天一国主人の生活
(全面表示)  戻る


四 天国の所有権を得ようとすれば天の民を大勢連れていかなければならない

 皆さんは、「私たちは、希望の民を求めてきた群れだ。希望の国を蘇生させるための群れだ。私たちが手を付ける日には、国を蘇生させ得る、一つの要素となる国民が蘇生する。私たちは、国の伝統的思想を受け継いだ者として、私たちの願う国を再建するために立ち上がったので、正しい伝統的思想によって彼らと一つになり、正しい国を求めていかなければならない。私たちは、そのような群れを募集するための募兵責任者だ」、このように考えなければなりません。

 ここで、国を愛する心にあふれていなければならず、民を愛する心にあふれていなければなりません。今までのような、国の民として国を愛した立場とは違わなければなりません。今までの自分の親戚、あるいは父母、兄弟、妻子を愛したものとは違わなければなりません。それらとは異なる意味で民を愛し、国を愛することができなければ、神様が求めていらっしゃる希望の理想世界を再現することはできないのです。

 私が神様を正しく見せてあげてこそ、彼らが私に従ってきて天の民になるのです。また、その集まる民を正しく連結させてこそ、天の祖国光復が蘇生するのです。

              *

 「一つの民」という言葉の中には、黒人、白人、黄色人がすべて入っています。一つの民は、すべての文化を消化させることができる能力をもたなければなりません。また、歴史的なすべての習慣と環境を消化し得る能力をもたなければなりません。

 この一つの民となり、父母を中心として兄弟になろうというのです。しかし、まだこの世界は、そのようになっていません。それを完全に一つの民になることができるようにしなければなりません。

 そのままほっておけば、そこにはいつも悪なる人が残ります。私たちが家庭教会活動をすることにより、一つの民をつくることができるのです。

 一つの民をつくる方法は、家庭教会活動を通じなければならないという事実を知らなければなりません。それ以外には道がないというのです。数多くの氏族がいても、一つにする運動をしなければなりません。

              *

 統一教会は、祝福を受けることにより、統一教会の正常な食口として扱われ、天国の民として扱われます。そのようにすれば、サタンは、理論的基準で自動的に分別されざるを得ないという結論が出てきます。

 サタンの愛よりも神様の愛が気高く、原則的な愛の基盤で祝福を受けた男性と女性として立ったので、サタンが讒訴できる基準ではなく、その上にいるがゆえに、讒訴することができません。なぜならば、真の御父母様の血筋を通してすべて本然の血統基準を立てたので、その血統圏にいることができるならば、サタンは生まれることもできないというのです。ですから、完全にサタン分別圏に越えていくのです。

              *

 統一教会は、家庭天国理想のために前進する代表的教会です。この家庭の中には、国が宿り、世界が宿り、天地が宿り、神様が宿るということを知らなければなりません。

 真の父母の血族の因縁をもったので、今後野生のオリーブの木になってはいけません。真のオリーブの木の種をもって、万国のどこに行って根を下ろしても、真のオリーブの木の実が結実しなければなりません。万国万邦を越えて同じ実を収め、天国の神聖な民族として倉庫に納めなければなりません。それが神様の創造理想だったことを知らなければなりません。天国の民を拡張させなければならない責任、蕩減の役事がない自由解放圏内の天国の民を拡張させなければならない責任が、私たち統一教会の家庭にはあるのです。それが皆さんの使命だということを忘却してはいけません。

 今から氏族圏が発足するのです。今からは、神様が主管されるのではなく、皆さんの一族を天国の氏族化させる時代に入っていくようになります。それゆえに、先祖が役事して、我知らず統一教会に行くようになるのです。春が訪れてくれば、葉が強制的に出てくるのではありません。自然に出てこなければなりません。ですから、徐々に朝日が浮かび上がるその世界が目前に迫ってきたので、解放された姿で、神様の子女の名分を中心として、威風堂々と天地の大主人として出ていくことが、私たちの義務であり使命だということを忘却してはいけません。

              *

 先生の願いは、天国の民を生かすことです。しかし、サタン世界に属した民をどのように変化させるのでしょうか。これが問題です。それを否定して、一八○度方向を転換させるのです。今、サタンは上に位置し、神様は低い所に位置していらっしゃいます。それをどのように変えるのですか。零点にならなければなりません。天国の民をどれだけ連れていったのかということが、最も貴いことです。

 皆さんは、先生のおかげで全員天国の民になったでしょう? 同じです。皆さんの息子、娘が天国の民になることができるようにするためには、自分が死んでも、天国に連れていって暮らすことができる息子、娘として教育しておかなければなりません。それが皆さんの財産です。それをシステムにして、皆さんの息子、娘を教育しなければなりません。それでこそ、彼らが一つの所に行くのです。すべての人々が一度に天国の民になるならば、神様がどれほど喜ばれるでしょうか。そのようにしなければなりません。それが、あの世の財産です。

