうして米国のために、皆さんと数多くの国の人々が犠牲になり奉仕をするかということを皆さんは知らなければなりません。統一教会には全世界の数多くの国家、十カ国以上の人々が集まっています。ここでは既に国境を超越しています。また、民族を超越しているのです。

 ここで韓国と日本と米国と、この三つの国を基準にして数多くの国を連結させなければなりません。アダムとエバと天使長が堕落したため、国家形態もそれと同じアダム型国家、エバ型国家、天使長型国家が基盤になるのです。皆さんが知っているように、米国は天使長型国家です。ですから、ここでこの三つの国が一つになり、民族国家の感情や、自分の民族的観念を中心として他の民族を蔑視することなく、すべてのものを超越する立場に立たなければなりません。そのように一つになる日には、それは世界の歴史になるのです。

 では、このような観点から見たとき、我が国の民族が一つになるだけでなく数多くの国の人が完全に一つになることのみが、個人の統一戦線を守護できると同時に、家庭の統一戦線と、氏族、民族、国家、世界の統一戦線を守護できる天の伝統的基準になるということを皆さんは知らなければなりません。言い換えれば、統一戦線守護は個人的な守護よりも、家庭的な守護よりも、氏族的な守護よりも、民族的な守護よりも、国家的な守護よりも、世界的な守護の統一戦線をどのように確保するかという問題が、私たち統一教会の最後に任せられた使命です。それゆえ、今後皆さんが完全に一つになってこれを成就していかなければならないということをはっきりと知らなければなりません。

 もし、皆さんが米国でそのような基盤を築いて一つになることができるなら、米国全域にこのような風が、このようなブームが起き始めるのです。そうすれば、共産世界は下がっていき始めるのです。善が上がるとき、悪は共に上がることはできないのです。下がっていくのです。

 ここで、事が成し遂げられるようになれば、日本がいくらサタン圏内にあり、韓国がいくらサタン圏内にあるとしても、救い出すことができる道が生じるのです。これを先生が米国に来て、昨年から一九七四年までの三年間で計画しているということを皆さんが知らなければならないのです。それで、これを一九七四年までの標語として立てざるを得なかったということを皆さんは知らなければなりません。


二 「世界平和教授アカデミー」創立
(一九七三・五・六、ソウル・ニュー・コリア・ホテル)

 「世界平和教授アカデミー」創立総会が一九七三年五月六日、ニュー・コリア・ホテルのコスモス・ホールで各界、専攻を超越した全国の教授百六十三名が参加する中で行われた。同創立総会で弘益大の李恒寧博士が会長に推戴された。この教授アカデミーは、アカデミーで活動している世界の科学者を中心として、科学と宗教が分立されたことに対する統一理念を構成し、整地作業をして方向を提示するための一環として設立された。


創立目的

 私たちが「統一科学」という問題を中心として、全世界的の教授たちを引っ張り出して年次行事をするのですが、ここにどんなに関心があることか知れません。一番最初は批判もしたのですが、近ごろでは「レバレンド・ムーンがすることは全部深刻な問題だ」と、そのように言うのです。このような段階に入ってきて、ますます押して出るのです。それで、これはどうしても一つに糾合しなければならないと考えました。糾合するための作戦をここ韓国でしなければならないため、「平和教授アカデミー」を結成したのです。「全世界の教授たちが平和世界建設のために、各分野で、実際行動はできないけれども、頭を使って文章を書き、方向を提示するところにおいて先鋒に立たなければならない」として、このような仕事を組織的な大学街を中心として出発しなければならないため、「世界平和教授アカデミー」という集まりをつくったのです。

 韓国と日本と中国を中心として、今後、「世界平和教授アカデミー」が結成されるでしょう。そのようにしてアジアにおいて、大会を東京で一度もったのちには大きく発展していくのです。「平和教授アカデミー」という名前で「広場」という月刊誌を全世界の大学に発送したので、韓国でこのような運動をしているということを既に名のある教授たちはみな知っています。それゆえ、アジアにおいて著名な教授たちを糾合し、「アジア平和教授アカデミー」が発起さえすれば、それがヨーロッパにも連結されるのです。

 それだけでなく最高の教授陣たち、「科学の統一に関する国際会議」(ICUS)に参加していた有名な人々と、私たちの修練を受けた東京大学の大学院生、また英国の大学院生や、講義をする期間に感銘を受けた米国における東部西部の重鎮教授たちを「世界平和教授アカデミー協議会」をつくるときに、その核心要員にすることができるのです。この人々はお金をあげて買うことができません。

 そのように世界的に組織をつくっておいて何をするのでしょうか。先生の計画は、この「世界平和教授アカデミー」を中心として、ノーベル賞受賞制度のような制度をつくるのです。ノーベル賞の賞金がもし七万ドルとすれば、私は毎年十五万ドル以上の賞金を掲げ、世界記録を破る表彰制度をつくろうと思います。それと同時に著名な人士を中心として、国境を超越し、歴史まで超越しなければなりません。そのような観点から、全世界の学者たちがひとところにまとまって教育をするのですが、民族の限界線に支配される、そのような教育制度を私たちは克服しよう、越えようというのです。


三 真の御父母様米国永住権獲得と「勝祝日」制定(第四次世界巡回中)

米国永住権獲得と世界的着陸(一九七三・四・三〇)

 第一次、第二次巡回講演が終わったのち、一九七三年四月三十日に永住権をもらったのです。永住権をもらわないで戦うのは愚かな人です。永住権をもらっておいてから戦うのです。

 イエス様が死んだため、イエス様が生前に直面された立場を再現させ、それを民族、国家、世界の基準を総合した基盤の上で蕩減しなければなりません。そうして、サタンを除去したという条件を立てることなしには、天理の道理に従う基準に連結させられる道がありません。それゆえ、レバレンド・ムーンは摂理史的運命を担って米国に向かわざるを得なかったのです。

 一九七三年、米国の地に降りるとき、レバレンド・ムーンは無名の一人の青年のごとく降り立ったのですが、三年で米国をひっくり返し、十二年以内に方向を天の側に変えてしまわなければならない使命を負って降り立ったとは誰が知っていたでしょうか。誰も知らなかったのです。私が米国に行ってしたことは何ですか。人類歴史を代表して誰よりもアベルを愛したのです。実践路程において勝利的覇権を握らなければなりませんでした。

 神様のために、地のために祈祷をす&ことにおいては、私以上に心情的祈祷をした者はいません。神様を痛哭させられる一人の息子の姿をもって、人類を胸に抱き、解怨成就という怨恨の基盤をつかんで戦わなければなりませんでした。それゆえ、米国という国が問題ではありませんでした。米国から追放されることが問題ではなかったのです。神様の前に人類が追放される侮辱を恐れていたのであり、米国が滅びることよりも人類が滅びることを恐れたのです。

 世界のこのような群れの前に個人的迫害、家庭的迫害、氏族的迫害、民族的迫害、国家的迫害を受けて、全部戦って蕩減条件を立てました。その基盤の上に、一九七三年、米国に着陸するようになりました。世界的着陸を始めたのです。


米国摂理のための内的整備(一九七三・六・三〇)

 民主世界でキリスト教を中心として再度霊肉に連結させることができる基準、カイン・アベルを復帰すると同時に実体復帰の基準を立てて内外を合わせようということが、今からの米国での摂理歴史なのです。イエス様が三年間を中心として勝敗の決定を見たのを、韓国で三年間を中心として勝敗の決定を見たのを、霊的にでも勝利の決定を見ようというのが米国における一九七四年までの三年期間であることを皆さんは知らなければなりません。

