宇宙の根本
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二、生殖器は三大本宮、天の至聖所

 1.愛と生命と血統の本宮

 男性と女性はなぜ生まれたのですか。男性と女性の違うものは何ですか。男性と女性がどのように一つになるのですか。男性と女性が何を中心として一つになるのですか。生殖器を中心として一つになるのです。これは調和の箱です。この場で、愛の完成が展開するのです。真の愛が初めて完成するのです。それから、男性と女性の生命が一つになる所も、その場です。男性と女性の血筋が交流して植えつけられる所も、その場です。その場が理想的な愛の本宮であり、血統の本宮なのです。絶対的な本然の所を本宮といいますが、誰もその価値を変えることはできません。
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 アダムとエバの生殖器、その場所が偉大だというのです。それゆえに、その生殖器は愛の本宮といいます。驚くべき言葉です。天地創造のすべてを、神様まで完成させて安息させることができる王宮であり、本宮です。天国も一番目ではなく、地上国も一番目ではありません。家庭から始まるのです。これが本宮です。驚くべき言葉です。またその場は、真の愛を中心とした本宮ですが、真の生命を中心とした本宮でもあります。その次には、血統を中心とした本宮であり、地上天国の出発地であり、天上天国の出発地なのです。
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 人間の生殖器が真の愛の場所です。そこで愛の行為が連結されるでしょう? ほかの所でそのようになるのではありません。そこが男性と女性の生命が連結され、一つになる宮殿です。そして、男性と女性が一つになれば、その血統から息子、娘が出てくるのです。ですから、血統の宮殿です。それほど重要なのです。
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 男性と女性の生殖器は、愛の宮です。愛の王宮です。子宮が貴いですか、男性と女性のそれが貴いですか。言ってみなさい。子宮のために生殖器ができましたか、生殖器のために子宮ができましたか。深刻な話です。笑う話ではありません。男性がいるために子宮ができたのです。女性のそれは、男性のためにできたのです。なぜおかしな表情をするのですか。男性と女性の生殖器は、愛の王宮です。それがなくては愛がありません。愛を探せません。それを通らなくては、生命が連結されません。男性と女性がいても、何になりますか。生命が連結されないのです。それを通らなくては、歴史を連結させる血統が連結されないのです。
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 生殖器とは何ですか。それは、真の愛を中心とした王宮であり、真の生命を中心とした王宮であり、真の血統を中心とした王宮です。最も貴いものです。これがなくなれば天地がなくなり、これがなければ神様の理想、神様の家庭、神様のみ旨を成し遂げることができないのです。これは、全体の完成を成すことができる一つの起源です。
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 女性の生殖器が宇宙的な本源です。愛の関係をするその位置が愛の本宮になっています。本然の宮中だというのです。愛はそこから始まります。結婚初夜の愛が愛の本宮の出発です。女性の生命、男性の生命が初めて一つになるのです。それゆえに、理想的な生命の本宮がその場所であり、血統がそこから始まるので、血統の本宮がその場所だというのです。そして、天国がそこから始まるので、そこが地上天国の本宮であり、天上天国の本宮であり、人間完成の本宮であり、神様完成の本宮です。
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 男性完成、女性完成、神様まで完成させることができる、その本拠地はどこですか。どこで神様の愛を完成させることができ、どこで男性と女性を完成させることができるのですか。その中心定着地はどこですか。これが問題です。これが分からなければ、地上に愛の理想天国を拡張、拡大できません。それは、目ですか、鼻ですか、手ですか、足ですか、どこですか。凹凸です。
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 生命が出発する本拠地とはどこですか。愛の本郷の地とはどこですか。血統の本郷の地とはどこですか。男女の生殖器です。男性と女性が何によって一つになるのですか。愛を中心として一つになります。それを中心として始まるのです。生命がそこから出発します。血統もそこから連結されます。その貴重な三大基地を失ってしまってはいけません。天下をもらっても取り替えることはできません。
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 愛の本宮が生殖器であり、生命の本宮が生殖器であり、血統の本宮が生殖器です。神様が最高に探し求めていた真の愛の起源地であり定着地は、男性と女性の生殖器です。そこから男女の生命が結合するのです。そこから血筋が受け継がれ、歴史性をもった人類というものは、すべての血族が関係をもっているのです。それゆえに、最も貴いのです。
