宇宙の根本
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 2.主体と対象は愛の関係

 この宇宙がなぜ生まれたかということが問題です。これは、宗教世界やすべての学問世界、あるいは哲学世界の根本問題なのです。宇宙の中心は人間ですが、人間がなぜ生まれたのかという問題さえもみな分からずにいます。また人間を中心として横的に鉱物世界、植物世界、動物世界の三段階に連結されたすべてのものがペア・システムになっています。なぜペア・システムになっているのか、今までは漠然としていましたが、そのすべてのものは愛ゆえに始まったのです。
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 宇宙の根本は何かといえば、すべて愛ゆえに生まれたので、愛を求めるためには、愛をなすためには雄と雌がいなければならない、このようになるのです。動物では雄と雌ですが、植物では何ですか。雄しべと雌しべです。鉱物世界では、分子をおいてみればプラスイオンとマイナスイオンです。それが雄と雌です。すべてが雄と雌なのです。
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 作用しようとするなら、どのようにしなければなりませんか。作用は、一人のままではできないのです。プラスとプラスが会ってはできないのです。必ずプラスとマイナスの相対的関係においてのみ作用が成立するのです。宇宙の現象の根本は、力によるものというよりも、ある作用が始まって調和の世界へ拡大していくものですが、作用の形成はプラスだけではできないのです。プラスとマイナスが授け受けすることから作用が始まるので、作用するところには必ず主体と対象がある、このように見るのです。それで、すべてのものは相対をもっているのです。
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 このように小さいものにも雄と雌があるというのです。雄と雌、プラスとマイナスになっているというのです。分子もプラスイオンとマイナスイオン、すべて相対的に主体・対象関係になっています。神様は何を好まれるお方ですか。神様はどのようなお方ですか。プラス・マイナス、雄・雌をつくられたことを見ると、そのように行動することを好まれる神様です。宇宙の根本とは何ですか。「主体・対象であり、雄・雌である!」というのです。
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 宇宙の根本に入っていけば、主体・対象関係においてすべての調和がなされるのです。もう少し入っていって見ると、主体と対象関係がなぜ必要なのでしょうか。作用するためです。作用は運動するためです。このようになります。この世に存在するものの中で運動をしないものはありません。皆さんも運動しているでしょう? 先生と皆さんも、必ずこの主体と対象を中心として何かが流れているのです。
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 主体と対象が一つになることによって、電気でいえばプラスとマイナスが一つになることによって光が発するのと同じように、宇宙の光が発することができるというのです。電気と同じだというのです。この小さな電球の中にあるプラス・マイナスが連結されてです。ここだけで一つになっても駄目です。これが、もっと大きい変電所を通して発電所まで、結果的な立場ですが、根本的発電所と連絡することができるところにおいてのみ永遠の光を発することができるというのは常識的な結論です。
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 宇宙の根本は、力よりは主体と対象の観念です。宇宙的根本は、主体と対象の観念で始まり、主体と対象には格位がなければなりません。主体的格位と相対的格位がなければなりません。その主体的格位が神様であり、相対的格位が人間です。神様は、なぜ人間を創造されたのでしょうか。神様は主体であられるので、相対がなければならないからです。相対がいることによって刺激を感じることができるためです。何によって。美と愛と真理によって刺激を感じるので人間を造られたというのです。
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 宇宙の根本である力というものも、物質世界において授け受けする愛的因縁と同じ形態の作用によって生成されるのです。それゆえに、どのような存在でも、主体と対象の関係をもたなければこの宇宙に存在できないのです。
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 宇宙の根本概念とは何でしょうか。哲学者たちも、宇宙の根本概念がどこから出てきたのかということを知りません。真の愛! 神様もなぜ存在するのかといえば、愛ゆえに存在するのです。愛ゆえに神様が必要であり、愛ゆえに神様がいらっしゃるのです。神様も愛のために生まれたのです。それゆえに、宇宙が存在する前に愛の概念があったというのです。この愛の概念の完成は何かというと、雄と雌、陽性と陰性がなければならないということです。存在するすべてのものは二種類の類型があります。
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 人類のすべて、宇宙の根本が主体と対象、ここにすべて入っています。それゆえに、すべてが相対のために生まれたというのです。主体と対象をもたないものがありません。鉱物世界もそうではないですか。分子なら分子において、プラスイオンとマイナスイオンが主体と対象になっていて、植物の世界はすべて雄しべと雌しべ、動物世界は雄と雌、人間世界は男性と女性になっています。すべて相対的です。