 この三年間に勝敗を決定するにおいては、二年目が最も問題です。イエス様もこの二年目の半分をうまく越えることができなかったために失敗したのです。私たちは今その期間に、六月三十日から七月一日へと越えていく時点に置かれているのです。

 先生は米国に宣教師を送って、まず東部と西部の二箇所に配置しましたが、東部には男性を配置し、西部には女性を配置しました。そして西北部に男性一人を配置しました。これを見ると、東部の朴普煕はアダム型であり、西部の金永雲はエバ型であり、西北部の金相哲は天使長型です。そのような型で送ったのです。

 これが一つにならなくてはならないのです。一つにならなければ天使長国家の運命を左右できないと見るのです。一九六〇年度の患難時代を通じてこのような摂理のみ旨があるために、このような作戦のもとで米国に人を送ったのです。ところで、私が米国に上陸するや否や「総進軍だ!」と、命令できる基盤にはなっていませんでした。先生が上陸するや否や、みな反対してきたのです。それで、一九七二年は前進的な年になることができず内的整備の年としてこれを収拾する仕事をしたのです。それで、今年一九七三年六月末まででその収拾が終わったというのが原理から見る観だというのです。

 それで、前回の会議の時、五十州に内外として機動隊と内的教会をつくりました。これを拡大するようになれば、これは国を代表できるものであり、教会を代表できる組織だというのです。横的には教会組織であり、また一面では国家を代表できる二種類の面をもつというのです。

 機動隊は外的であり、教会は内的だと考えることができるのです。それで国に影響を及ぼし、宣伝をしたのです。そうしてこの前、最小限四つ以上、六つを標準にして配置を完了しました。これは歴史的なきょうを迎えるための準備であったということを皆さんは知らなければなりません。


「勝祝日」制定(一九七三・七・一、米国)

 一九七三年七月一日、米国、ベルベディア修練所で世界十力国(韓国、日本、中国、米国、英国、フランス、イタリア、ドイツ、オランダ、オーストリア)の代表を立てておいて「勝祝日」を宣布された。真のお父様が米国に渡られてから約八ヵ月ぶりのことであり、韓国ではなく世界で勝利を祝う日を制定した初めてのことであった。これは、米国を中心とした本格的な世界宣教出発宣布を意味するものであるといえる。

 一九七三年七月一日、米国で「勝祝日」という歴史的な記念日を制定しました。これまで様々な記念日は韓国において定めたのですが、世界で勝利を祝う日を制定したのは初めてのことです。統一教会の歴史において新しい起源を備える日です。

 「勝祝日」は第二次七年路程における三年(一九七二〜一九七四)中の半分の峠を無事に越えたために制定できたのです。無事に越えたために勝利を祝うのです。今は、いくらサタンが反対しても、反対すればするほどサタンは崩れて下がっていきます。昔とは違うのです。反対すればするほどサタンは崩れて下がっていくのです。それゆえ、既成教会も今は精根尽き果ててしまっているのです。米国のような所の教会もこれからは反対する余力がありません。将来遠からずして私たち統一教会が全国で台風のような風を起こすことでしょう。

 本格的な米国活動は一九七三年から始めました。米国に渡っていき統一教会拡張運動とともに勝共連合運動を提起するには統一教会の要員がいなくてはできません。米国という国は、「勝共だ、反共だ」とか言いながら共産主義に反対する運動は想像だにしなかったのです。

 このような環境で統一教会の要員たちは統一教会のすべての基盤を築くと同時に、その背後で共産主義を防御しなければならない問題と、教会再復興運動と青少年没落を防止するための内的教育運動を実践しなければならないことを強調しながらその内的教育を急いだのです。そうして五十州を中心として基盤を築くと同時に、それを外国宣教基盤へと拡大して連結づける業を急ぎました。


七・四記念祝祭(一九七三・七・四、南韓入監日および米国独立記念日)

 米国独立記念日である一九七三年七月四日、昼は真のお父様が監獄に入った記念日を、夜は米国独立記念日を祝う方式で祝祭を催した。この祝祭に市長をはじめとする多くの高位権力者たちが訪ねてきて、米国人たちが統一教会に好感をもつようになる契機となった。

 米国独立記念日が七月四日で、先生が獄中に入った記念日でもあります。それで私たちは、内的には獄中に入っていった記念をし、外的には(米国独立記念日を)利用して、すなわち、昼には私たちの記念日を祝い、夜には米国独立記念日を祝おうといって花火を上げたのです。ところで一晩で約七千ドルかかりました。七千ドルは約二百八十万ウォンです。これは賭博場に行って一度することにしかならないのです。(笑い)

 それで、七千ドルかけて、「私たちが三日間花火を揚げますので、皆さん来てください」というビラを作ってまいたのですが、どのくらい集まったかというと五千人以上集まってきたのです。近くに住んでいる人が来たのでなく、遠い所から車を出して四十分、一時間以上かかる所から集まってきたのです。大変な宣伝効果でした。車が数百台来ました。平均して一人、二人ずつ乗って来ました。

 それをどのように主管したかというと、すべて前もって準備しておいたのです。パーティーをする場所を前もって契約しておいて、すなわち公園を契約しておいて、一晩見事に遊びまくったのです。パンバーンと遊びまくったのです。本当に米国の花火は見事です。韓国で上げるものは味も素っ気もありません。そうして、その日市長とも親しくなり、判事、大法院院長ともみな親しくなりました。先生が一晩招待して韓国料理をおいしく作って、腹いっぱいに食べさせたのです。

 そのようにしながら「米国独立記念日にこのような行事を開いたら、神様がこの日を記憶され、米国国民をこの上なく愛されて、きょうこのような大会をするのに雨がやむようにしてもらったのでどんなに有り難いでしょう」と言ったら、自分の国が福を受けるというので喜んでいるのです。(笑い)


第四次世界巡回帰還日程(一九七三・七・七〜七・二二)

 七月四日にその大会をして、七日に発ち、サンフランシスコに行きました。

 とにかく今回の約八ヵ月の間に、実際に奇跡のような実績を積んで帰ってきたのです。ここにくると、霊界からも「勝利をお祝いします」という言葉が流れてきました。「勝祝日」というものをしっかりと定めてから来たのです。そして米国を七月七日に発ちました。一九七三年七月七日は歴史的な日です。「勝祝日」を定めておき、七月七日に米国を出発してきて、日本に七月八日に到着しました。この日は再出発の日です。その時、「日本では必ずこれこれのことが起きるだろう。私が日本に行けば歓迎の良い報告があるだろう」と思いました。思ったとおりそのようになりました。

 今回、日本で都議会議員選挙があったことを知っているでしょう? 共産党は意気揚々として「自民党は自分のえじきになる」と思っていたのです。それこそ国家全体がその脅威に巻き込まれ、自民党自体が危機一髪の深刻な立場で選挙を行ったのです。

 もし共産党が全部都議会議員になる日には、日本の東京都内にトーチカ(注:防御陣地)をつくる可能性がありました。そうなれば、警察も思いどおりにし、行政も思いどおりにできるのです。そうなれば日本内で革命を起こすのは座ってでもできるのです。そのような急を要する時なので、先生が祈祷をしてきたのです。