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 頭よりも、それがもっと重要です。頭には真の愛の起源がありません。頭には真の生命の起源がありません。頭には真の血統の起源がありません。その起源は生殖器にあります。それは間違いないでしょう? 生殖器にすべてのものがあります。そこに生命があり、愛があり、血統があります。そこが愛の本宮なのです。生命の根もそこにあります。血統も同じです。人間の体だけでなく、人間世界と人類歴史を通じて最も貴いところです。それがなければ人類の繁殖が不可能です。
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 私の生殖器は愛の本宮です。「私の生殖器は生命の本宮だ、王宮だ」というのです。私の生殖器は血統の王宮です。このようになってこそ、神様が臨在なさることができる王宮になることができるのです。神様は、王の王でいらっしゃるので、本宮を訪ねていってお住みになる方なのです。それゆえに、神様に侍るために愛の本宮になり、生命の本宮になり、血統の本宮になり、良心の本宮にならなければなりません。
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 生殖器は、愛の王宮です。今、その愛の王宮は、どのようになっていますか。愛の王宮であり、生命の王宮であり、血統の王宮であるもの、そのように貴いものが人間の生殖器です。神聖なのです。最も貴いのです。生命、愛、血統がここに連結されています。このように神聖なものをサタンが汚しました。
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 男性と女性が愛する本宮、生殖器とは何ですか。愛の王宮であり、生命の王宮であり、血統の王宮です。おじいさん、おばあさんもそれを中心として生き、父と母もそれを中心として生き、自分たち夫婦もそれを中心として生き、将来生まれる息子、娘もみなそれを中心として生きるのでしょう? それを中心としないで生きる女性がいて、男性がいますか。種がありません。ところが、それがなぜ悪いものになりましたか。下品な言葉だというでしょう? なぜ下品な言葉なのですか。神聖な言葉です。神聖な言葉として受け止めなければなりません。ここで永遠の愛が連結され、永遠の生命、永遠の血統が出てきます。最も貴いのです。
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 女性、男性の生殖器は、生命の王宮です。生命の最初の出発地です。永遠に変わらない本然地です。生命の王宮であり、変わらない愛の王宮です。良心が理想を中心として定着することができる基地です。血統の基地です。そこから生命が芽生えるのです。そこから愛が一つになります。そこから男性と女性が一体になるのです。そのような生殖器が堕落して天地を破綻させた怪物になってしまったので、今日これを悪いものとして扱っているのです。
 神様が精誠を尽くしてつくられたものがそれです。すべての被造万物の核心的な骨髄を絞り出して連結させたのです。ここに愛の本質が一〇〇パーセント連結され、生命の本質が一〇〇パーセント、歴史の本質がここから芽生えるのです。そこから初めて希望があり、そこから初めて幸福があり、そこから初めて愛を中心とした自由圏が始まるのです。
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 生命の根源地、愛の根源地、血統の根源地はどこですか。それはどこですか。生殖器です。それをひっくり返して打ち込んだので、世の中で最も下品な言葉になったのです。それが誤らなければ、下品な言葉ではなく王の言葉です。神聖な言葉です。「下品な言葉」の反対語は「神聖な言葉」でしょう? 「真の言葉」よりもう少し高いものは何ですか。「真の言葉」というのは相対的関係で成されますが、「神聖な言葉」は縦的、球形的圏をいうのです。
 人間が堕落していなければ、男性の生殖器が愛の王宮です。愛の王宮なのです! それをいい加減には使用できません。そして、生命の王宮です。そこから生命が生まれるでしょう? 生命がどこから出てきますか。生命の王宮です。血統の王宮です。そこから、自分の命が血統を受け継いで生まれるのです。私の生命の根源地であり、私の血統の根源地であり、私の愛の根源地です。それゆえに、先祖がそれを通じ、貴く思い、「ため」に生きなければならなかったのです。
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 神様が、どれほど喜んでつくられたでしょうか。最も喜んでつくられ、最も精誠を尽くしてつくられたものが、男性と女性の体の中のどこだろうか、何だろうかを考えてみてください。それが生殖器だというのです。生食する米を入れる器(生食器)ではありません。生殖器といえば、「生きるものを植えることができる器だ(生植器)」だというのです。生命の生殖です。生命を植えることができる器だというのです。その場がなければ、千年、万年たっても生命が生まれないので、国もなく、世の中は暗黒天地、砂漠天地になるのです。それを知らなければなりません。
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 真の愛がどこから生まれるのかといえば、息子、娘、神様の息子、娘を生むその局面から生まれるのです。それが生殖器です。これが最も冷遇されました。天地がひっくり返ったために最も卑しいものとして扱われましたが、復帰された天下では、これが愛の本宮であり、生命の本宮であり、血統の本宮であり、良心の本宮だというのです。これがなければ国も生まれず、理想世界の発展も、起源もなくなるという事実を知らなかったというのです。