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 宇宙の根本は何ですか。宇宙は何から始まったのですか。愛です。科学者たちは、「宇宙は力でできている」と言います。作用するのを見て、力があることが分かるのです。力があれば作用をします。では、作用が先ですか、力が先ですか。男性が男性として成長する時は、愛の力は作用しないのです。
 男性として作用しながら大きくなるのです。心と体が作用しながら、だんだんと成年になっていくのです。そして、女性に会う時に横的な力が生じるのです。力が現れるには、必ず作用を経ていかなければなりません。力がある前に作用があるというのです。それでは、作用はどこから出てくるのでしょうか。主体と対象の関係です。人も心と体、すべてのものがペア・システムになっています。この目も二つの焦点を合わせなければなりませんし、鼻もまず焦点を合わせるのです。ペア・システムになっています。
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 再創造の公式は何ですか。宇宙は、プラス・マイナスになっています。分子を見てもプラスイオンとマイナスイオンになっています。すべて相対圏になっているでしょう。原子を見ても陽子と電子になっています。すべてそのようになっています。宇宙構成の根本がそのようになっているのです。植物は雄しべと雌しべ、動物は雄と雌、人は男性と女性でしょう? すべて相対的になっています。そのように相対的になって、結局一つの体制圏に収拾されなければならないというのです。神様が主体なので、神様を中心として収拾されなければなりません。その創造の意志と一体化した相対圏がつくられなかったとすれば、神様の創造の喜びはあり得ないのです。
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 真の愛には、垂直的な愛と水平的な愛の二種類があり、宇宙はこの原則によって動きます。宇宙の構成もそのようになっていて、植物世界、動物世界、鉱物の世界、このすべてが主体と対象の関係になっていて、垂直と客体の関係を中心として円形に似ているという事実は、級は低いのですが、すべてのものは愛をモデルにして宇宙の根本に従って伝送が始まったという事実を知らなければなりません。
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 この世界、宇宙を見てください。鉱物世界もプラスイオンとマイナスイオン、植物世界も雄しべと雌しべ、動物世界も雄と雌になっています。近ごろは細菌まで雄と雌があるといっています。すべてのものは、愛を中心として、自分の級を中心として一つになるようになっています。このようなペア・システムの宇宙を見れば、これらは、人間の理想的愛が天地を代表して一つになる時、共に連結されて信奉するためにそのようになっているというのです。
 家を建てようとすれば、初めに基礎をつくるのと同じように、人のためにこのようなペア・システムですべてつくったのです。動物もそうではないですか。雄と雌とが歩いていて、雌が被害を受けるようになれば、雄が命を懸けて守るのを見たでしょう。子を見れば、子のために命を差し出すのです。愛の道理はそうなのです。それは本来、根本がそうであるがゆえにそうなのです。
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 作用がある前に宇宙の主体と対象がなければならないので、神様御自身を中心として、宇宙の根本であるそのお方も、主体である心と対象である体が愛の概念を中心として永遠に共存しなければなりません。愛においてのみ永生があるのです。
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 宇宙の構成体自体が盲目的になっているのではないのです。この膨大な宇宙が、相対的、主体と対象関係において対応しながら、授け受けする運動をしながら、永続的なその法度の軌道に従って永続するのです。法度の軌道に沿っていってこそ永続するというのです。法度の軌道に沿っていかなければ、永続するのではなく破壊が展開するのです。私たちも、御飯を食べて消化が正常にされ、栄養要素が正常に血管を通じて普及されてこそ永続が展開するように、正常に普及されなければなりません。良く授け良く受けてこそ永続が展開するのです。
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 神様が天地をなぜ創造されたのですか。根本である愛ゆえに創造されました。それゆえに、すべての存在世界はペア・システムで造られています。ペアのないものがありません。ペア・システムでぎっしり満ちています。このように、人間を取り囲み、愛が宇宙の中心なので、この中心となる人間を中心とした愛の柱を打ち込み、そこに大木の根元のようにくっついて生きるようになっているのが、神様の愛を中心とした創造理想だったというのです。「神様の創造理想とは何か。神様のみ旨とは何か」という時、そのみ旨が権力に行けば滅びなければなりません。知識に行っても滅びなければなりません。神様の愛に行かなければなりません。愛が終着点にならなければならないというのです。