 嫁いでいく新婦が嫁ぎ先に行くときに、所帯道具をもっていくのと同じように、それがあの世に行く時の贈り物です。自分の国の人はもちろん、数多くの国の人を連れてきたというときには、天国で祝宴が催されるのです。

              *

 原理のみ言を通じて、事業ならば事業分野において、天国の民を連れて入っていくことが最大の贈り物です。天国に入っていく時に、何をもっていくのですか。自分の家族だけ連れていくのではありません。自分の家族だけ連れていけば、サタン世界のカインの息子、娘を、誰が救ってあげますか。

 ですから、今まで、真の愛を中心として天国に入っていった民がいなかったというのです。そうです、天国は空いているのです。ですから、天国の民をたくさん復帰していくことが、神様から賞を頂き、天国の近くに行くことができる贈り物だということを知らなければなりません。知識や何かの活動や実績ではいけないというのです。

              *

 永生基盤がなくては、長久な闘争はできないのです。実績がなければ流れていきます。先生は、永生をかけて闘ったので、今まで残ってきたのです。同じです。深刻な問題です。その力を知らずにいます。いずれ、一度は死ぬのです。どのコーナーで死ぬのか分かりません。いつかは霊界に行くのです。行く時に、天の前に何をもっていくのですか。体をもっていくことはできません。すべての人が天の民を率いていかなければなりません。それゆえに、先生の後ろには、多くの民が従うようになっているでしょう? それは、しなければならないのです。

              *

 霊界においての所有圏は、天国の民をどのくらい連れて入ってきたかということで決まります。それが自分の財産です。これからは、それを正さなければならない時が来ました。今からは、一日に何百万が伝道される時が来ます。統一教会には、そのような素晴らしい内容があるのです。世の中を見なさいというのです。今死ぬとか生きるとか、人生が何だとか、地に足をつけることができずに空中をさまよいながら、狂ったように歩き回り、最後に自殺する人がどれほど多いですか。

 これからは交流時代に入っていくのです。統一教会の食口交流時代、近隣の三、四カ国を中心とした交流時代、その次には大陸間の交流時代、さらには東洋と西洋の交流時代が来るのです。このように交流すれば版図が変わるのです。

 なぜそれが必要でしょうか。その国家と国家を見れば、境界線に接している国家同士は、大概が怨警視しています。自らの実利を追求しているのでぶつかることが多く、怨讐になったというのです。それゆえに、霊界では、暗黒の時代で生きた人は、すべて障壁でふさがれているのです。これをどのように開くのですか。地上で子孫が崩してあげなければなりません。

 その子孫が崩してあげることにより、その障壁が崩れるというのです。その障壁を崩そうとするので、日本の人を、憎んだ以上に愛することができる人にならなければならないというのです。それがアベルの使命です。先に知った人が、先に十字架を負わなければなりません。

              *

 あの世に行くにおいて、個人所有になるものは、この地上にいる時に天国の民をどれだけ多く接ぎ木させていったかということです。宗教では、この意識を植えつけてあげなければなりません。私たち統一教会の食口が二世にこの意識を植えつけることができなかったので、ほかの所に行こうとするのです。「就職だ」、「何だ」と言って、世の中に流れていこうとするのです。

 ですから、この地で霊界、天国の民を生産するようになっているというのです。霊界では生産ができません。地上で生産するのです。ですから、本来は、アダムとエバを中心として、原則的に生産したとすれば、すべてが天国の所属なのですが、堕落したためにひっくり返ったのです。

              *

 御飯を食べることよりも重要なことが、天国の民を治めることです。それが、この地上に生きる私たちの本業です。生涯にしなければならないことの中で、それ以上に貴いことはありません。世の中で就職して出世したり、お金を集めたりすることは、すべて流れていくのです。あの世では、お金を集めても何の意味もありません。あの世では、物質が必要ないのです。知識が必要ないのです。学ばなくても心が先に知っています。一週間以内に何でも、すべて通じるのです。

 今後、皆さんはあの世に行き、復帰歴史をされる神様の前に、一人のアダムを取り戻すために今まで苦労された神様の前に行って、何と言うのですか。神様は、創世以後、今まで一人でアダム完成者を尋ね求めてこられたのではありませんか。しかし、皆さんは、原理を知りました。これは、数千、数万の民を救うことのできる武器です。今まで神様が人間に教えることができず、それを分からない中で摂理なさる神様の切なさ、それに代わって地上で神様以上のことを私たちがするのです。私たちには、原理で数百、数千のアダムを教化して連れていくことのできる道があるのです。