 四十二議席ある自民党の議席が二十八議席に落ちるというのが一般的評価だったのですが、これをどのように食い止めるかということが自民党の悩みでした。しかし、うちの国際勝共連合が加担することによって四十二議席から四十三議席に増えたのです。逆転したのです。選挙史上に奇跡を起こしたというのです。どうしてそうなったのか、自民党では知っているのですが、一般の言論界では知らずにいるのです。そのような立場になったため、私が統一教会のみ旨を成して合わせるところにおいて、聖進君を祝福してあげる立場から、内外で母子協助ができたのです。よくそこまでぴったりと合ったものです。自民党と統一教会が今現在カインとアベルの立場にありますが、誰が先に訪ねてきたでしょうか。外的にカインがアベルを訪ねてきてお供をしながら連れていく立場に立ったのです。それを私たちの教会から見れば、エバ国家である日本が母子協助を通して神様の息子を協助できる基盤を立てることにより、滅びることなく、韓国と共同運命の立場かち天的な因縁を結ぶことができる良いチャンスになったのです。


四 文聖進−金東淑様聖婚式(一九七三・七・一八、日本・東京)

 一九七三年七月十八日、日本の東京の本部教会で日本の全祝福家庭と幹部たちが出席する中、真の御父母様の執礼で文聖進様(二十八歳)と全東淑様(十九歳)の聖婚式が挙行された。崔容碩氏が司会をし、久保木会長と文昇龍氏が祝辞をして、夜は約一千五百名の食口たちが代々木公園に集まって、盛大でなごやかな披露宴が催された。


子女路程と聖進様聖婚

 この第二次七年路程が終わる前に、三年以内にどのようにしなければならないのでしょうか。家庭完成はもちろんのこと、子女までも完成しなければならないのが原則です。第二次七年路程は子女の路程です。統一教会の子女である祝福を受けた家庭が行かなければならない道です。第二次七年路程が終わる前に、先生の家庭でもこのような相対的因縁を結んであげなければならないため、今回聖進君を祝福してあげたのです。

 イエス様は三年路程を、七年路程の半分の峠を希望の中で越えることができなかったために死んだのです。それゆえ、この七年路程中の三年路程(一九七二〜一九七四)は、イエス様の霊的世界復帰のための国家的三年路程に匹敵するのです。イエス様の霊的世界復帰路程における三年期間に匹敵する子女期間だというのです。

 それでは聖進君の祝福をなぜ日本でしたのでしょうか。日本はエバ国家として母子協助の基準を備えなければならないのですが、そのような責任をなすべき時を逃してしまったので、それを再び蕩減復帰してあげるために聖進君を日本で祝福してあげたのです。

 喜進も日本に行ってきたでしょう? み旨を成せなかったため、蕩減復帰してあげるためにそうだったのです。誰かがしなければならないのです。このようなことを統一教会がしたので、統一教会はイエス様が死ぬことによって生じた世界史の恨を三年路程の中で解くことができる家庭的起源を設けたのです。

 アベル家庭完成基準を通して越えていかなければならない時にならなければ、天の父母に侍って天国に入っていくことができないのが原理ではないかというのです。このような基準を今日の統一家で結んであげるためのものが、今回七月十八日に日本であった聖進君の聖婚式なのです。今回を契機として皆さん自身が一つにならなければなりません。

 今このとき、世界的な摂理の途上において、韓国を主としてエバ国家と母子協助の国家基盤を連結させたという事実は、イエス様がユダヤ教においての母子協助国をもって祈願できる一日をもてなかったことを蕩減復帰する歴史的な時点にさしかかったということを意味します。


聖進様の蕩減の道とみ旨的な従順

 ここで聖進が誤るようになれば、統一教会にもまた十字架の道が残されるのです。聖進はお父さんに反対できる立場にあります。一番不利な立場にあります。私はこれまでその子の手首さえ一度もつかんであげませんでした。それはそうしなければならないためです。蕩減復帰歴史であるのでそうしなければならないのです。神様が復帰歴史上においてそのようにできなかったためです。誰を迎えるためにこのことをするのでしょうか。養子を迎えるためです。僕、天使長を迎えるために再度復帰する立場にあるのです。

 聖進君は二十八歳になるまで「お父さん」と言えませんでした。話をしようとすれば「先生」と言ったというのです。良くやったというのです。それはかわいそうなことをしたようだけれども、そうしなければならないのです。蕩減復帰路程であるために家庭を代表して、先生として侍りなさいというのです。父母として侍る前に先生として侍らなければならないのです。皆さんを代表してそうしなければならなかったのです。

 今回、聖進君についてはいろいろな話があったのですが、先生と会い、三十分以内ですべて解決しました。「これは、これこれではないか。父が誤ったことは何か。それもこのようなわけでこうしたのではないか」と言ったところ「それはそうです」と言い、「こうする以外ほかにないではないか」と言うと「そうです」と言うのです。聖進君はとても率直なのです。また、正しいところには我を張りません。正しいところには絶対的に弱い人なのです。正しいというところには頭を下げるのです。先生自身もそうです。

 私に親不孝し得る子を迎えなければならないならば迎えましょう。しかしながら、私が神様の前に良心の呵責を受けないので、「私はこの息子を疑わない、誰が何と言おうと疑わない、私は子供を信じる」というのです。それで、聖進が先生の話を聞いたのです。三十分以内ですべて分かるように話したのです。そのようなところで主管できなくては駄目なのです。


五 各級修練会と講義の制度化(一九七三・七・二三、中央修練所、全国教役者集会)

七十日公式修練過程

 修練会には三日修練、七日修練、二十一日修練、四十日修練があります。三日修練とは何かというと短期間修練です。今、ニューヨークをはじめとする全米国で、ワーク・ショップといって、引っ張ってきた人に三日間修練を受けるようにしています。三日修練を受けたら七日修練に送ります。

 今後、巡回師たちがしなければならないこととは何でしょうか。一地域、一地区、一つの班だけ巡回するのではありません。いろいろな郡を巡回しながら何をするかというと地区修練をするのです。するときには、一箇所でだけしてはいけないのです。その周囲の東西南北を中心として五つの教会を合わせてしなさい。そうして五つの教会の責任者たちの中で一番優秀な人が講師になりなさい。そうすれば、一箇所から五名ずつだけ送っても二十五名になるのです。

 教会で三日修練が終わった人は、もちろん講義は続けてあげるのですが、必ず郡で行う七日修練に参加させ、七日修練を受けた人は必ず二十一日修練に参加させ、二十一日修練に合格した人は必ず四十日修練に参加させなさい。

 そうすれば全部で何日ですか。三日、七日、二十一日、四十日をすれば、七十日になります。七十日教育さえすれば、統一教会の原理に対して分かるだろうと見るのが先生の観なのです。


四十日修練会

 修練を受けに来たなら、必ず三日間の原理講義を十日間で三度しなければなりません。また、十日の間に一度は必ず勝共講義をするのです。このようにして四十日間で勝共講義を四回、原理講義を九回して、全部で十三回しなければなりません。これが世界的な決定です。日本でも全部そのようにするのです。もしそうしなければ、大変なことになるでしょう。追放してしまいます。これからは巡回制度も強化するのです。一人でもそのようにしなさい。

 統一教会に入ってきてから離れる人がなぜ生じるかということを突き詰めてみれば、家庭、社会で反対するからです。その次に、原理が分からないために離れるというのです。

 伝道活動を訓練させるのです。それで組織をどのようにつくったかというと、四十日修練期間で試験を受けさせ、三年以上になった人は七十点さえ取れば合格、けれども新たに入ってきた人や、入ってから三年未満の人は八十点を取らなければならない、このように定めました。なぜそうするかというと、三年以上になった人はそれでも苦労したからです。ですから、そのような基準を中心として、必ず四十日間で試験にパスしなければなりません。


教役者の一日八時間講義責任

 皆さん、全世界的に定めたこととは何かというと、責任者は毎日八時間、講義しなければならないということです。一般の人たちでも八時間労働するのなら、統一食口は八時間以上働かなければなりません。公式的に全部時間表を組んであげてきました。皆さんにも時間表を組んであげるのです。