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 与えるものがなぜ栄え、与えることによってなぜ大きくなるのかということが問題です。それは、神様が本来、この宇宙を創造された当時の根本と通じるためです。神様が創造しようというのは引き寄せることですか。与えることです。ギブ(give:与える)すれば、絶えず大きくなるのです。絶えず大きくなるのです。すべてのものがギビング(giving)です。すべてのものが与える概念に変われば、アメリカはますます大きくなります。絶えず受けていれば、すべてのものは小さくなるのです。なぜそうなのかというと、神様の創造原則に同伴することができるので宇宙が私を協助するのです。宇宙が私を協助するからです。
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 宇宙の根本、九〇度の角度は真の愛です。これがすべてのものの測定基準になっています。動物世界もすべて雄と雌になっているでしょう? 左側にあるか右側にあるか、陽質か陰質か、そして、すべて自分の系列に従い、縦横を中心として愛するのです。それも、すべて愛するではないですか。ここに縦的垂直線と横的水平線があるとするならば、ここが自分の存在位置です。
 それゆえに、愛を中心として存在する博物館です。鳥も愛を中心としては命を懸けます。獣もそうです。すべてそうだというのです。植物もそうです。鉱物世界もそうです。元素にもプラスイオンとマイナスイオンがあります。元素もすべて自らの相対を中心として作用するというのです。
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 宇宙の根本は、運動の起源はどこから始まったのですか。すべての天体世界も、太陽を中心として衛星が運動をします。それが一つの核になり、もう一つの相対的な相応世界と連結し、またこれを中心として大きくなればもう一つの大きな世界と連結するのです。このようにして、全宇宙はいったいどのように生じたのか、広大無辺なこの世界のすべての存在はどのように生じたのかというと、これが運動するのです。すべて運動しながら一つの球形のために動いていきます。そのようにしながら星が動くその世界が、ある時は大きくなり、ある時は小さくなったりするのです。息をするというのです。地も大きくなったり小さくなったりします。そのことを知っていますか。大きくなったり小さくなったりします。
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 回るときには何を中心として回ってみたいですか。真の愛を中心として回りたいのです。これが宇宙の根本です。男性も「受ける」と言い、女性も「受ける」と言えば、どのようになりますか。お互いがそのように「受ける」と言えば、額を合わせてこのようにしていなければなりません。それは互いに主管しようとするためです。宇宙の存在は、授け受けするのです。授け受けすることが原則なので、先に与える側が主体です。先に与える人が主体だというのです。
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 皆さん、体が重要ですか、心が重要ですか。心です。心の中心に真の心があり、その真の心が最も重要視するのが真の愛です。同じです。したがって、この宇宙の根本が真の愛なので、真の愛の心をもたない人はここから追放されます。宇宙から追放されないようにしようと、神様がそれをすべて教えてあげようと、男性も女性も愛することができる、真の愛を行うことができる訓練をするためのものが結婚だというのです。このようにして男性と女性が一つになり、神様の真の愛、すなわちプラスの前に相対にならなければなりません。これを完全に授け受けしようとするなら、人間が完全でなければなりません。
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 私たちが宇宙の根本を求めていけば神様に帰着するのですが、そのお方は、男性格位と女性格位の二つの性稟を所有していらっしゃるお方であることを知らなければなりません。宇宙出発の原因はどのようになっていますか。神様に対してはまだ分からないとしても、人間は男性と女性、主体と対象になっています。鉱物界の分子を見れば陽イオンと陰イオンによって構成されていて、植物界は雄しべと雌しべに、動物界は雄と雌に、そして、人間は男性と女性になっていることを見ることができます。
 今まで数多くの博士、数多くの学者がいましたが、これ一つ考え出した人がいないのです。皆さんは否定することができますか。皆さんの父母、祖父母、またその祖父母、そして、人類の先祖である方とさらには宇宙の根本であられる神様に尋ねてみても、すべて同意するのです。これは鉄則です。この真理こそ宇宙が億万年過ぎても原理原則として残るための鉄則です。そして、神様の前に進んでいくようになれば、この鉄則によって正しい人と間違った人の判定を受けるようになるのは当然のことです。
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 自分のものを主張するものは追放されます。宇宙万物を見る時、鉱物世界も主体・対象関係、植物世界もすべて雄しべと雌しべ、動物世界も雄と雌、人間世界もこのようになっていて、この根本の愛の主人が自分ではなく相対なのですが、この相対を否定したので、相対として認めるその世界には、存在することができないのです。ですから、追放してしまうのです。使用価値がないというのです。


















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