 皆さんは、天国に連れていくことができる息子、娘を何人つくりましたか。皆さんがしなければならないことは、それしかないのです。いくら億千万のお金をもって幸せに暮らしても、すべて流れていくのです。それは、自らのすべての物質と知識と自分の命まで、堕落した自分の命まで投入してでもしなければなりません。それを別々に投入するのではなく、一度に投入して天国の民をつくろうと思わなければなりません。投入して全体が加重されるに従い、その価値は比例していくのです。

              *

 皆さんがどれだけ永遠に天の前に称賛を受けられるかは、どれほど天の民を収穫して収めるかという問題にかかっています。それを収めることのできる鍬が、今まではなかったのです。分からないのでできなかったのです。しかし、皆さんには、背負子があります。熱心にみ言を伝えれば、爆発的に収穫することができるのです。

              *

 自分によって多くの天国の民、天国の家庭を拡大しなければなりません。あの世に行って新しく策定される位置が、地で決定するというのです。地で結べば天でも結ばれ、地で解けば天でも解かれると言ったでしょう? このことを前提として語られた言葉です。

              *

 磁石のN極とS極がお互いに「引っ張れ」と言って引かれていくのではありません。そのように自然な作用が展開するのです。台風が吹くのです。これが定着しなければなりません。エバ圏を中心として、母を中心として、台風のように吹いてくる世界の運勢と共に、カイン・アベル圏を家庭にしっかりと植えておかなければなりません。出産するのです。皆さんがする出産は、母の出産であり、息子、娘の出産です。この道を行くにおいて、女性たちは解放者です。男性たちは、無関心な自由天地圏にいるので、自分の息子、娘が行くことに干渉できないのです。女性は、二十四時間いつでも占領することができる時代圏に入ってきたという驚きを、天地の前に、父母様の前に感謝しなければなりません。それゆえに、どれだけたくさん収穫して天国に行くのかということが問題です。
 最近韓国では、婚礼家具問題で騒々しいでしょう? ちょうどそのような時になりました。天国に、どれだけ多くの民と家庭を連れて入っていくのかということが問題です。天国には家庭も民もありません。民とともに家庭をつくってさしあげれば、神様がどれほど有り難いと思われるだろうかというのです。真っ暗な夜中に天を見れば、星が輝くのが見えるでしょう? 皆さんはその中で、どのような星になりたいですか。大きな星になりたいと思うはずです。へそのような大きな星になるかならないかは、民をどれだけ、家庭をどれだけ率いていくかにかかっているのです。

              *

 山に行って山菜を摘む女性が、良い山菜を取ろうと一日中あちこち飛び回れば、夕方に帰ってくる時にはかごが空だというのです。おなかが空き、その山菜をつまみ食いして空のかごで帰ってくるのです。しかし、着実に落ち着いて取る人は、元気に飛び回っていた女性を家に使いとして連れてくることができるというのです。

 今、天国には民がいません。天国は空いています。それゆえに、統一教会の門を通じて、空いている膨大な天国を民で満たさなければなりません。そのような時代が来たにもかかわらず、世界のことは考えないで自分のことばかり考えていてはいけません。うずらのように頭の羽が抜け、せきれいのように頭の羽が白くなってはいけません。仕方なく尾を振りながら、哀れに飛んでいくせきれいになってはいけないというのです。貴婦人にならなければなりません。

              *

 なぜ神様がアダムを造られたのかというと、横的な面積が必要なので造られたのです。多くの男女が結婚して家庭を築くのは、家庭の息子、娘をすべて移動させ、天国を満たすためなのです。それゆえに家庭は、天国の民を創造、製造する分工場です。

 家庭が分工場なので、多くの息子、娘を刷り出しなさいというのです。天国では、誰が民をたくさん連れて入ってきたかによって天国の位階が、栄光の位置が決定するのです。息子、娘をたくさん育ててみれば、十二タイプの人間、二十四タイプまで育ててみれば、人間をすべて愛したという位置に立つというのです。

              *

 今回、私がハワイに出発する時に、今まで神様王権即位式と、それから神様の故郷と祖国定着、それから天一国宣布とともに国民……。国を成すためには主権がなければなりません。それが王権樹立です。国がなければなりません。祖国定着です。その次には国民がいなければなりません。ですから、天国入籍カードをもつようになっているのです。

 このようなことをなすことによって、天の全権を中心とした主権と国と国民を備えることができる天一国の基盤がすべて準備されました。ここにおいて自らの確定的な価値決定は、今から皆さんが天の前にどれくらい一族を収拾するかにかかっています。逆に行かなければなりません。ここから上がっていかなければなりません。