 自分の教会で一緒に住む人が一人でもいるなら、朝一緒に起きるのです。統一教会は六時に起きるようになっているのです。十二時に寝て、六時間寝ることが統一教会の規定時間であり、六時に起きて顔を洗って何かをするのに六時半まで、三十分あれば十分だというのです。六時半から八時半まで二時間の間は講義! 既存の食口たちを育てなさいというのです。講義するのです。

 その次に食口たちが一人、二人できたなら連れていって伝道するのです。八時半から三十分間御飯を食べて、それから伝道をしに行くのです。一緒に連れていって街頭で伝道するのです。個人に会って精誠を込めて伝道するのです。そうして人に会ったなら、連れてきて講義するのです。その時間は十二時半から二時半までです。それから四時半から六時半まで講義をして、八時から十時までまた講義をするのです。

 八時があまりに遅かったら、それは調整しなさい。三十分繰り上げて七時半から九時半まで、一日に四回は講義しなさいというのです。一人もいなければ、自分の女房でも連れてきて講義しなさい。しなければなりません。教会には二人以上いるので講義しなさいというのです。

 精誠を込めながら、毎日のように一人でも連れてきて講義しなさい。そのようなとき、百人、千人、あるいはその部落、その郡、道に責任を負ったなら、責任を負ったその人口に比例した数を中心として、その人々全体を相手にするごとくに思って代表的な一人のために講義するようになれば、その人たちの霊界の先祖たちが協助して聞くことができるという気持ちをもって講義しなければなりません。

 その時間を全部組みなさい。教会長たちは一日に四度は講義しなさい。それで、基盤さえ築かれる日には、その次からは六時間は常に講義しなさいというのです。そうして二時間は、今後育てる人々のために時間を割いてあげて、特定の時間を与えて講義をさせなさい。


六 一和製薬(株)社屋竣工および移転式
(一九七三・八・三、京畿道南揚州郡九里邑水澤里)

 一和製薬株式会社は京畿道南揚州郡九里邑水澤里五〇五の四に、現代式二階建て工場を新築し、一九七三年八月三日、真の御父母様と内外の食□二百名が参加する中で竣工式を挙行した。


一和創業(一九七一・一二・一六・設立)

 ひとつの「一」に和する「和」の一和、「すべての違いをなくしてしまおうというのでなく、その調和こそが真の統一である」という真のお父様のみ言の意味が込められている一和は、一九七一年十二月十六日に設立された。一和製薬として出発した一和は、特に高麗人参製品分野を中心に事業を始めた。

 まず皆さんは、私たちの会社の名称として制定された一和という内容を知らなければなりません。ひとつの「一」に和する「和」の字です。和する「和」というのは、皆さんの個性はすべて異なっていますが、個性が異なる人々がただそのまま一つになるのと同じように、個性が異なる民族、個性が異なる国家が一つにならなければならないという意味が内包されているのです。

 ここに統一的な理念が入っているということを、きょう一和製薬株式会社の社屋竣工式に参加した皆さんがまず知っておかなければならないと考えるのです。

 高麗人参一つを中心として世界と関係を結び、霊界と関係を結び、ここに神様まで引っ張り込んで、神様の愛までも引っ張り込むことができる業を起こすことができるのです。それで一和なのです。

 神様も和し、万物も和し、人も和し、東洋西洋も和して、悪い者も善い者もすべてを一つにします。そのような意味で、一和という名前はこの時代において適切な名前ではないかというのです。


霊肉復帰の宝物である原理と高麗人参

 高麗人参といえば五千年の歴史をもっているのです。これは韓国における特産物なのです。米国やあるいは、そのいかなる国においても高麗人参の裁培をしたがるのですが不可能だというのです。

 一九〇四年に、米国のある資本家がアジアについて聞き込みをして、アジアの中の経済製品で、特殊製品にして米国全域で販売できる品目が何かということを研究した結果、それが高麗人参だということを悟りました。もし、高麗人参を全国的に栽培して全米に販売する日には、一躍自分が米国の富豪になるという野望をもって高麗人参の栽培を大々的に行ったのです。

 ところがその計画は完全に失敗したのです。実際にやってみたその人が本を発刊し、その内容報告をしたのです。自分がこのような膨大な計画をもって実行したけれども、失敗した理由とは何かというと、高麗人参というものはアメリカの土地では駄目だということです。そして、これは韓国だけしかできない、ということを注に入れたのです。こうしたことを見れば、これは韓国だけがもった唯一の宝物なのです。そして、植物界から見れば、王者と同じです。王だというのです。

 我が民族は五千年歴史を経てきた高麗人参の価値をこれまで知るには知っていたのですが、よくは知らなかったのです。しかし、外国の人々が生涯で初めて高麗人参を口にしてみて、日本でも高麗人参の粉を小さいスプーンで二、三杯ずつ入れて飲んでみても、体の様々な病気が治ったという例が多いのです。その人たちがとにかくこれを飲んでみると一遍に効果が現れるというのです。

 私たちは肉的な人参茶で世界の保健面に貢献することはもちろんのことですが、心情的紐帯を招くことができる霊的な高麗人参のようなものが統一原理ではないかというのです。霊的な高麗人参のような統一原理だけ食べて消化して走る日には、永遠に走り始めるのです。

 高麗人参製品が世界市場に登場するのに合わせて統一思想が世界思想界に登場するということは、一つの時を合わせ、復帰摂理歴史と一致するものではないでしょうか。神様の霊的復帰基準を完成できるその時を準備し、肉的復帰の相対的基準を復帰してくるのが今日の歴史的な実情なのです。


七 文氏氏族解放式(一九七三・八・五〔陰暦七・七〕、清平修練所)

 一九七三年八月五日(陰暦七月七日)、京畿道加平極言岳面松山里、清平修練所で真の御父母様が主宰される中で「文氏氏族解放式」が挙行された。本式において真のお父様は、真のお父様の氏族的家庭を解放させる祈祷をなさったが、この時まで真のお父様は自身の家庭のために祈祷を捧げたことがなかったと語られた。


文氏氏族解放と霊界開門

 これまで先生は自分の家庭のために祈祷をしませんでした。公式の席上で神様の前に「ああ、私の父と母、私の霊界の先祖を助けてください」という祈祷は一言たりともしたことがありません。正式にそのような祈祷をしたことがないのです。これからは「うちのお母さんとお父さんがどのようになって、うちの兄弟がどうなって……」と、そのようにするのではなく、私の氏族と宗族を重要視するつもりです。

 氏族を捨てた以上は私は皆さんを愛しました。先生の母親以上に私は皆さんを愛しました。自分の子供以上に愛しました。そのように愛したか愛さなかったか祈祷してごらんなさい。これからはその愛を取り入れるつもりです。取り入れて私の子供を愛するでしょう。狂うほどに子供を愛することでしょう。もしそれらこの地上でできなければ、霊界に行って間違いなくそのようにするつもりです。

 そのようなことをすることによって、文氏一族の霊的基準が解放基準を開門するようになり、霊界で統一的な恵沢圏が聞かれます。その因縁が数多くの氏族たち、姻戚の八親等(注:非常に遠い姻戚)まで連結するのです。うちの先祖を見れば、文氏一家、あるいは姻戚関係を中心として三千里半島民族(韓民族)が連結されるのです。このようなことは韓国が滅びるような立場ではできないのです。ゆえに霊的救いの門を開いておいてから行こうとするのが先生の所信です。このようなことを早くから祈祷し、考えてきたということを皆さんは知らなければなりません。