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 生殖器がなぜできたのかというのです。愛のために、生命のために、血統のために、良心のためにできました。そこを通らなければ、愛もなく、生命もなく、血統もなく、良心もありません。神様が人を造られる時、目や鼻等、五官をつくるのが大変だったでしょうか、生殖器をつくるのが大変だったでしょうか。五官が愛をアピールするところですか。それが、愛と生命と血統と良心が集まっているところですか。違います。絶対に違います! ただ一つ、そのような箇所があるならば、生殖器です。そこで愛、生命、血統、良心の第二の実が結実するのですが、それを私たちは、息子、娘というのです。
 それがなければ何も存在できません。すべての被造世界がストップするのです。今まで人類はこのように貴い生殖器を知らなかったのです。「私が世界で一番だ!」と誇らしく思ったかもしれませんが、生殖器がなければなんでもないのです。その生殖器は、真の生殖器をいうのです。
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 生命の王宮とは、どこだといいましたか。愛の王宮とは、どこだといいましたか。血統の王宮とは、どこだといいましたか。家庭でしょう? 夫婦でしょう? 夫婦の愛の基地ではないですか。男性の生殖器、女性の生殖器がそれをしなければなりません。皆さん、王孫を生まなければなりません。神様の愛を中心として、天国の真の王子、王女を生まなければなりません。それが真の生命でしょう。真の血統を残さなければなりません。後世を残さなければなりません。
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 生殖器は生命の王宮です。王宮とは、第一に全体を代表した根源的な家です。王とは何でしょうか。蘇生、長成、完成の中心です。三段階の中心が王です。それを見れば、漢字も啓示を受けて作ったと考えるのです。愛の王宮をもっていますか。男性と女性、愛の王宮をもっていますか。それなのに、愛の王宮をもっている人たちがなぜ心配するのですか。不幸という言葉がどこにありますか。簡単なのです。
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 なぜ皆さんは、歴史的伝統と関係を結ばなければならないのですか。愛と生命と血統、この三つが最高の伝統であり核心だからです。そうです。生殖器官は、その三つを同時に連結させてくれるものです。接ぎ木をするところです。愛を接ぎ木し、生命を接ぎ木し、血統を接ぎ木するところです。
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 愛する夫婦二人が関係を結ぶ生殖器は、愛の王宮だというのです。そこから愛が始まるのです。真の愛の王宮です。最初の出発をする場所なのです。そうか、そうでないか考えてみてください。生殖器は、愛の王宮です。堕落する前の観念で見るならば、生殖器は、愛の王宮だというのです。生命の王宮、血統の王宮です。愛を中心として男性と女性が一つになる、そこに生命が連結して血統が受け継がれるのです。
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 皆さん、男性と女性が、堕落していない復帰された神様の息子、娘を生むことができる生殖器に向かって、全存在世界は、自らの生命全体を投入して自分より高い次元に吸収されるのです。鉱物は植物に、植物は動物に、動物はより大きい動物に、大きい動物を経て、人間は、すべてのものを吸収して消化することができる主人の資格を備えなければならないというのです。
 それゆえに、愛して食べなければならないのです。愛しましたか。そこがどのようなところですか。生殖器だというのです。生殖器は、生きた食器です。生命を食べる食器だというのです。それが愛の王宮です。それがないのに男性と女性が愛を感じることができますか。できないというのです。
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 全万物世界の最終理想的吸収の終着点がどこかといえば、男性と女性の生殖器だというのです。それは事実です。なぜですか。どうしてですか。神様の愛と人間の愛と宇宙の愛が結合するのです。愛と生命が一つになる位置がその場です。
 そして、血統を通じて縦的に後孫が連結する位置がその場です。そのように縦的に引き継がれて、横的に数え切れないほど多くの民族が連結されるのです。それによって地上天国が形成されるというのです。そのような価値をもつのが生殖器です。どれほど重要ですか。
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 自分がもっている生殖器は、生命の本宮です。愛の本宮です。皆さんが父母だとして、皆さんを中心とした一代の一族を中心として、愛の本宮が偽りとならず、皆さんの息子、娘が純潔な本宮から周辺三六〇度になる王宮の場所を築き、神様が夜も昼もいつもここに来られ、自分の家を中心として周辺に関係している一族の前に自由自在に来臨され、いつも苦楽を共にすることができる環境的宮殿にならなければならない、ということを知らなければなりません。
 何がそのようにならなければならないのですか。「私の生殖器は愛の本宮である!」。一度、言ってみてください。「私の生殖器は生命の本宮である」と言ってみてください。私の生殖器は、血統の王宮であるというのです。このようになってこそ、神様が臨在なさることができる王の基地に、王宮になることができるのです。