              *

 今からは、先祖を動員する時代です。先祖たちを動員して協力させなければなりません。そのようにしようと思えば、この内容をはっきりと知り、天上の構造がどのようになっていて、どのように再臨役事が成されるのかということをはっきりと知って動員しなければなりません。そのようにして、皆さんが旗手となり、誠心誠意を尽くす彼らの方向を先につかんであげ、模範とならなければなりません。地上がお兄さんです。地上が模範とならなければなりません。分かりますか。ですから、一人でするのだと思わないでください。先祖を動員すれば、すべて協助してくれるのです。

              *

 堕落とは何かというと、神様にも創造なさった責任があり、アダムには堕落させた責任があります。その堕落は家庭破綻であり、それは、国家、世界、全宇宙を滅ぼしてしまうことができる破綻です。偽りの父母がこのようにしてしまったので、偽りの父母の王であるサタンが生まれ、偽りの父母と一つになって神様を追放し、神様が願われる世界を滅ぼしたのです。そのようにして、今まで、政治世界が宗教圏を犠牲にしてきたのです。しかし、今からは、これがひっくり返ります。

 ですから先生は、超宗教、超国家、超NGO運動をして、秩序がひっくり返っているものを順次的な方向に立て、天と地が統一された解放の結果として合わせるのです。合わせるにおいては、霊界で合わせるのではなく、地上で合わせてすべてのものを解放して越えていかなければなりません。

 越えていく時は、サタンが汚した血痕の残っている一切、汚した痕跡が残っている一切を燃やしてしまうのです。今まで、自分個人や家庭やおしりにぶらさがっていたものをすべて燃やしてしまい、この天上地上平和統一解放聖火式を通して越えるのです。

 越えるのですが、その越えた位置は何かというと、祝福中心家庭です! 越えるにおいては、家庭から失敗したので、家庭をもたなければ越えることができません。個人では越えることができません。それゆえに、今、霊界でも祝福完結のために大騒ぎです。地上に対して要求するのです。

 それゆえに、地上で生きたのちに死んでいった皆さんの先祖や、また宗教の責任者である宗主たちには、地上に再臨し、その氏族や宗教を中心とした主人の立場で責任行為を完結して越えていかなければならない責任があるので……。

 「今、統一教会は外部の人を伝道してはならない」と言いました。自分の一族、自分の家庭に属している僕を救ってあげ、それから養子を救ってあげ、庶子を救ってあげ、直系の子女を救ってあげ、一つになって父母に侍り、本然の家庭の夫であるメシヤを中心として教育を受けるのです。そのようにすることによって、新たに解放された地上の個人から天上解放圏まで完結することができるのです。


五 天一国主人の生活

1.一心、一体、一念、一和

 あなたと私は、心と体が一つになった同じ位置、それはすなわち夫婦一心、父子一心という位置です。一心は、一つは上にあり、もう一つは下にあるという状況では成立できません。父親が上にいて、息子、娘が下にいれば、一心になることはできないのです。お互いが同等な立場で平面的に位置していてこそ一心になるのです。内的外的関係が平面線上の位置に立ってこそ一心になるというのです。夫婦も同様です。

 横的関係において内外関係、前後関係の位置に立ってこそ一心になるのであって、上下関係では絶対に一心になることはできないというのです。

              *

 一心統一です。目が一心にならなければならず、鼻も一心であり、すべて一心です。心と体も一心であり、男性と女性も一心です。国の氏族も一心であり、国も一心にならなければなりません。王が願うとおりに一心にならなければならず、世界の大統領と一心となり、神様と一心となり、天地の大統領と一心統一になれば、世界は一つの国になるのです。その統一された国は、人の国ではなく、正に私の国なのです。

              *

 アダムとエバが神様の前に責任を果たしていたならば、神様が祝福式をしてくださったのです。祝福を受ければ、そこから善が出発し、真理の一体化、実体の一体化、心情の一体化が成されるのです。真理の一体化とは、神様が「このようにしなさい!」とおっしゃれば、「はい」と言って、神様のみ言どおりに従ってすべて成されるのです。神様のみ旨から見たアダムとエバは、本来二人ではありません。アダムがエバに引かれて天法に背いたので二人になったのであって、本来は一人なのです。真理の一体化、実体の一体化が成されたのちには、心情の一体化が成されなければなりません。そのようになれば、神様と一体化するのです。神様は、そのようになる日を待ち望んでこられました。

              *

 天国は、神様の愛を中心として完全に一体となった夫婦が入っていく所であり、その一体となった夫婦によって生まれた子女たち、すなわち神様を中心として一体となった家庭、氏族、民族をすべて率いて入っていく所なのです。