 先生の一族なら一族において、きょうこの一日は祝福を受けた日だと見ることができます。それにより今後、文氏氏族の先祖たちがみ旨のために慟くことができる道が連結されるだろうと見ると同時に、彼らと姻戚関係を結んだ韓国民族もすべて連結されるだろうと見ています。このように各氏族が連結されるということを考えるとき、これが霊界開門の起源になるのです。ですから、きょうこの歴史的な日を皆さんの心の中に記憶してくれるよう願うのです。一九七三年のこの日は、霊界でも勝利を誓うことができる日であり、地上でも勝利を誓うことができる日であることを皆さんは知らなければなりません。

 地上開運という言葉は何かというと、先生がこれまで外的な基盤を築いたのを、これからは米国まで内的に連結させることができる時になったということを意味します。それゆえ、皆さんは一つになり、イエス様が十字架に死んだその立場を取り消しさせることができる、そのような立場に立たなければならないのです。言い換えれば、イエス様とその弟子たちが一つになる立場に立っていたなら、すべての世界の祝福を受けられる門が聞かれていたということを皆さんは知らなければなりません。

 たとえ距離は離れていても、皆さんは韓国の地にいるとしても米国を他国とは思わないで一つの国として考えなければなりません。地球は大きいですが、一つの国だと考えればいいのです。我が国のために、より必要で適切な場所に行って先生が働いていると思わなければなりません。イエス様が昇天するときに「父よ、それは、あなたがわたしのうちにおられ、わたしがあなたのうちにいるように、みんなの者が一つとなるためであります。すなわち、彼らをもわたしたちのうちにおらせるためであり」(ヨハネ一七・二一)と言った、そのような切実な立場と同じ立場に先生がいるということを知って、先生が帰ってくるときは誇ることができる皆さんになるよう願います。

 そうしようとすれば、我が国を慈しむよりも、まず皆さんの家庭が一つにならなければなりません。アベルというとき、アベルは統一した群れです。家庭でいえば自分の個体だけでなく家庭全体が統一された群れのことです。こうして氏族統一が起きる基盤から氏族解放が起こるのです。ですから皆さんを信じて、またそうすることができる立場に出てくれることを知る立場で、霊界の開門役事、霊界を解放させるこのような運動をするという事実は、かえって皆さんの前に福をもたらし得るのです。


文氏一族登用の時

 また、文昇均をチタニウムエ場の社長に立てました。それ以前は赤字が出たのに今では黒字が出ています。それは全部、幹部会議で話題に上ったことです。黄忠雲でなければ文昇均なのですが、黄忠雲では人が良すぎます。今、もがきつつ厳しい環境をかき分けていこうとすれば、どの角度から見ても、百方から見ても、統一産業のその難しい問題から見ても、彼(文昇均氏)は機械についての専門分野にある程度基盤ができているので良いのです。また、み旨が願うその摂理史から見、文氏がこの地上において霊的開門をしなければならない、恵沢を施さなければならないという立場からも見ました。そのような内外を見ても良いのです。

 また統一産業は、元弼を立てて社長にしたらいいのですが、今回は元弼よりも文専務(文成均)に社長をさせることによって文氏家門を霊的に開門する意味で、地上でこのような道を開いておけば、私たちの教会、皆さんにとっても良いと同時に、この民族にも良いのです。それゆえ、そのような時が来ることを予想してこのようなことを始めるのです。

 何年前のことですか。第二次七年路程を出発すると同時に、文家の人(龍善、龍基、龍賢兄弟)を牙山から移しておいたのもすべてそのためです。先生が誰かを愛したくてそうするのではありません。原理原則どおりにしなければならないために、そうするのであるということを知って、それに対して幹部から不平不満を言ってはならないのです。

 そのような基盤が築かれ、名目上、彼らでなければ駄目だという肯定的な基盤を開いておきました。それで、先生の一族に対する霊的開門を宣布するようになりました。この開門の宣布は先生の一族だけではないのです。一つが列をつくれば、それに従ってそこに因縁のある人々が全部くっついてくるようになって開門できるのです。それゆえ、今後先生から霊肉を中心とした復帰基準の運勢を韓国の地より始めることができます。


李伯任論山ハルモニの先祖解怨

 これから皆さんの家庭の子女たち、あるいは巡回師たちを、霊的な面において霊界を通じて忠告するつもりです。そこに反抗をしてはならないのです。そのような意味では、今後論山ハルモニが多くの役事をすることでしょう。聖書のみ言に、終わりの日には南の女王が来て審判する(南の女王が、今の時代の人々と共にさばきの場に立って、彼らを罪に定めるであろう)とあるのと同じように、統一家にもそのような性格のみ言が成就されているではありませんか。突然、関係ない人が来て、ぶん殴られるようになります。ニネベの町が罪を犯すようになるとき、ニネベの人がぶん殴ったのではなく、「ヨナ」という思いも寄らない人が来て予告をするのです。思いも寄らない人を無視したら思いも寄らない青天の霹靂に会うのです。

 これからは霊界に通じるこの方たちが役事をするのです。うちの教会の名前が世界基督教統一神霊協会なのです。先生がこれまで、このことをしてくるところにおいては、息の通る穴が詰まった状態でしているのではありません。全部、霊界のプログラムを進行しているのです。

 私は、天がどうで、天のお父様がどうでといった話はしないでしょう。そのような話はしないのです。それは全部、真理で消化して体系を整えてから話すのです。ですから、ただどんぶり勘定式に話をしないのです。私が誰か、おばさん、おばあさん、霊界に通じる人々の話を聞いてどんぶり勘定式にこの業をすると思いますか。とんでもありません。彼らは分からないのです。彼らは霊界から証してあげているので知っているのであって、どのように展開していくかは分からないのです。

 しかし、これまで統一教会の食口の皆さんに原理を通して教えてあげたし、時代的な発展段階も原理を通して教えてあげたという事実は、それがどんぶり勘定式ではないということを物語っているのです。プログラムによってきちんきちんと進行していきつつあるというのです。

 そして今、国家的運勢時代から世界的運勢時代に越えていくために、一つの国が独立をしても恵沢が起きるのです。それゆえ、霊的に門を開けば、善なる先祖たちがみな引っ掛かって入ってくるのです。そのような観点から論山ハルモニの役事も転換期時代の霊的役事です。

 また一つは何かというと、皆さんの善なる先祖たちがいて統一教会に後孫を入れさせたのに、統一教会の輩が責任を果たせなかったのです。責任を果たせなかったものを、私たちが代わりに打たれて責任を果たしたという条件を立て、霊的な開門時代が来るようになるとき、その先祖たちがついて入っていくことができる恵沢に浴そうというのが先祖の願いなのです。

 功労は功労で報いてあげるのが原則であるため、地上で接触させ、条件的に後援しているその人を通じて越えていこうとするのです。それで、私たちの背後にいる先祖を呼んでそのような現象が起きるのです。解放の時代は何かというとサタンまでも解放してあげる時代です。堕落したアダムとエバまで解放してあげなければなりません。そうしなくては地獄が解放されないのです。


八 米国二十一ヵ都市講演会と主要行事

韓国出発の日(一九七三・八・七)

 私はあさってには世界巡回に発とうと思っています。米国から日本に到着した日が七月八日で、今、八月七日に発とうとするのですが、このように日にちを合わせて発つのも天的な意義があるのです。また、発つ日がきょう(八・五)から三日目となる日です。そのような日を定めて出発するのは、歴史的な摂理のプログラムを合わせるための公式的な路程にもなるということを皆さんは知らなければなりません。