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 本然の人間の先祖がどこから始まったのでしょうか。目ではなく、鼻ではなく、口ではなく、手でもありません。どこからですか。その神聖なところとはどこですか。皆さんの生殖器です。そうではありませんか。そこに血統が連結されているのです。それゆえに、救援するということは容易ではないのです。
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 るつぼという言葉があるでしょう? 溶鉱炉とは何ですか。男性と女性の血がるつぼで溶けて混ざる場所はどこですか。生殖器です。生命を載せる器を生殖器というのです。それは愛の本宮です。神様の愛が芽生えることができる出発の園であることを知らなければなりません。
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 皆さんの生殖器もそうです。「やあ、この生殖器を通して子供が創造される」、このことを考えてみましたか。重大な内容です。
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 生殖器は、生じるの「生」の字に、食事の「食」の字でも、植えるの「植」の字でも良いのです。生命を植える器だというのです。その次には、繁殖するの「殖」の字でもかまいません。生殖器が生植器だというのです。そのように解釈します。分かりますか。生命を植える器です。それを知らなければなりません。
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 創造主と被造物が何を中心として一つになるのですか。愛です。これを知らなければなりません。ですから、先ほど話した、神様が愛をもって創造されたという答えがどうして出てくるのでしょうか。生殖器を中心として創造されたという事実は、愛という表題を中心として創造されたという事実を証するのです。
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 歴史上のすべての人がそれに従っていったのです。とてつもない力をもっています。文化や経済を超越します。堕落した世界でもそうならば、堕落以前の世界ではどうだったでしょうか。考えてみれば、それが最も貴いものです。それが宮殿です。宮殿の中でも本宮です。また生命の宮殿にもなり、血統の宮殿にもなるのです。この三宮殿の基礎が生殖器です。一番重要なところです。神様もそれを訪ねてこられるのです。神様がこの三大王宮を占領したならば、この世は神様の一族になっていたでしょう。
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 人間世界において最も貴いものが愛の本宮です。愛の根源地、生命の根源地、血統の根源地です。それがどこですか。堕落していなければ、これが神聖な至聖所です。男性の生殖器と女性の生殖器は、愛の王宮の根源的本宮です。このことを知らなければなりません。堕落したために汚れたものになったのであって、本来は生命の根源地であり、血統の根源地です。ところが、私たち全体の最も貴い根源地を破綻させてしまいました。これが、最も悪いものになりました。ですから、これをひっくり返して打ち込まなければなりません。
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 男性と女性にある生殖器官とは、愛の器官であり、生命の器官であり、歴史的血統の器官です。これが分からなかったというのです。それは、最も貴いものです。神様と共に、私たちの模範的で理想的な先祖と共に、理想の国と共に、理想の文化と共に共存することができるものであるにもかかわらず、これをすべて世俗的な人本主義によって破綻させてしまったというのです。悪魔は、神様がこのような国を取り戻しに来られることを知って、これを完全に破綻させるための計略の形態として成しておいたもの、それが現在のアメリカの世俗的人本主義だというのです。
 それは動物的な世界です。生殖器とは何かというと、愛の王宮であり、永生の生命が誕生する王宮であり、永遠に変わらない天の伝統を受け継ぎ、血統を受け継ぐ王宮だというのです。真の生命の王宮であり、真の愛の王宮であり、真の血統の王宮なのです。最も貴いところです。好き勝手にはできません。神様の公認がなければ、開くことができないのです。神様と宇宙に公認された自分の夫、自分の妻以外にはタッチできないのです。ところが、アメリカの愛はそうですか。
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 神様が理想とした本然の、アダム以降、堕落していないその生殖器が、真の愛を中心として神様と共に一つになり、血統と生命を連結させるべき本拠地となって本宮にならなければなりません。これは、本然の愛の王宮です。愛の本宮です。分かりますか。
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 統一教会の教主が性教主になった、という話が出てくるかもしれません。性というものが堕落していなければ、それが愛の本宮です。いつも王が定住することのできる、生活することのできる本宮だというのです。愛の本宮であることを知らなければなりません。生殖器が本部であり愛の宮殿だというのです。


















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