              *

 統一教会の第一条件は、心身一体です。それで、神様が天地創造される時、絶対信仰、絶対愛、絶対服従を命じたのです。自分が言えば、信じたとおりに実体が現れます。現れなければ、投入して現れるようにして成し遂げるのです。いくら大きなものでも、自分が命令したとおりに成し遂げられるというのです。願った以上に投入するので、完成するのです。

              *

 エバの堕落は、絶対信仰、絶対愛を追求できなかったということです。それで、蕩減復帰原則において、良心を中心として絶対信仰、絶対愛を取り戻すために、天のために生きる一念、一片丹心しかないというのです。世の中のすべてのものは、天とは背反するものなので、これを断ち切って絶対否定しなければなりません。

              *

 一和という言葉は、「一」という字に、和するの「和」という字です。化けるの「化」という字ではありません。和するの「和」という字は、皆さんの個性がそれぞれ違いますが、個性の違う人たちが一つになるのと同じように、個性の違う民族、個性の違う国家が一つにならなければならないという意味が内包されています。

              *

 一和という言葉の「和」という字は、本質が変わっていきながら和合するのではありません。男性なら男性が、女性なら女性が、変わらずに和合するのです。どちらが貴いかというと、本質が変わって和合するよりも、そのまま和合するのが貴いのです。

              *

 一心、一体、一念。一心は何かというと愛天です。天を愛しなさいということです。一体は何かというと、人類を愛しなさいということです。そうではありませんか。一念は愛国です。愛国は国家を愛しなさいということです。国家は家庭を拡大したものです。家庭を愛しなさいということです。男性と女性におけるすべての願いの骨子または主流は、一心、一体、一念の思想です! 分かりますか。

 ですから、きょうの表題を言うと、一心、一体、一念安着は、一念と言ってもかまいません。一心、一体、一念は神様と天宙人の主流思想です。天宙と言えばみな分かるでしょう? 神様の家なので、万物世界、天地がすべて入るのです。天宙人の主流思想です! 分かりますか。一度言ってみてください。(一心、一体、一念は、神様と天宙人の主流思想です)。天宙人とは、天地の家の人です。すべて入ります。被造万物がすべて入るのです。天宙人の主流思想です。分かりましたか。一度言ってみてください。(一心、一体、一念は、神様と天宙人の主流思想です!)。それ以外にはありません。

              *

 万福の根源であられるお父様!

 地上に真の父母を送られて数多くの恨の峠を蕩減させられ、今は、天上地上和合統一大会とともに天上地上平和統一解放聖火式を終え、天と地が共に水平上に立つことのできる天一国平和統一平定時代を迎え、天と地が共に一体理想を中心として、個人から天宙まで、水平的基準で一つの目的に向かって前進するようになりました。個人完成を中心として、心と体が一つになり、一心、一体、一念を中心として和することのできる一和の実体を中心として、天が願われた相対的理想を完成するための愛の理想のために絶対的に必要なものは、対象的基準として創造されたアダムとエバです。無形の天国の父母と有形の実体の父母が、一心、一体、一念、一和の統一的基準を中心として、愛の理想相対をもたなければ、絶対愛、唯一愛、永遠不変の愛、神様における属性の主流的理想の目的を完成することはできません。


2.純潔の八段階

 救援摂理は再創造摂理です。再創造摂理は、神様の創造原則にかなう純潔な万物、純潔な人、純潔な血統、純潔な愛を立てるためのものであり、これが創造の過程なのです。純潔な地上に純潔な万物、純潔な人、純潔な愛を立てるためのものが創造の理想であり創造目的なので、これを成し遂げるためには、私たちの一身において自由にならなければなりません。

 純潔な体を取り戻すためには、サタンの基盤になっている体を打って、サタンを追放してしまわなければなりません。そして、純潔な心と体、物質と精神が一つになり、それからサタン圏を抜け出し、約婚段階において三年を経たのちに完成圏の祝福家庭を成すのです。これを原理から見るときには、人間の責任を完成することができる立場に上がっていくということです。このような復帰路程と蕩減路程を知らなければなりません。このようにしなければ上がっていく道がありません。

              *

 純潔の八段階とは、純潔、純血、純愛、純孝、純忠、純聖、純婚、純家庭の道理を果たし、真の父母によって個人から家庭、氏族、民族、国家、世界、天宙、神様まで、地上において八段階の秩序を完成した形態として立てることによって、はじめて対象的な横的個人、家庭、氏族、民族が相対的基準で一体化するのです。