 このような観点から見るとき、皆さんは、残された二年間を、男としての使命を果たせない立場を考えなければならないのです。先生を追い出したのと同じだと考えなさい。そうして、皆さんが代表的にこの国、この民族を代表し、先生が国と教会から僕の扱いも受けられず、養子の扱いも受けられず、息子の扱いも受けられず、父母の扱いも受けられなかったその恨めしい立場を代わりに蕩減し、その悲しみを解かなければなりません。

 十月一日に講演会があるカーネギー・ホールは世界的なオーケストラの演奏会場として有名な所です。ニューヨークの真ん中にあるカーネギー・ホールに行って誰々が公演したといえば、その人に世界的なブランドがぽんと張られるのです。ところで私たちは、昨年よりも今年が悪くていいのですか。良くならなければなりません。ですから、昨年は一千二百席を準備したのですが、今年はその倍の二千八百名から三千名を入れなければなりません。そこには三千五百名まで入ることができるのです。それをどんと借りて、そこに黄色い頭、黒い頭、真っ赤な頭、中間の頭を詰め込んでから、私は、英語で直接話すつもりです、間違いなく、英語でやってもできます。英語を話すすべは知りませんが、講演をするすべは知っているのです。(笑い)


米国三年路程と主要都市講演会

 さあ、今や三年路程は一年半が残されています。この三年期間で米国が世界的な責任を果たせるようにするため、今英国から、あるいはアジアから大学院生を連れてくるのです。それもそのための準備なのです。昨年と今年、六十名近い上院議員と下院議員たちに会ったのもすべてその準備のためです。

 先生が米国で、昨年は七ヵ都市、今年は二十一ヵ都市、来年は五十ヵ都市を中心とした復興会を計画したのは米国の人々に全部知らせるためです。「ミスター文の話を聞けなかった」という話が出ないよう、知らせるためです。言い換えれば新しいイスラエル、カナンの福地に向けた出動のためなので、すべてに知らせてあげなければならない責任がこの三年間にあるのです。

 言い換えればこの三年間は、イスラエル民族がカナンに復帰するとき、その民族がどこにいようと一人ももれなく知らせてあげなければならなかったのと同じように、新しい世界的な第三次カナン復帰路程に向けて出発できるようにするための宣布をしなければならない期間だというのです。それでモスクワに向かって進軍しようというのです。皆さんはこのような信念をもたなければなりません。

 共産世界は今、米国に向かって進軍してきているので、私たちは反対に進軍しなければなりません。では、どこで会うのでしょうか。韓国で会おう! アジアで会おうというのです。それゆえ、この三年間で、アジアの情勢が尋常でない緊迫した情勢に追い込まれていくのも、私たちのみ旨を置いて、私たちの原理を置いてなされていく歴史的な帰趨だと考えなければなりません。

 それではこの三年間で先生がしなければならないこととは何でしょうか。米国の高位層、キリスト教が反対しても、米国の知性人たちが反対しない立場に立つようになれば、み旨は成されるのです。それで、東部と西部を中心として有名な大学の有名な教授たちを、一つの大学から少なくとも二人くらい引っ張り出し、十名ずつを招待してこの活動を中心として関係を結ぶための準備を今しているのです。

 そうしながら私たちがこの三年間で、アベル的な基準で何を与えるだろうかという問題を置いて見るとき、私たちは神様の内的な生命と外的な何かを与えなければならないというのです。内外で与えなければなりません。それで、この三年間には、先生が直接み言を与えようと思います。先生の一生で大衆に対して公式集会に現れることは初めてです。メシヤが行かなければならない道は、国家基準から世界基準に行くことであって、それ以下では行くことができないのです。私たちが世界的時代に向かったためにこのようなことを始めることができるのです。それで、この三年間は貴い時だというのです。

 これは、有史以来、霊界と人類が注目することができる重大な事件であることを皆さんは知らなければなりません。それで、今回の期間には、十カ国の人々が加担して仕事をするのです。今年が重要な意義があることを皆さんは知らなければなりません。それゆえ、十月一日から始める大会のために今から祈祷しなければなりません。私たちは勝利するであろうし、勝利しなければなりません。各自がこのような信念をもたなければなりません。そうしてこそ霊界が動員されるはずです。私たちが霊界よりも一生懸命に動員してこそできるのです。霊界よりももっと一生懸命にやってこそ霊界全体が動員されるのです。

 それで、外的には、現在この国における一番の知性人たち、すなわちキリスト教(プロテスタント)の牧師と長老派、天主教(カトリック)の神父たち、その次には大学教授たち、著名な人士たちに原理の本と『新しい共産主義批判』と『統一思想要綱』という本を全部無料であげるつもりです。およそ四十万部以上になるだろうと見ています。一部当たり一ドルとしても四十万ドルですが、これを米国のために与えるのです。これは歴史的な事件です。そのようになれば、私たちが内外で教会と機動隊と一つになり、この三年間に内外で、霊的な面では先生が与え、外的な面では皆さんがこの本を配布してあげる立場に立つようになれば、私たちが果たすべき責任蕩減は完全にすべて終わるのです。そのようになって、ここで米国が私たちの行く道を支持する日には問題は世界的に越えていくのです。


米国二十一ヵ都市講演会
(一九七三・一〇・一〜一九七四・一・二九、主題:キリスト教の危機と新しい希望)

 真のお父様は、一九七三年十月一日から一九七四年一月二十九日まで、四ヵ月間という長い期間にわたりキリスト教の危機と新しい希望」を主題として米国二十一ヵ都市講演会を開催された。
 まずニューヨークの力ーネギー・ホール(十月一、二、三日)、ボルチモアのリリック劇場(十月七、八、九日)、フィラデルフィア、ボストン、ワシントン、ニューオリンズ、ダラス、デンバー、アトランタなど九ヵ都市で講演され、一時、韓国と日本を回られたのち、再びオマハ、ミネアポリス、シンシナティ、デトロイト、カンザスシティ、ツールサなど六ヵ都市で講演され、翌年一九七四年、再びデンバー、シアトル、サンフランシスコ、バークレー、ロサンゼルスなどの地で講演され、一月二十九日、ワシントンD・Cで講演終了凱旋歓迎大会をもたれることにより大長征を終えられた。


 一九七三年度に二十一ヵ都市を選定して各々大復興会を開催したのですが、これが一九七四年一月二十八日に終わりました。

 私が二十一ヵ都市を回り、各州を回りながら何をしたかというと、統一教会員の父母がその州に住んでいるのであれば、その統一教会員がどこに行っていようが、ともかくその父母を全部招待したのです。そうして、朴普煕と米国の教会長に彼らを全部集めさせて、ハンバーガーを買うなり昼食を良くもてなすなり、あるいは夕食に招待して良くもてなしなさいと言いました。私がお金を直ちに支払うと言ったのです。できれば息子、娘を共に来させて、息子、娘を通してお母さんとお父さんを称賛するようにしたのです。

 米国社会でそのようなことはあり得ないのです。「えー、私のお母さんはどうで、私のお父さんはどうで」と、良い点のみをぱっと話すのです。また、お母さんに「自分の息子について話してください」というと、褒められて有頂天になっているのに、「うちの息子、娘は出来が悪くて」と話すと思いますか。そうすると、「うちの息子、娘は小さい時はどうで、統一教会に入ってこのようになるとは思わなかった」と、涙の海になるのです。「統一教会がこんなに良いとはついぞ知らず反対して」と言いながら、母子同士、父子同士が抱き合って泣く場面が繰り広げられるのです。そのようなことをしたら、一時で父母たちと息子、娘が完全に一つになったというのです。

 ですから家庭を中心として、お母さんとお父さんを中心として、兄弟同士全部ひもで結んでおけば、ぴーひゃらどんどんと共に踊りだすので三千万民族がみな連結されるのです。

 それゆえ、家庭を重点にした講義体制で私たちの教会拡張運動を強化しなければならないというのが、今回先生が世界的に特別指示したことです。そして、二週間定着する機動隊は、三十代を中心として伝道するのであり、それより上は絶対に伝道してはいけないと指示をしたのです。では、そのような活動を展開しなさい。


真の御子女様たちの米国移民(一九七三・一二・一八、譽進様、孝進様、仁進様、興進様、
恩進様、顯進様、國進様、七兄弟姉妹)


 譽進様、孝進様、仁進様、興進様、恩進様、顯進様、國進様、七名の真の御子女様たちは、一九七三年十三月十八日御父母様がいらっしゃるニューヨークのベルベディアに行かれた。共に渡米した人は洪順愛女史、韓相吉氏、李徳任嬢と李南姫嬢であった。

 私は、子供たちのすべてのことを神様に任せたので、子供たちのことを思ったりはするのですが、深刻な立場では祈祷をしません。昔は子供たちについて考えることをしなかったのですが、今は考えなければならない責任があるため、考えながらきているのです。譽進は電話をしながら涙を流すのです。子供たちも涙を流し、お母様も涙を流すとしても、私は涙を流すことができないと思いながら精誠を尽くしたことを皆さんは知らなければなりません。それは霊界でも知っていることでしょう。

 うちの子供をここ韓国に置いておいたら、私が切迫すればするほど、皆さんが子供たちに責任を負って管理できるかというのです。譽進だけ見てもそうだし、子供たちが多いのに、共産党がうようよしている所で、彼らに何か事が起きても責任を負うことができるのかというのです。

 そのような意味で、父母の膝下に置くのが様々な面で、内外で有利です。それで、米国に連れていこうと考えていることを知らなければなりません。そうかと言って永遠にそこで住むというのではありません。私が韓国に入ってくるときは、皆さんが勝利の旗を掲げて迎えることができる立場で帰ってこなければならないのです。


リトル・エンジェルス国連特別招請公演(一九七三・一二・二七、ニューヨーク、国連議事堂)

 美の天使と呼ばれる「リトル・エンジェルス」が一九七三年十二月二十七日、米国ニューヨークにある国連議事堂で歴史的な公演を熱狂的な喝采の中に終えた。世界各国の外交使節と三千余名の米国市民が雲集した同公演で、真のお父様はリトルエンジェルスを創設された方として世界の著名人たちに唯一に紹介された。

 私がリトル・エンジェルスをつくってどんなに苦労していることでしょう。今も赤字を出しているのです。今回の国連で公演するのにも七万ドルというお金を現金で支払ったのです。皆さんはリトル・エンジェルスが上手だからあのようになるのだとは思わないでください。そこには組織的、立体的、戦略的な基台の上に、そのようにしなければ前面に立てることができなかったので、確定的な基盤を築くために血を流す闘争をしなければならなかったのです。

 北韓の外交官たちが国連事務総長を脅迫しないでしょうか。ワシントンD・Cにいるニクソン大統領を脅迫しないでしょうか。一つの団体に米国の大統領が書簡を送るといううわさを聞いて北緯が抗議してきたのです。それで私が米大統領に人を遣わして「民主世界を指導している米国大統領なら男らしくしなければ駄目だ」と言いました。人を送って詰め寄ったのです。波風が一度に押し寄せてきて混乱が起きても、男らしい気迫を見せなければならないのが、今滅びる運命に囲まれているニクソン大統領、あなたの責任ではないかというのです。

 こうして、そのような戦いの結果として、全世界が注目する中でリトル・エンジェルスが公演できるという書簡が来たということは、誰も知らないことです。北韓が「国連事務総長を暗殺してやる」と通告してきたり、またその夫人はユニセフ(国際連合児童基金)の名誉会長になって歓迎委員会名誉議長なのですが、「この女を殺す」と言うので、オーストラリアに逃げていってしまったのです。そのような戦いが起きたのです。

 ユニセフの責任者たちから身を引こうとしたのです。そのようにして延期させようとする、そのような立場でした。国際的な威信もあり、体面もあるため、公文を出して延期させようとするのを全部私がコントロールして国連公演をするようになったのです。それは私の名誉のためではありません。大韓民国のためです。

 ところが、韓国大使館では「あー、レバレンド・ムーンは政治的に何がどうだ」と言い、アメリカのCIAでは、「全部KCIAの手先だ」とか言ったりするのです。これまで共産党はそのような宣伝で攻撃をしてきたのです。私が何で大韓民国情報部の手先ですか。私は彼らに会ってみたこともないのです。ただ一つ、私がしていることとは、今後アジアにおいて大韓民国がどのように歩んでいくべきかという問題を考えていることです。

 リトル・エンジェルスが他と異なる点は、祈祷してから出ていって踊るということです。ですから、踊りを踊っても既に考え方が異なっているのです。踊りを踊るこのすべてにそのような背景があるため、反射鏡のような作用をするのです。それゆえ聴衆は、訳も分からずそこに魅了されるのです。普通子供たちの踊る技術がいくら素晴らしいからといって、聴衆が全部そこに感動を受けて、拍手をして大騒ぎしたりするでしょうか。バックグラウンドがあって、そこから反射される見えない宇宙線のようなものが映されて心をとりこにするのです。


九 日本主要行事と活動

国際勝共連合在日本部崔容碩(崔昌林)会長派遣(一九七三・五・一)

 今回崔昌林を日本の朝総連と戦うために国際勝共連合の民団代表として任命するようになるとき、彼を呼んで「お前、日本のために殴られなければならない。死ぬ覚悟をしなくてはいけない!」と言うと、目をぱちくりしているのです。「どんな返事をするか見てやろう。機転の利くやつだから、三つの返事のうち、一つの返事をするだろう」と思って、答えるのを見たら、とても機転が利いているのです。「私しかこの仕事はできないので、私が責任をもってしなくてはならないではありませんか」と言うのです。それで民団の要員として任命したのです。統一教会の人はおそろしく機転が利かなくてはなりません。

 ミスター崔を知っているでしょう? 彼は統一教会に入ってきて成功した人の中の一人です。彼が統一教会に入ってくる時がどういう時だったかというと、先生が完全に大韓民国全土に問題となり、刑務所に入る正に直前だったのです。刑事たちがしきりに出たり入ったりして盛んに調査している時に入ってきた人です。

 そう、それでそのちっちゃい人が何にでも関与するのです。おばあさんがトイレに行ってもさっとついていき、台所に行ってもさっとついて回りながら調査したりしたのです。それで、「彼は警察署からやってきて調査する派遣員だ」と、みなが誤解したのです。また、食口たちが話すことを全部書き留めるのです。ですから、年の多い人たちから学生に至るまで、一時はどれほど誤解をして、しまいには追い出そうとまでしたのです。

 そうして、その翌年に伝道に出ていくのに、伝道に行くという名簿も出さないで先に出掛けていったりしたのです。自分一人で原理講義をして、一人で約二十名を伝道したのです。それでも誰も信じなかったのです。のちに彼に伝道された人たちが伝道に出るようになったのですが、その時になって初めて信じたのです。そうして信じられる時になってから尋ねてみたのです。「お前、なぜ最初教会に入ってきたとき、あんなふうに煩わしくついて回ったんだ」と言うと、彼の返事は、「すべてが知りたくて、うれしくてそのようにした」ということだったのです。答えがそれなのです。「統一教会で難しいということを自分が喜んで全部やってみたい」と言うのです。そのようにしていたら、その人が統一教会の中心になったのです。