 それで、無形の神様と実体の天地父母の愛を中心として、家庭的出発形態を拡大した世界理想の基準として抱き、一つの家庭形態として結論づけることができるようになるとき、地上天国と天上天国が解放され、天の国に直行することができる道が開かれるようになるのです。このような内容を成し遂げることが、神様と真の父母の使命です。

 心と体が一つになり、一心、一体、一念、一和の姿で神様の前に真の孝子となり、国の前に忠臣、世界の前に聖人、聖子の道理を果たし、純潔な孝誠の心で、「私は、永遠に真の父母に侍って暮らします」と言うことのできる群れにならなければ、天一国の民になることはできません。

 自分一人だけが幸せに暮らそうと考えることはできないということを発見しながら、世の中にいかなる困難や幸福な環境があったとしても、それを越えて不幸な立場にまでも自分が行き、開拓の王子の立場で神様の代身者になろうと思うことができてこそ、天一国を相続することができる相続者になるのです。

 一緒に暮らしたいと思って真の御父母様が苦労されるので、私は、千倍万倍苦労しても良く、持っているものをすべてかき集めて、その生活圏内に相対基準を造成し、誰よりも真の御父母様を解放された喜びの立場に立てようと思わなければなりません。

 自分は極の極の立場で苦難も消化しながら感謝することができ、賛美を捧げ、天の前に栄光を捧げ、子孫の前に永遠に誇りを残してあげようと思うことができる人になってこそ、天一国の主人になることができるのです。

              *

 習慣性を正し、サタンにずるずる引っ張られる糸口を残さないためには、神様の摂理としてこれは良いチャンスだと考えなければなりません。

 純潔の血統を残すためには、真の御父母様の血統を受けて継承した清潔な基盤の上に、純潔な愛によって純潔な種を蒔いて、純潔な子孫を迎えるその日の喜びを思って耐えて越えていかなければなりません。そのような道が、山の峠が重なりあっています。それを重大だと思って希望に満ちて越えていくことを先生はお願いします。分かりますか。

              *

 真の父母は、アダムとエバが失敗したすべてのことに責任をもち、解決してあげなければなりません。そのようにしなければ、真の父母の立場に帰る道がありません。父母が植えたので父母が収穫し、悪いものは火で燃やし、良いものは倉庫に入れ、万民が要求する種を分配してあげなければならないというのです。それが原理のみ言です。真の愛のみ言です。純潔な血統のみ言です。理想の夫婦に関する愛のみ言です。それ以外に、人間として尋ね求めていく道はありません。それ以外はすべて消えていきますが、これは、人間の生命と共に、永遠の生涯と共に行くのです。そのように貴重なのです。

              *

 血統を維持しなければなりません。清い血統、純潔な血統を維持しなければならないというのです。神様が堕落したアダムとエバを追放したのと同じように、血統が汚されれば、自分を完全に除去してしまい、堕落した人と同じように、再び人類の後ろに戻っていかなければならないのです。

 今後、天国の責任者は、このような純潔を守って生きてきた人だけがなることができるのです。この人たちは、主流の伝統思想を受け継いで相続していかなければなりません。祝福を受けた家庭が再堕落することは、絶対に赦すことができません。

              *

 家に帰ってくれば、誰よりもまず父母にあいさつし、孝道を尽くす伝統がありますが、それは、特に女性に強く強調されたことです。なぜ沈清でしょうか。それは、女性が不孝をしたからです。世界的な歴史を蕩減し、孝子の伝統を立てるために、一人の女性をナンバーワンの位置に立てなければならないのです。復帰天国を成していく時に、これが蕩減の第一条となるので、女性が孝子の伝統を立て、志操を守り、純潔を誇ることができる娘になったというのです。

              *

 天国の主人になるということは、孝子になったのちに言う言葉です。孝子の次には、忠臣、聖人、聖子の家庭です。

 聖子の家庭が真の家庭です。真の家庭になってこそ、天国の主人になるのです。

              *

 心と体が一つにならなければ、今後、天国に行くと考えてはいけません。

 もし原理のみ言を知って一つになろうと思ったならば、一つになる時まで、あの世に行って待たなければなりません。

              *

 皆さんは、孝子にならなければならず、孝婦にならなければならず、それから孝聖にならなければなりません。その次には、純潔、純血、純愛を中心として、家庭基盤の上で神様に対して家庭的孝子にならなければなりません。一人だけではありません。家庭全体が孝子にならなければなりません。そして、孝子忠臣家庭、それから孝子聖人家庭、孝子聖子家庭です。

 そのような立場で、個人から天宙まで、あの世の天国の王権を受け継ぐことができる王子、王女として、遜色のない主人の代身者とならなければなりません。私たちは、常にそのような訓練をしなければなりません。天一国主人という言葉は、そのような意味です。

              *

 真の父母がすべてを収拾し、主人の位置に奉献してさしあげなければなりません。なぜかというと、アダムとエバは、結婚したのちに相続されるのです。結婚前に所有しているということは、盗品を購入したということです。

 盗んだ品物を買って使っているか、借りて使っているか、自分で盗んで使っているか、主人ではない者が主人の役割をしているということです。すべて果たし、純潔、純血、純愛の家庭を中心として、家庭的孝子忠臣、家庭的孝子聖人、家庭的孝子聖子を真の父母の前にすべて捧げ、神様の前に収拾してさしあげなければなりません。その国も、すべてこのような婚姻申告をしなければならず、出生申告をしなければなりません。

              *

 祝福された家庭は、純潔血統、純愛家庭を中心として、家庭的孝子、国家的孝子、世界的孝子、天宙的孝子になって「神様は私の父だ」と言わなければなりません。内外にあるすべてのものが似て、心も似て、体も似て、細胞も似て、一心、一体、一念、一和にならなければなりません。しかし、相対がいません。一和の立場で愛を投入しなければなりません。投入し、万物時代から絶えず上がっていかなければなりません。最終的には神様にまで上がっていかなければなりません。神様が喜ばれれば、天下が喜び、天地が和動できる本然の創造理想、完成完結した解放的起源がそこから出発するのです。そこまで行かなければなりません。それを早くしなければなりません。雷のごとくしなければなりません。


3.神様と真の父母のための侍る生活

 今日、堕落した人間たちに父母はいますが、その父母は真の父母ではありません。その父母は、神様に認められた父母ではないというのです。それでは、終わりの日に私たちがしなければならないこととは何でしょうか。私たちが生きているこの時に、宇宙的な父母をお迎えしなければならず、教団的な父母をお迎えしなければならず、その次には家庭的な父母までをお迎えしなければなりません。すなわち三代の父母に侍らなければなりません。家庭は、民族を代表することができる型であり、教団は、子女の代わりをすることができる型であり、宇宙的な父母は、真の父母の代わりをすることができる型です。

 今日、地上に人間たちが生きていますが、神様が許諾された真なる父母の愛の圏から外れています。父母と血と肉が相通じる因縁が、私から永遠の世界まで連結していないことが寂しいことなのです。それゆえに、家庭的な父母から教団的な父母と、宇宙的な父母と、神様の愛が絡み合って、初めて六千年全体の愛の圏に入っていき、神様に顔を上げて立つことができるということを皆さんは知らなければなりません。これが、私たち人間が必ず行くべき路程です。

              *

 もし人間が堕落せずに生まれていれば、神様の愛と生命がすべて連結された種から生まれていたのです。それでは、その生命はどこに行くのかというと、ほかに行く所はないというのです。その生命は、自動的に神様に帰ります。磁石があれば、N極は、S極に向かって自動的に行くのと同じです。そのようになっていれば、神様がいるのかいないのかを尋ねる必要はないというのです。空気があるのかないのかは分かりませんが、なければ息が苦しいのです。同じように、神様もいるのかいないのか分かりませんが、その愛とその生命力によって生きなければ、すべてのものが窒息してしまうのです。

              *

 真の父母を通して生まれ変わってこそ、天国の民になることができます。それでは、どのようにして再び生むのですか。生むことができる条件を掲げるのです。完全に一つにならなければなりません。それゆえに、女性は、真の母の命令に絶対服従しなければなりません。エデンの園で戒めを守ることができなかった恨を解かなければなりません。絶対服従しなければならないのです! また、その母の言葉に息子、娘が絶対服従しなければなりません。それを誰が教えてあげるのでしょうか。父、完成したアダムが教えてあげるのです。

              *

 蒔いたとおりに刈り取るということは真理です。エデンの園のアダムとエバは、何の種を蒔きましたか。フリー・セックスの種です。それで下部を隠すのです。幼い子供も、父母が買っておいた菓子か、おいしいものがあるとき、それを隠れて食べていて、父母が来れば隠します。犯罪の部分を隠すのが本性の作用です。神様の前に現れることができないのです。

 堕落した人間が地獄に落ちたので、天国に行こうとすれば、一八〇度反対の道を行かなければなりません。ここで間違った血筋をもって生まれ、地獄に落ちるようになりました。血統が変わったのです。それゆえに、メシヤが来なければなりません。神様が創造されたエデンの園で、堕落しないで堕落前の位置に行き、家庭を築くことができる主人として送るのがメシヤです。これが理論的に合わなければなりません。神様に侍る家庭を通してそれを連結し、国家を中心として家庭的に切って接ぎ木した位置で、一度にひっくり返そうというのです。