 先生は彼を日本に送るとき、三年を約束したのです。日本は、共産党が白昼でもテロを行っている所であるため、生命を覚悟しなければならない立場であるにもかかわらず、先生の命令ならばうれしくて、誰が何と言おうがうれしくて動くというのです。うれしくて動くというので普通とは違うというのです。日本は共産党と厳しい戦いをするときですが、三年あれば基盤を築けるはずだから信じてやりなさい! そう、それで三年間で基盤をすべて築いたのです。

 国家的力をもってしても数十年、民団の力でも数十年の歴史を置いてするようなそれ以上のことを私たちが三年以内で全部やってのけたというのです。ですから見てみなさい。どんなに大変でも、自分がうれしくてすることに骨が折れますか。うれしくてするところには、二十時間であろうと夜を明かそうと良いというのです。これを考えると、うれしくてする仕事は偉大な力となり、私が成功するところにおける偉大な一つの原動力となり得るという事実を私は発見したのです。


東大大学院生たちのサンフランシスコ教育(一九七三・七・二〇から四十日間、百二十名)

 今回、東大の大学院生百二十名をサンフランシスコに連れていって教育をしました。日本の東京大学という所は知性人たちの温床として知られています。ところで、その大学院の学生たちはみな、自分の出世のためには数多くの人を踏みつけて上がってでも出世を図る、個人主義の思想の尖端の代表者たちです。お金がたくさんあってそのようなことをするのではないのです。これは皆さんが血と汗を流して稼いだお金なのです。そのお金は天と地が知っているお金なのです。このお金を無駄に使ったら、積んでおいた功労の福があるとすれば、その功徳を差し出して蕩減しなければならないというのです。統一教会がお金がたくさんあってそうするのではありません。

 今後、日本において共産圏を防御するのは、日本政府ではできません。私たちかわいそうな統一教会がそれを知っているため、その責任をもたなければならないのです。それで、私が直接命令をして二ヵ月前から出発したのです。生命を懸けてするのです。共産党が党を挙げて反対しないでしょうか。ありとあらゆることがあるのです。そうして、全員行くと自ら志願してビザに全部名前を記したので、東大大学院の学生たちもこっそり逃げ出そうにも逃げ出せないようになったのです。名簿を見ると、東大大学院の学生たちは二十五歳以上なのです。四十歳の人もいます。

 そのくらいの年になれば、社会において知性人として、自分の意志と自分のすべての判断力をもって堂々と国家の知性人として自任できる立場に立っているにもかかわらず、「統一教会の宣伝、国際勝共連合の宣伝に乗せられて、私は行けません」と、騒いでいるのです。

 でも、昨日出発しました。共産党の「赤旗」を通して大騒ぎしたのです。それを見ると、朴大統領がかわいそうなのです。統一教会と一緒に売られたのです。「国際勝共連合は自民党の手先であり、その背後で操縦しているのは朴正煕大統領だ」と、朴大統領まではさみ込んでありとあらゆることを言いました。しかし、先生が一度でも朴大統領に会ってみたことがあるかというのです。

 それでも、統一教会は今ではそれだけの位置、日本の高位層の各要所要所で問題になり、統一教会の文先生の名前がそのような場で話題にのぽったりするところまで上がってきたというのです。それくらいなら統一教の文先生もちょっとしたものなのです。悪口を言われて回ってはいますがね。


第二次科学の統一に関する国際会議
(一九七三・一一・一八〜二一、日本・東京帝国ホテル、十八カ国六十余名)


 世界的な碩学を動かすことができる基盤を築くためにつくったものが今日の科学者大会(科学の統一に関する国際会議)だということを皆さんは知らなければなりません。一番最初始めるときは、私たちのような人は末端の給仕にさえもなりませんでした。第二次大会は東京で開いたのですが、東大を中心とした有名な学者たちを前に立てて、世界の碩学たちを迎える大会でした。その大会は彼らが名誉をかけてすべてのものを準備したのです。

 私はその大会の創設者ですからあいさつをしようと思っていました。ところが、主人があいさつするのはどこの組織世界でも常識であるにもかかわらず、私が講演してあいさつする順序を全部省いてしまったというのです。あす会議を開催するということで行ってみると、この者たちが、このような体たらくにしてあったのです。それで私が久保木をして、それこそ青天の霹靂を下したのです。「今すぐ解散だ。科学者大会は中止だ」と言ったのです。ですから問題が広がったのです。「私は、それこそ客として来た身であるので、ただ客として帰れば良いが、日本の国を懸けて、東大の看板を掲げて始めたので、そのまま帰ってしまったらあなた方が滅びる。この日本人。あなた方は韓国人がどうだといって見下しているのだろう。一度思いきりぶたれてみなさい」とやったのです。すると一晩でひっくり返してしまったのです。「直ちに、今晩プリントを直さなかったら解散だ」と言ったのです。お金を私が出してあげたのでそのようなことができるでしょう? 主人が私であるから。(拍手)

 ですから彼らは「全く気分が悪い」となったのです。韓国人を軽く見て思いっきり殴られたのです。そのようにひっくり返したのち、夜を徹して再びプリントしたのです。しないわけにいきますか。うちの工場があるので、大急ぎで「レバレンド・ムーン」と、正確に打ち込んで印刷しました。日本の実行委員の人たちはみな、一発やられたのでしかめっ面をしていました。

 その時になっても、私に会ってみたことがない人は、私が何かの冠でもかぶって袈裟を着た格好で現れると思っていたのです。「どれが統一教会の教祖の文なにがしだろう?」と、私が壇上に上がっていくにもかかわらず、私を見るのでなく別のほうを眺めているのです。(笑い)皆さんもそうだったはずです。人の心などというものは同じでしょう、人の感情もみな、大同小異似たり寄ったりではないですか。

 そのような局面においても、男というものは肝っ玉を太く堂々と、さわやかに笑いながら講演をしなければならないのです。あいさつの言葉を言わなければならないのです。彼らは険しい目つきでにらんでくるのですが、「お前たちは東大だとか教授の名誉をかけてにらみつけているが、私はアジアと世界の運命をかけてここに立つのだ」と、堂々とその場に立ったというのです。


韓、中(台)、日国会議員勝共セミナー(一九七三・一二・二五・三〇、日本・東京)

 私が日本に立ち寄ったとき、「韓国の国会議員、中国(台湾)の国会議員、日本の国会議員、この三国の国会議員が集って大会をしなさい」と指示したのですが、それが成功裏に終わりました。ここに久保木会長が来ています。「久保木、立ちなさい」。国もできないことを私たちがしています。そのような実績をもっているということを皆さんは知らなければなりません。

 日本の政府も勝共連合がなくては駄目で、韓国政府も勝共連合がなくては駄目で、中国(台湾)政府も勝共連合がなくては駄目なので、互いにみな我々をつかもうとしているのです。日本が我々をつかんで韓国と中国(台湾)に影響を与え、韓国がまた、我々をつかんで中国(台湾)と日本に影響を与え、中国(台湾)が我々をつかんで日本と韓国に影響を与えようとしているのです。久保木が苦労したのです。

 久保木には分からないのですが、時がどうなっているかが先生には分かるのです。雷のごとく命令をすれば、「ああ、どうしよう、どうしよう」となるのです。しかし、やればできるのです。やってみればできるのです、やらないからそうなのです。そのようなことがたくさんあるのです。君たちが仕事をしながら「あー、それはそうだ。そうしなくちゃならない」というようなことをもってしては何度やっても復帰はできないのです。「ええ、そんな!」というようなことをしてこそ、ぱっと復帰の道を短縮できるのです。














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