              *

 フリー・パスをもつためには、真の父母の名前を通じなければなりません。そのようにしなければ、それをもつことができないのです。父がもっているものは子女に相続してあげるのが道理です。それゆえに、皆さんの家庭教会活動は、真の父母の身代わりであり、神様の前に真の父母の息子、娘として行うのです。

              *

 神様を中心として真の父母のみ旨に一致することができないときには、他人の息子、娘です。彼らが真の父母の息子、娘として心情一体になるとき、自分の息子として伝授されるのです。

 堕落した人間は、他人の息子を生んで育て、その息子を通して自分が高い位置に行かなければなりません。このような観点がきちんと設定されることにより、ここには否定があり得ないのです。

              *

 神様の息子、娘になろうとすれば、神様のようにしなければなりません。皆さんが真の父母のようにしなければ、真の父母の息子、娘になることができないのです。同じ原理です。先生も「蕩減」という言葉は嫌いです。しかし、なぜいつも蕩減を中心として話さなければいけないのでしょうか。これが公式だからです。公式を解くことができなければ、落第するのです。十年ではなく、千年たっても落第するのです。

              *

 神様を宇宙の父母として侍れば、神様の愛がこの地上に君臨するというのです。そのようになる日には、神様の愛を受けて兄弟を愛するようになり、「闘いなさい」と言っても闘わなくなります。エデンの園で堕落したことは、どれほどひどいことでしょうか。エデンの園で争い、今まで血を流してきた路程がどれほどひどいことでしょうか。個人が天国に行こうとすれば、一人では行くことができません。二つが一つになり、兄と一つになって父母に侍っていかなければなりません。

              *

 エデンの園でアダムとエバは、自分勝手に堕落して、その堕落圏内で生きたので、直接的な侍義の生活をしてみることができませんでした。このような侍義の生活ができない人間たちは、天上の天国に入っていく資格がありません。しかし、皆さんは、堕落の血統を受けて生活したとしても、一つの復帰路程を蕩減し、アダムとエバが地上で実体をもって侍ることができなかった真の父母に侍り、神様に侍って暮らしたという条件により、天国に入っていくことができる資格を得るというのです。そのようにしてこそ、天国の市民権を得るようになります。

              *

 「天一国平和統一平定」を宣布するのです。「天一国平和統一平定」です。どこも同じだということです。分かりますか。同じでないところはないということです。「平定世界時代」を発表するのです。天一国平和統一平定時代到来発表宣言! ですから、この言葉は何かというと、天国も地上も同じだということです。平定です。

 皆さんがある宗教を信仰したとすれば、その宗教の責任者を呼んだときに答えなければなりません。また、先祖を呼べば、子孫たちは真正に天一国平和統一の祝福を受けた家庭なので、答えてあげなければなりません。ですから、霊界が自由自在に地上に再臨することができ、地上の人の願いが先祖と神様の前に自由自在に伝えられ得る時代を意味するのです。天一国平和統一平定時代到来発表を宣言します。「アーメン」と言ってください。

 きょうを記憶しなさい。きょうの早朝、このような内容を祈祷する中で、このような時が来たのだなあということを感じ、このような内容を発表するのです。ですからそのような時代が来たので、きょうは、どのように生きなければならないのかということを、しばらくの間話そうと思います。

 私たちの願いは何かというと、神様と同じ位置に立ちたいということです。同位権です。同居権は共に生きるのです。それから同参権です。同参権も同行権も同じです。共に参席し、共に行動するのです。そのようにして、その次には同愛権です。共に愛の目的のために生きるのです。

 イエス様も、「わたしは道であり、真理であり、命である。だれでもわたしによらないでは、父のみもとに行くことはできない」と言いました。しかし、「わたしは道であり、真理であり、命である」と言いましたが、愛の言葉を抜きました。のちの統一教会は、天一国は愛を中心として進むのです。

 ですから、皆さんの願いは何かというと、真の御父母様と同じ位置にとどまりたいということです。それが願いでしょう? 真の御父母様と共に生きたい。真の御父母様と共にすべてのことに同参し、行いたい。そのようにして何をしようというのでしょうか。愛を中心として、幸福に、自由に、解放された位置で永遠に共に生きるのです。アーメン。そのような意味において、天一国平和統一、何ですか。平定時代が来たのです。

 それゆえに、皆さんが活動する時は、一人で活動するのではなく、皆さんの国が従って回ります。霊界全体が、天の国全体が回り、地上世界と万民が擁護する中で主人の資格をもって生きているのです。ですから、神様の愛の伝統を私の一族を通して、一国の伝統のその骨のような思想に自分が仕えるべき主人にならなければなりません。アーメン。



SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送